多香鳥幸謌、附眞夜羽王轉生——小説19
以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
文書3(淸雅文書A)
記。被13繩。虛。
此の間逆短1ケの上ノ。ふるふるとふるふるとふるふると由羅良
私記。
(以下覺書、久村優斗君ノ爲ニ書ク、九月朔。メール。久村君一年ぶりノ連絡クレタ爲。眞夜羽ノ件)
八月末にあなたと連絡したこと、此れ以下の如し。
まず淸雅から久村に。
日本へ一度歸ろうと思っているその理由。一、病状の確認(片岡比羽犁(ヒ、バ、リ。女)が確認するだろう。そもそも海外逃亡は彼女は反対だった。日本にいたら死んでいたろう。もっとはやくに。スグサマニ。召されよ。言葉も無くに。ただ、天に米佐禮與)二、眞夜羽の件(此の名前の由来を調べてくれ。)三、こっちの個人的理由(又、女がらみ。更に轉生がらみ)その爲ベトナム人入国のビザが必要。故あなたの協力が必要。故、協力もとむ(保証人になるだけ)
つぎ久村から淸雅に。
三、OK。一、これはどうでもいい。又、あなたには無関係。俺には知った事ではない(比羽犁はガリレオの診察でもするべきだ)二、あなたの解答。
確認しておく。その時鳥が或はその感覚の一瞬につがいの所在を確認したように?真夜中に鳥が飛んで眞夜羽?美しいね。
あなたは云った——あの短いLine通話。録音しておけばよかった。あなたの咬むような話し方。海を隔て、しかし僕らを隔てる者は其の時になかった。かつて覊旅の歌を詠んだ歌人も詩人も皆ほろびた。Wifiが物理的にころした。故、スティーブ・ジョブスが一体何億人をト殺したか考えればいい。いずれにせよ友よ。
そのかけがえのない友曰く(かならずしもそれが貴方である必然性があるか?)
眞夜羽の件ね…あれ、あの名前…
あの名前の件だけど…あれね…(これはまるで序奏部のように。暗示的な?きれぎれの、ブルックナー風の。決してルートヴィッヒのようにはあるな、と)
是は個人的な想像である(創造でなければいいが…)和哉氏はその實娘をほしがっていたのである。故に。
生まれたの朝だったらしくてさ。…で、病院を出て…朝、早朝にさ。病院出たら、丁度曙の頃よ。東の空にね…
ひんがしのぬにかごろひのたつみえて
ま、朝焼けよ。靄の中にね…いや、もっとくわしく云う?聞きたい?
印象的だったんでしょ?下手な言い回しで延々描写してたよ…暇なの。田舎の人、で
かへりみすればつきかたぶきぬ
反対側…病院出た正面が日昇よ。くるっと回って、病院はいろうとしたら、ほれ。そっちの方西だからさ、まだ暗いじゃない?だから(と、あなたが云ったときおもいだしたのは
ときはなるまつのみとりもはるくれは
いまひとしほの
いろまさりけり
何故?…)思ったらしい、わ、すげぇ、そこだけまだ真夜中だって。で、ちょうどその眞夜中のほうから一斉に鳥が立ったらしいのよ。ざわざわざわっとね(朝霧爾之怒怒爾所霑而喚子鳥三舩山從喧渡所見。…と、おそらくは(契冲の名には性的な暗示がる気がする…)
あさぎりにしぬぬにぬれてよぶこどり
みふねのやまゆ
なきわたるみゆ名を、そこに記入してもらえなかった何処かの誰かノ宇多)飛んだ、と。
で、眞夜羽、とつけた、と。
彼に彼を殺させたのは我々でなかったか?私たちははなしあった。
淸雅曰く、眞夜羽、その和哉を殺すでしょ?(爾時君は聲を立てて笑った)
花匂う君、邪氣もなくに曰く、おれもそう思った。
淸雅曰く、名前に咒われてる。殺すしかないよ。今日明日に。
花匂う優斗君、あなたはささやくように耳元で言った、しかも、海を隔てて、古事記でしょ?と、そうただ一言君は。眉輪王。書紀云、眉輪王。古事記云、目弱王。マユ、マヨ。ユとヨは通い合うのだ。エとヲのように。かくて古へのフルトヴェングラーのコーダ。髙鳴る鼓動をだに考慮せずに音が鳴り終われば空中のどこに消えたか?その答えなどどこにある?
さらにつぎ淸雅から久村王に。
戀の話を聞きたいか?
つぎにつぎに久村君は俺に言ったのだ。
興味あるね。珍しいね。そもそもお前が抱いた女を覺えてるのが、稀だよね(笑う)
つぎにつぎにつぎに我君に云ふ、
忘れられない、と。
いやつぎつぎに久村王の給はく。
どうしたの?
故、是は転生のはなしである(ところで、断言しておく、轉生とはことごとくまやかしであり、眞夜羽も久村王も眉村家畜王も悉く狂気していると見なせ、共に、友よ)
・序。亂序ノ一
家畜の歌。
ダナン市(在ベトナム。)
八月。十二日。君は東京にいただろうか?ならば、その日は曇りだったはずだ。記憶があるなら思い起こせばいい。なくばむしろ死んだほうがいい。生き物としてすでに生きていても無益だからだ(どこかの草の影、ななめにあたる午前於の日差しに死んだ鼠の皮の下に蛆は繁栄する…グロいって?イノチを嘲弄する豚、ないし自分の豚であることに気付かないふりをした豚の仮構されたエレガンス)。
レ、チャン、タオ、という女。現地人。肌色、極度に白。体重恐らく50超。身長153か4、ようするに豊満。肥満の直前。下半身ふくらはぎ及び太もも裏に肥満。見苦しい。いずれにせよ可愛らしい女性。黑髮。眼鏡。視力0.1以下。おそらく(眼鏡をはずしたときの眼の細め具合)、又血液型は90%0型。10%AB、限りなくゼロに近い確率A型。本人は自分の型式を未知、尤もゼロに近い可能性が正解することはよくある事。年齢二十七、未婚、日本に留学経験七年、兵庫にいた。しかし極度の標準語発音。
タオは現日本語敎師、クイ氏の紹介で逢った。タオはクイ氏の姪っこである。タオは最初から私に戀した。おそらく、逢う前から戀することを知っていた。仕方ない。女だから。もとよりその爲にしか存在しなかった。消しゴムで抹消してやりたくなるほどに息を潜め目を逸らした凝視。心の眼で眩む迄見つめるしかない。
タオ、その十二日に私の部屋で——ホテルの、今は7階に引っ越した。ささやく(甘い聲。鼻に懸かった。すすりかけの鼻水をかみながら話すような。甘えたのではない。もとよりそのようにしか話せないのだ)
耳元にわずかはなれて(極度にはじらった女は抱かれてしなえば距離感を忘れる…埋没してしまうのである)耳をなでまわすうように(家畜どもの花)花咲く家畜どもの鼻のよだれよ、したたれ。
わたしの妹にあってくれない?
私、答えて曰く(雲。
蜘蛛ではないよ?
空に蜘蛛?
まさか。——それは薄く棚引いて(蜘蛛ではないよ)よこなぐりに(むしろ蜘蛛であれ)そのままに凝って(願わくばせめてささやかに美しい蜘蛛で)そのかたちのままに。
斜めに上空の風に吹かれその儘のかたちで海の方に流れるのだった。
あくまでもその儘。
形、凝固させた儘に…是は窓の向こうの巨大な神游びの話。その下に糞人形はささやくのだ)なんで?
どうしたの?
タオはかすかに笑い、そして答えたのだった(その微笑の儘に時間など止まって仕舞えばよかったのだった)。ホーチミン市から(サイゴン、陥落の都市、今、アジア社会主義の歓楽の都市よ。)歸ってくるの
で、…
私——で?って?
タオ——で、…ん、
私——なに?ど、した?
タオ——え?
私——どしたの?(耳のそばに笑った)
タオ——なんでもないよ。
時と共に。時など。一切の時など。むしろ流れなければ(時の制止した只中に、それでも聖瞿曇王は沙羅の花、乃至曼殊沙華の洪水を雨として降らさんと画策するのか?
誰の許で?)タオは云った。いい子だよ。
私は云った。いつがいいの?
タオは云った。もうすぐ、歸ってくるよ。
私は云った。お前みたいにかわいい?
タオは云った。ぜんぜん。わたしよりかわいいよ。
私は云った。じゃ、タオはもういらないね。
タオは云った。なに?
私は云った。妹のほうがいいから。タオはもういらないね。
タオは云った。それは違うよ。それはだめだよ。
私は云った。すてられたらどうするの?
タオは云った。すてられないよ。悲しいよ。死んじゃうよ。
十三日。その夜、君は夜に雷をみたろう。東京に居たならば。眞夜羽は星をみたのだ。夜になっても彼の眼が見得るならば。是はその前、午前中の話だ。
空港に行った。タオと。タオ、バイクでホテルに來る。それから二人で行ったのだ。ホテルの駐車場の脇のココナッツの肌に蜥蜴が這う。生きよ。それ以外にあなたに何ができた?
空港で。その名、レ、チャン、ラン。
ランは蘭の羅ン。背はタオよりも低い。幼い。十四、五。乃至三か。そう思った。褐色の肌。瘠せ、骨格は顯らかに想えるほどに太い。しなやかな印象。野生の猫とでもいうか(私は特に日本の、飼殺された不遜な猫もどきを嫌惡する。あれは猫ではない。寧ろと殺用の家畜以下に過ぎない)。
空港のハイランド・コーヒーで休む(彼女の荷物は少ない、ランは——蘭としておく。彼女は、)ハイランドはベトナムがスターバックスを模した国産ブランド。味は薄い。アメリカ風の。当地のカフェはフランス風の深煎り。植民地時代の影響か。フィン、というフランス人がとうに廃棄したかつての道具でカフェを入れる。日本なら博物館にある代物がここでは市場でたたき売られる…タオ。ちゃんと挨拶して(と、むしろ姉の方が駄々をこね)
(姉に)私、——何歳なの?
十四、と。タオは応えた。
蘭は上目遣いに無言だった。
午前十一時、連れだって姉の家に歸る前に(タオは家を建てた。ダナン市のはずれに。それは肉親所有の土地の上にたてなおしたもの。日本でのバイト賃金を貯金したのだ。かの元土地所有者たる親族は今アメリカに住んでいる。もし帰ってきたらどうなるのか?知った事ではない)私のホテルの部屋に、蘭。
眉をしかめて、そして何か言いかけた。
タオは気付かない。
窓際に風。
ゆるい、その風。
何故ならベランダの植栽の葉がかすかに搖る故に。その音もない動搖の刻印。
タオは蘭がいまサイゴンの親族の家にいる事を私に話す。わたしは耳がなければならない。なかった。それなら私はその話を聞き取れなかったろう、それ、人間が人間の耳に認識させるために話す所のそれ、…ヒトの聲。
病院に入っているのだといった。
何故?
言葉を忘れて仕舞ったから、と。
詞?
六歳の時に、それから言葉を話せなくなった。
失語症?
蘭が口を開けた。
姉の背後、壁にもたれ。
姉の眼は見られないだろう、私の眼はそれを見るだろう。ベッドに寝転がって、そして彼女に微笑む私の。故に、蘭はわたしに笑う。
口を開けた儘、頬のかたちで、はっきりと笑ったことを私の眼に焼きつけようとそれ、幼い画策。
横殴りの窓越しの光。なぶるようにタオに。その半身にだけ。
タオは憂い顏に、そして私は彼女を見なかった。ただ聲が…耳は彼女を見詰めないのだ。故に、だれにも見つめられずにタオは、そして光。
友よ、君に葉梨太郎?何度も…それ、君に葉梨太郎?ひかり。いまそれは大文殊菩薩神の光だった、その何千度めかの轉生の、その光が中空の虛ろに我々を満たすのだった。それら、佛らのひかりよ。
こころに祈りのような——無益な単なる感傷である。ひかりはそもそももとより何物をも救おうとはしないのだった。この大文殊ノ牟智ノひかりさえも。…もの、祈りのような、もの。そしてその生じる儘にわたしは一度瞬くのだった。
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