古事記(國史大系版・中卷27・應神3歌謠)
底本國史大系第七卷(古事記、舊事本紀、神道五部書、釋日本紀)
・底本奥書云、
明治三十一年七月三十日印刷
同年八月六日發行
發行者合名會社經濟雜誌社
・底本凡例云、
古事記は故伴信友山田以文山根輝實書大人が尾張國眞福寺本應永年間古寫の伊勢本他諸本を以て比校せしものを谷森善臣翁の更に增補校訂せる手校本二部及秘閣本等に據りて古訓古事記(宣長校本)に標注訂正を加へたり
且つ古事記傳(宣長記)の説を掲け欄外にはその卷數を加へて同書を讀まん人の便に供せり
天皇聞看日向國諸縣君之女名髮長比賣其顏容麗美
將使而喚上之時
其太子大雀命見其孃子泊于難波津而
感其姿容之端正即誂‘告建内宿禰大臣(告、中本作遣)
是自日向喚上之髮長比賣者
請白天皇之大御所而令賜於吾
爾建内宿禰大臣請大命者
天皇即以髮長比賣賜于其御子
所賜狀者天皇聞看豐明之日
於髮長比賣令握大御酒柏賜其太子
天皇〔すめらみこと〕
聞看日向〔ひむか〕の國〔くに〕の諸縣〔むらがた〕の君〔きみ〕の女〔むすめ〕
名〔な〕は髮長〔かみなが〕比〔ヒ〕賣〔メ〕
其〔そ〕の顏容〔かほ〕麗美〔よし〕と聞〔こきしめし〕て將使〔つかひたまはむとして〕
喚上〔をめさげたまふ〕時〔とき〕に
其〔そ〕の太子〔ひつぎのみこ〕大雀〔おほさざき〕の命〔みこと〕
其〔そ〕の孃子〔をとめ〕をの泊于難波津〔なにはつ〕に泊〔はてたる〕を見〔み〕たまひて
其〔そ〕の姿容〔かほ〕端正〔よき〕に感〔めで〕たまひて
即〔すなはち〕建〔たけし〕内〔うち〕の宿禰〔すくね〕の大臣〔おほおみ〕に
誂告〔あとらへたまはく〕
是〔こ〕の日向〔ひむか〕より喚上〔めさげたまへる〕髮長〔かみなが〕比〔ヒ〕賣〔メ〕をば
天皇〔すめらみこと〕大御所〔おほみもと〕に請〔こひ〕白〔まをし〕て
吾〔あれ〕に令賜〔たまはしめよ〕。
とのりたまひき。
爾〔かれ〕建〔たけし〕内〔うち〕の宿禰〔すくね〕の大臣〔おほおみ〕
大命〔おほみこと〕を請〔こひ〕しかば
天皇〔すめらみこと〕
即〔すなはち〕以〔‐〕髮長〔かみなが〕比〔ヒ〕賣〔メ〕を其〔そ〕に御子〔みこ〕に賜〔たまひ〕き。
所賜〔たまへる〕狀〔さま〕は天皇〔すめらみこと〕
豐明〔とよのあかり〕聞看〔きこしめす〕日〔ひ〕
髮長〔かみなが〕比〔ヒ〕賣〔メ〕に大御酒〔おほみき〕の柏〔かしは〕を令握〔とらしめ〕て
其〔そ〕の太子〔ひつぎのみこ〕に賜〔たまひ〕き。
爾御歌曰
伊邪古杼母 怒毘流都美邇
比流都美邇 和賀由久美知能
迦具波斯 波那多知婆那波
本都延波 登理韋賀良斯
志豆延波 比登登理賀良斯
美都具理能 那迦都延能
本都毛理 阿加良袁登賣袁
伊邪佐佐婆 ‘余良斯那(余良、卜本寛本山本作爾良、宣長云今從眞本延本)
爾〔ここ〕に御歌曰〔みうたしたまはく〕
伊邪古杼母〔いざこども〕
怒毘流都美邇〔ぬびるつみに〕
比流都美邇〔ひるふみに〕
和賀由久美知能〔わがゆくみちの〕
迦具波斯〔かぐはし〕
波那多知婆那波〔はなたちばなは〕
本都延波〔ほつえは〕
登理韋賀良斯〔とりゐがらし〕
志豆延波〔しづえは〕
比登登理賀良斯〔ひととりがらし〕
美都具理能〔みつぐりの〕
那迦都延能〔なかつえの〕
本都毛理〔ほつもり〕
阿加良袁登賣袁〔あからをとめを〕
伊邪佐佐婆〔いざささば〕
余良斯那〔よらしな〕
いざ子供 野蒜摘みに
蒜摘みに 吾が行く道の
香ぐはし 花橘は
上枝は 鳥居枯らし
下枝は 人取り枯らし
三つ栗の 中つ枝の
ほつもり 赤ら孃子を
誘ささば 良らしな
又御歌曰
美豆多麻流 余佐美能伊氣能
韋具比宇知 「‘比斯」賀「良能」
(比斯賀良能、宣長云諸本作賀一字、今從書紀)
佐斯‘祁流斯良邇 奴那波久理(祁流、寛本作良流、諸本皆作祁流)
波閇祁久斯良邇 ‘和賀許許呂志(和賀、書紀作阿賀)
『‘叙』伊夜‘袁許邇斯弖 伊麻叙久夜斯岐(叙、書紀无叙字、恐衍。袁許、書紀作于許。)
如此歌而賜也
又御歌曰〔また〕
美豆多麻流〔みづたまる〕
余佐美能伊氣能〔よさみのいけの〕
韋具比宇知〔ゐぐひうち〕
「比斯賀良」能(ひしがらの)
佐斯祁流斯良邇〔さしけるしらに〕
奴那波久理〔ぬなはくり〕
波閇祁久斯良邇〔はへけくしらに〕
和賀許許呂志〔わがこころし〕
『叙』伊夜袁許邇斯弖〔いやをこにして〕
伊麻叙久夜斯岐〔いまぞくやしき〕
水溜まる 依網の池の
堰杙打ち 菱がらの
挿しける不知に 蓴繰り
延へけく不知に 我が心し
いやをこにして 今ぞ悔しき
如此〔かく〕歌〔うたはし〕て賜〔たまひ〕き。
故被賜其孃子之後太子歌曰
美知能斯理 古波陀袁登賣袁 迦微能碁登 岐許延斯迦‘杼母 阿比麻久良麻久(杼母、書紀无母字)
故〔かれ〕其〔そ〕の孃子〔をとめ〕を被賜〔たまはり〕て後〔のち〕に
太子〔ひつぎのみこ〕の歌曰〔よみたまへる〕
美知能斯理〔みちのしり〕
古波陀袁登賣袁〔とはだをとめを〕
迦微能碁登〔かみのごと〕
岐許延斯迦杼母〔きこえしかども〕
阿比麻久良麻久〔あひまくらまく〕
道の後 古波陀孃子を 神(雷)の如 聞こえしかども 相枕まく
又歌曰
美知能斯理 古波陀袁登‘賣波 阿良蘇波受 泥斯久袁斯‘叙母 宇流波志美意母布(賣波、書紀无波字。叙母、書紀无母字)
又歌曰〔また〕
美知能斯理〔みちのしり〕
古波陀袁登賣波〔こはだをとめは〕
阿良蘇波受〔あらそはず〕
泥斯久袁斯叙母〔ねしくをしぞも〕
宇流波志美意母布〔うるはしみおもふ〕
道の後 古波陀孃子は 爭はず 寢しくをしぞも 麗しみ思ふ
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