多香鳥幸謌、附眞夜羽王轉生——小説9


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



 朱。警察謂わんから(発表は死亡推定時刻2月12日午前6時15分。およそ日昇時間)。昨日電話きて、それから行ったんじゃが。氣、しっかり持ちねぇ、ええか、がんばれよいうて、それで敎せぇてくれたんじゃじぇけぇ。

 又、父洋一郎は他殺。犯人は比呂斗。ちなみに入院先の病院は岡山県立大學病院。その病室で首動脈を切られていた。

 比呂斗事件経過。(家族の歷史から纏めて置く)

 1970年7月か8月(誕生日を比呂子は記憶していない。たしか夏ですよ云々)山邊洋一郎生、出身地は神奈川県。

 1975年10月23日額田朱美、生。

 1989年(結婚記念日、比呂子記憶せず)結婚(養子縁組)

 1991年5月か6月(梅雨時と比呂子記憶)額田比呂斗、生。

 1992年9月20日額田比呂子、生。

 2001年洋一郎発病

 2005年夏、妊娠発覺(比呂斗14歳)

 同年末、二学期終了と共に比呂子休學

 2006年2月11日午後6時くらい、救急に通報、比呂子出産の爲入院、比呂斗母に電話連絡。母病院直行。

 この日何らかの交通手段で岡山市内の大學病院に行く。詳細未詳。

 同日午後9時、父洋一郎の病室に面会に(此の時に洋一郎を刺殺。発見は直後。9時半の巡回に看護師が発見。通報。)

 (發見されたときには病室に比呂斗はすでにいない)

 同年同月12日午前3時頃、息子比呂斗出生。

 同日午前6時15分頃、比呂斗自殺。場所は茨市西蠅原町小角(コズミと讀む)の賀山(カヤマと讀む)ふもとの蠅子神社(無人の神社)で頸を吊る(首をつって、且つ、手首と足首を切り、且つ、舌も噛んでいた、と。蠅子神社は自宅から徒歩二十分程度の距離。歩いたようだ。)遺書ズボンのポケットの中にあり。

 同日午前中に茨警察署から母朱美に通報あり。朱美署に出頭。

 此の時に、大學病院の刺殺事件及蠅子神社の自殺事件を聞く。

 警官同行で市民病院に、そこで比呂斗の亡骸に對面。本人確認。

 後、岡山市に移動、洋一郎の亡骸に対面。本人確認。

 又、遺書を確認する。その遺書以下の如。

  べつに死にたいわけではない。いき場所がない。学校にも。家にも。どこにも。未来にも?

  風穴をあけようブレークスルーこれでいいだろう?

  いちばんよくてラクなのはなにか?あなたにとってだよ?

  それってこれだろ?

  うらむほどバカじゃない。ひろ

 此れは(おそらく通りがかりの)他家のポスト(住所は西蠅原町下田)に入っていた電気料支払い明細を捕ってそれに書きつけたもの。ボールペンがき。ボールペンは身の回りからは発見されなかった。書いて捨てたか。

 自宅のある西蠅原町神戸(カンドと讀む)から小角の蠅子神社への道程から、かなり迂回している(渋谷駅から惠比壽駅へ行くために代官山を通って行く程度)。

 四十九日の法要の後に比呂子は自分の子供に名前を付けた。比呂斗、と。

 以上。

 後、比呂子は中學校とは話し合いの結果留年あつかいされることなく卒業している。単純に産後の育児休暇として半年見たとしても夏場には復帰できようものだが、

1經濟的な理由。洋一郎が倒れて後は朱美のパートと生活保護で生計を立てていた。親族への借財多量。比呂子出産に伴う関係悪化の爲に新たな借り入れが賴めないばかりか、返済が請求されるようになったので、とても通學している余裕などない、と(これは比呂子の解釋)

2自殺事件、刺殺事件の余波。朱美及び比呂子の精神的負担過大なる爲。

3自殺事件、刺殺事件の學校側への余波。復帰すれば他の生徒たちの動搖が甚だしいと判断。

これ等に関して比呂子はなんの非議をいうでもなくむしろ英斷だったという。判断は正しい、と。復歸した方がより「凄慘な結果」(比呂の言葉儘)をもたらしたに違いない、と(問、凄惨って、どんな?答、謂わなくて、わかるじゃないですか。それ以上は応えず。)

・存命時の比呂斗。

 以下、比呂子の述懐を簡潔化し羅列すると、

 かわいい子だった。男だがだれからも女の子に間違われた(私。この点、眞夜羽に似ていると思った。) 

 おむつをかえようとした朱美の顏にとつぜん放尿して笑わせたことがある(このこは元気でぇと母は顏拭きながら笑って謂って…云々。)

 言葉を話すのが早かった(二歳?三歳?もう、すぐ。よちよち這い這いしはじめたと思ったら、もう、すぐ…云々)。

 人見知りの激しい子だった(保育園でもなか友達ができなくて…内氣だったんです)。

 比呂子の記憶。保育園に迎えに行くと必ずひとりで櫻の木の下で待っていた(仕事の爲時間に遅れがちだった)。じっと、まっすぐに立ってまっすぐに門の方を向いて自分が來るのを待っていたと比呂子。

 牛島という三十代の保母に折檻された(これは所謂ママ友に聞いた噂である。眞僞不詳)

 いつも誰もいない空間を見つめて、物思わし気な顏をして居た(私。是は眞夜羽の謂う「顏」を見ていた?)

 など。

 その他、頭よくて。すごく物のわかる子で。私がちょっと悲しんでたり辛かったり、疲れてたり、そしたら、察するんでしょ?たぶん…いきなりなきだしたりするの(是は意譯。きつい方言で話した)

 又、なんでもわかっちゃう。だから、なにも秘密にできなかったの。だから、おじいちゃんのこととか、お兄ちゃんのこととか、かくさず全部…自殺なんて、まだわからないのにね。たぶん、かわいそうな育てかたしました。若かったから…(是も意訳。方言)

・比呂斗の死について。

2012年6月21日(以下には記憶違いや後の記憶の無意識的な加工があるように思える。しかも大量に)

まずその前日20日(曇りだったと比呂子記憶。気溫が高く濕度が高かったと記憶。シャツの下の背中が汗ばんで…云々)比呂斗が紫陽花の花を見たいというので茨市の田中(デンチュウと訓)公園に連れて行く。(夕方)

空は一面の雲、白い。木立の翳りの下に紫陽花の紫…しらけた茶色と綠のくすんだ色あいの日影の中にそれだけあざやかな色彩…

頭の上で羽搏く鳥の音がざわざわと聞こえていた。決して見上げなかったけれど、と比呂子(問、なんで?答、だって、何か落ちてきたら嫌じゃないですか…)此の時に不意に振り返った比呂斗が云った。

 おかあさん、花がさいたよ

 そうだね。綺麗ねぇ。紫陽花きれいね。

 うどんだよ。饂飩の花が咲いたんだよ。

此の話をしている時、比呂子は聲を立てて笑った。そして云った、「おかしいでしょ(これ等悉く本当は方言で話している…詳細、覚えてない)こどもったら。うどんの花って…ね?饂飩って小麦じゃないですか?あ、でも小麦も花ってさくのかな?咲きます?咲きますよね、きっと。實が稔るんだから…じゃ、お米は?お米もお花って咲くの?色は?どんな色?黄色?」

「優曇華じゃない?」と私。

「うどん毛?」

「饂飩じゃなくて、優曇華なんじゃない?」(思うのだが、比呂斗はウドンゲの花が咲いた、と云ったのか?)

いずれにせよその日、何事もなく夕食をたべ、家族三人で話して、テレビを見て、お風呂に入って(比呂子述懐。なんか、今思うともったいないの。ああいうふつうの、なんでもない普通の時間がいちばん、幸せでしたよね?そうでしょう?もっとね、大切にすれば…いま、もう一度繰り返せたら、ぜんぶぜんぶ、ほんとにぜんぶ、かみしめて、あじわって、だきしめて…ぜんぶ、でも、そのときはほら、そんな…そういうものじゃないですか?ぜんぜん、なんでもないの…だから、やっぱ、なんでもなくて、もう、ぜんぜん…ね?ふつう。どうしようもない、普通なの…(これ等方言))そして寢。

寐ていたら耳元の近くの下の方で足音がした。

眼を開く。

強烈なにおい。花の匂い(花がにおうと思った瞬間に、周囲の空間に白い丸い花が大ぶりの葉を纏いながら(蓮の花?)浮かんでいるのを見て居たのに氣付いた…)。

怪しんで身を起こそうとすると、すでに自分がベッドが腰かけて座っていたことを知った。

眼の前に比呂斗が立っていた。

薄く光ってるように見えた(斜めに光ってるの(ななめにひかっとるんで…)と比呂子は云った)。

比呂斗はかすかに笑っていて、どうしたの?聲をかけようとした瞬間に、比呂斗が周囲に浮ぶ花を貪り食っている言に気附く。おいしい?と何度も語りかけた氣がする。自分の聲が聞こえていないことは知っている。なぜなら自分でも自分の聲が聞こえて居ないからである…云々。

何度か語りかけ(おいしい?)そしてそのどの時というでもなく、いつというでもなくに、軈て目が覺めた。

まだ夜も明けて居なかったので(夜明け前)そのままベッドの中で微睡んでいた。雨の音が聞こえた。雨の音を聞くうちに、ひょっとしたもう寝過ごしているかも知れないと思った。

曰く、雨の日ってくらいから、いつまでたってもくらいから…だから時間も判らなくなるの…

不意にあわてて起き上がって台所に行く。時計を見る(比呂子は居間で携帯電話を充電する習慣だったので。曰く、寝室に入れると電磁波が…云々)六時。

まだ早い。

朝食の用意をする(これはいつもなら朱美がしていた)。

七時過ぎに朱美が臺所に入ってくる。おはようの言葉も無かったので、最初気付かなかった、と。

気配に振り返ると朱美が引き戸に左の中指でだけふれて立って、首をかすかに傾げて、比呂子を見ていた。

なに?どうしたの?

朱美云、比呂くん、亡くなったで。

なに?

比呂くん、亡くなったで。

此の時、もう一度なに?と言い、もう一度同じセリフを朱美から聞けばすべてことごとく理解できる氣がした、と比呂子。ここで比呂子、ガスの火もそのままに朱美の寢室に走った(比呂斗は朱美の寝室で寢ことになっていた)。

(比呂子の記憶、ガスの匂いが鼻に殘り続けていた)

(又、沸騰する味噌汁のぶつぶつ言うノイズが雨の音に重なって聞こえ續けていた)

寝室に入ると、ベッドの丁度左半分に(右に朱美が寐ていたということか)比呂斗が死んでいた。

仰向け。兩目をひらき、口をあのかたちに大きく開いて。兩手足はまっすぐ伸ばしたまま。

以上。

後の検視結果では心臓發作。理由はともかくも、いずれにせよその一瞬心臓があばれてそして急停止したのである。

それ以上の詳細は終にわからなかった。

比呂子が云った。「田中公園、見に行きます?」

「最後に、比呂斗くんと行った?」

「そう」

「車で?」

「すぐ、ここなんですよ」

「ここ?」…と。

又すぐ歸ってくるからとシートに荷物を置いて、店員に聲をかけて外に出る。步いてゆく比呂子に隨う。市民会館ホールの正面口の前の車道を渡ると、公園がある。

「ここなんですよ」と比呂子。

それなりの大きさの(だいたい、松濤公園の1.5倍くらいか?)公園。

整備は行き届いてるほうなのだろう。雜然とした気配はない。

樹木が茂る。こっち、というので比呂子に隨う。木立の影を潜った数十メートル奧にたしかに花のない紫陽花の葉が靜に茂っていた。

地に翳をやわらく、それでもくっきりと投げる。

私、問。(これは此処に來る前から氣になっていた事)私に逢いたいと…逢ってもいいよっていったの、比呂子さんですよね?

比。ええ。眉村さんに。旦那さんの方…云ったけど、なかなか都合附けてくれないでしょう?先生。

私。僕が?

比。だから佐伯さんにも言ったんですよ。すごいですよね。やっぱり。あのお母さん。若いのに。あの人に謂ったら、すぐ來てくださって。弱みにぎられてます?(笑)

私。なんで、僕に逢おうと思ったの?

比。必要なんですよ。

私。僕?なんで僕?

比。部外者。ぜんぜん關係ない部外者。…

私。どうして?

比。なんかね、…というか、幽靈、見る人ですか?

私。全然。

比。宇宙人は?

私。あっては見たいですね。見てみたい。宇宙廣いから。ここの他にも生き物位いるでしょ。

比。妖怪とか?

私。伝承漁るのは好き。仕事だから。

比。見るの。








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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