古事記(國史大系版・中卷10・崇神1)


底本國史大系第七卷(古事記、舊事本紀、神道五部書、釋日本紀)

・底本奥書云、

明治三十一年七月三十日印刷

同年八月六日發行

發行者合名會社經濟雜誌社

・底本凡例云、

古事記は故伴信友山田以文山根輝實書大人が尾張國眞福寺本應永年間古寫の伊勢本他諸本を以て比校せしものを谷森善臣翁の更に增補校訂せる手校本二部及秘閣本等に據りて古訓古事記(宣長校本)に標注訂正を加へたり

且つ古事記傳(宣長記)の説を掲け欄外にはその卷數を加へて同書を讀まん人の便に供せり



(崇神)

(傳廿三)

御眞木入日子印惠命坐師木水垣宮治天下也

 御眞木〔みまき〕入日子〔いりびこ〕印〔イニ〕惠〔ヱ〕の命〔みこと〕。

 師〔シ〕木〔き〕の水垣〔みづがき〕の宮〔みや〕に天下〔あめのした〕治〔しろしめしき〕。


此天皇娶木國造名荒河刀辨之女[刀辨二字以音]遠津年魚目目微比賣生御子

豐木入日子命

次豐鉏入日賣命[二柱]

 此〔こ〕の天皇〔すめらみこと〕

 木〔き〕の國造〔くにのみやつこ〕

 名〔な〕は荒河〔あらかは〕刀〔ト〕辨〔べ〕が女〔むすめ〕[刀辨二字以(レ)音]

 遠津〔とほつ〕の年魚目〔あゆめ〕目微〔めくはし〕比〔ヒ〕賣〔メ〕を娶〔めし〕て

 生〔うみませる〕御子〔みこ〕

 豐木〔とよき〕入日子〔いりびこ〕の命〔みこと〕。

 次〔つぎ〕に豐鉏〔とよすき〕入日〔いりび〕賣〔メ〕の命〔みこと〕。[二柱。]


又娶尾張連之祖意富阿麻比賣生御子

大入杵命

次八坂之入日子命

次沼名木之入日賣命

次‘十市之入日賣命[四柱](十市之入日賣、埀仁紀作十一還入姫命)

 又〔また〕尾張〔をはり〕の連〔むらじ〕の祖〔おや〕

 意〔オ〕富〔ホ〕阿〔ア〕麻〔マ〕比〔ヒ〕賣〔メ〕を娶〔めし〕て

 生〔うみませる〕御子〔みこ〕

 大〔おほ〕入杵〔いりき〕の命〔みこと〕。

 次〔つぎ〕に八坂〔やさか〕の入日子〔いりびこ〕の命〔みこと〕。

 次〔つぎ〕に沼名木〔ぬなき〕の入日〔いりび〕賣〔メ〕の命〔みこと〕。

 次〔つぎ〕に十市〔とをち〕の入日〔いりび〕賣〔メ〕の命〔みこと〕。[四柱。]


又娶大毘古命之女御眞津比賣命生御子

伊玖米入日子伊沙知命[伊玖米伊沙知六字以音]

次伊邪能眞若命[自伊至能以音]

次國片比賣命

次千千都久和[‘此三字以音]比賣命([此三字]、恐當[三]作[二]而在和字上)

次伊賀比賣命

次倭日子命[六柱]

 又〔また〕大〔おほ〕毘〔ビ〕古〔コ〕の命〔みこと〕の女〔みむすめ〕

 御眞津〔みまつ〕比〔ヒ〕賣〔メ〕の命〔みこと〕に娶〔みあひ〕まして

 生〔うみませる〕御子〔みこ〕

 伊〔イ〕玖〔ク〕米〔メ〕入日子〔いりびこ〕伊〔イ〕沙〔サ〕知〔チ〕の命〔みこと〕[伊玖米伊沙知六字以(レ)音]

 次〔つぎ〕に伊〔イ〕邪〔ザ〕能〔ノ〕眞若〔まわか〕の命〔みこと〕。[自(レ)伊至(レ)能以(レ)音]

 次〔つぎ〕に國〔くに〕片〔かた〕比〔ヒ〕賣〔メ〕の命〔みこと〕。

 次〔つぎ〕に千千〔ちぢ〕都〔ツ〕久〔ク〕和〔やまと〕[此三字以(レ)音]比〔ヒ〕賣〔メ〕の命〔みこと〕。

 次〔つぎ〕に伊〔イ〕賀〔ガ〕比〔ヒ〕賣〔メ〕の命〔みこと〕。

 次〔つぎ〕に倭日子〔やまとひこ〕の命〔みこと〕。[六柱。]


此天皇之御子等幷十二柱[男王七女王五也]

此〔こ〕の天皇〔すめらみこと〕の御子等〔みこたち〕幷〔あはせ〕て十二柱〔とをまりふたはしら〕。

[男王〔ひこみこ〕七〔ななはしら〕。女王〔ひめみこ〕五〔いつはしら〕ます。]


故伊久米伊理毘古伊佐知命者治天下也

次豐木入日子命者

[上毛野「君」

 下毛野君等之祖也]

妹豐鉏比賣命者

[拜祭伊勢大神之宮也]

次大入杵命者

[能登臣之祖也]

次倭日子命

[此王之時始而於陵立‘人垣]([人垣]、御本无[人]字、閣本垣字傍訓[ハニ])

 故〔かれ〕伊〔イ〕久〔ク〕米〔メ〕伊〔イ〕理〔リ〕毘〔ビ〕古〔コ〕伊〔イ〕佐〔サ〕知〔チ〕の命〔みこと〕は

 天下〔あめのした〕治〔しろしめしき〕。

 次〔つぎ〕に豐木〔とよき〕入日子〔いりびこ〕の命〔みこと〕は

 [上毛野〔かみつけぬ〕の君〔きみ〕、

  下毛野〔しもつけぬ〕の君等〔きみら〕が祖〔おや〕なり。]

 妹〔いも〕豐鉏〔とよすき〕比〔ヒ〕賣〔メ〕の命〔みこと〕は

 [伊〔イ〕勢〔セ〕大神〔おほかみ〕の宮〔みや〕を拜祭〔いつきまつり〕き。]

 次〔つぎ〕に大入杵〔おほいりき〕の命〔みこと〕は

 [能〔ノ〕登〔ト〕の臣〔おみ〕の祖〔おや〕なり。]

 次〔つぎ〕に倭日子〔やまとひこ〕の命〔みこと〕。

 [此〔こ〕の王〔みこ〕の時〔とき〕に始〔はじめ〕て陵〔みはか〕に人垣〔ひとがき〕を立〔たち〕き。]


此天皇之御世‘役病多起人民死爲盡〔役病、宣長云舊印本延本作疫病、今眞本及他諸本〕

爾天皇愁歎而坐神牀之夜大物主大神顯於御夢曰

 是者我之御心

 故以意富多多泥古而令祭我‘御前者(御前、眞本无御字)

 神氣不起國安平(安平、眞本此上有亦字)

是以驛使班于四方求謂意富多多泥古人之時

於河内之美努村見得其人貢進

 此〔こ〕の天皇〔すめらみこと〕の御世〔みよ〕に

 役病〔えやみ〕多〔さは〕に起〔おこり〕人民〔おほみたから〕死〔うせ〕て爲盡〔つきなむとす〕。

 爾〔ここ〕に天皇〔すめらみこと〕愁歎〔うれひ〕たまひて

 神牀〔かむところ〕に坐〔ましませる〕夜〔よ〕、

 大物主〔おほものぬし〕の大神〔おほかみ〕

 御夢〔みいめ〕に顯〔あらはれ〕て曰〔のりまたはく〕

  是〔こ〕は我〔あ〕が御心〔みこころ〕ぞ。

  故〔かれ〕意〔オ〕富〔ホ〕多〔タ〕多〔タ〕泥〔ネ〕古〔こ〕を以〔も〕て

  我〔あ〕が御前〔みまへ〕を令祭〔まつらし〕たまはば

  神〔かみ〕の氣〔け〕不起〔おこらず〕國〔くに〕安平〔たひらぎなむ〕。

 とのりたまひき。

 是以〔ここをもて〕驛使〔まゆはづかひ〕を四方〔よも〕に班〔あかち〕て

 意〔オ〕富〔ホ〕多〔タ〕多〔タ〕泥〔ネ〕古〔コ〕と謂〔いふ〕人〔ひと〕を求〔もとむる〕時〔とき〕に

 河内〔かふち〕の美〔ミ〕努〔ヌ〕の村〔むら〕に其〔そ〕の人〔ひと〕を見得〔みえ〕て貢進〔たてまつり〕き。


爾天皇問賜之

 汝者誰子也

答‘曰(曰、眞本此下有白字、曰恐當作白)

 僕者大物主大神娶陶津耳命之女活玉依毘賣生子

 名櫛御方命之子飯肩巢見命之子建甕槌命之子

 僕意富多多泥古

於是天皇大歡以詔之

 天下平人民榮

卽以意富多多泥古命爲神主而於御諸山拜祭意富美和之大神前

又仰伊迦賀色許男命作天之八十毘羅訶[此三字以音也]定奉天神地祇之社

又於宇陀墨坂神祭赤色楯矛

又於大坂神祭黑色楯矛

‘又於坂之御尾神及河瀨神悉無遺忘以奉幣帛也

(又於以下十一字、宣長云諸本作「及河瀨又於坂之御尾神」十一字(儘)今從眞本)

因此而‘役氣悉息國家安平也

(役氣、神本作疫氣、曼本與此同而傍訓エヤミ)

 爾〔ここ〕に天皇〔すめらみこと〕

  汝〔いまし〕は誰子〔かがこ〕ぞ。

 と問賜之〔とひたまひき〕。

 答曰〔‐〕

  僕〔あ〕は

  大物主〔おほものぬし〕の大神〔おほかみ〕

  陶津耳〔すゑつみみ〕の命〔みこと〕の女〔むすめ〕

  活玉依〔いくたまより〕毘〔ビ〕賣〔メ〕に娶〔みあひ〕て

  生〔うみませる〕子〔みこ〕

  名〔な〕は櫛御方〔くしみかた〕の命〔みこと〕の子〔こ〕

  飯肩巢見〔いひがたすみ〕の命〔みこと〕の子〔こ〕

  建〔たけ〕甕槌〔みかづち〕の命〔みこと〕の子〔こ〕

  僕〔おのれ〕は意〔オ〕富〔ホ〕多〔タ〕多〔タ〕泥〔ネ〕古〔コ〕。

 と白〔まをし〕き。

 於是〔ここ〕に天皇〔すめらみこと〕大歡〔いたくよろこびたまひ〕て

 以〔‐〕

  天下〔あめのした〕平〔たひらげ〕

  人民〔おほみたから〕榮〔さかえなむ〕。

 と詔之〔のりたまひて〕

 卽〔すなはち〕以〔‐〕この意〔オ〕富〔ホ〕多〔タ〕多〔タ〕泥〔ネ〕古〔コ〕の命〔みこと〕を

 爲神主〔かむぬしとして〕

 御諸山〔みもろやま〕に意〔オ〕富〔ホ〕美〔ミ〕和〔ワ〕の大神〔おほかみ〕の前〔みまへ〕を

 拜祭〔いつきまつりたまひき〕。

 又〔また〕伊〔イ〕迦〔カ〕賀〔ガ〕色〔シ〕許〔コ〕男〔を〕の命〔みこと〕に仰〔おほせ〕て

 天〔あめ〕の八十〔やそ〕毘〔ビ〕羅〔ラ〕訶〔カ〕[此三字以(レ)音也]を作〔つくり〕

 天神〔あまつかみ〕地祇〔くにつかみ〕の社〔やしろ〕を定奉〔さだめまつりたまひき〕。

 又〔また〕宇〔ウ〕陀〔ダ〕の墨坂〔すみさか〕の神〔かみ〕に

 赤色〔あかいろ〕の楯矛〔たてほこ〕を祭〔まつり〕、

 又〔また〕大坂〔おほさか〕の神〔かみ〕に

 黑色〔くろいろ〕の楯矛〔たてほこ〕を祭〔まつり〕、

 又〔また〕坂〔さか〕の御尾〔みを〕の神〔かみ〕

 及〔‐〕河〔かは〕の瀨〔せ〕の神〔かみ〕をまで

 悉〔ことごと〕に無遺忘〔おこたりつくることなく〕

 以〔‐〕幣帛〔みてぐら〕を奉〔たてまつり〕たまひき。

 因此〔これにより〕て役氣〔かみのけ〕悉〔ことごと〕に息〔やみ〕て

 國家〔あめのした〕安平〔たひらげき〕。


此謂意富多多泥古人所以知神子者

上所云活玉依毘賣其容姿端正

於是有‘神壯夫其形姿威儀於時無比夜半之時倐忽到來(神、宣長云諸本无、今從延本及釋紀)

‘故相感共婚共住之間未經幾時其美人妊身(故、學本賀本神本作欲、釋紀七故下有欲字)

爾父母怪其妊身之事問其女曰

 汝者自妊

 無夫何由妊身乎

答曰

 有麗美壯夫不知其姓名毎夕到來

 供住之間自然懷妊

 此〔こ〕の意〔オ〕富〔ホ〕多〔タ〕多〔タ〕泥〔ネ〕古〔コ〕と謂〔いふ〕人〔ひと〕えお

 神子〔かみのみこ〕として知〔しれる〕所以〔ゆゑ〕は

 上〔かみ〕に所云〔いへる〕活玉依〔いくたまより〕毘〔ビ〕賣〔メ〕

 其〔そ〕の容姿〔かほ〕端正〔よかりき〕。

 於是〔ここに〕神〔かみ/あやしき〕壯夫〔をとこ〕有〔あり〕て、

 其〔そ〕の形姿威儀〔かほすがた〕於時〔よに〕無比〔たぐひなき〕が

 夜半之時〔よなか〕に倐忽〔たちまち〕到來〔きつ〕。

 故〔かれ〕相〔あひ〕感〔めでて〕共婚共住之間〔すめるほどに〕

 未經幾時〔いくだもあらねば〕

 其〔そ〕の美人〔をとめ〕妊身〔はらみぬ〕。

 爾〔ここ〕に父母〔ちちはは〕其〔そ〕の妊身〔はらめる〕事〔こと〕を怪〔あやしみ〕て

 問其女曰〔そのむすめに〕

  汝〔いまし〕は自〔おのづから〕妊〔はらめり〕。

  夫〔を〕無〔なき〕に何由〔いかにしてかも〕妊身〔はらめる〕。

 ととへば

 答曰〔こたへらく〕

  有麗美〔うるはしき〕壯夫〔をとこ〕の

  其〔そ〕の姓名〔な〕も不知〔しらぬ〕が夕〔よ〕毎〔ごと〕に到來〔き〕て

  供住之間〔すめるほどに〕自然〔おのづから〕懷妊〔はらめる〕。

 といふ。


是以其父母欲知其人誨其女曰

 以赤土散床前

 以閇蘇[此二字以音]紡麻貫針

 刺其衣襴

故如敎而旦時見者所著針麻者自戸之鈎穴控通而出唯遺麻者三勾耳

爾即知自鈎穴出之狀而從糸尋行者至美和山而畱神社

故知其神子

故因其麻之三勾遺而名其地謂美和也

此意富多多泥古命者

[‘神君([神君]、一本此上有[大]字諸本无)

 鴨君之祖]

 是以〔ここをもて〕其〔そ〕の父母〔ちちはは〕

 其〔そ〕の人〔ひと〕を知〔しらまく〕欲〔ほり〕て

 誨其女曰〔むすめにをしへつらくは〕

  以赤土散床前〔はにをとこのべにちらし〕

  以〔‐〕閇〔ヘ〕蘇〔ソ〕[此二字以(レ)音]の紡麻〔を〕を針〔はり〕に貫〔ぬき〕て、

  其〔そ〕の衣〔きぬ〕の襴〔すそ/したひも〕に刺〔させ〕。

 とをしふ。

 故〔かれ〕敎〔をしへる〕如〔ごとく〕して

 旦時〔あしたに/つとめて〕見〔みれ〕ば

 所著針麻者〔はりつけたりしをば〕戸〔と〕の鈎穴〔かぎあな〕より控通〔ひきとほり〕出〔で〕て

 唯〔ただ〕遺〔のこれる〕麻〔を〕は三勾〔みわ〕耳〔のみ〕なりき。

 爾即〔かれここに〕鈎穴〔かぎあな〕より出〔いでし〕狀〔さま〕を知〔しり〕て

 從糸〔いとのまにまに〕尋行〔つづねゆき〕しかば、

 美〔ミ〕和〔ワ〕山〔やま〕に至〔いたり〕て神〔かみ〕の社〔やしろ〕に畱〔とどまり〕き。

 故〔かれ〕其〔そ〕の神子〔かみのみこ〕なりとは知〔しり〕ぬ。

 故〔かれ〕其〔そ〕の麻〔を〕の三勾〔みわ〕遺〔のこれる〕に因〔より〕て

 名〔‐〕其地〔そこ〕を美〔ミ〕和〔ワ〕と謂〔いひける〕。

 [此〔こ〕の意〔オ〕富〔ホ〕多〔タ〕多〔タ〕泥〔ネ〕古〔コ〕の命〔みこと〕は

  神〔みわ〕の君〔きみ〕

  鴨〔かも〕の君〔きみ〕の祖〔おや〕なり。]








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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