多香鳥幸謌、附眞夜羽王轉生——小説6
以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
一同唖然(…というより、白けた感じというか。今思えばもっとおどいてもいいのだが、不意に入った横やりにそれとなく鼻白む軆のもの…)
佐伯祖母(佐伯で馴れている?)ややあっていきなり笑い(邪氣も無く)、云、
あらお上手ね。
眞夜羽、我に返ったふうに上目遣いになって佐伯祖母を見る。後、周圍を見回し左見右見して顎だけひいて目線下げず。私の傍ら通り過ぎた方を見る(そこに「顏」があったとか?)
私。それで、その方…額田さんとはそれから?
深。いまも。時々は。
私。奧樣が?
深。主人が。
和。深雪はあんまり、この件にはふれないようにしてるんです(ふれさせ、とは言わなかった。たしか。ふれないように、と)。
私。いろいろ、心勞…なんだろ。氣味惡いとはいっちゃいけないんだろうけど、此の世のことじゃないことは、ま、なんだろう、或る種、薄氣味惡いっていうか、女のひとには、
深。主人がふれさせないんです(わざと咎める不滿顏)
和。今、そっとしときたいんで…
深雪、笑う。
此処で佐伯母が遲れて聲を立てて笑った。わたしの耳にはどうにもなじまない落ち着かない聲。
佐伯母、謂う。できたの?
私、察する。
深雪、答えず、一瞬眞夜羽に一瞥、私を見て、わたしに頷いた。佐伯母、おめでとうなぁ云々。
あとは深雪の妊娠に関する雜談に終始。なんでも四か月とか。いずれにせよ、おめでたいにはちがいない。
別れ際(眉村親子が先に返った。佐伯母、祖母、私で見送った。あと、婆や的なひと…親戚の人なのかな?80代?)眞夜羽、車に乘り込む時に(さすが田舎。全部車移動だからね。)いきなり振り向いて云、(俺に。)
先生、僕の言ったことが全部、ほんとうじゃないよ。
(せん(ム)せ、ほくのいゆうたんかぁしぇんぷ(ぷィ)ほんましぁねぇからな)
全部が本當の全部じゃないからね。
(しぁんぷ(ぷィ)かぁほん(ム)まのじぁんぷ(ぷィ)やァないからな)
違うからね。
(ちぁうからな)
わかってね。
(わかてぇな)
(方言、及び、舌ったらずの訛り——言語障害?軽度の?)
親子が歸ると佐伯祖母(もう九時だったので)これで私は失禮します、疲れましたので、と(これは標準語だった。大阪人がしゃべった標準語みたいな標準語)。
佐伯母と婆や殘る。玄關先で(土間口、とでもいうのか。廣い。ここらの舊家の樣式?)暫し雜談。
佐伯母云、そうそう、ええもんみせてあげるわ(いいもの見せてあげるわ)。(~わの「わ」は標準語の「~だわ」の「わ」とは別物。もっと泥臭いニュアンスである。)
こっちへ來いと(こっちきてぇ)いうまにまに奧の和室(尤も、此の居宅の中は和室ばかりなんだが)に通される。
とりたててもったつけるともなく筥の中からとりだしたのは朽ちかけの笛袋で、中には尺八らしきものがある。
是なんか古いんでしょう?失礼、こういうの、疎いもので、と。笛袋を譽める。紺色。龍の錦絵あり。
答。たいしたことない。それは、明治の。すぐ朽ちるのよ。笛袋ばっかり。
私。中、拜見して構いません?
答。どうぞ。そのために呼んだので…と。笑う。
中からは尺八。一本の竹で作ったもの。年代古い。篠竹のようにも見える。筒の中に朱の漆。指孔にもまるく朱漆。藤で(龍笛のように)歌口の下、指孔の間、それらその下に藤卷き。故、雅樂っぽい外觀。おそらくそれらは補強を兼ねてということか。眞っ縦に二つに割れた裂け目が竹の肌を張っている。割れたものを繫ぎなおした、ということなのだろう。
佐伯母。吹いてみる?(ふいてみらりゃあええ)
私。尺八?吹けないんですよ。
佐伯母。殘念ね。いい笛よ。時々騰毗(トビ、当主の名)が吹くのよ。割れててもいい音。でも穢いのね。
私。穢い?音が?
佐伯母。いや、唾よ。唾液。わたしは我が子だから何ともないけど、ほら、尺八って、音はきれいたんだけども、澄んでてね。でも下の口からこれみよがしに唾だらだら埀らすのよ。見苦しいくらい。水たまりになりそうなくらい。これなんか特にひどいの。
私。これ、相当古い物でしょ。
佐伯母。古くても、大して意味なんかないのよ。笛と違ってね。お神樂笛やら、龍笛やらとね、あれと違って…尺八なんて、もともとは自分で靑竹切って、自分でこしらえて吹くのが本當だもの。此處の沙羅寺の…嚴島沙羅樹院のね、圓位さんっていう坊さんが、そう云ってらしたけども。それもどうだかね。やっぱり、古けりゃふるいで価値あろうもんじゃないの。
私は笑った。いつくらいの尺八なんですか?
佐伯母。昔、つがいの一節切もあったのよ。それ、ぬすまれちゃって。今はどこにあるんだか、まだしも大切にされてりゃいいけどね。源平の比。
私。さすがに。宮島だから。
佐伯母。イワクあってね。聞く?
私。話したいんでしょ。
佐伯母笑って。いい話なのよ。…と。
語られた話は以下の如。
德大寺の大納言實定、嚴島詣での後その神主等連れて京に上る。
その一群の中に笛師阿和丸というものがいた(雅樂師)。
阿和丸は言語障害があった。保元の亂のときに眼の前で親が切られた、と。(異説に藤原師長の子。)
此の時より今でいう失語症になる。(異説に齡五つ鬼憑きの爲に棄てられた云々)
年若く当時十八歳。美貌。
阿和丸を謳ったという田植え哥が広島(安藝)本土に殘る(尤も、寛永二年奧書の寫本。江戸時代の歌?)
あわくうた あわくわれけな
あわくうた あなやはづかしあわくうた
せんとけせんとけ ほらんとけ
あわくうた あわくわれけらの
あわばくうたで
男色の歌か。もともと京のぼりの人數に入っていなかったが實定が是非にというので同行し、先々で笛、尺八、で喜ばせた。
淸盛の二條殿に詣で、そこでも吹き淨海淸盛を愉しませる。
後、淸水寺に詣でる。笙をよくした雅樂師伽羅子(おそらく男)と連れだって一群にややおくれて隨う。(地位の爲?か)
時は早朝。不意に周囲が暗くなったので不審に思う伽羅子。阿和丸に尋ねる。
雲もないのに空ばかりくらい。これはなぞや。
日はいただけども空は猶くらい。これはなぞや。
阿和丸は應えない(失語症なので)。
阿和丸の見ている方を見ると淸水寺の舞台の先の中空に女のひらひら舞う衣を纏うのが漂っている。
伽羅子云、
あれは天人か?(あンらあてんぢよかよ)
空を舞うなら天人ぞ(そンらとばてんぢよぞよ)
天女、ふたりの前の來て漂い浮かびながら言う、月の宮に來ませぬか。わだつみの宮に來ませぬか。それとも濁世に汚れておいででよいか?
伽羅子答える。月宮と海宮どちらが美しいか。
天女。月には花が匂う、わだつみには花が薰る、と。
伽羅子。海には潜ったことがる。空をは飛んだことがない。そらみつ倭國というならば、是非に一度空に見ん。
月に、と。
天女。お前は月に、阿和丸はわだつみに行けばよい、と。
伽羅子。否。我等は二人で一人のものぞと。
天女。ならば一度音を聞かせよ。
それめでたければふたりで月に、と(それぞめでたくばあまつみそらにあまつみそらにふたりして…)
伽羅子、阿和丸に吹けという(やれやふきやれややれやふきやれや)。
阿和丸、腰に提げた尺八を取り、吹く。
その音の妙なること飛ぶ鳥も地に墜ちるがほどに、と。
伽羅子しばし聞きほれる。
時に見れば陶酔の天女、九つの蛇に身を食い破られ食い千切られしなが身をくねらせる和邇(鰐、乃至鮫)の姿で舞っていた。
我に返った天女、激昂する。何故我がまことの姿をさらさせたかと。
于時神鳴り中天より炎眞すぐに落ちて阿和丸を燒く。
稻光の閃光きえれば天女の姿はすでにない。
氣付けば嚴島神主ら一團が失神の伽羅子らを囲んでのぞきこんでいる。
問う、いきなり悲鳴を上げて後ろ向きに倒れたかと思えば何事か、と。
伽羅子、事の次第を語る。傍ら、未だ眠り醒めない阿和丸をゆする。
阿和丸は既に死んでいた。
黑目の無くなった顔の兩脇に眞っ二つの尺八が轉がっていた。
此の話、寛永年間印本安藝國神樂集成卷二に阿和舞の名であり。
これには伴信友の嚴島神社縁起考にも考察あり。
〇久村文書A付錄(久村文書Aとは別に送信されたメール本文)
今、安藝の宮島に來てます。嚴島神社。知ってるでしょ?平家の島。
何のかんのいって、本州からすぐそこなのね。メコン河わたるより近い感じ。前、一書に渡ったね。そっちで。フインさんは元気?
ちょっとした奇跡の話。
今回、佐伯さんっていう嚴島の神主家の人の家に伝わる平家物語の異本があって。それ、拝見しにきたわけ。いままで秘匿してたらしいね。所謂古き良き糞日本人の「眼垢が附く」って精神ですか?笑
加賀いるでしょ。あいつに聞いて。その佐伯さんたち口説いたのね。手紙とかで。今時。笑。二年がかりくらい。曲折あってね。おそらく佐伯当主の耳に入る前にその母上祖母上の段階でシャットアウトされてたっぽい。当主が東京に観光にくるってときに(是、加賀が連れて來たんだよ)俺呼び出されて、表参道とか、案内したの。当主曰く、明治神宮には神がいない、いや、東京には神がいない、ときた。笑わせる。田舎者だからね。
其の時、平家の嚴島本について聞いたわけ。見せていただけないですか?って。ネコナデ聲ね。
そしたらいいよって一言。そういう、事の経緯ね。
なんやかんやあって、久しぶりここら辺來たけど。鹿、少なくなったね。鹿も少子化ですか?島でなんやかんやあって、鬼門の母上祖母上とも仲良くなってね。ときに母上とはね。いろいろ貴重品見せてもらったり。
そうこうしてると、ホテルに朝、電話かかってきて。というか、ホテルに宿泊してる俺のスマホのLineに、な。正確には笑。早朝。六半。いますぐ來いとよ。
馬鹿?って思いながら、さすがにまだいろいろ持ってそうだから。いやな顔せずに行ったわけ。歩いてな。すぐ近くなんだよ。十五分くらいか?近くはないか。
自宅にね、中庭あって。山の中腹。血相変えてね。玄関口で。奇蹟よ、奇蹟よってね。
どうしたのって思う俺を。ほとんど。拉致状態。笑。えり首つかむ的な勢いで奥につれこんでさ。中庭に。
ま、びっくりしたね。庭。石庭なんだよ。縁と白壁に囲まれた、ね。真ん中に松が一本だけ立ってる。空虚な庭。そこだけ…それと周囲の屋根のほんの端っこにだけ少し…雪、積もってるの。
8月だぜ。
これは…って思うじゃない。隅の方の石とか、くねらせた植木とかもね。みごとに。眞っ白。
正面の緣の真ん中に当主が胡坐書いて座っててね。せっかくだから、舞をみせてあげるって。もともと土地の猿樂の舞だったって。安徳天皇が題材になってるらしいね。その怨霊が雪の日、海に海の振る日、壇之浦の対岸に吹雪に渡りあぐねた旅人の前に現れて。その最期の次第を(浪の下に都はありと告げしひと、ひとりさきだちて物狂ひ騒ぐわだつみの底のうらめしさよ…とね)語り、舞う、と。
佐伯当主、雪の庭に裸足で降りてね。一人舞う。
夏の雪。
見上げれば靑の夏の大空、眼を下ろせば雪だらけの白の中ちいさなちさな舞人の影。なかなか、見せつけられたね。尤も、自然の偶然の戯れ、でしょうが。
夏八月雪ふりて佐伯母作歌
もみぢ葉の錦着ぬ間にときならず
冬し來たらるらし雪をし着れば
同じとき久村作歌
夏のうちに雪はふりけり年のうちに
歳はゆくらしひとりゆくらし
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