天人五衰——啞ン癡anti王瑠我貮翠梦organism。小説5


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



迦夜香また娑娑彌氣囉玖

 さしこんで

  聞いたのだろう

 いま

  皮の耳帶さえ掩わなけば

 いつでもふるえるその指先で

  裸の耳は聞いたのだろう

 さしこんで

  何重まきの口帶がなければ

 いまだ燒却にははやすぎる

  その叫び聲を

 穢れたに違いない血を調べる上げるため

  わたしはわたしの叫び聲を

 さしこんで

  凢てを拒否する

 そのほそい鈎

  わたしの聲を

 採血の

  生きていた

 さしこんで

  あきらかにわたしは

 穢れたくなければ死ねばいい

  叫び聲のうちに

 いまこの時にも

  一度も耳にしなかった聲に

 死にたくなければ死ねばいい

  死ねなかったから

 いまこの時にも

  生きていた

かくて

  だれにもそれを望まれもせず

迦夜香ひとり爾に

  死ぬ術などなかったから

都儛耶氣良玖

 知ってたのだ。

 誰もが。

 もはや。

 そのヴィルス。

 味も匂いも無いイノチもどき。

 見えもしない。

 裸眼には。

 たしかに形があるにもかからわず。

 裸眼には。

 小さすぎて。

 あるいはわたしたちが大きすぎたのだった。

 武骨な眼差しの無樣な巨躰。

 大陸のような巨大さ。

 知っていた。

 わたしたちは。

 迦哩ヴィルスの潜伏期間が二週間未滿だということを。

 發症すればまたたくまに細胞覺醒を齎す。

 そして一度も躬づからの繁榮をは見ない。

 巢が滅びるから。

 繁茂をは見ない。

 巢が滅びるから。

 氾濫をは見ない。

 むしろ滅びるために生まれたようなそれ。

 或はすさまじく狂ったイノチ。

 ないしイノチもどきのイノチのかたち。

 その固有性。

 無造作な肉躰の壞滅に殲滅されながら舞う。

 迦哩ヴィルスは。

 虛空を。

 飛沫として。

 空氣に乘った小さな曳航。

 付着した無機物の上に六日の間生存する。

 誰もが知っていた。

 その壞滅と殲滅の期限が二週間以内だということは。

 一か月たった筈だった。

 採血し始めてから數えても。

 それ以上たった筈だった。

 だから穢れはしなかった。

 たぶん。

 だから穢しはしなかった。

 たぶん。

 ふれ合った薰馬の唾液。

 不意打ちのように滅びた薰馬は。

 わたしを穢しはしなかった。

 まるで不意打ちのように。

 わたしはいまだに人だった。

 不意打ちのように。

 そうに違い無かった。

 すでに。

 薰馬の散らした汗は穢しはしなかった。

 わたしを。

 薰馬の埀らした乳の雫は穢していなかった。

 わたしを。

 素手でふれたくせに。

 過失じみて。

 信じがたい忘れ物のように。

 あまりにも愚かなミス。

 だれもが氣づいていた。

 それに。

 たぶん。

 すでに物資も盡き果てゝ着替えもできない防護服のまき散らす空氣さえ。

 わたしを終に穢さなかった。 

 わたしにふれる無性別の綺麗な無生物たちのゴム製の指先さえ。

 わたしを終に穢さなかった。

 聲が云った。

 暗闇の中に。

 男の聲が。

 ——たぶん、

 と。

 さゝやきの強さで怒鳴りあげた。

 それ。

 ビニールとゴムと革のような布地のこっちに。

 聞いた。

 その聲の群れを。

 ——まだ、假説ですが。

 ——大丈夫?

 ——わからないよ?わからないんだけど。

 ——あくまでも…

 ——正確にはね?

 ——あの…

 ——けどね、

 ——聞こえる?

 ——ダメ?

 ——たぶんあなた、大丈夫です。

 ——聞こえるよね?

 ——喜んでいいからね。たぶんね…

 ——あなただけじゃ、なくて。

 ——聞こえてるかな?

 ——希望、持ってね。

 ——みななさん…

 ——聲。

 ——たぶんね。無毒化したみたい…

 ——大丈夫?

 ——たぶんね、なにも…

 ——加哩ヴィルスが、ね?

 ——このまま、ね?

 ——わかるよね?まだ…

 ——風邪の症状は出ても、しないんですね。

 ——もう…

 ——聞こえてる?

 ——あなた、ね?

 ——喜んでいいからね。

 ——細胞覺醒。

 ——わかるよね?

 ——もうしないんだよ。覺醒。

 ——あれ、…ね?

 ——もうすぐだからね。

 ——R.W.症候群さえ發症させなければ無害なのであってね。

 ——雅樂川さん、…ね?

 ——害がないわけじゃないけどね。

 ——でも念の爲に、…

 ——雅樂川さん?

 ——ま、

 ——加奈子さんだっけ?

 ——隔離、あと二日。

 ——いい?

 ——待ってください。…あと二日。

 ——まだ、わかるよね?

 ——ま、もう、みなんさん、大丈夫。

 ——頭、大丈夫かな?

 ——たぶん…

 ——意識あるかな?

 ——腦波、まだ、おかしくないからね。あなたね…

 ——聞こえてるかな?

 ——大丈夫。

 ——聞こえてるよね?

 ——だぶんね…

 ——だから人類勝ったかもしれない。

 彼はそう言いゆたゆたとわたしはひとり。

 見ていた——

 ゆらゆらと猶もひとり。

 見ていた——

 めらめらとあくまでもひとり。

 見ていた——

 くらくらと何を拒むわけでもなくひとりわたしは。

 火。

 見ていた。

 焰。

 燃え立つ。

 紅。

 その色。

 オレンジ。

 見ていた。

 黃色。

 猶も。

 見ていた。

 わたしは。

 わたしだけは。






Seno-Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Seno-Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキス、北一輝、など。 三島由紀夫もちょっと好き。そんな感じ。

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