古事記(國史大系版・下卷5・仁德5歌謠)


底本國史大系第七卷(古事記、舊事本紀、神道五部書、釋日本紀)

・底本奥書云、

明治三十一年七月三十日印刷

同年八月六日發行

發行者合名會社經濟雜誌社

・底本凡例云、

古事記は故伴信友山田以文山根輝實書大人が尾張國眞福寺本應永年間古寫の伊勢本他諸本を以て比校せしものを谷森善臣翁の更に增補校訂せる手校本二部及秘閣本等に據りて古訓古事記(宣長校本)に標注訂正を加へたり

且つ古事記傳(宣長記)の説を掲け欄外にはその卷數を加へて同書を讀まん人の便に供せり



(傳卅七)

天皇戀八田若郎女賜遣御歌

其歌曰

 夜多能 比登母登須宜波

 古母多受 多知迦阿禮那牟

 阿多良須賀波良 許登袁許曾

 須宜波良登伊波米 阿多良須賀志賣

 天皇〔すめらみこと〕八田〔やた〕の若郎女〔わきいらつめ〕を戀〔こひ〕たまひて

 御歌〔みうた〕賜遣〔おくりたまへる〕其歌曰〔そのみうた〕

  夜多能〔やたの〕

  比登母登須宜波〔ひともとすげは〕

  古母多受〔こもたず〕

  多知迦阿禮那牟〔たちかあれなむ〕

  阿多良須賀波良〔あたらすがはら〕

  許登袁許曾〔ことをこそ〕

  須宜波良登伊波米〔すげはらといはめ〕

  阿多良須賀志賣〔あたらすがしめ〕

   八田の 一本菅は

   子持たず 立ちか荒れなむ

   惜ら菅原 言をこそ

   菅原と言はめ 惜ら淸し女


爾八田若郎女答歌曰

 夜多能 比登母登須宜波

 比登理袁理登母 意富岐彌斯

 與斯登岐許佐婆 比登理袁理登母

故爲八田若郎女之御名代定八田部也

 爾〔かれ〕八田〔やた〕の若郎女〔わきいらつめ〕の答歌曰〔みこたへのうた〕

  夜多能〔やたの〕

  比登母登須宜波〔ひともとすげは〕

  比登理袁理登母〔ひとりをりとも〕

  意富岐彌斯〔おほきみし〕

  與斯登岐許佐婆〔よしときこさば〕

  比登理袁理登母〔ひとりをりとも〕

   八田の 一本菅は

   ひとり居りとも 大君し

   良しと聞こさば ひとり居りとも

 故〔かれ〕八田〔やた〕の若郎女〔わきいらつめ〕の御名代〔みなしろ〕爲〔として〕

 八田部〔やたべ〕を定〔さだめ〕たまひき。


亦天皇以其弟速總別王爲媒而乞庶妹女鳥王

爾女鳥王語速總別王曰

 因大后之强不治賜八田若郎女故思不仕奉吾爲汝命之妻

卽相㛰是以速總別王不復奏

爾天皇直幸女鳥王之所坐而坐其殿戸之‘閾上(閾、卜本作關、恐非、宣長云、一本及釋紀作門、今依眞本延本又一本)

於是女鳥王坐機而織服

爾天皇歌曰

 賣杼理能 和賀意富岐美能 淤呂須波多 他賀多泥呂迦母

 亦〔また〕天皇〔すめらみこと〕

 以其〔そ〕の弟〔みおと〕速總別〔はやぶさわけ〕の王〔みこ〕を媒〔なかびと〕爲〔として〕

 庶妹〔ままいも〕女鳥〔めどり〕の王〔みこ〕を乞〔こひ〕たまひき。

 爾〔ここ〕に女鳥〔めどり〕の王〔みこ〕、

 速總別〔はやぶさわけ〕の王〔みこ〕に語〔かたり〕たまはく

  大后〔おほきさき〕の强〔おずき〕に因〔より〕て

  八田〔やた〕の若郎女〔わきいらつめ〕をも不治賜〔をさめたまはず〕。

  故〔かれ〕不仕奉〔つかへまつらじ〕。

  吾〔あ〕は汝〔な〕が命〔みこと〕の妻〔みめ〕に爲〔なりなむ〕と思〔おもふ〕。

 と曰〔いひ〕て

 卽〔すなはち〕相㛰〔みあひ〕ましき。

 是〔ここ〕を以〔も〕て、速總別〔はやぶさわけ〕の王〔みこ〕、

 不復奏〔かへりごとまをしたまはざりき〕。

 爾〔ここ〕に天皇〔すめらみこと〕

 直〔ただ〕に女鳥〔めどり〕の王〔みこ〕の所坐〔ますところ〕に幸〔いでまし〕て、

 其〔そ〕の殿〔と〕の戸〔ど〕の閾〔しきみ〕の上〔うへ〕に坐〔まし〕き。

 於是〔ここに〕女鳥〔めどり〕の王〔みこ〕

 機〔はた〕に坐〔まし〕て服〔みそ〕織〔おらせり〕。

 爾〔かれ〕天皇〔すめらみこと〕歌曰〔みうたよみしたまはく〕

  賣杼理能〔めどりの〕

  和賀意富岐美能〔わがおほきみの〕

  淤呂須波多〔おろすはた〕

  他賀多泥呂迦母〔たがたねろかも〕

   女鳥の 吾が大君の 織ろす服 誰が料ろかも


女鳥王答歌曰

 多迦由久夜 波夜夫佐和氣能 美淤須比賀泥

 女鳥〔めどり〕の王〔みこ〕答歌曰〔みこたへのうた〕

  多迦由久夜〔たかゆくや〕

  波夜夫佐和氣能〔はやぶさわけの〕

  美淤須比賀泥〔みおすひがね〕

   高行くや 速總別の 御襲衣料

故天皇知其‘情還入於宮(情、宣長云諸本脱今依眞本延本)

‘此時其夫速總別王到來之時其妻女鳥王歌曰

(此時、眞淵云恐誤字、宣長云按此御段上文有自此後時、下文有此時之後、恐時字上下脱後字)

 比婆理波 阿米邇迦氣流 多迦由玖夜 波夜夫佐和氣 佐邪岐登良佐泥

天皇聞此歌卽興軍欲‘殺(殺、卜本作煞)

 故〔かれ〕天皇〔すめらみこと〕

 其〔そ〕の情〔こころ〕を知〔しらし〕て宮〔みや〕に還入〔かへりいり〕ましき。

 此〔こ〕の時〔とき〕其〔そ〕の夫〔を〕速總別〔はやぶさわけ〕の王〔みこ〕の

 到來〔きませる〕時〔とき〕に

 其〔そ〕の妻〔みめ〕女鳥〔めどり〕の王〔みこ〕歌曰〔うたひたまはく〕

  比婆理波〔ひばりは〕

  阿米邇迦氣流〔あめにかける〕

  多迦由玖夜〔たかゆくや〕

  波夜夫佐和氣〔はやぶさわけ〕

  佐邪岐登良佐泥〔さざきとをさね〕

   雲雀は 天に翔ける 高行くや 速總別 雀取らさね

 天皇〔すめらみこと〕此〔こ〕の歌〔うた〕を聞〔きかし〕て

 卽〔すなはち〕軍〔いくさ〕興〔おこし〕て欲殺〔とりたまはんとす〕。


爾速總別王女鳥王共逃退而騰于倉椅山

於是速總別王歌曰

 波斯多弖能 久良波斯夜麻袁 佐賀志美登 伊波‘迦伎加泥弖 和賀弖登良須母

(迦伎加泥、寛本作泥一字卜本脱伎加二字而旁書伎加イ、宣長云一本脱伎泥二字今依眞本延本又一本)

 爾〔かれ〕速總別〔はやぶさわけ〕の王〔みこ〕

 女鳥〔めどり〕の王〔みこ〕

 共〔とも〕に逃退〔にげさり〕て、倉椅山〔くらはしやま〕に騰〔のぼり〕ましき。

 於是〔ここ〕に速總別〔はやぶさわけ〕の王〔みこ〕歌曰〔うたひたまはく〕

  波斯多弖能〔はしたての〕

  久良波斯夜麻袁〔くらはしまを〕

  佐賀志美登〔さがしみと〕

  伊波迦伎加泥弖〔いはかきかねて〕

  和賀弖登良須母〔わがてとらすも〕

   梯立の 倉椅山を 嶮しみと 磐掻きかねて 我が手取らすも


又歌曰

 波斯多弖能 久良波斯夜麻波 佐賀斯祁杼 伊毛登能煩禮波 佐賀斯玖母阿良受

故自其地逃亡到宇陀之蘇邇時御軍追到而殺也

 又歌曰〔また〕

  波斯多弖能〔はしたての〕

  久良波斯夜麻波〔くらはしやまは〕

  佐賀斯祁杼〔さがしけど〕

  伊毛登能煩禮波〔いもとのぼれば〕

  佐賀斯玖母阿良受〔さがしいくもあらず〕

   梯立の 倉椅山は 嶮しけど 妹と登れば 嶮しくもあらず

 故〔かれ〕其地〔そこ〕より逃亡〔にげ〕て

 宇〔ウ〕陀〔ダ〕の蘇〔ソ〕邇〔ニ〕に到〔いたり〕ませる時〔とき〕に、

 御軍〔みいくさ〕追到〔おひいたり〕て殺〔しせ〕まつりき。

其將軍山部大楯連取其女鳥王所纒御手之玉釧而與己妻

此時之後將爲豐樂之時氏氏之女等皆朝參

爾大楯連之妻以其王之玉釧纒于己手而參赴

於是大后石之日賣命自取大御酒柏賜諸氏氏之女等

爾大后見知其玉釧不賜御酒柏乃引退

召出其夫大楯連以詔之

 其王等因无禮而退賜

 是者無異事耳

 夫之奴乎所纒己君之御手玉釧於膚煴剝持來卽與己妻(之奴乎、諸本之作云、宣長云今依延本、諸本乎作手、宣長云今意改)

乃給死刑也

 其〔そ〕の將軍〔いくさのきみ〕山部〔やまべ〕の大楯〔おほたて〕の連〔むらじ〕

 其〔そ〕の女鳥〔めどり〕の王〔みこ〕の

 御手〔みて〕に所纒〔まかせる〕玉釧〔たまくし〕を取〔とり〕て

 己〔おの〕が妻〔め〕に與〔あたへ〕たりき。

 此時之後〔こののち〕、豐樂〔とよのあかり〕將爲〔したまはんとする〕時〔とき〕に

 氏氏〔うぢうぢ〕の女等〔をみなども〕皆〔みな〕朝參〔みかどまゐり/みかどをがみ〕す。

 爾〔ここ〕に大楯〔おほたて〕の連〔むらじ〕が妻〔め〕

 其〔か〕の王〔みこ〕の玉釧〔たましろ〕を

 己〔おの〕が手〔て〕に纒〔まき〕て參赴〔まゐれり〕。

 於是〔ここに〕大后〔おほきさき〕石〔いは〕の日〔ヒ〕賣〔メ〕の命〔みこと〕

 自〔みみづから〕大御酒〔おほみき〕の柏〔かしは〕を取〔とらし〕て、

 諸〔もろもろ〕の氏氏〔うぢうぢ〕の女等〔をみなども〕に賜〔たまひ〕き。

 爾〔かれ〕大后〔おほきさき〕、其〔そ〕の玉釧〔たまくしろ〕を見知〔みしり〕たまひて

 御酒〔みき〕の柏〔かしは〕を賜〔たまは〕ずて、

 乃〔すなはち〕引退〔ひきのけ〕たまひて、

 其〔そ〕の夫〔を〕大楯〔おほたて〕の連〔むらじ〕を召〔めし〕ていでて

 詔之〔のりたまはく〕

  其〔か〕の王等〔みこたち〕、

  禮〔ゐや〕无〔なき〕に因〔より〕て退〔きられ〕たまへる。

  是〔こ〕は異事〔けなること〕無〔なく〕耳〔こそ〕。

  夫〔それ〕の奴〔やつこ〕や、

  己〔おの〕が君〔きみ〕の御手〔みて〕に所纒〔まかせる〕玉釧〔たまくしろ〕を

  膚〔はだ〕も煴〔あたたかき〕に剝〔はぎ〕持〔もち〕來〔き〕て

  卽〔‐〕己〔おの〕が妻〔め〕に與〔あたへ〕たること。

 とのりたまひて

 乃〔すなはち〕死刑〔ころすつみにおこなひ〕給〔たまひき〕。








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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