古事記(國史大系版・中卷22・仲哀/神功2)
底本國史大系第七卷(古事記、舊事本紀、神道五部書、釋日本紀)
・底本奥書云、
明治三十一年七月三十日印刷
同年八月六日發行
發行者合名會社經濟雜誌社
・底本凡例云、
古事記は故伴信友山田以文山根輝實書大人が尾張國眞福寺本應永年間古寫の伊勢本他諸本を以て比校せしものを谷森善臣翁の更に增補校訂せる手校本二部及秘閣本等に據りて古訓古事記(宣長校本)に標注訂正を加へたり
且つ古事記傳(宣長記)の説を掲け欄外にはその卷數を加へて同書を讀まん人の便に供せり
故備如敎覺整軍雙船度幸之時
海原之魚不問大小悉負御船而渡
爾順風大起御船從浪
故其御船之波瀾押騰新羅之國
既到半國
於是其國‘主畏‘惶奏言(國主、諸本作王、宣長云今從眞淵翁説及例改。畏惶、諸本无惶字、宣長云今依眞本延本補)
自今以後隨天皇命「‘而」爲御馬甘(而、宣長云今意補)
毎年雙船不乾船腹不乾柂檝
共與天地無退仕奉
故是以新羅國者定御馬甘
百濟國者定渡屯家
爾以其御杖衝立新羅國主之門
即以墨江大神之荒御魂爲國守神而祭鎭還渡也
故〔かれ〕備〔つぶさに〕敎覺〔をしへさとし〕たまへる如〔ごとく〕して
軍〔みいくさ〕整〔ととのへ〕船〔みふね〕を雙〔つらなめ〕て
度〔わたり〕幸〔いでます〕時〔とき〕に
海原〔うなはら〕の魚〔うをども〕
不問大小〔おほきなるちひさき〕悉〔ことごと〕に御船〔みふね〕を負〔おひ〕て渡〔わたり〕き。
爾〔ここ〕に順風〔おひかぜ〕大〔さかり/みさかり〕に起〔ふき〕て
御船〔みふね〕浪〔なみの/なみに〕從〔まにまにゆきつ/したがひつ〕。
故〔かれ〕其〔そ〕の御船〔みふね〕の波瀾〔なみ〕
新羅〔しらぎ〕の國〔くに〕に押騰〔おしあがり〕て
既〔すで〕に半國〔くになからまで/くになかに〕到〔いたり〕き。
於是〔ここに〕其〔そ〕の國主〔こにきし〕畏〔おぢ〕惶〔かしこみ〕て
奏言〔まをしけらく〕
今〔いま〕より以後〔ゆくさき〕
天皇〔おほきみ〕の命〔みこと〕の隨〔まにまに〕御馬甘〔みまかひ〕爲〔として〕
毎年〔としのは〕に船〔ふね〕雙〔なめ〕て
船腹〔ふなはら〕不乾〔ほさず〕、
柂檝〔さをかぢ〕不乾〔ほさず〕、
共與天地〔あめつちのむた/あめつちとともに〕
無退〔とことはに〕仕奉〔つかへまつらむ〕。
とまをしき。
故〔かれ〕是以〔ここをもて〕新羅〔しらぎ〕の國〔くに〕をば
御馬甘〔みまかひ〕と定〔さだめ〕たまひき。
百濟〔くだら〕の國〔くに〕をば
渡〔わた〕の屯家〔みやけ〕と定〔さだめ〕たまひき。
爾〔ここ〕に以其御杖〔そのみつゑをえて〕
新羅〔しらぎ〕の國主〔こにきし〕の門〔かなど〕に衝〔つき〕て立〔た〕てたまひき。
即〔すなはち〕以〔‐〕墨江〔すみのえ〕の大神〔おほかみ〕の荒御魂〔あらみたま〕を
爲〔‐〕國守〔くにまもります〕神〔かみ〕と而〔‐〕祭鎭〔しづめまつり〕て
還〔かへり〕渡〔わたり〕ましき。
故其政未竟之間其懷妊臨產
即爲鎭御腹取石以纒御裳之腰而
渡筑紫國其御子者阿禮坐[阿禮二字以音]
故號其御子生地謂宇美也
亦所纒其御裳之石者在筑紫國之‘伊斗村也(伊斗、諸本作伊計、宣長云非也、今從延本)
故〔かれ〕其〔そ〕の政〔まつりごと〕未〔いまだ〕竟〔をへ〕たまはざる間〔ほど〕に
其懷妊〔はらませるみこ/そのみこ〕臨產〔あれまさむ〕として
即〔かれ〕御腹〔みはら〕を鎭〔いはひ〕たまはむ爲〔ため〕に
石〔いし〕を取〔とらし〕て以〔‐〕御裳〔みも〕の腰〔こし〕に纏〔まかし〕て
筑紫〔つくし〕の國〔くに〕に渡〔わたり〕きましてぞ
其〔そ〕の御子〔みこ〕は阿〔ア〕禮〔レ〕坐〔ましける〕。[阿禮二字以(レ)音。]
故〔かれ〕其〔そ〕の御子〔みこ〕生〔うみ〕たまへる地〔ところ〕を
謂〔‐〕宇〔ウ〕美〔ミ〕とぞ號〔なづけける〕。
亦〔また〕其〔そ〕の御裳〔みも〕に所纏〔まかせりし〕石〔いし〕は
筑紫〔つくし〕の國〔くに〕の伊〔イ〕斗〔ト〕の村〔むら〕になも在〔ある〕。
亦到坐筑紫末羅縣之玉島里而御食其河邊之時
當四月之上旬
爾坐其河中之礒拔取御裳之糸以飯粒爲餌釣其河之年魚
[其河名謂小河亦其礒名謂勝門比賣也]
故四月上旬之時女人拔裳糸以粒爲餌釣年魚至于今不絕也
亦〔また〕筑紫〔つくし〕の末〔マツ〕羅〔ラ〕縣〔がた〕の玉島〔たましま〕の里〔さと〕に到坐〔いたりまし〕て
其〔そ〕の河〔かは〕の邊〔べ〕に御食〔みをしせす〕時〔をり〕當〔しも〕四月〔うづき〕の上旬〔はじめのころ〕なりしかば
爾〔‐〕其〔そ〕の河中〔かはなか〕の礒〔いそ〕に坐〔まし〕て
御裳〔みも〕の糸〔いと〕を拔取〔ぬきとり〕、
以〔‐〕飯粒〔いひぼ〕を餌〔ゑ〕にして
其〔そ〕の河〔かは〕の年魚〔あゆ〕をなも釣〔つらし〕ける。
[其〔そ〕の河〔かは〕の名〔な〕を小河〔をがは〕と謂〔いふ〕。
亦〔また〕其〔そ〕の礒〔いそ〕の名〔な〕を勝門〔かちど〕比〔ヒ〕賣〔メ〕と謂〔いふ〕。]
故〔かれ〕四月〔うづき〕の上旬〔つきたち〕の時〔ころ〕
女人〔をみなども〕裳〔も〕の糸〔いと〕を拔〔ぬき〕
以〔‐〕粒〔いひぼ〕を餌〔ゑ〕にして年魚〔あゆ〕を釣〔つる〕こと
至于今〔いまに〕不絕〔たえず〕。
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