多香鳥幸謌、附眞夜羽王轉生——小説7


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。


ひどいね。平家研究家の風下だにも置けぬとか。

笑。


〇久村文書A付錄(謠本陵王についてのもの。久村文書Aとは別に送信されたメール本文)

お疲れ。添付は最初の佐伯宅の会合の時にお借りした本。(古寫本。クセつよい惡筆だね。すさまじく)

内容は佐伯母(髙四(多迦與)さん。四人姉妹の末っ子だったからとか。)に聞いたものとは大きく違う(まったく別)。記憶違いか。乃至、同じタイトルの違う本を間違って渡したか。乃至、タイトルを間違って覺えていたのか。

是は此れで面白いもの(添付の画像はデジカメで撮った写真版)。

内容かいつまむと、こちらは單純に蘭陵王髙長恭の話。異説というべきか。(龍王面由來にかかるものではない。)

是は北魏の、とある(間違い)。

設定として、陵王は憑きものの病に侵されていた、と。所謂「癩病」か。とはいえ、此の時代…かつての物語神話等に見る「癩病」、あれ一體なんなんだろうね?惡化して合併した超惡性の梅毒の一種?なんなんだろう?糜れた身を七色の衣と面に隱し、とある。一か所、痲れた顏を、と。痲字は糜字の誤りなのか。デフォルメ?いっそのことフィクション?いずれにしても現存しない病ということなのか、或はそれが現代との衞生状態の違いということなのか。

河間王孝琬、お兄さんだね。殺されちゃう人ね。時の皇帝に。北齊書列傳。

 孝琬以文襄世嫡、驕矜自負。

 河南王之死、諸王在宮内莫敢舉聲、唯孝琬大哭而出。

 又怨執政、爲草人而射之。

 和士開與祖珽譖之、云「草人擬聖躬也。又前突厥至州、孝琬脫兜鍪抵地、云『豈是老嫗、須著此』。此言屬大家也」

 初、魏世謠言「河南種穀河北生、白楊樹頭金雞鳴」

 珽以說曰「河南、河北,河間也。金雞鳴、孝琬將建金雞而大赦」

 帝頗惑之。時孝琬得佛牙、置於第内、夜有神光。

 昭玄都法順請以奏聞、不從。帝聞、使搜之、得鎭庫矟幡數百。帝聞之、以爲反。

 訊其諸姬、有陳氏者無寵、誣對曰「孝琬畫作陛下形哭之」

 然實是文襄像、孝琬時時對之泣。

 帝怒、使武纫赫連輔玄倒鞭撾之。孝琬呼阿叔、帝怒曰「誰是爾叔。敢喚我作叔」

 孝琬曰「神武皇帝嫡孫、文襄皇帝嫡子、魏孝靜皇帝外甥、何爲不得喚作叔也」

 帝愈怒、折其兩脛而死。

謠本ではここらへんが改變されてて(それとも異説?)全部蘭陵王長恭の讒言によるものだった、となっている。だから毎日正午に烏となって長恭の頭の上を舞っていた、と。そうしたら長恭は先の「憑きものの病」に憑かれる。死に懸けの陵王の前に現れた烏=河間王は歌い、踊る。いまがお前の最後の時ぞよ、とね。時に皇帝の使いが來る。毒をもってね。此れを飲んで死ね、と。北齊書に言う、此処のところ…

 武平四年五月、帝使徐之範飲以毒藥。

 長恭謂妃鄭氏曰「我忠以事上、何辜於天、而遭鴆也」

 妃曰「何不求見天顏」

 長恭曰「天顏何由可見」

さらば、と、謠本の中では長恭は烏=河間王に言う。是はお前の讒言によるものか。

烏=河間王は謂う、俺はしらぬ、と。俺はただお前をこのまま生きながらにいついつまでも苦しみ續けさせたいのが本望。だれがお前のすみやかな死など望もうかと。

長恭は謂う、死んでも地獄の攻めに逢う、生きても無間の苦痛に惱む、と。

河間王の姿が見えない妃はならば逃げてくださいという。いつか日之下を歩けるようにあるでしょう、と。烏は謂う、毒などすてて生き延びよ、と。永遠にわたしに苦められ續けよ、と。

追い詰められた陵王は隱れて終にひとり毒をのむ、それ泡沫と知りながら、そのうたかたをとどめんとせし愚かさよ、云々。かくて殘され歎くものふたりあり、人と、かつて人だった怨靈と。

ひとりは愛しいひとを無くして泣き、もうひとりは終に復讐をとぎらせた無念に啼く。

ここで夢が醒める。河間王がいま兩手梁足を絶ち切られて死のうとする断末魔の苦しみの中に見た一瞬の夢だった(それ刹那の夢永劫苦悶の奈落にひとし云々)未來を見た。たしかに。そして未來にだにも救いのかけらさえなかった、と。故ただ絶望してこと切れる…と。

好き嫌いはっきりする内容、…ね。

ただ、文は藝がない。そんな氣がするね。世阿弥観阿弥にくらべると、ね。そっけない。ただ、尊氏の歌の引用があるね。河間王の獨白で。たぶん、そうだよ。風雅集だったか玉葉集だったかに入ってるやつ。あやしい記憶だけどね。

文書2

私記。

以下は久村によって九月朔日に送信されたもの。

〇久村文書B前半

額田比呂子邂逅記。

8月26日。佐伯騰毗からLine。

 佐。嚴島にいつまでいますか?

 私。29日の予定です

 佐。茨にいきませんか?

 私。眞夜羽の件ですか?

 佐。眉村から連絡があって

  額田が逢いたいと

 私。比呂美さん?

 佐。比呂子

 私。茨って遠い?

 佐。近くはない

  県外だから

 佐。那須与一

  知ってる?

  それで有名

 私。与一って茨の人でしたっけ?

 佐。所領

  たしか

  兜が埋まってるらしい

  伝承

  ただの伝承

 私。いいですよ

 私。いつ?

 佐。じゃ明日

 佐。明日こっち来て

  うちの法

 佐。方

同日。嚴島沙羅樹院(眞言宗寺)に詣。住職は圓位。70代。若く見る。たぶん、うすく香水をつけている。最初香が匂うのかと思った。袈裟について匂いが変質したのかと。おそらくポワゾン系のもの。たぶん。あやしいね。

寺から四國の方の海が見渡せる。

天氣は曇り。朝方晴れていた。昼近くに雲が掩う。濁った色。海の面が白く染まる。今年は雲が多い。

圓位に閲覽を願ったのは淸盛の書寫と云われる鳩摩羅什妙法蓮華經の序品第一の前半斷片。圓位曰く、本來全卷そろいだったと。南朝正平22年、北朝貞治6年、西暦のおよそ1367年の沙羅樹院燒失(一説放火)により燒失した、と。現存はほんの半切れ四枚のみ。思えば燒失した後半にはこうあったはずだ、即ち

 其後當作佛 號名曰彌勒 廣度諸衆生 其數無有量

 彼佛滅度後 懈怠者汝是 妙光法師者 今則我身是

これも考えようによっては一つの轉生談には違いない。

字は(楷書なので)代り映えしない(見る人が見れば違うのだろう)。そもそも眞筆かどうかも怪しいだろう。

圓位が茶をいれてくれる(離れの茶室で)。

圓位曰く。輪廻轉生についてお調べみたいですね?(是は奇麗な標準語。ちなみに、ここにはないのだが、「此れが本です」とかの「が」、こういう「が」が「ンが」の鼻濁音になる昔のお江戸上流發音だった。土地の人じゃ無いと思う)

私。だれ情報ですか?それ。

圓。佐伯の笹予(佐左與)さん(祖母のほう)。

私。いや、調べてないですよ。平家の、嚴島本…佐伯さんのところの。あれ、調べにきただけなんで。

圓。あれ、見られた?

私。平家物語?

圓。あれ、僞作よね?

私。僞作といっても、なにを僞るといって、元が物語のその異端本ってことなので。まあ、修正はなはだしいですね。

圓。あれね、元雅が書いたらしいのね(此の「が」音。是が鼻濁音になる…)。

私。だれ?

圓。世阿弥の息子。

私。殺された?

圓。そう。その人が書寫した…改變した?本の書寫らしいね。きわものよね。

私。でも、こう思うんですよ。書かれたものに正統もキワモノもないと。それぞれの必然にそう書いたんでしょ?だったらその必然性の存在故にその限りにおいて正當である、と。史實から云えば單なるウソ出鱈目でもね。その嘘をついた理由を解き明かせよ、と。それこそ本質である、と。

圓。でも、そんなの判らないんじゃない?終に…

私。そう。だから此の年になって異端本見に宮島くんだりまで來てるわけです。單に風狂の人なんですよ。學者って。

又、圓位の笛を聞く。龍笛。小亂聲。なかなかの名手(尤も、私のあかるい分野ではない)。笛は漆に墨を混ぜて塗ったもののようだ。全躰的に黑光りする。雅樂の笛には見えない。筒の中までも黑光。それ以外に色はない。拜借し、私。是もお寺のですか?圓位。いや、わたしの。

由來、なにかあります?

敦盛の笛。取りに帰って、切り殺された、あれ。

本當に?

嘘よ。多分ね。だから薄墨色でしょ。後の、…江戸時代じゃない?そうやって仮託して作られたんじゃない?

圓位謠う。

 それ世には隱れもあるまじきぞ

 たゞ某が首を取て汝が主の義經に見せよ

 見知る事もあるべし

 それが見知らぬ物ならば蒲の冠者に見せて問へ

 蒲の冠者が見知らずばこの度平家の生捕りのいかほど多くあるべきに引向けて見せて問へ

 それが見知らぬものならば名もなき者の首ぞと思ひて叢に捨てゝの後は用もなし

是は幸若舞の敦盛。

8月27日。雨。今に年の夏は雨が多い。氣が付いたときにはいつも雨が降っている。

早朝(7時)佐伯宅に行く。

佐伯母(與四)。こがあんはようにどうされたん(こんなに早くにどうしたの)?

私。息子さんと約束があって。

奧に引っ込んで、もう一度ひとりで出て來た時には訝し気な顏。

申し訳なさそうに(そういう顏をいきなり作って)曰く、これ渡したげって。…住所。

メモ書きを差し出される(コンビニ売ってる安いメモ帳を破ったもの。鉛筆書き)。

私。当主は?

佐伯母。一緒にいかれるはずじゃったん?

私。そういうことだったと思いますよ。

佐伯母。なんにも…氣が變わったんじゃんない?

私は敢えてそれ以上突っ込まなかった。そういう性格なのなら諦めるか呆れるか以外にすべはないだろう。先方にアポイントを取ってあるのかどうかも不安になる。確認しようかと思ったがやめた。佐伯母、もう一度頭を下げた。

なんでもないですよ。

ごめんなさいね。

もう慣れました。笑う。

フェリーで本土に。山陽本線、という路線だったか。思ったより本數があって安心したが、それに乘って岡山に。路線に迷うことはない。乘ったら終わり。乘り換えなし。田舎だからね。

山間部を通って行く路線。雨の中に薄く霧れる。樹木の葉が濃く、いっそう濃く、目に染みるようにも濃く、シカスガニ白濁して煙る。これはこれで美しかった。







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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