天人五衰——啞ン癡anti王瑠我貮翠梦organism。小説1
こんな思考実験をしようと思う。
あるヴィルスがきっかけとなって人間の生態が変わって仕舞う、と。
その変化は肉体の生命機構そのものを一変させるもので、だからまさに進化と呼んでもよい。
ぼくたちは滅び、ぼくたちの肉体にやどった誰かが未来を手にする、まるで蛇が殻を脱ぐように。
未来はぼくたちを見捨ててそのそれ自体の眼差しの中に風景を見る、蝶がもはや繭殻をは返り見ないように。
以下はそんな連作。名づけて曰くanti-organismと。
これはその序章的な短い挿話。名づけて曰く天人五衰と。禪風の一角仙人という能の台本を典拠とする。
以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
天人五衰
…シュレーディンガーの猫の片眼に
或る眼差しの
或るその須臾乎
乎乎乎乎。斗乎乎乎乎。意意意意意意。許乎乎乎乎乎乎。侶乎乎乎乎乎乎。許乎乎乎乎乎乎。騰淤淤淤淤淤淤斗曾能女阿由迦の指のそっとふれるままにまかせた赦すともなくにその指先撫ぜられる儘に肌にふれその肌は白く指だに白ければともに光の直射に綺羅らと雪如す顎はまばたいたひとりで沙羅は日に褪せたマットレスの上に見ていたその姉をひそかに阿利麻紗ノ阿由哿その唇の色あくまでも淡く色の溶け出すに似た氣色をさらしたゞ吐きかけたのだったあたたかな息を肌は覆いかぶさる唇はなおも吐くだから沙羅は感じたあくまで他人のその息遣いの身勝手を肌の温度ごとだから聞いた無造作でしかもひそかな音をその耳に明らかに
阿利麻沙ノ紗囉厥れ最後の人々その日十九歳になったはずの日の數日後遠くに聞いたなかば崩れた壁のひび割れの向こうに許乎乎乎乎乎乎と響き碁乎乎乎乎乎乎と連なり響き許乎乎乎乎乎乎と響き相いとよみ騰淤淤淤淤淤淤ととどろいた崩壊の音響を聞いた須臾瞬きも畢らないうちにそのひとつの固有の崩壊崩れ落ちるコンクリートらかすかな音の群れ煙る鉄骨の崩壊煙り立ち又は鉄筋かさらりさらす錆色むらなり連理の枝なす束つらなりひん曲がってからまり轟音の遠い微弱音の残響ら思う沙羅は潰されたものらを一瞬にして下敷きになったものら思うそれらの苦痛を最後の傷みを疵厥れ潰されたものら未だいまさらに息てあったものらの最期の血玉散るを思う絶える息それらのいくつもの畢りの瞬間そのそれぞれの風景を思い何をいまさらと思いすでに生きながらに滅びていたにひとしいものたちしかすがにその心をは知らない阿優迦の心をは同じ日に生まれた筈の女阿由迦何を思ったのかは又はなにをも思わなかったかもしれなくて光厥れ光の温度気付きだにしなかったかも知れなくてその遠い轟音などだから光厥れ綺羅らぐ温度紗羅は知る筈もないことを知るその心は安憂哿ではないから故に想うわたしは
と
知るすべもない
と息を吐き喉の奥にのみつぶやけらくあなたの見た風景をなどは
と綺羅らぐ光所謂比登らの息て有るべき時のすでに過ぎてあることは云わずもがなに知り且つは知り過ぎるほどに終焉の時光はなおもふりそそぐのだった光息てあくまでも息てそれぞれにかろうじて息てあること自体もはやおのおのの固有の滅びの時の到來の誤差に過ぎないことは顯らかすぎて降れ
と
そゝげ。綺羅ら
と躬づからに光は
と光は
と不意に笑えた沙羅は躬づからを含めて比登らの滅びの時のイノチをなぜというでもなく誰かの匂い立てた遠い死の馨だにも不意の降ってわいた僥倖にさえ思えてそれらは明かすすくなくともその時にまでは生きて在った事実をだけ光ら光厥れ舞い落ちる光ら無數にももはや沙羅は感じなかった阿由哿の眼差しの曝した問いかけに答える必要をは肌はほてる光にも白く阿由哿のうかべた笑み言葉も無くにそれを咎めた一瞬の沙羅の眼差しの理由何故?
と阿由迦はひとりでいぶかっていたまばたく沙羅は今誰かが死んだ
と沙羅は思うわたしたちの肌がただお互いの温度に噎せ返る時にも
とかくてと惑う姉の肌に互いにさらした素肌そのふれ合うひとつひとつの触感それら散亂戀していた譯ではなかった厭うでもなくて求めたわけでもまして怖れもふれ合う温度吐く息の体内の匂いの氣配たゞうざったくてひとり思ひけらくに思え
と
わたしは
と
いまだけは
と
まさに遠くに立った土煙
と
煙の霧成す中に立つ樹木
と
滋る樹木の濫立を
と
その綠の色をさえも圡烟の掩ったのを思え
とだから見た逸らした眼差しは斜めに崩れたコンクリート壁の向こう朝の日はさらす突き出した鉄筋の彎曲錆びの赤逆光に昏く無造作に7階でへし折れた髙層ビルディングの剥き出しの今の最上階で昨日寢たその前の日に又その前の日にもいま比登らの幾らが殘存するかはもはや比登らの誰も知らない知るすべも無み此の最後の比に於ても猶も沙羅の目も阿憂迦の眼も見つづけるのだった厥れら死人らの畸形の翳りを所謂フィル・アンセルモ症候群人らの細胞を覺醒させ且つは人らの形態を亡ぼしたその疫病の人らの知り得た㝡初の發症が十五年も前だったから自然阿優迦も沙羅もその破滅の時期の最初に生まれ只中に育ったことになる人らの無數の死滅を嘲弄するかにも增しもせず減りもせずに不滅の死人らは翳り陽炎阿憂迦の唇が沙良の鳩尾に終にふれたときにも鳩尾を髮の埀れこぼれた毛先がくすぐったときにも仰向けの空陽炎そのすべてを掩い翳り溢れ返り陽炎厥レ死人ら陽炎色のない翳りの陽炎沙羅のまばたきの須臾の暗闇の中にだにゆゝがす厥れ變形した喉の無數に生やした柔毛を触手じみて故れ沙羅だけが笑い翳りの陽炎は綺羅らがす極彩色の焰にその孔という孔の無數を火の色彩もなくに焰穴ぼこの暗さのみ曝して死人ら焰温度も無くてただとろけ合うように貪り合い死人らの孔翳りの陽炎のつらなりの融合と分離咀嚼しあうどこかしらに血は玉散った眼の前に開く孔のひとつは明らかに阿優迦の開けた口蓋の焰に違いなかった沙羅は自分の死人の翳りの陽炎を探しある死人爾に躬づからの焰に燒かれつゝつも長い長い舌を上に上にとひたすらに伸ばしその途中途中に枝別れなせば埀れさがる舌無數の蔦如す蠢き沙羅はひとり見蕩れかくて迦猊唎迦偈呂比爾に斯毗登迦多羅久かク聞きゝムかシ比登と云ふ地に有り夫レ圡に這ひ鐵ノ舩に低き曾囉を飛備麻和利弖軈而躬ヅから立てたる塔ノ影に躬を曲げタりきかくて儚なミかくて歎きかくテ血ヲ吐きゝ厥レ末ノ世の始めノこロ惡疾波毗許哩比登らミな疾ミ痛ミたルがゆゑ也キ爾に宇陁我波ノ迦耶香と云ふ女ありキ迦夜迦に戀布流比登有ありき名を迦虞良ノ玖樂摩と曰フ迦久弖迦夜迦ひトり迦俱麻が息あル肉の燃えて燃え上がレるを見タれバ欷き悲しミ泣血哀慟そノこゝろに沙紗夜祁良玖
色彩は踊り
思っていた
眼差しに
聞け、と
それ
耳はせめて
燃え上がる色は
わたしの
色彩は踊り
耳はせめて聞け
焰の色は
叫ぶべきだった
肉を燒き
わたしの叫び聲を
齅ぐ
わたしの耳は
鼻孔の奧に
せめて
燒き盡される肉の匂いを
巨大な叫びの連なりの轟音となって
肉は脉打ち
叫ぶべきだった聲を——内臓をさえ
思った
吐き出すほどに(なぜ?)
どうして、と…口は
肛門をさえ(何故?)
沉默し——いま此の時さえ何故
吐き出すほどに(靜まり返った)
沉默し——叫ぶ響きの微かもなくて何故
聞け(たゞひたすらな)…泣き叫ぶべきだった
ただ擴げられ
聲を。知れ(水の面に)…喚き散らすべきだった
吸い込まれもしない空気を
聲を。思え(不意に立つ波紋さえなく)…わたしの口に
飲み込まれもしない空気を
今(わたしの心は)
そこに捨て置くのか
かくて迦夜香
だれが(ただ澄み渡り)泣き叫んだ?
爾に
わたしの耳に
都儛耶氣良玖
それは散り始める前。
だから色づく前。
ゆれる葉と葉ゝは。
だから散りもしないころ。
九月の終わり。
だから光り。
そそぐ。
雨は匂いさえなかった。
ふりそそぐ。
その晴れた日に。
光り。
目を掩うばかりに。
まばたく瞼にさえふれた。
光りは。
斜めに見上げれば靑。
雲さえまばらな朝だったから。
窓に光り。
すべての光りをは通し切らないふきだまりの發光。
澄み切った空。
ビルの先に冴える。
無造作なほどに。
思った。
飛ぶ鳥の逆光を。
不意に。
その翳り。
そんなもの兆しさえ見い出し得もせずに。
鳥など。
その羽搏きの影など。
眼差しは見た。
こころが飛ぶ鳥の逆光を思ったから。
東向きだった。
わたしたちの部屋は。
だからふれたのだ。
朝の光が。
肌に。
無防備に。
唇に。
好き放題に。
髮の毛にさえ。
すこしも感じさせずに。
何の温度をさえも。
あたゝかなくせに。
温度の存在した事實をさえも。
なゝめに翳るものの影。
さまざまに。
それら。
それぞれにそれぞれの陽炎に陽炎。
淡い。
長いびく影の色は。
いつでも。
だからふれたのだった。
指先は。
すこしかさつく。
鹿倉薰馬の指先。
何に?
唇に。
だれの?
わたしの。
どんなふうに?
なぞるように。
何を?
あくまでもそのかたちだけを。
まるでふたたび確認したように。
あくまでもそのかたちだけを。
世界の終り。
唇のかたちを。
息ものゝすべてのすべり墮ちて行く傾き。
やわらかなかたちの傾斜を。
目にふれるものすべての墮ちる傾き。
畢りをなぞった。
墮ちる。
もはやすべてが。
轉がり落ちる。
目を閉じて。
すべてのものの畢りに。
目を開く。
ひらいた眼の見たものの總て。
感じた。
墮ちる。
かたちのすべては。
もはや。
その指先。
どうしようもなく。
いとしい指。
ただかなしくなるほどに。
指。
薰馬の。
畢りをなぞる。
息ものゝすべてはなぞる。
すこし大きな。
隱しえもせずに終焉。
その指。
隱す氣さえもなくて。
唇をなぜた。
隱す意味などないから。
ふわふわ。
たゞ剝き出しにされて。
ふわふわの。
晒されて。
感じながら。
唇を。
すべり落ちる速度をだけを感じながら。
畢りだよ。
何故わたしたちは貪っただろう?
わたしたちはもうすぐ訖るよ。
かならずしも餓ゑはしなかった。
最後だよ。
肉體に。
最期だよ。
あたゝかな欲望に噎せかえりもせずむしろ冴えて。
歎きの入る余地さえも無い。
醒めて。
澄んだ祈りにちかい心。
盈ちる。
痛む思いだけが。
いつでも。
切ないほどに。
それ。
かたちにならない心のゆらめき。
祈りを。
心の痛みだけに埋没しきれもせず。
せめても祈りを。
悲しみだけに沉みきれることもなく。
誰に?
あなたは貪る。
誰に祈りを?
貪る。
わたしを。
貪る。
わたしだけを。
あなたが貪ったわたしに貪られたまゝに。
だからわたしたちは飢ゑた自分の餓ゑを擬態した。
薰馬は卷き込む。
わたしをも。
その擬態に。
わたしは卷き込む。
薰馬をも。
その擬態に。
だから貪る。
雫。
乳色の雫。
乳の匂いさえ胸に一度も兆すことのなかった体に。
女の躰に。
奧深い處に雫を埀らした。
薰馬は。
乳色。
埀れた雫。
纔かな色。
さざなむ。
ひろがる波紋を遠くに想った。
こゝろに。
心の遠くに。
だからやがては埀ら乳寢の眠り。
眠るからだの上に置く。
薰馬は。
萎え埀れた根。
埀れた雫の殘り。
ふれて濡らす。
すこしだけ。
お腹の上を。
埀れ流れた。
肌はふれあいつづけながら気付きもしない。
ふれあう温度さえ。
失神に似た眠りのせいで。
まだ有るなら。
何が?
閉じられた瞼は。
何が?
もし假りにその瞼の内に。
何が?
いまさらに。
何が?
視られるべき夢があるなら。
生まれ變わったら鳥になろう。
この期に及んでさえも。
あるいはだからこそ?
せめて奇形の鳥。
いまや見るべきでさえなかった無意味な夢。
頭雙つの奇形の鳥に。
離れられない畸形鳥。
愛しているから。
無殘な夢。
いまも猶もあなただけを。
わたしは聞いた。
愛した。
その明け方に。
夢見た。
躰内に。
あなたを。
感じた。
體内に。
それでも宿るに違いないイノチの息吹きを。
未生の。
夢のように。
見果てぬ夢とさえ。
あざやかに。
思う。
顯らかに。
そんな価値さえ何一つない夢。
波紋。
何の可能性のかけらさえもあり得ない夢に。
イノチの。
波紋。
あなたも見たに違いなかった。
ひろがる。
雫散る夢。
傾く速度に躬を奪われながら。
飛沫。
それでも飛び散る乳色。
しぶき。
他人の躰内に。
わたしの。
だから今、匂い立つ。
その匂い。
他人の匂い。
心はひとり醒め乍ら。
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