多香鳥幸謌、附眞夜羽王轉生——小説1


以下は篤胤の勝五郎再生記聞を典拠とし、萬葉卷十六竹取歌十首を主題とする。雅澄は竹取を多迦斗利と訓む。

概要は、安藝の宮島に眞夜羽という少年がいる。比呂斗という早世の少年の生まれ變わりだという。香香美淸雅といううつくしい狂気の男がいて、その謎に迫るというもの。年代は2019年に設定。パンデミックの前。20年の年末に書いた。


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



多香鳥幸謌 附眞夜羽王轉生一具


香香美(Kagami姓)淸雅(Kiyomasa名)氏最後の文書(一説遺書)以下の如し

阿士紗爲能波那曾能志須久志智琉乎曾乎志伊陁美伎與母志波天爾伎夜宇爲爲爲やをは乎乎斗伎波都留阿彌邇阿那邇彌伊多和志那波那志知留乎彌乎乎乎乎彌阿母志知留乎彌乎乎乎乎彌伊多和志那乎乎彌伊多和志那乎乎彌爲彌綺夜宇


文書1

私記。

名前、眉村眞夜羽。讀みはマヨワ(山羽香奈枝云、名前を書かせた時ひら假名でマヨムラマヨハと書いた、と)。生年月日2013年6月20日。出生地、廣島県。宮島(嚴島)。兩親土産物屋經營(兼觀光案内)。

家族構成は以下。

祖父、眉村眞砂。名前の讀みはマサゴ。(沒)

祖母、笹村一重。名前の讀みはヒトヱ。E音平仮名ゑ字をあてる。旧姓眞鍋。笹村姓の由來は現在未詳(要調査)。

父、眉村和哉。(沒)

母、眉村深雪。(入院、祇樹古藤記念園(在嚴島、精神病院?佛敎系?施設)和哉刺殺事件後)

眞夜羽は一人息子。

2019年8月末。久村優斗からLineでメッセージがあった。曰く

 優、生まれ変わりって信じたりする人だったっけ?

 私、全く

 優、俺も

 私、どうしたの?

 優、なんか、生まれ変わりしたっていう子どもとあったりして

   ほんとっぽいんだよ

 私、なにそれ?

 優、基本、信じないんだけど

   わかわないけど、これはなんか、信じないまでも、本当に起こってることだぜって思った

 私、意味不明

 優、興味ある?

誤字等儘。

後、久村が事の次第をまとめたレポートを送信してくれた。(久村は大学時代の同級生。現、戦記物文学の研究家。國文。帝京大助教授。72年生?二歳上。昔、二度留年した云々と)受信日時は11月12日20時15分(日本時間の22時同日同分)

此のレポート以下の如。

〇久村文書A

2019年8月、嚴島神社の神主佐伯騰毗を訪問する。理由は平家物語長門本系統の異本が見つかったということなので。後年の僞作らしく意図不明の修正甚だし。希少本というよりは異端本。例えば安德天皇は死ななかったらしい。そもそも拾われ子だったと。しかも角有り。鹿の片角。地域神話?保存状態劣悪。欠落多。意味不明の借字また万葉仮名?散見。

佐伯騰毗曰く、平田篤胤はご存じか?と。答え、知ってますよ。ここに篤胤の稀覯本もあるんですか?騰毗問、ありません。ただ、あのひと、靈界研究とかもやってたんでしょう?答え、そうでしたっけ?騰毗、らしいですね。靈界、轉生、仙人、妖怪…とか。私、おくわしいですね。さすが國學系には精通してられて。騰毗、いや、岩波文庫。

笑う。佐伯騰毗曰く地元に誰それの生まれ變わりを自稱する子供がいるのだと。その子曰く岡山の誰それの子供の生まれ變わりだと。その誰それを調べたら實在したと。どうも本等らしいと噂である云々、と。

問う、どうやって調べたんですか?答え、今時簡単。インターネットで名前を検索したらしいですよ。そうしたらフェイスブックが出て來た。ツイッターとか。

佐伯曰く、心靈關係の人たちはあやしいから。だから國文の先生だったら實証的になんとかつじつまあわせてくれるんじゃないかと思って云々

佐伯曰く、興味ありませんか?

私、かならずしもないですね

佐伯曰く、一回、逢ってくださればいい(おうてくださりやええんじゃけえどね…)

私、どうして?

佐伯答えず。故、問う。あなた、信じてるんですか?

佐伯答えず。故、問う。なぜ?なぜ信じるんですか?(なぜ、信じてるのに信じてないフリをしようとしているんですか?と。云おうとしたが謂わなかった。)

佐伯答えず。故、「逢ってもいいですよ。」云った後で、瞬間、深刻に後悔した。理由は判らない。すくなくとも時間は削られる。

佐伯無言。ややあって後、じゃ、連絡しておきます、と騰毗。私の方が頼み込んだような言い方をする。「むこうさんから、れんらくきましたら、せんせんとけえいっぽういれるけえ、まっといてえな(向こうさんから連絡着たら先生の所へ一報いれるから待ってて)」

ええ、と。それだけ答える(不愉快だったから)。その他、雜談して歸る(島のホテル)。注記。上の騰毗の發話はすべて方言。但煩わしいので今改。

次の日、早朝だけ雨。九時以降晴天。Lineに佐伯の一報。今日の夜はいかがか?私、いいですよ。佐伯、じゃ、むこうさんにも傳えときます。私、どこで?佐伯。わたしの私宅で。

佐伯私宅は山の中腹。承諾する。時間は7時。

6時半に着く。

佐伯と雜談。佐伯の母親が佐伯家に傳わる家寶だという雅樂面を見せてくれる。蘭陵王面。いかにもこの島らしい。とはいえかなりの異形。まずフルフェイス。即ち口まで有る。目が六つ開けられている(額に一、まっすぐ下がって顎に一。頬骨下に左右一ずつ(つまり両目のそれぞれ下に)、)口らしきものは口のあるべきところに無くて鼻(突き出した狼の口を引き延ばしたような)がひとつ、そして十字に裂け牙を密集させる(鮫のように)。蘭陵王の面と云われなければそうとは解釋できない。もっとも化け物の面であればとりあえずの意味は通うと言われればそうなのだろう(佛敎系の面歟)。面の裏、額に墨字で龍王と。「りようわう」で陵王の意味に通わした借り字。なのか。それとも本当に龍の王の面だったのか。とはいえ面の貌は龍にも見えない。

佐伯母曰く天武天皇の御代の作であると傳えられると。

私、さすがにそれはなんじゃないですか?…失禮ですが。

佐伯母。ないし、そのイミテーション、とか。ま、そういう言い傳えです。天武天皇の御寵愛の猨王という舞人がおられて、そのつけて舞うてられたものだと。

問、なんでここに傳わったんでしょう?

佐伯母。妹尾兼安ですよ。その人が鹿ケ谷の件で丹波少將成經を島流しにする、その道中に今の姬路のどこかしらで入手したと。道中姬路のあたりには違いなかろうけれども見知らぬ山名前もしらぬ山が霧の中より突如現れて…霧がふかくて気付かなかったのね、山のあるのに。で、ふもとまできてやっとそこに山の有ったのに氣づく…

問、なんで、そんなに委しいんですか?

佐伯母。お能であるんですよ。もうとっくに廢た…舞臺にはかけられないもの。陵王っていうの。禪鳳だったね、たしか。それも、禪鳳の眞筆かどうかはわかりゃしない。ともかく、路遮る岩間に見上げれば今更に山のありしに気が付けど…と、ね。そこに行き倒れの人がいるのよ。その人が持ってるのよ。後生大事に。お面をね。妻あらば、行きて告げまし親あらば、ともになきまし…とかね。兼安がね。せめて何かの形見に知る人と出逢ったならば、と。面を取るのよ。そうしたらその旅寢の枕にその面をつけた猨王がでてくるのよ。御寵を忝うしながらもわたしは讒言に依って誅された。惡靈になってその陥れた憎き者どもを咒い殺してやろうとしたが時すでに奴等佛門に歸依していた。激昂の御門に生きた儘土に埋められ顔だけ曝し鳥についばまれようとする私が死に際に目を破裂させて血を吹き出し呪詛の言葉を吐いて死んだその死にざまの無殘に空蟬の世のはかなさを感じて世を捨てたとか。私の爲にむしろ祈念しあられもなくに淚をながしている様を見れば咒い殺すも大義はない。とはいえ恨みはただ綿々つきようものか。咒うもできず成佛もできずにあれから幾百年、此の面に宿って惡靈たるまま滅びずにいるのだと。露し消えども、花し散れども、人だにことごと滅びれども、わが恨みいかでかえ滅ぶべきいかでかえ滅ぶべきなぞわれ生まれ落ちしや…本、ありますよ。

私。興味ありますね。…いや、その、謠本のほうにですよ。

7時をすぎて半。眉村來る。

眉村和哉(父)および眉村深雪(母)が和室に入ってきて遲刻を謝す。理由は息子眞夜羽がむずがったからだと。

襖の向こうにかくれて眞夜羽はなかなか姿を現さない。

深雪知叱咤し眞夜羽入ってくる。

一見瘠せた小柄な少女だと思った。坊主頭。五分刈り程度。目が少女とばかり認識しているので殘酷な印象を受ける。徒刑囚じみて。虐待が匂った。後に眞夜羽の性別が男と知っても刈られた少女の印象が付きまとう。

和哉が自己紹介と家族紹介をしているようだった。耳には入った。わたしはただ眞夜羽を見ていた。丸刈りの少女はわたしたちを(左から佐伯騰毗、佐伯母、佐伯祖母、私)見回し、順繰りのせいで最後に目線を合わせたわたしにいきなり微笑む。ごく自然な微笑。見ていた風景が一瞬で壊れたような、そんないびつな氣が私にはした。その時には。虐待された少女が無理やり笑んだとしか思えなくなっていたから。

和哉(以下和)。こちらが東京の先生でいらっしゃいますか?(是らもすべて方言である。今改)

佐伯(以下佐)。そう。來てもらったの。無理云って。

和。おいそがしいところを…

私。結構ですよ。今、大學の方は休みだから…云々。

その他、土地柄なのか挨拶部分が長引きそうだったので私がおもむろに轉生の話をするように促した。

以下要約する。主に和哉がひとりで語った。

 眞夜羽は13生まれ。去年(5歳)のとき(春。櫻の後で、と和。深雪(以下深)梅雨のころじゃないですか?…雨が降ってたから…云々)その朝眞夜羽泣きながら目覺める。

 醒めきらない夢に怯えて泣き叫ぶというのではなくて、寢ながら本当にしくしく泣いてるんです(深)。時々引きつけ起こして…(和)。前から唐突に引き攣けを起こす發作があった(深)。

あわてて搖り起こすとなにも覺えていないという。是れ持続しその頻度は週に三日くらい。

 一か月くらいのち(その日の天気は雨(和、深))朝和哉が居間(疊の上にカーペット敷)に降りて入ったら眞夜羽がひとり立ち盡していた。外を見ていた。雨の音が鳴った。

 聲をかけようとしたら振り返った。唐突に笑った。歌った(獸じみた低音で云々。和)。

  其歌曰

  ときじくそ

  ゆきはふりつつ

  ときじくそ

  はなのごと

  ときじくそ

  ゆきのむた

  たれもななきそね

  たれもななきそね

私に思うに、獸じみたというのは謠いの聲の喉に懸かった低音を言ったのだろう。

 奇妙に想った和哉は(眞夜羽の眼が茫然としていたので(又云、妙に醒めた眼をしてて…又云、血走ってるんですよ。目を見開いて。又云、なにも見てない感じ云々)子供の聞いている前でよくもぺらぺらしゃべれるもの。本質的に粗野かつ莫迦なのである)眼をさまさせようと(又云、こっちに引き戻そうと。又云、大變なことになるまえに…又云、正直、憎らしくて…又云、衝動的に。我慢できずに。又云、こわくなっっちゃって。自分の子じゃないみたい。云々)その頬をひっぱたいた。瞬間、眞夜羽「にっこりと、ほんとうに、にこって(和)」笑う。

 次の瞬間眞夜羽あらためて驚愕し茫然とし和哉を見上げ泣きそうな目をする(ひっぱたかれたことに?)。

 和哉、そこで待ってろ、と。

 眞夜羽從う。

 和哉、深雪を起こす。眞夜羽がおかしいと。深。どうしたの?と。和。いきなり變は歌うたいはじめて云々。

 居間で深雪、眞夜羽が問う。(雨が強くて。雨が、匂うでしょう?雨、匂いますよね?匂いがすごくて。音もすごくて。(深))

 問。どうしたの?なにがあった?

 答。なにもない。

 問。お父さん、心配させたでしょ?

 答。ごめんなさい。

 問。なにかあったの?隱さないで言って。

 答。おかあさんも、お父さんも、知らないんだね。

 問。なにを?

 答。じゃ、やっぱり知らないんだね。

 問。何を知らないの?何を秘密にしてるの?

 答。答えられない。

 問。なんで隱すの?

 答。隱してない。

 問。なんで謂わないの?

 答。云えない。

 問。なんで言えないの?

 答。難しすぎて云えないだけ。







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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