多香鳥幸謌、附眞夜羽王轉生——小説13
以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
比。黑い影。というか、色が見えてないんですよ。色がみえてなくて…ヒトの眼って色でみるじゃない?色を…
私。つまり、ブラックホールみたいな?光反射しないから、あれ、黑く見えてるけど目に見えてないということみたいですね。ブラックアウト。見得てないから取り敢えず黑く認識されてるだけ。
比。見得てないのよ。たぶん。
髙。色ないからね…そういうこと?
私。ご主人は?
髙。わたしは全く。
比。目が燃えてる…あの變な子、行ってましたね…あの子、熱あるみたいな眼してる。いつも。
髙。そうなの(私に)。
私。いや、わたしは…
比。あの子の話聞いてからの妄想じゃないですからね…
髙。去年から云うてるもんな。
比。目…というか穴だけ燃えてるのよ。毛孔とかというの。鼻とか口とか…お尻とか?
私。じゃ、全身炎に包まれてる?
比。目だけ。目だけ開けてるってこと?…あれ、比呂くん。
私。でも、生まれ變わってるって言ってますよね。すくなくとも、眞夜羽は。
髙。先生、正直言ってどう思うの?
私。まだ何とも…
髙。正直、どう?
此処で私はそれまでの正直な印象を言った。「なんだか、小さな嘘…ついたほうには嘘という自覺さえないようなちいさなささいな嘘がたまたま固まり合って巨大な謎めかして見させてるだけで、本当は単純でシンプルなことが起こってるだけなんだ、という気がする。嘘や、謂い間違いや、ちょっとした認識ちがい、又は錯覺、そういうのが…」
髙長氏。じゃ、なんともない、と。
私。なんともないかどうかまでは未だわからない…
比。じゃ、わたしがやっぱり夢を?
私。そうとまでは云ってない。
比。妄想を?
私。それはわからない。すくなくとも、額田さんは…奧樣、いまも、ずっと、誠実に話されてらっしゃる。
比。私の母だって誠實ですよ。狂気の人っていつでも誠実なの。嘘のない、在りの儘を話してるの。わたしもそうかもよ(謂って、比呂子は私を見るのだった。)
以下比呂子の「焰立たす黑いモノ」についての質疑(問は私)。
問。具躰的に、最初に見たのはいつか。
比(笑って)。実はね(と髙長氏を見、私を見、いかにもいたずら氣に笑み、且つもう一度聲に笑って)9歳の時から。
問(髙に)。ご存じでした?
比。知らない。謂ってないから。
問。秘密だった?
比。云ってなかったから、たしかに、それは秘密にしてたことに成る…けど、話してなかっただけ…だって、今朝、先生朝ごはん何食べたの?
私。いや、食べてない。そう云えば。
比。なんで秘密にしてたの?
髙。それは詭辨ってやつだよ。
問。ともかく、9歳くらい?だれかに言いました?
比。それ、見得るのが普通だと思ってたから。だって、自然に見えてるから。…いや、突然に見えるようになったものだから、もちろんおおかしいんだけど、でも、自然だったから、おかしく思わなかったの。
問。ずっと見得てた?
比。あの變な子の謂うことわかりますよ。いっぱい見えてる。いつでも。
問。いまも?
比。いつでも…でも、あの子の謂う、人格があるなんて…それは嘘。
問。でも、「比呂斗が」って、人格として奧さん見てますよね。
比。比呂斗。でも比呂斗の人格とはいえない…人格っていうか…なんだろう?あれは比呂斗。でも、必ずしも比呂斗である必然はない…
問。なにかされたり語り掛けられたりはしないの?
比。お化けみたいに?…ない。まったく。でも、見てるんだよ。あれは。確實に、絶対に…はっきり見てる…認識してると思う…
問。心があるって?
比。でも、心ってなに?たしかに人の心は心でしょうよ。人の心を心って云うんだから。でも、犬の心と人の心って同じなの?形も違う…体の、よ。聽力もちがう。たぶん皮膚感覺も、視覚、それから嗅覺…ね?そういうのみんな集まってなにか認識して、考えて、感じたりして、それが心でしょ?感じ方の、その抑々が全然違うのに、心が同じなわけないじゃない?猫も。雀も。虫も。蛇もなにも。まったく違う物でしょう?間違いなく…同じになれないじゃない。
問。つまり、
比。別のものなんだよ。
問。どんなふうに見えてるの?
比。木に葉っぱがあるように、…川に水が流れてて、空に雲がって…今、雨降ってて…そんな風に。
問。だれかに相談した?
比。小學生の時…吉田綺羅羅ちゃんっていう子いたの。友達で。その子に、…相談はしないよ。別に變だと思ってなかったから。だけど、なんの拍子だろう?なんか、「それ」について話さなきゃならないことがあって…それで…その時気付いたの。
髙。何に?
比。名前。わたし、名前知らない。あれは(…と、私を見詰めたまま上を差した)雲、これは(と右を差し)木、此れは(と斜め右を差し)コンクリート、そういう名前。…しらないの。私。「それ」の名前。變じゃない?名前しらない、ありふれたものなんて…そうそう身の回りにないよ。
髙。で、聞いたの?
問。ねえねえあれ何っていう?って?
比。黑い、眼燃えてる奴、あれ、名前何だっけ?って。
問。その、女の子…
比。綺羅羅ちゃん?
問。キララちゃん、しかし、これぞホントのキラキラネームだな(笑)。驚いたでしょ?
比。え?なに?って感じで…でも、深追いしなかった。私。
問。深追い?
比。ほらほら見得るじゃない?キララちゃん。黑い、眼だけ燃えてるの一杯、瞬きする間にも、眼、閉じてても見えるやつあるじゃんあれ。見得ないの?あれ。これ。それ…みたいな。
問。でも、なんで?見えるのが當然だって、自然に、そういういう認識だったって言ってたでしょ?
比。思った。いや、普通じゃない事なんだなって。
髙。でも、それはおかしいんじゃない?
比。でも、そうなんだよ。直感的に。これ、やめといたほうがいいなって。
問。それはそれとして。
比。…ね。(と、比呂子は此の時にいきなり私に言った。「時間って、本当に流れてるのかな?」
「時間?」
「まっすぐ流れてる?だってさ。猫、いるじゃない?猫、ミルク呑んでるとする。うっとりして。めを細めて。耳だけ後ろの方向いたりするじゃない?遠くの音、聞こえて…その時、同じ時間が同じ猫の中に同じように流れてるの?」)
問。でも、なんで、ご主人に…それまで秘密…というか、ま、謂わなかったわけですよね?でも、言ったわけですよね?…いつでしたっけ?(髙長氏に)
髙。去年。その、…11月か?
比。秋じゃなかった?
髙。もっと暮れちかくよ。いそがしかったんだもん。仕事が。なにこのくそいそがしいのにそんな世迷い事をって…
比。そう?まだハロウィンじゃないぞって言わなかった?
問。兎も角、云った、と。もちろん、自分からでしょ?
髙。知らないもんね。俺はね。
問(比呂子に)。なんで?
比。云った理由?
問。なんで?
比。夢見たの…というか、その頃同じ夢ばっかり見て、
問。夢?
比。毎日、
髙。それ、聞いてないな。俺は。
比。同じ夢。…夢…なんていうか?
問。白昼夢とかじゃないですよね?醒め乍らみる夢とか?
比。普通のですよ。レム催眠…でしたっけ?それの、普通の夜の…
髙。どんなの?
比。下から雪が降ってる。
問。下?
比。足の下?
問。地面から?
比。夢…夢だからね。地面は多分存在してないんだよ。そこに。ただ、下から…
髙。浮いてる?
比。そこまでいかない。浮いてるとまで言えない…浮いてなくもないけど。だから地面でも空中でも無くてただ、下から…とにかく下から遠くの方まで下から、雪、上に降ってるんだよ。
問。それを、見てる。…ひとりで?
比。判らない。その意識…ひとりとかふたりとか。それ、ないから…で、黑い燃える目が目の前居る。
問。至近距離?
比。たぶん。匂いそうな近く。
髙。じゃ、雪見えないじゃない。
比。夢だから。今の此の感じ…眼で見て腦で認識するこの感じじゃなくて…でも、なんにも矛盾しない、普通に見えてる風景なんだよ。
問。その夢では?
比。雪が…下から。
問。黑いのは、一躰だけ?
比。わからない。そういう形じゃないんだと思う。
問。かたち?
比。ひとつとかふたつとか…
問。それは比呂斗くんなの?
比。それも、そういう問題じゃない。そういう問題の中にいない…先生が云ったそれはもう、歷史のテスト問題を数學の√式でとく見たいな…音楽の授業で蛙の解剖するような、そんな…
問。それから?
比。それだけ。
問。それだけ?
比。それだけ。それだけの夢。
問。ずっと?
比。ただ、それだけ…(此処でいきなり髙長氏を返り見て)いや、秘密じゃなくてね。謂わなかったんじゃなくて。「あれ」の話で…黑い、燃える…その、それで話がいっぱいになっちゃって、それでそこまで話がいかなかったんだよ。たしか。
その後墓を輕く掃除して(私も手傳った。恐縮されながら、ね。)墓地を跡にするのだが、石段を下りる時に比呂子は髙長氏に想いだしたように云った。
比呂子。夢。…ね?
髙長。夢?
比呂子。雪。夢の…あれね、(と言いかけて笑う)
髙長。何?
比呂子。(ふたたび言いかけて笑い)
髙長(笑いながら)。だから何だよ。
比呂子。ピンク色なの。
髙長。雪?
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