古事記(國史大系版・中卷17・景行3・小碓命2)


底本國史大系第七卷(古事記、舊事本紀、神道五部書、釋日本紀)

・底本奥書云、

明治三十一年七月三十日印刷

同年八月六日發行

發行者合名會社經濟雜誌社

・底本凡例云、

古事記は故伴信友山田以文山根輝實書大人が尾張國眞福寺本應永年間古寫の伊勢本他諸本を以て比校せしものを谷森善臣翁の更に增補校訂せる手校本二部及秘閣本等に據りて古訓古事記(宣長校本)に標注訂正を加へたり

且つ古事記傳(宣長記)の説を掲け欄外にはその卷數を加へて同書を讀まん人の便に供せり



即入坐出雲國欲殺其出雲建而到即結友

故竊以赤檮作詐刀爲御佩共沐肥河

爾倭建命自河先上取佩出雲建之解置横刀而

 爲易刀

故後出雲建自河上而佩倭建命之‘詐刀(詐刀、諸本作作刀、宣長云今從上下文及眞本延本)

於是倭建‘命誂云(命誂、諸本无命字、宣長云今從延本)

 伊奢合刀

爾各拔其刀之時出雲建不得拔詐刀

即倭建命拔其刀而打殺出雲建

爾御歌‘曰(曰、諸本作白、宣長云今從眞本延本)

 ‘夜都米佐須 伊豆毛多祁流賀 波祁流多知 ‘都豆良佐波麻岐 佐味那志爾阿波禮

(夜、寛本作衣、非也、閣本眞本此同。都豆、眞本此上有都豆二字、宣長云或助調之句)

故如此撥治參上覆奏

 即〔すなはち〕出雲〔いづも〕の國〔くに〕に入坐〔いりまし〕て、

 其〔そ〕の出雲〔いずも〕建〔たける〕を欲殺〔とらむ〕とおもほして

 到〔いたり〕まして即〔すなはち〕結友〔うるはしみ〕たまひき。

 故〔かれ〕竊〔ひそか〕に赤檮〔いちひのき〕以〔も〕て

 詐刀〔たち〕を作〔つくりなし〕て爲御佩〔みはかし〕て

 共〔とも〕に肥〔ひ〕の河〔かは〕に沐〔かはあみ〕したまひき。

 爾〔ここ〕に倭〔やまと〕建〔たける〕の命〔みこと〕、

 河〔かは〕より先〔まづ〕上〔あがり〕まして

 出雲〔いづも〕建〔たける〕が解置〔ときおける〕横刀〔たち〕を取佩〔とりはかし〕て、

  爲易刀〔たちかへせむ〕。

 と詔〔のりたまふ〕。

 故〔かれ〕後〔のち〕に出雲〔いづも〕建〔たける〕

 河〔かは〕より上〔あがり〕て

 倭〔やまと〕建〔たける〕の命〔みこと〕の詐刀〔こだち〕を佩〔はき〕き。

 於是〔ここに〕倭〔やまと〕建〔たける〕の命〔みこと〕

  伊〔イ〕奢〔ザ〕刀〔たち〕合〔あはさむ〕。

 と誂云〔あとらへたまふ〕

 爾〔かれ〕各〔おのおの〕其〔そ〕の刀〔たち〕を拔〔ぬく〕時〔とき〕に、

 出雲〔いづも〕の建〔たける〕

 詐刀〔こだち〕を不得拔〔えぬかず〕。

 即〔すなはち〕倭〔やまと〕建〔たける〕の命〔みこと〕

 其〔そ〕の刀〔たち〕を拔〔ぬき〕て

 出雲〔いづも〕建〔たける〕を打殺〔うちころし〕たまひき。

 爾〔かれ〕御歌曰〔みうたよみしたまひき〕。

  夜都米佐須〔やつめさす〕

  伊豆毛多祁流賀〔いづもたけるが〕

  波祁流多知〔はけるたち〕

  都豆良佐波麻岐〔つづらさはまき〕

  佐味那志爾阿波禮〔さみなしにあはれ〕

   やつめさす 出雲建が 佩ける太刀 葛多纏き さ身無しに あはれ

 故〔かれ〕如此〔かく〕撥〔はらひ〕治〔たひらげ〕て

 參上〔まゐのぼり〕覆奏〔かへりことまをしたまひき〕。


爾天皇亦頻詔倭建命

 言向和平東方十二道之荒夫琉神

 及摩都樓波奴人等

而副吉備臣等之祖名御鉏友耳建日子而遣之時

給比比羅木之八尋矛[比比羅三字以音]

故受命‘罷行之時參入伊勢大御神宮拜神朝廷(罷、諸本作羅、宣長云今從眞本延本)

即白其姨倭比賣命者

 天皇既所以思吾死乎

 何擊遣西方之惡人等而

 返參上來之間未經幾時

 不賜軍衆今更平遣東方十二道之惡人等

 因此思惟猶所思‘看吾既死焉(看、諸本作者、宣長云今從眞本)

患泣罷時倭比賣命賜草那藝劔[那藝二字以音]亦賜御囊‘而詔

(而詔、宣長云舊印本又一本作詔而、非也、今從眞本延本又一本、書紀釋所引亦同、一本无而字)

 若有急事解茲囊口

 爾〔ここ〕に天皇〔すめらみこと〕

 亦〔また〕頻〔しき〕て詔倭〔やまと〕建〔たける〕の命〔みこと〕に

  東方〔ひむかしのかた〕十二道〔とをまりふたみち〕の荒〔あら〕夫〔ブ〕琉〔ル〕神〔かみ〕

  及〔また〕摩〔マ〕都〔ツ〕樓〔ロ〕波〔ハ〕奴〔ヌ〕人等〔ひとども〕

  言向〔ことむけ〕和平〔やはせ〕。

 と詔〔のりたまひ〕て、

 吉〔キ〕備〔ビ〕の臣等〔おみら〕が祖〔おや〕

 名〔な〕は御鉏〔みすき〕友耳〔ともみみ〕建〔たけ〕日子〔ひこ〕を副〔そへ〕て遣〔つかはす〕時〔とき〕に

 比〔ヒ〕比〔ヒ〕羅〔ラ〕木〔ギ〕の八尋矛〔やひろぼこ〕を給〔たまひ〕き。[比比羅三字以(レ)音]

 故〔かれ〕命〔みこと〕を受〔うけたまはり〕て罷行〔まかりいでます〕時〔とき〕に

 伊〔イ〕勢〔セ〕の大御神〔おほみかみ〕の宮〔みや〕に參入〔まゐり〕まして

 神〔かみ〕の朝廷〔みかど〕を拜〔をろがみ〕て

 即〔‐〕其〔そ〕の姨〔をば〕

 倭〔やまと〕比〔ヒ〕賣〔メ〕の命〔みこと〕に白〔まをしたまへらく〕

  天皇〔すめらみこと〕は既〔はやく〕吾〔あれ〕を死〔しね〕とや所以思〔おもほすらむ〕。

  何〔いかなれ〕西方〔にしのかた〕の惡人等〔まつろはぬひとども〕を擊〔とり〕遣〔つかはし〕て

  返〔かへり〕參上〔まゐのぼり〕來〔こし〕間〔ほど〕未經幾時〔いくだもあらねば〕

  軍衆〔いくさびとども〕を不賜〔たまはず〕て

  今〔いま〕更〔さら〕に

  東方〔ひむかしのかた〕十二道〔とをまりふたみち〕の惡人等〔まつろはぬひとども〕を

  平〔ことむけ〕に遣〔つかはすらむ〕。

  此〔これ〕に因〔より〕て思惟〔おもへば/おもふに〕

  猶〔なほ〕吾〔あれ〕既〔はやく〕死〔しね〕と所思看〔おもほしめす〕なりけり。

 とまをして患泣〔うれひなき〕て罷〔まかり〕ます時〔とき〕に

 倭〔やまと〕比〔ヒ〕賣〔メ〕の命〔みこと〕

 草〔くさ〕那〔ナ〕藝〔ギ〕の劔〔つるぎ〕[那藝二字以(レ)音]を賜〔たまひ〕

 亦〔また〕御囊〔みふくろ〕を賜〔たまひ〕て

  若〔もし〕急事〔とみのこと〕有〔あらば〕

  茲〔こ〕の囊〔ふくろ〕の口〔くち〕を解〔とき〕たまへ。

 となも詔〔のりたまひ〕ける。


故到尾張國

入坐尾張國造之祖美夜受比賣之家

乃雖思將婚亦思還上之時將婚

期定而幸于東國

悉言向和平山河荒神及不伏人等

 故〔かれ〕尾張〔をはり〕の國〔くに〕に到〔いたり〕まして

 尾張〔をはり〕の國造〔くにのみやつこ〕の祖〔おや〕

 美〔ミ〕夜〔ヤ〕受〔ズ〕比〔ヒ〕賣〔メ〕の家〔いへ〕に入坐〔いりまし〕き。

 乃〔すなはち〕雖思將婚〔めさむとおもひしかども〕

 亦〔また〕還上〔かへりのぼり〕たらむ時〔とき〕にこそ將婚〔めさめ〕と思〔おもほし〕て

 期定〔ちぎりおき/ちぎりさだめ〕て

 東〔ひむかし〕の國〔くに〕に幸〔いでまし〕て

 山河〔やまかは〕の荒神〔あらぶるかみ〕及〔また〕不伏人等〔まつろはぬひとども〕

 悉〔ことごと〕に言向〔ことむけ〕和平〔やはし〕たまひき。


故爾到‘相武國之時其國造詐白(相武、諸本作相模、宣長云釋紀及神名秘書所引亦同、今從眞本延本)

 於此野中有‘大沼(大沼、眞淵云恐大野之借字)

 住是沼中之神

 甚道速振神也

於是看行其神入坐其野

爾其國造火著其野

故知見欺而解開其姨倭比賣命之所給囊口而見者火打有其裏

於是先以其御刀苅撥草

以其火打而打出火著向火而燒退

還出皆切滅其國造等即著火燒

故「‘其地者」於今謂‘燒遣也

(其地者、宣長云據例補。燒遣、山本作燒津、眞本閣本遣作遺、宣長云今從舊印本又一本、恐津字、或道字)

 故〔かれ〕爾〔ここ〕に

 相武〔さがむ〕の國〔くに〕に到〔いたり〕ませる時〔とき〕に

 其〔そ〕の國造〔くにのみやつこ〕詐白〔いつはりまをさく〕

  此〔こ〕の野〔ぬ〕の中〔うち〕に大沼〔おほぬま〕有〔あり〕。

  是〔こ〕の沼〔ぬま〕の中〔なか〕に住〔すめる〕神〔かみ〕

  甚〔いたく〕道速振〔ちはやぶる〕神〔かみ〕なり。

 とまをす。

 於是〔ここに〕其〔そ〕の神〔かみ〕を看行〔みそなはしに〕

 其〔そ〕の野〔ぬ〕に入坐〔いりましをらば〕

 爾〔‐〕其〔そ〕の國造〔くにのみやつこ〕其〔そ〕の野〔ぬ〕に火〔ひ〕をなも著〔つけ〕たりける。

 故〔かれ〕見欺〔あざむかえむ〕と知〔しろしめし〕て

 其〔か〕の姨〔をば〕

 倭〔やまと〕比〔ヒ〕賣〔メ〕の命〔みこと〕の所給〔たまへる〕囊〔みふくろ〕の口〔くち〕を

 解開〔ときあけ〕て見〔み〕たまへば

 其〔そ〕の裏〔うち〕に火打〔ひうち〕ぞ有〔あり〕ける。

 於是〔ここに〕先〔まづ〕其〔そ〕の御刀〔みはかし〕以〔も〕て草〔くさ〕を苅〔かり〕撥〔はらひ〕、

 其〔そ〕の火打〔ひうち〕を以〔もち〕て火〔ひ〕を打出〔うちいで〕

 向火〔むかひび〕を著〔つけ〕て燒退〔やけのけ〕て還出〔かへりいで〕まして

 其〔そ〕の國造等〔くにのみやつこども〕皆〔みな〕切滅〔きりほろぼし〕、

 即〔すなはち〕火〔ひ〕を著〔つけ〕て燒〔やきたまひき/やきたまひしか故ば〕故〔かれ〕

 其地〔そこ〕をば今〔いま〕に燒遣〔やきづ〕とぞ謂〔いふ〕。








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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