古事記(國史大系版・下卷10・安康・歌謠)
底本國史大系第七卷(古事記、舊事本紀、神道五部書、釋日本紀)
・底本奥書云、
明治三十一年七月三十日印刷
同年八月六日發行
發行者合名會社經濟雜誌社
・底本凡例云、
古事記は故伴信友山田以文山根輝實書大人が尾張國眞福寺本應永年間古寫の伊勢本他諸本を以て比校せしものを谷森善臣翁の更に增補校訂せる手校本二部及秘閣本等に據りて古訓古事記(宣長校本)に標注訂正を加へたり
且つ古事記傳(宣長記)の説を掲け欄外にはその卷數を加へて同書を讀まん人の便に供せり
(安康)
(傳四十)
‘穴穗御子坐石上之穴穗宮治天下也(穴穗御子、眞本作皇子穴穗)
穴穗〔あなほ〕の御子〔みこ〕。
石〔いそ〕の上〔かみ〕の穴穗〔あなほ〕の宮〔みや〕に坐〔ましまし〕て
天下〔あめのした〕治〔しろしめしき〕。
天皇爲伊呂弟大長谷王子而
坂本臣等之祖根臣遣大日下王之許
令詔者
汝命之妹若日下王
欲婚大長谷王子
故可貢
天皇〔すめらみこと〕
伊〔い〕呂〔と〕弟〔と〕大長谷〔おほはつせ〕の王子〔みこ〕の爲〔ため〕に而〔‐〕
坂本〔さかもと〕の臣等〔おみら〕が祖〔おや〕根〔ね〕の臣〔おみ〕を
大日下〔おほくさか〕の王〔みこ〕の許〔もと〕に遣〔つかはし〕て
令詔〔のらしめ〕たまへらく〕は
汝〔な〕が命〔みこと〕の妹〔いも〕若日下〔わかくさか〕の王〔みこ〕を
大長谷〔おほはつせ〕の王子〔みこ〕に欲婚〔あはせむとす/みあはせん〕。
故〔かれ〕可貢〔たてまつりるべし〕。
とのらしめたまひき。
爾大日下王四拜‘白之(白之、寛寫本作向之、恐非)
若疑有如此大命故
不出外以置也
是恐隨大命奉進
然言以‘白事其思无禮
卽爲其妹之禮物令持押木之玉縵而貢獻(白事、卜本作自事、恐非)
爾〔ここ〕に大日下〔おほくさか〕の王〔みこ〕
四〔よたび(よも)〕拜〔をがみて(をがみ)〕白之〔まをしたまはく〕。
若(もし)如此(かかる)大命〔おほみこと〕も有〔あらむか〕と疑〔おもえる〕故〔ゆゑ〕に
外〔と〕にも不出〔いださず〕て以〔‐〕置〔おき〕つ。
是〔これ〕恐〔かしこし〕。
大命〔おほみこと〕の隨〔まにまに〕進奉〔たてまつらむ〕。
然〔しかれ〕ども言〔こと〕以〔もて〕白〔まをす〕事〔こと〕は
其〔それ〕禮〔ゐや〕无〔なし〕と思〔おもふ〕。
とまをしたまひて
卽〔すなはち〕其〔そ〕の妹〔いも〕の禮物〔ゐやじろ〕と爲〔し〕て
押木〔おしき〕の玉縵〔たまづら〕を令持〔もだしめ〕て貢獻〔たてまつり〕き。
根臣卽盜取其禮物之玉縵讒大日下王曰
大日下王者不受勅‘命曰(命曰、眞本曰作白、恐非)
己妹乎爲等族之下席
而取横刀之手上而怒歟
故天皇大‘怒‘殺大日下王而取持來其王之嫡妻長田大郎女爲皇后(怒、眞本卜本作怨、卜イ本與同。殺、卜本作此煞)
根〔ね〕の臣〔おみ〕
卽〔すなはち〕其〔そ〕の禮物〔ゐやじろ〕の玉縵〔たまかづら〕を盜〔ぬすみ〕取〔とり〕て
大日下〔おほくさか〕の王〔みこ〕を讒〔よこしまつり〕曰〔けらく〕
大日下〔おほくさか〕の王〔みこ〕は
勅命〔おほみこと〕を受〔うけ〕たまはずて
己〔おの〕が妹〔いも〕や
等〔ひとし〕族〔うがら〕の下席〔したむしろ〕に爲〔ならしむ〕
と曰〔いひ〕而〔て〕
横刀〔たち〕の手上〔たかみ〕取〔とりしばり〕て怒歟〔いかり〕ましつ。
とまをしき。
故〔かれ〕天皇〔すめらみこと〕大〔いたく〕‘怒〔いかり〕まして
大日下〔おほくさか〕の王〔みこ〕を殺〔ころし〕て
其〔そ〕の王〔みこ〕の嫡妻〔みむかひめ〕
長田〔ながた〕の大郎女〔おほいらつめ〕を取〔とり〕持〔もち〕來〔き〕て
皇后〔おほきさき〕と爲〔なし〕たまひき。
自此以後天皇坐神‘牀而晝寢(牀、眞本作林、卜本作材、共非是、宣長云今從延本)
爾語其后曰
汝有所思乎
答曰
被天皇之敦澤
何有所思
於是其大后先子目弱王是年七歲是王當于其時而遊其殿下
此〔これ〕より以後〔のち〕に
天皇〔すめらみこと〕神牀〔かむところ〕に坐〔ましまし〕て晝〔ひる〕寢〔みね〕ましき。
爾〔かれ〕其〔そ〕の后〔きさき〕と語〔かたらひ〕て
汝〔みまし〕思〔おもほす〕所〔ところ〕有〔あり〕や〕。
と曰〔のりたまひければ〕
天皇〔わがおほきみ〕の敦澤〔みうつくしみの/みうつくしみを〕被〔ふかければ〕。
何〔なに〕の思〔おもふ〕所〔ところ〕有〔あらん〕。
と答曰〔まをしたまひき〕。
於是〔ここに〕其〔そ〕の大后〔おほきさき〕の
先〔さき〕の子〔みこ〕目弱〔まよわ〕の王〔みこ〕
是年〔ことし〕七歲〔ななつになり〕たまへり。
是王〔このみこ〕當于其時而〔そのをりしも〕
其〔そ〕の殿〔との〕の〕下〔もと〕に遊〔あそびませり〕き。
爾天皇不知其少王遊殿下以‘詔大妃言(詔、神本作語)
吾恒有所思
何者汝之子目弱王
成人之時知吾‘殺其父王者(殺、卜本作煞、宣長云一本舊印本作弑非是)
還爲有邪心乎
於是所遊其殿下目弱王聞取此言
便竊伺天皇之御寢取其傍大刀
乃打斬其天皇之頸
逃入都夫良意富美之家也
爾〔かれ〕天皇〔すめらみこと〕
其〔そ〕の少〔わかき〕王〔みこ〕の
殿〔との〕の下〔もと〕に遊〔あそび〕ませることを不知〔しろしめさず〕以〔て〕
大妃〔おほきさき〕に詔言〔のりたまはく〕
吾〔あ〕は恒〔つね〕に思〔おもほす〕所〔ところ〕有〔あり〕。
何〔なにぞ〕といへば汝〔みまし〕の子〔みこ〕目弱王〔まよわのみこ〕
人〔ひと〕と成〔なりたらむ〕時〔とき〕
吾〔あ〕が其〔そ〕の父〔ちち〕王〔みこ〕を殺〔しせしこと〕を知〔しり〕なば
還〔かへし〕て邪〔きたなき〕心〔こころ〕有〔あらむ〕か。
とのりたまひき。
於是〔ここに〕其〔そ〕の殿〔との〕の下〔もと〕に遊〔あそび〕ませる目弱王〔まよわのみこ〕
此〔こ〕の言〔こと〕を聞〔きき〕取〔とり〕て
便〔すなはち〕天皇〔すめらみこと〕の御寢〔みね〕ませるうちを竊伺〔うかがひ〕て
其〔そ〕の傍〔かたへなる〕大刀〔たち〕を取〔とり〕て
其〔そ〕の天皇〔すめらみこと〕の頸〔くび〕を打〔うち〕斬〔きり〕まつりて
都〔ツ〕夫〔ブ〕良〔ラ〕意〔オ〕富〔ホ〕美〔ミ〕が家〔いへ〕に逃〔にげ〕入〔いり〕ましき。
天皇御年伍拾陸歲
御陵在菅原之伏見岡也
天皇〔このすめらみこと〕御年〔みとし〕伍拾陸歲〔いそぢまりむつ〕。
御陵〔みはか〕は菅原〔すがはら〕の伏見〔ふしみ〕の岡〔をか〕に在〔あり〕。
爾大長谷王子當時童男即聞此事以慷愾‘忿怒(忿、眞本作怨)
乃到‘其兄黑日子王之許曰(其兄、眞本作其仁兄三字)
人取天皇
爲那何
然其黑日子王不驚而有怠緩之心
爾〔ここ〕に大長谷〔おほはつせ〕の王子〔みこ〕當時〔そのかみ〕童男〔をぐな〕にましける。
此〔こ〕の事〔こと〕を聞〔きかし〕以〔て〕慷愾〔うれたみ〕忿怒〔いかり〕まして
乃〔すなはち〕其〔そ〕の兄〔いろせ〕黑日子〔くろひこ〕の王〔みこ〕の許〔もと〕に到〔いまして〕
人〔ひと〕
天皇〔すめらみこと〕を〕取〔とり〕まつれり。
那何〔いか〕に爲〔せまし〕。
と曰〔まをしたまひき〕。
然〔しかる〕に其〔そ〕の黑日子〔くろひこ〕の王〔みこ〕
不驚〔うちもおどろかず〕して怠緩〔おもろかに〕之心〔おもほせり〕(/有怠緩之心〔おこたる〕)。
於是大長谷王詈其兄言
一爲天皇一爲兄弟
何無恃心
聞殺其兄不驚而怠乎
即握其衿控出拔刀打殺
於是〔ここに〕大長谷〔おほはつせ〕の王〔みこ〕
其〔そ〕の兄〔いろせ〕を詈言〔のり〕て
一〔ひとつ〕には天皇〔すめらのみこと〕に爲〔まし〕
一〔ひとつ〕には兄弟〔はらから〕に爲〔ます〕を
何〔なぞ〕も恃心〔たのもしく〕無〔なく〕
ひとの其〔そ〕の兄〔いろせ〕を殺〔とりま〕つれることを聞〔きき〕つつ不驚〔おどろきせず〕て
怠〔おほろかにおもほせる/をこたるや〕。
といひて即〔すなはち〕其〔そ〕の衿〔ころものくび〕を握〔とり〕て控〔ひき〕出〔いで〕て
刀〔たち〕拔〔ぬきて〕打〔うち〕殺〔ころし〕たまひき。
亦到其兄白日子王而告狀如前
‘緩亦如黑日子王(緩、諸本作後、傳無説盖據延本者今按眞本亦作緩、寛寫本此上有意字)
卽握其衿以引率來到小治田
掘穴而隨立‘埋者‘至埋腰時兩目走拔而死(埋者、延本寛本无者字。至埋、卜本作埋至)
亦〔また〕其〔そ〕の兄〔いろせ〕白日子〔しろびこ〕の王〔みこ〕に到〔いまし〕て
前〔さき〕の如〔ごとく〕狀〔ありさま〕を告〔つげまをし〕たまふに
緩亦〔このみこもまた〕黑日子〔くろびこ〕の王〔みこ〕の如〔ごと〕おもほせりしかば
即〔すなはち〕其〔そ〕の衿〔ころものくび〕を握〔とり〕以〔て〕引〔ひき〕率〔ゐ〕て來〔き〕て
小治田〔をはりだ〕に到〔いたり〕て穴〔あな〕を掘〔ほり〕て立〔たち〕隨〔ながら〕に埋〔うづみ〕しかば
腰〔こし〕を埋〔うづむ〕時〔とき〕に至〔いたり〕て
兩〔ふたつ〕の目〔め〕走〔はしり〕拔〔ぬけ〕てぞ死〔みうせ〕たまひぬる。
亦興軍圍都夫良意「‘富」美之家(富、據神本卜本補、眞本无)
爾興軍待戰射出之矢如葦來散
亦〔また〕軍〔いくさ〕を興〔おこし〕て
都〔ツ〕夫〔ブ〕良〔ラ〕意〔オ〕富〔ホ〕美〔ミ〕の家〔いへ〕を圍〔かこみ〕たまひき。
爾〔かれ〕軍〔いくさ〕興〔をこし〕て待〔まち〕戰〔たたかひ〕て
射出〔いづる〕矢〔や〕葦〔あし〕のさかりに來散〔ちる〕が如〔ごとく〕なりき。
於是大長谷王以矛爲杖臨其内詔
我所相言之孃子者若有此家乎
於是〔ここに〕大長谷〔おほはつせ〕の王〔みこ〕
矛〔ほこ〕を杖〔みつゑ〕に爲〔つかし〕て其〔そ〕の内〔うち〕を臨〔のぞき〕まして
詔〔のりたまはく〕
我〔わ〕が相〔あひ〕言〔いへる〕孃子〔をとめ〕は若〔もし〕此〔こ〕の家〔いへ〕に有〔あり〕や。
とのりたまひき。
爾都夫良意「‘富」美聞此詔命自參出(富、據神本補)
解所佩兵而八度拜白者
先日所問賜之女子訶良比賣者侍
‘亦副五處之屯宅以獻[所謂五村屯宅者今葛城之五村苑人也](亦、諸本作立、宣長云今從延本眞本)
然其正身所以不參向者自往古至今時聞臣連隱於王宮未聞王子隱‘於臣之家
(於臣之、諸本无於字、宣長云今從眞本延本、眞本无之字)
是以思賤奴意富美者雖竭力戰更無可勝
然恃己入坐于‘隨家之王子者‘死而不棄
(隨家、宣長云隨字非是、延本作隋亦非、眞淵云恐賤字之誤、寛寫本作陋。死而、諸本无而字、宣長云今從眞本延本)
爾〔ここ〕に都〔ツ〕夫〔ブ〕良〔ラ〕意〔オ〕「‘富〔ホ〕」美〔ミ〕此〔こ〕の詔命〔おほみこと〕を聞〔きき〕て
自〔みづから〕參〔まゐ〕出〔で〕て佩〔はける〕兵〔つはもの〕を解〔とき〕て
八度〔やたび〕拜〔をがみ〕て白〔まをしける〕は
先日〔さき〕に問〔とひ〕賜〔たまへる〕女子〔むすめ〕
訶〔カ〕良〔ラ〕比〔ヒ〕賣〔メ〕は侍〔さもらはむ〕。
亦〔また〕五處〔いつところ〕の屯宅〔みやけ〕を副〔そへ〕て以〔‐〕獻〔たてまつらむ〕。
[所謂〔いはゆる〕五村〔いつところ〕の屯宅〔みやけ〕は
今〔いま〕の葛城〔かつらぎ〕の五村〔いつむら〕の苑人〔そのびと〕なり。]
然〔しかる〕に其〔そ〕の正身〔むざね〕不參向〔まゐこざる〕者〔ゆゑは〕
往古〔いにしへ〕より至今時〔このかた〕
臣〔おみ〕連〔むらじ〕の王〔みこ〕の宮〔みや〕に隱〔こもること〕は聞〔きけ〕ど
王子〔みこ〕の臣〔やつこ〕の家〔いへ〕に隱〔こもりませること〕は未聞〔いまだきかず〕。
是〔ここ〕を以〔もて〕思〔おもふ〕に
賤奴〔やつこ〕意〔オ〕富〔ホ〕美〔ミ〕は
力〔ちから〕を竭〔つくし〕て戰〔たたか〕ふ雖〔とも〕更〔さら〕に無可勝〔えかちまつらじ〕。
然〔しかれ〕ども
己〔おのれ〕を恃〔たのみ〕て隨〔やつこ〕の家〔いへ〕に入〔いり〕坐〔ませる〕王子〔みこ〕は
死〔いのちしす〕とも不棄〔すてまつらじ〕。
如此白而亦取其兵還入以戰
爾力窮矢盡白其王子
僕者手悉傷
矢亦盡
今不得戰
如何
其王子答詔
然者更無可爲
今殺吾
故以刀刺殺其王子乃切己頸以死‘也(也、諸本无、宣長云今從眞本)
如此〔かく〕白〔まをし〕て亦〔また〕其〔そ〕の兵〔つはもの〕を取〔とり〕て
還〔かへり〕入〔いり〕て以〔‐〕戰〔たたかひ〕き。
爾〔かれ〕力〔ちから〕窮〔つき〕矢〔やも〕盡〔つき〕ぬれば
其〔そ〕の王子〔みこと〕に白〔まをし〕けらく
僕〔あ〕は手悉傷〔いたておひぬ〕。
矢〔や〕亦〔も〕盡〔つきぬ〕。
今〔いま〕は不得戰〔えたたかはじ〕。
如何〔いかにせむ〕。
とまをしければ其〔そ〕の王子〔みこ〕
然〔しから〕ば更〔さら〕に無可爲〔せむすべなし〕。
今〔いま〕吾〔われ〕を殺〔しせ〕よ。
と答詔〔のりまたひき〕。
故〔かれ〕刀〔たち〕以〔も〕て其〔そ〕の王子〔みこ〕を刺殺〔さつしせ〕まつりて
乃〔すなはち〕己〔おの〕が頸〔くび〕を切〔きり〕て以〔‐〕死〔みうせ〕にき。
自茲以後淡海之佐佐紀山君之祖名韓帒白
淡海之久多[此二字以音]綿之蚊屋野多在猪鹿
其立足者如荻原
指擧角者如枯‘樹(樹、諸本作松、延本與此同)
此時相率市邊之忍齒王幸行淡海
到其野者各異作假宮而宿
茲〔これ〕より以後〔のち〕
淡海之〔あふみ〕の佐〔サ〕佐〔サ〕紀〔キ〕の山〔やま〕の君〔きみ〕の祖〔おや〕
名〔な〕は韓帒〔からふくろ〕白〔まをさく〕
淡海〔あふみ〕の久〔ク〕多〔タ〕[此二字以(レ)音]綿〔わた/め〕の蚊屋野〔かやぬ〕に
猪鹿〔しし〕多在〔おほかり〕。
其〔そ〕の立〔たてる〕足〔あし〕は荻原〔すすきはら〕の如〔ごとく〕
指擧〔ささげたる〕角〔つぬ〕は枯‘樹〔からき〕の如〔ごとし〕
とまをしき。
此〔こ〕の時〔とき〕市邊〔いちのべ〕の忍齒王〔おしはのみこ〕相〔あひ〕率〔いざなひ〕て
淡海〔あふみ〕に幸行〔いで〕まして其〔そ〕の野〔ぬ〕に到〔いたり〕せば
各〔おのもおのも〕異〔こと〕に假宮〔かりみや〕を作〔つくり〕て宿〔やどり〕ましき。
爾明旦未日出之時
忍齒王以‘平心隨乘御馬(平心、卜本作平止、宣長云今從眞本延本)
到立大長谷王假宮之傍而
詔其大長谷王子之御伴人
未寤坐
早可白也
夜既曙訖可幸獦庭
乃進馬‘出行(出、卜本作山、恐非)
爾〔かれ〕明旦〔つとめて〕未〔いまだ〕日出〔ひいでぬ〕時〔とき〕
忍齒王〔おしはのみこ〕以〔‐〕平心〔なにのみこころもなく〕御馬〔みま〕に乘〔のらし〕隨〔ながら〕
大長谷王〔おほはつせのみこ〕の假宮〔かりみや〕の傍〔へ〕に到立〔ゆきたたし〕て
其〔そ〕の大長谷王子〔おほはつせのみこ〕の御伴人〔みともびと〕に詔〔のりたまはく〕
未〔いまだ〕寤〔さめ〕坐〔まさずにこそ〕。
早〔はやく〕可白〔まをすべし〕。
夜〔よは〕既〔すで〕に曙訖〔あけぬ〕。
獦庭〔かりには〕に可幸〔いでますべし〕。
とのりたまひて乃〔すなはち〕馬〔みま〕を進〔すすめ〕て出行〔いで〕ましぬ。
爾侍其大長谷王之御所人等白
宇多弖物云王子[宇多弖三字以音]故應愼
亦宜堅御身
卽衣中服甲取佩弓矢乘馬出行
倐忽之間‘自馬往雙拔矢射落其忍齒王(自馬、卜本作白馬、宣長云今從眞本延本)
乃亦切其身入於馬樎與土等埋
爾〔ここ〕に其〔‐〕大長谷王〔おほはつせのみこ〕の御所〔みもと〕に侍〔さもらふ〕人等〔ひとども〕
宇〔ウ〕多〔タ〕弖〔テ〕物云〔ものいふ〕王子〔みこ〕[宇多弖三字以(レ)音]故〔なれば〕
應愼〔みころしたまへ〕。
御身〔みみ〕を亦〔も〕堅〔かため〕たまふ宜〔べし〕。
と白〔まをしき〕。
卽〔かれ〕衣中〔みそのうち〕に甲〔よろひ〕を服〔きまし〕弓矢〔ゆみや〕取佩〔とりはかし〕て
馬〔みま〕に乘〔のらし〕て出行〔いで〕いまして
倐忽之間〔たちまちに〕自[白]馬〔うまより/しろうま〕往〔ゆき〕雙〔ならばし〕て
矢〔や〕を拔〔ぬき〕て其〔そ〕の忍齒王〔おしはのみこ〕を射落〔いおとし〕て
乃〔すなはち〕亦〔また〕其〔そ〕の身〔み〕を切〔きり〕て
馬樎〔うまぶね〕に入〔いれ〕て土〔つち〕と等〔ひとしく〕埋〔うづみき〕。
於是市邊王之王子等
意‘富祁王(富、諸本无、宣長云今從延本補)
袁祁王[二柱]聞此亂而逃去
故到山代苅羽井食御粮之‘時面黥老‘人來奪其粮
(時、寛本卜本无、宣長云今從眞本延本。人、卜本寛本作入、小本眞本作人、宣長云今從眞本)
於是〔ここに〕市邊王〔いちべのみこ〕の王子等〔みこたち〕
意〔オ〕‘富〔ホ〕祁〔ケ〕の王〔みこ〕
袁〔ヲ〕祁〔ケ〕の王〔みこ〕[二柱]
此〔こ〕の亂〔みだれ〕を聞〔きかし〕て逃〔にげ〕去〔さり〕ましき。
故〔かれ〕山代〔やましろ〕の苅羽井〔かりはゐ〕に到〔いたり〕まして御粮〔みかれひ〕食〔きこしめす〕時〔とき〕に
面黥〔めさける〕老人〔おきな〕來〔き〕て其〔そ〕の粮〔みかれひ〕を奪〔とり〕き。
爾其二王言
不惜粮然
汝者誰人
答曰
我者山代之猪甘也
故逃渡玖須婆之河至針間國
入其國人名志自牟之家隱身
伇於馬甘牛甘也
爾〔かれ〕其〔そ〕の二〔ふたはしら〕の王〔みこ〕
粮〔かれひ〕は不惜〔をしまぬを〕然〔‐〕
汝〔いまし〕は誰人〔だれぞ〕。
と言〔のりたまへば〕
我〔あ〕は山代〔やましろ〕の猪甘〔ゐかひ〕なり。
と答曰〔まをしき〕。
故〔かれ〕玖〔ク〕須〔ス〕婆〔バ〕の河〔かは〕を逃〔にげ〕渡〔わたり〕て
針間〔はりま〕の國〔くに〕に至〔いたり〕まし
其〔そ〕の國人〔くにびと〕名〔な〕は志〔シ〕自〔ジ〕牟〔ム〕が家〔いへ〕に入〔いり〕まして
身〔み〕を隱〔かくし〕て馬甘〔うまかひ〕牛甘〔うしかひ〕にぞ伇〔つかはえいましける〕。
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