古事記(國史大系版・中卷21・仲哀/神功1)
底本國史大系第七卷(古事記、舊事本紀、神道五部書、釋日本紀)
・底本奥書云、
明治三十一年七月三十日印刷
同年八月六日發行
發行者合名會社經濟雜誌社
・底本凡例云、
古事記は故伴信友山田以文山根輝實書大人が尾張國眞福寺本應永年間古寫の伊勢本他諸本を以て比校せしものを谷森善臣翁の更に增補校訂せる手校本二部及秘閣本等に據りて古訓古事記(宣長校本)に標注訂正を加へたり
且つ古事記傳(宣長記)の説を掲け欄外にはその卷數を加へて同書を讀まん人の便に供せり
(仲哀/神功)
(傳三十)
帶中日子天皇坐穴門之豐浦宮及筑紫訶志比宮治天下也
帶〔たらし〕中〔なかつ〕日子〔ひこ〕の天皇〔すめらみこと〕。
穴門〔あなと〕の豐浦〔とよを〕の宮〔みや〕
及〔また〕筑紫〔つくし〕の訶〔カ〕志〔シ〕比〔ヒ〕宮〔みや〕に
坐〔ましまし〕て天下〔あめのした〕治〔しろしめしき〕。
此天皇娶大江王之女大中津比賣命生御子
香坂王
忍熊王[二柱]
此〔こ〕の天皇〔すめらみこと〕
大江〔おほえ〕の王〔みこ〕の女〔むすめ〕
大中津〔おほなかつ〕比〔ヒ〕賣〔メ〕の命〔みこと〕に娶〔みあひ〕まして
生〔うみませる〕御子〔みこ〕
香坂〔かごさか〕の王〔みこ〕。
忍熊〔おしくま〕の王〔みこ〕。[二柱。]
又娶息長帶比賣命是大后生御子
品夜和氣命
次大鞆和氣命
亦名品陀和氣命[二柱]
又〔また〕息長帶〔おきながたらし〕比〔ヒ〕賣〔メ〕の命〔みこと〕に娶〔みあひ〕まして
是〔こ〕の大后〔おほきさき〕の生〔うみませる〕御子〔みこ〕
品〔ホム〕夜〔ヤ〕和〔ワ〕氣〔ケ〕の命〔みこと〕。
次〔つぎ〕に大鞆〔おほとも〕和〔ワ〕氣〔ケ〕の命〔みこと〕
亦〔また〕の名〔みな〕は品〔ホム〕陀〔ダ〕和〔ワ〕氣〔ケ〕の命〔みこと〕。[二柱。]
此太子之御名所以負大鞆和氣命者
初所生時如鞆宍生御腕故著其御名
是以知坐腹中「‘定」國也(定、宣長云諸本无、今據古訓意補、延本作知、恐非)
此之御世定淡道之屯家也
此〔こ〕の太子〔ひつぎのみこ〕の御名〔みな〕
大鞆〔おほとも〕の和〔ワ〕氣〔ケ〕の命〔みこと〕と負〔おはせる〕所以〔ゆゑ〕は
初〔はじめ〕所生〔あれませる〕時〔とき〕に
如鞆宍生御腕〔御腕みただむきに如鞆宍生ともなせるししありし〕故〔ゆゑ〕に
其〔そ〕の御名〔みな〕を著〔つけ〕まつりき。
是〔ここ〕を以〔もち〕て腹中〔はらぬち/みはら〕に坐〔ましまして/ましましし〕
國〔くに/よのみくにを〕定〔さだめたまへりし/さだめたまはむ〕ことを知〔しらえ〕たり。
此〔こ〕の御世〔みよ〕に
淡道〔あはぢ〕の屯家〔みやけ〕を定〔さだめ〕たまひき。
其大后息長帶日賣命者當時歸神
故天皇坐筑紫之訶志比宮將擊熊曾國之時
天皇控御琴而建内宿禰大臣居於‘沙庭請神之命
於是大后歸神
言教覺詔者
西方有國
金銀爲本‘目之炎耀(目、諸本作日、宣長云非也今從眞本延本)
種種珍寶多在其國
吾今歸賜其國
爾天皇答白
登高地見西方者不見國土
唯有大海
謂爲詐神而押退御琴不控默坐
其〔そ〕の大后〔おほきさき〕
息長帶〔おきながたらし〕日〔ひ〕賣〔メ〕の命〔みこと〕は
當時歸神〔そのかみかみよりたまへりき〕。
故〔かれ〕天皇〔すめらみこと〕
筑紫〔つくし〕の訶〔カ〕志〔シ〕比〔ヒ〕の宮〔みや〕に坐〔ましまし〕て
熊〔くま〕曾〔ソ〕の國〔くに〕を將擊〔ことむけたまはむとせし〕時〔とき〕に
天皇〔すめらみこと〕御琴〔みこと〕を控〔ひかし〕て
建〔たけし〕内〔うち〕の宿禰〔すくね〕の大臣〔おほおみ〕沙〔サ〕庭〔には〕に居〔ゐ〕て
神〔かみ〕の命〔みこと〕を請〔こひ〕まつりき。
於是〔ここに〕大后〔おおきさき〕歸神〔かむがかり〕して
言〔こと〕敎〔をしへ〕覺〔さとらし〕詔者〔たまひつらく〕
西方〔にしのかた〕に國〔くに〕有〔あり〕。
金銀〔こがねしろがね〕を爲本〔はじめて〕
目〔め〕の炎耀〔かがやく〕種種〔くさくさ〕の珍寶〔たから〕
其〔そ〕の國〔くに〕に多〔さは〕在〔ある〕を
吾〔あれ〕今〔いま〕其〔そ〕の國〔くに〕を歸賜〔よせたまはむ〕。
とのりたまひき。
爾〔ここ〕に天皇〔すめらみこと〕答白〔こたへまをしたまはく〕
高地〔たかきところ〕に登〔のぼり〕て西方〔にしのかた〕を見〔み〕れば
國土〔くに〕は不見〔みえず〕。
唯〔ただ〕大海〔おほうみ〕こそ有〔あれ〕。
とまをして
爲詐〔いつはりせす〕神〔かみ〕と謂〔おもほし〕て
御琴〔みこと〕を押退〔おしのけ〕て不控〔ひきたまはず〕
默坐〔もだいましぬ〕。
爾其神大忿詔
凡茲天下者汝非應知國
汝者向一道
於是建内宿禰大臣白
恐我天皇
猶阿蘇婆勢其大御琴[自(レ)阿至(レ)勢以(レ)音]
爾稍取依其御琴而那摩那摩邇[此五字以(レ)音]控坐
故未幾久而不聞御琴之音
卽擧火見者既崩訖
爾驚懼而坐殯宮更取國之大奴佐而[奴佐二字以音]
種種求生剝
逆剝
阿離
溝埋
屎戸
上通‘下通婚(下通、宣長云諸本脱、今從眞本延本補)
馬婚
牛婚
鷄婚
犬婚之罪類爲國之大祓而
亦建内宿禰居於沙庭請神之命
爾〔かれ〕其〔そ〕の神〔かみ〕
大〔いたく〕忿〔いからし〕て
凡〔おほかた〕茲〔こ〕の天下〔あめのした〕は
汝〔みまし〕の非應知國〔しらすべきくににあらず〕。
汝〔みまし〕は一道〔ひとみち〕に向〔むかひませ〕。
と詔〔たまひき〕。
於是〔ここに〕建〔たけし〕内〔うち〕の宿禰〔すくね〕の大臣〔おほおみ〕白〔まをしけらく〕
恐〔かしこし〕我〔わ〕が天皇〔おほきみ〕
猶〔なほ〕其〔そ〕の大御琴〔おほみこと〕阿〔ア〕蘇〔ソ〕婆〔バ〕勢〔セ〕。[自(レ)阿至(レ)勢以(レ)音。]
とまをしき。
爾〔かれ〕稍〔やや〕其〔そ〕の御琴〔みこと〕を取〔とり〕依〔よせ〕て
那〔ナ〕摩〔マ〕那〔ナ〕摩〔マ〕邇〔ニ〕[此五字以(レ)音]控坐故〔ひきいましけるに〕
未幾久而〔いくだもあらずて〕御琴〔みこと〕の音〔ね〕不聞〔きこえず〕なりぬ。
卽〔かれ〕火〔ひ〕を擧〔あげ〕て見〔み〕まつれば
既〔はやく〕崩訖〔かむあがりましにき〕。
爾〔かれ〕驚〔おどろき〕懼〔かしこみ〕て殯〔あらき/もがり〕の宮〔みや〕に坐〔ませ〕まつりて
更〔さら〕に國〔くに〕の大〔おほ〕奴〔ヌ〕佐〔サ〕取〔とり〕て[奴佐二字以(レ)音。]
生剝〔いきはぎ〕、
逆剝〔さかはぎ〕、
阿〔ア〕離〔はなち〕、
溝埋〔みぞうめ〕、
屎戸〔くそへ〕、
上通下通婚〔おやこたはけ〕、
馬婚〔うまたはけ〕、
牛婚〔うしたはけ〕、
鷄婚〔とりたはけ〕、
犬婚〔いぬたはけ〕の罪〔つみ〕の類〔たぐひ〕を
種種〔くさぐさ〕に求〔まぎ〕て
國〔くに〕の大祓〔おほはらへ〕を爲〔して〕
亦〔また〕建〔たけし〕内〔うち〕の宿禰〔すくね〕
沙〔サ〕庭〔には〕に居〔ゐ〕て神〔かみ〕の命〔みこと〕を請〔こひ〕まつりき。
於是敎覺之狀具如先日
凡此國者坐汝命御腹之御子所知國者也
爾建内宿禰白
恐我大神
坐其神腹之御子
何子歟
答詔
男子也
爾具請之
今如此言敎之大神者欲知其御名
卽答詔
是天照大神之御‘心者(心者、山本云一本此下有也字)
亦底筒男
中筒男
上筒男三柱大神者也[‘此時其三柱大神之御名者顯也]
([此時]、以下廿三字分注、眞淵云恐後人所加、宣長云不必然、宜依舊存之)
今寔思求其國者於天神地祇亦山神及河海之諸神
悉奉幣帛
我之御魂坐于船上而
眞木灰納瓠亦箸及比羅傳[此三字以音]多作
皆皆散浮大海以可度
於是〔ここに〕教覺〔をしへさとしたる〕狀〔さま〕
具〔つぶさ〕に如先日〔さきのごとくにて〕
凡〔おほかた〕此〔こ〕の國〔くに〕は
汝〔な〕が命〔みこと〕の御腹〔みはら〕に坐〔ます〕御子〔みこ〕の
所知〔しらさむ〕國〔くに〕なり。
とをしへさとしたまひき。
爾〔かれ〕建〔たけし〕内〔うち〕の宿禰〔すくね〕白
恐〔かしこし〕我〔わ〕が大神〔おほきみ〕。
坐其〔そ〕の神〔かみ〕の腹〔みはら〕に坐〔ます〕御子〔みこ〕
何子歟〔なにのみこぞも〕。
と白〔まをせば〕
男子〔ひこみこ〕ぞ。
と答詔〔のりたまひき〕
爾〔かれ〕具〔つぶさ〕に請之〔こひまつりけらく〕
今〔いま〕如此〔かく〕言〔こと〕教〔をしへ〕たまふ大神〔おほかみ〕は
其〔そ〕の御名〔みな〕を知〔しらまく〕欲〔ほし〕。
とまをせば
卽答詔〔こたへたまひつらく〕
是〔こ〕は天照大神〔あまてらすおほみかみ〕の御心〔みこころ〕なり。
亦〔また〕底筒〔そこつつ〕の男〔を〕、
中筒〔なかつつ〕の男〔を〕、
上筒〔かみつつ〕の男〔を〕三柱〔みはしら〕の大神者〔おほかみ〕なり。
[此〔こ〕の時〔とき〕にぞ其〔そ〕の三柱〔みはしら〕の大神〔おほかみ〕の御名〔みな〕は顯〔あらはし〕たまへる。]
今〔いま〕寔〔まこと〕に其〔そ〕の國〔くに〕を求〔もとめむ〕と思〔おもほさ〕ば
天神〔あまつかみ〕
地祇〔くにつかみ〕
亦〔また〕山〔やま〕の神〔かみ〕
及〔‐〕河海〔うみかは(儘)〕の諸神〔かみたち〕に
悉〔ことごと〕に幣帛〔みてぐら〕奉〔たてまつり〕
我〔あ〕が御魂〔みたま〕を船〔みふね〕の上〔うへ〕に坐〔ませ〕て
眞木〔まき〕の灰〔はひ〕を瓠〔ひさこ〕に納〔いれ〕、
亦〔また〕箸〔はし〕及〔と〕比〔ヒ〕羅〔ラ〕傳〔デ〕[此三字以(レ)音]多〔さは〕に作〔つくり〕て
皆皆〔みなみな〕大海〔おほうみ〕に散〔ちらし〕浮〔うけ〕て
以〔‐〕可度〔わたりますべし〕。
とのりたまひき。
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