短編小説。修羅ら沙羅さら。綺羅らぎの淨土2
新型コロナ・ヴィルスを背景にした神話あるいは私小説。
雜篇。
以下、一部に暴力的な描写を含みます。
ご了承の上、お読みすすめください。
かくに記憶する。中部ダナンの雨期は日本のそれに近い。期間中通して二十度前後の冷やんだ気温に一日中霧雨じみた雨が降る。且つ四季というほどの寒暖は北部に比べてもない。梅雨か、それ以外の夏か。それだけに過ぎない。だからダナン市の六月は眞夏に過ぎない。わたしはその六月に、グイン・ヴァン・ナムという名の友人の来訪を受けた。その頃わたしは妻の家に住んでいた。妻はベトナム人だった。彼女がダナン市の出身だからわたしも彼女と俱にダナン市に住んだ。グイン・ヴァン・ナムは電気技師だった。ベトナムの中部の広大な山岳地帯に発電所を作っていた。多くは中国企業と提携した。ナムは日本企業との提携をこそ望んだ。曰く、サービスが良いと。即ち配送された不良部品等のケア、もしくは後の不具合のアフター・サービス。また曰く、日本企業ほど優秀な企業はないと。即ち彼らはすべて善意に基づいて業務にあたる。決して錢金だけを追う謂わば餓鬼の群れではないのだと。そして笑みもせずに私の眼を見て云う。ちょうど我々のように、と。今敢えて頌に顯かせばそのだれよりも褐色の肌に
三年前だっただろうか
グイン・ヴァン・ナムは長身の骨格を隠す
心を病んだ——ノイローゼ?
だれよりも褐色の肌に
たぶん。…彼は
グイン・ヴァン・ナムは瘦せた肉体を息づかす
ひとり部屋に籠って
だれよりも褐色の肌に
一年近くの時間を過ごし
いつでも甲高い笑い聲を立てて笑った
妻は外に働きに出た
邪気も無くに
ひとりだけの息子は
友達の多い男だった
九歳の学校に
毎週友人たちと俱なって彼は
グイン・ヴァン・ナムの友人の手で
町にビールを飲んだ
連れていかれた
時にワイン、ないし
彼の部屋はハン川沿いの通りに
わたしと俱なる日本酒料理屋
河と河を散策する外国人たちを見せた
ベトナム人経営のその店で
彼はもはや
時に日本酒を、あるいは
外の風景をさえ見ずに
翁たち、彼自身の
耳に押し当てスマートホンに
たまたは数多い友人たちの家に出会った
彼の隙だった歌を
誰かの翁たちと時には
一日中響かせた
地元の古来の茶色い蒸留酒を
友人たちは
陽気に彼は笑い、いつでも
わたしも含めて
誰の内にでも身内のように上がり込み
そのまま彼が癒えることなく
時に来訪に間が開いた家の
川に身を投げるに違いないと噂し、その陰で
家族の者たちを淋しがらせた
彼の妻を詰った
わたしは知っていた。グイン・ヴァン・ナムの日本びいきには(——乃至おおかたのベトナム人の日本びいきには)、理由があった。彼等がそれをかならずしも意識してるわけではなくとも。即ち愛国心の変態した発露。詳細を解けば、ベトナム人にとって警戒すべき外国とはいつもかならず中国にすぎない。彼らは殖民地時代のふたつの宗主国を持つ。フランス、そして日本。また彼らと話せば、そのふたつに敵愾心をほとんどもたないことに気付く。奇妙なまでに。それは彼らが鷹揚なのでも、ましてふたつの国が少なくとも今はいい国だからでもない。彼らの国民の歴史の中、敵対と緊張といえば、その二国による殖民地支配など短いたかが挿話的な一時期に過ぎないからだ。彼等の歴史は、中国(…むしろもろこし、または支那、あるいは震旦とでもいうべきなのだろうか?その様々な王朝を榮させ滅ぼした広大な国土)に、そのつどに存在した巨大帝国との闘争と緊張の歴史だった。いま、社会主義中国に対して身構えて孤立するなら近隣で親しむべきはただ日本国しか存在しない。インド?…そこは遠すぎ、文化圏を異にする。韓国?…かれらが果たして有事に中国との共闘を選ぶだろうか?フィリピン?…キリスト教圏のそこは想像もできない遠い島にすぎない。地図上の近隣であり、南シナ海をめぐる同じ問題を抱えていても。タイランド?…果たしてその国が中国に対抗できるのだろうか?アメリカは彼らを助けるだろうか?かくて結局は彼等は日本を愛し、日本に親しむしかない。故に、彼らの所謂親日は歴史的、今日的、対立的近隣大国への敵意と俱なった愛国心に他ならない。今敢えて頌に顯かせば増え続ける日本人たち
まなざしにさらす
慥かに彼らはベトナムに増え続けた
さらす。かれらはいつでも、その
しずかに
巨大な国の、その名を口に、口にするとき
ベトナム人たちは彼らをしずかに受け入れた
あきらかな
いつか彼らが此の国を捨てて
軽蔑をかくさず
また立ち去って仕舞うに違いない事には
顯らかにさらす
気付きもせずに、又は
あきらかな
いつか自分たちが
嘲りをかくさず
もはやその異国の島国のことごくを
顯らかにさらす
棄てて他のどこかに
彼らのまなこは
親しむにちがいない事にも気づきもしないで
慥かに遠い
出店コンサルでベトナムに来た時
莫大な時間
その社長は時に目を剝いて
抗い続けた。その
唐突に云った。——なんで、さ
複数の名を持つ、その
呆気にとられ
膨大な
彼ら、我々のことなんか理解もできてないのに
無数の王統を
いきなり我に返ったように
乱れ持つ、その
我々のぜんぶを尊敬するんだろうね?
巨大帝国の
唐突に云った。みずからのその
迸る
高慢には気づきもせずに
力の大きな
わたしは彼には云わなかった
榮えのかたわら
あなたが社長だからですよ、とは
銃を取れば
日本でだって、社員だったら社長の前で
それが正義と
最低でも尊敬したフリはするでしょ?
彼らは誰もが
あなたは見る。自分勝手で在りもしない
ささやきつづけた
第一等国所属の夢を
遙かな歴史
かりに日本が第一等国だったとして
流される血
それはあなたの高貴さをは
野に腐る肉
なんら保証などしてはくれない
鳥さえ喰わずも
グイン・ヴァン・ナムは日曜日に私の(——妻の)家に来て、そして私を連れ出したのだった。家の庭にはブーゲンビリアの樹木が一年中の紫がかった花(…紅葉の葉)をさらし、そしてその奥の沙羅の樹木に花はなかった。ブーゲンビリアも花の本体はあくまで白いちいさな花弁なので(——そのめしべはさゝやかに黄)、どちらも白い花をさかせる大樹と云える。いまひとつはひたすらに綠りにしげり、今一つはひたすらに赤紫に花匂わせて花の色に葉を擬態させ、まなざしを擬態の花にうめた。ナムが庭先でク ラクションを鳴らした。今敢えて頌に顯かせばいつわりの
陽気なグイン・ヴァン・ナムは
花とそれをは呼ぶべきか
いつものように、わたしの
まなざしは
目を見て、口をひらき
見た。香り立つあか紫の
大聲で笑った。いつものように
嗅ぐ。乱れ咲く紅の
兩手をひろげ
その花もどき
抱き入れるように
紅葉の謂わば變色
もろ手を挙げて
身を偽れば匂う馨もなく
大聲で笑った。いつものように
あざむけばまなざしにのみ
わたしを連れ出し
匂う花
どこかしら
花のもどきの狂い花
わたしを連れて
ブーゲンビリア、その色は
あそび戯れ
まさに薰りてかぐわしく
もっと大きく
まさに匂いもさざめいて
笑う爲に。大聲で
もはや何をも
グイン・ヴァン・ナムは名を呼んだ
思えぬばかりに
わたしの名前を、彼は
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