多香鳥幸謌、附眞夜羽王轉生——小説17


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



私。じゃ、なんで…

圓。先代の住職に拾ってもらって。こう、蜘蛛の糸というか。所詮生きたくもなかったから望みもなくてね。気が付いたら切れもしなかったのよ。蜘蛛の糸もね。心の死んだ者は糸も切れない。あの、小説の主人公はちゃんと、心、死んでなかったのよ。

私。今のお姿からだと、ちょっと想像できかねますけれども、人に

圓。歴史あり過去あり。そういえばね、こんな轉生談もある…(と、以下はその圓位語る轉生談である)

 是は此の宮島の話。

 季は春の比か。

 此の島に昔陁陁麻という人がいた。タ、タ、マ、…ね。た、た、ま。

 陁陁麻に妻がふたりいた。ひとりは子供をひとり生んで死んだ。

 もうひとりは子供を腹にやどして大雨の日に土に呑まれた。

 土砂崩れの、ね。

 陁陁麻には父がいた。

 山に入って樹を切ろうとしたら反対に鐵鎌の刄がさかさまに折れて、こう、額にささって死んだ。鳥がついばみ海に棄てた。

 母がいた。海に貝をあさりに行って、波に流されてどこかへ行ってしまった。

 陁陁麻にひとり子が残った。陁陁禮都豆美と謂う。タ、タ、レ、ツ、ヅ、ミ、ね。たたれつづみ。これには異説があってね、此れは双子だと。即ち陁陁禮と都豆美ね。ただこの話双子であることの意味がかならずあるわけではないので、いつのまにかふたつがあわさって一人の子になっちゃったのか、ね。陁陁禮都豆美を男とも言い女という説もあるので、やっぱり双子の男女乃至兄娣というのが元の形なのかもね。

 ともかくに陁陁禮都豆美はうつくしく成人した(年は十四、五歳かね?。一説には彼女に戀した男に海の底にある天狗の顏の貝の中なる眞珠を見つけて來いと言い、それはたせずに男の溺れ死体が岸にあがったとき彼女は嬉しそうに笑った、と。又は戀の叶うことなどあるまいと儚んだ男が身の醜さを憎んで(これは陁陁禮都豆美に比べると、ということなんでしょうね。お似合いではない、相應しからず、と)せめて轉生ののちには相応しく美しく生まれよう、と、その爲今生には敢えてもっとも汚らしく死なんとね、祈念して自ら肥溜めの中に入って溺れて死んだと。それを聞いて陁陁禮都豆美曰くそのまま放っておきさえすれば、糞の腐れぬいた後にでも、そこに花の一凛だにさいたろうにと。引き上げられ埋葬された男の墓石にあざけた、と)。

 やがて陁陁禮都豆美は流行り病に卧せて死んでしまう。

 七日間もだえ苦しみ見てみかね見ても居られずに陁陁麻は神社に走り込んで(嚴島神社よ)そして祝詞を上げ祈念した(此の時の祝詞というのは(後の仮託だろうけどね)佐伯さんのところに殘ってられるはずよ。後で、聞いてみればいい)。あそこに祀るのは宗像の三女神だからね、三貴神の誕生から始めてね、天照大神と素戔嗚尊の宇氣比になってね、それから三女神を讃えてね、すくひたまへ、すくひまたへ、すくひたまへ…と。

 一説、すくふが巢喰ふと解釈されて鬼に巣食われたという話があるけれどもね。中臣でも吉田でも佐伯でもなんでもない島の百姓が土足でふみこんで適当に上げた祝詞だからね。神樣にとどく前に鬼がよこどりしてしまったんだ、とも。

 いずれにしてその陁陁麻時も忘れて祈念し祈念し迦祁の、…鷄の聲で正気付く。

  阿遠夜麻邇 奴延波那伎奴

  佐怒都登理 岐藝斯波登與牟

  爾波都登理 迦祁波那久

  宇禮多久母 那久那留登理加

 ともこうも家に臥すあの子は生き返ったものかと。病は去ったものかと。

 陁陁麻は家に走りかえったところ陁陁禮都豆美は冷たくなっていた。死んでいたのね。陁陁麻憤って島を走り回り娘は神にもすてられた。娘はだれも生かさなかった、と。泣いて騒いで地を吐いた血にそめた…泣血哀慟、と、いうこと、ね。

  蜻火之 燎流荒野爾 かげりひの 燎ゆる荒ら野に

  白妙之 天領巾隱 白妙の 天領巾隱り

 陁陁麻は陁陁禮都豆美をその日のうちに埋葬して仕舞う。土に埋め彷徨いあるき、島を三度廻るまでも步き

  打蟬等 念之妹之 うつせみと 思ひし妹が

  珠蜻 髣髴谷裳 玉かぎる ほのかにだにも

  不見思者 見えなく思へば

 と、いうことなんじゃない?とにかも、家に泣きながらに返ってみればそこには陁陁禮都豆美がとさかを立てて憤っておったと。おとうさんひどいじゃないか、とね。

 あなたは私を殺す氣でしたか?

 なんと?

 あなたは私に土をかけ、生き埋めに殺そうとしていられた。なんというあわれなものか。親に土に弑されかけようとは…

 陁陁禮都豆美は生き返ってたわけ。

  和何許許呂 宇良須能登理叙

  伊麻許曾婆 和杼理邇阿良米

  能知波 那杼理爾阿良牟遠

  伊能知波 那志勢多麻比曾

  伊斯多布夜

 陁陁麻は、そりゃ、喜ぶよね。だから泥だらけの陁陁禮都豆美をあらってやるの。肌剝いて。そうしたら土の腐った匂いの下から白い玉なす肌が香りたったと…女なのかな?尤も、男でいけないこともないかな。

  阿和由岐能 和加夜流牟泥遠

 ところが、一週間たつと卑賎の島人にも拘わらずぬけるようにも白かった肌が寧ろ靑みていよいよ白くなる…

 どうしたのか?また病にでも憑かれたか?

 そんなことはない、いたって平気だと。

 そうするうち蠅が群れなし陁陁禮都豆美の周囲を舞う。上下四維埋め尽くすほどに、ね。これはどうしたことか?

 蠅が私を好むだけのこと。蠅の都合を知ったことか、と。

 更に日が立てば腐った肉の匂いがする。

 これはいかに?

 父よ、花の香をよしとし死穢の匂いを惡しきとす、これもただ心のありよう、仮初の心惑いぞと。

 軈ては蛆らが陁陁禮都豆美の肌に夥しくも踊る。これなんとしたことか?

 父よ、なぜなら私の肉は已に死んでいるからだと。

 お前は已に此の世の者ではなかったか?

 父よ、此の世にこの世のあなたの眼に前に此処にあるではないかと。

 終に陁陁禮都豆美、腐れて身を立てる事も出来なくなった。

 陁陁麻云、お前は死んだものか、生き返ったものか?

 陁陁禮都豆美答えて云、死ぬも生きるもなにの区別のあろうか?

 陁陁麻云、お前はいまふたたび死んでしまうのか?

 陁陁禮都豆美答えて云、仮初のものの死ねばまことそれ所詮仮初の死、ならばそれまことの死のまことであろうものか?

圓位は云った。「うつつ、というでしょ?」

「現実?」

「うつつ。あれ、宇都は稀であるとか奇しいとか、ね。うつなる御子生まれけり、とかね。賛美と警戒、兩方あるね。又動詞のうつで打つ、討つ、うつすで寫す、移す、映す。うちなびく、うちのぼる、とかの頭につく宇都、宇知、ね。強調句ね。強調句だから実体のないものでしょう?なびく、うちなびく。なびくは言葉の実態。うちは実態に副うだけの音。宇都須はいうまでもなく假の…池が月を宇都須、しかれど水面に月はまことに浮かべりや?打つ、討つは今の現状を變える行爲じゃない?敵は生きて目の前にある、それを討つ。そこにあなたが微笑んでいる。その頬を、打った、と。稀のうつはもちろん普通でないもの、つまり、現実と呼ばれるものはなにも慥かなものでは無くて、それ自体恠しいものだと、そう云ってる気がしない?」

「それはこじつけですね。こじつけた語釋。」

 いずれにせよ陁陁禮都豆美はそのまま腐ってやがて聲も上げがてにする。

 故、陁陁麻は聞いた。

 お前は死ぬのか?

 死んで、これからいづこへ行くや?

 答えて曰く、

 消えるとでも?

 ここにこうして目覺めていようものを。

 遠ざかるとでも?

 ここに步けもせずに腐るものを。

 陁陁禮都豆美は軈て聲もあげなくった。その身に蟲が無数に蠢くばかり、と。

それでどうなったんですか?と私が云えば、圓位曰く、おわり。

私。終り?

圓位。これで終わり。

私。結末、無いんですね。

圓位。あるじゃない。

私。結末?

圓位。陁陁禮都豆美は動けなくなった、と。それ以上に、終わりようが、…終われようがないじゃない?

私。陁陁麻は?

圓位。普通に、…語るほどの何があるでもなくに、生きて死んだかしたんじゃない?話はだれも傳えなかった。

私。出典はなんですか?その話の。

圓位。ないよ。

私。じゃ、でたらめ?

圓位。口傳。これ、この島に最初來た時に…都多さんという人がいて、女の…

 葛之のはうて

  中谷にうつる

 この葉萋萋たり

  黃鳥ゆき飛んで

 灌木に集る

  それ鳴いて喈喈たり

子だくさんの方でね。その人に語っていただいたの。昔語りにね。…あれ、昭和の50年くらいかな?

私。文書がある譯じゃなく?

圓位。だって、こういうの、口傳を書き殘して文書でしょ?だったら抑々文書に口傳以上の正当性も実証性もなにない。…じゃない?口から直に聞いたんだったら、それこそ誰かの聞き覺えた書き記し文より正しくないの?じゃない?

と言って、圓位は笑った。彼は単に会話を楽しんでいるのだろう?

私。それ、だいたいいつくらいの話なんですか?東で壬申の乱の起った比にとか、そんなの謂わないでくださいね(私は笑った)。

圓位。江戸時代の後半じゃない?

私。根拠は?

圓位。(口眞似して)これはな、わたしのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんが見た話し、と。そう云ってられたからね。

ちなみに陁陁麻というの人は違う伝承があってね、

私。どんな?蓬萊山にでも上ります?(これは悪意のある冗談ではない。会話は此の時は非常に居心地よいものにっていたので、わたしは心を赦した子供が戯れ言を口走るように、そんなふうに話たのだ…)

圓位。隱岐の島から来たのよ。山陰のね。中国山地の向こう。八雲立つ先の海の眞ん中。あそこ、後鳥羽院っておられたでしょう?

私。承久の亂の?增鏡の。

圓位。新古今のね。

 みよしのは山もかすみてしらゆきの

    ふりにしさとに

       春はきにけり

是は京極良經。

 ほのほのとはるこそゝらにきにけらし

    あまのかく山

       かすみたなひく

此れ、後鳥羽院。

 山ふかみ春ともしらぬ松のとに

    たえたえかゝる

       ゆきのたまみつ

式子内親王。次は…誰だっけね?

 かきくらしなをふるさとのゆきのうちに

    あとこそ見えね

       春はきにけり

次は俊成。

 けふといへはもろこしまてもゆく春を

    みやこにのみと

       おもひけるかな

隱岐に流されるでしょう?その、所謂承久の亂ののちに。

 我こそは新島守よおきの海の

    あらき浪風

       心してふけ






Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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