古事記(國史大系版・上卷10・大國主神2須勢理毘賣)
底本國史大系第七卷(古事記、舊事本紀、神道五部書、釋日本紀)
・底本奥書云、
明治三十一年七月三十日印刷
同年八月六日發行
發行者合名會社經濟雜誌社
・底本凡例云、
古事記は故伴信友山田以文山根輝實書大人が尾張國眞福寺本應永年間古寫の伊勢本他諸本を以て比校せしものを谷森善臣翁の更に增補校訂せる手校本二部及秘閣本等に據りて古訓古事記(宣長校本)に標注訂正を加へたり
且つ古事記傳(宣長記)の説を掲け欄外にはその卷數を加へて同書を讀まん人の便に供せり
爾其御祖命哭患而參上于天請神產巢日之命時
乃遣‘𧏛貝比賣與蛤貝比賣令作活(𧏛、伊本作蟹、據和名抄當作蚶)
爾〔ここに〕其〔そ〕の御祖〔みおや〕の命〔みこと〕哭患〔なきうれひ〕て
天〔あめ〕に參上〔まゐのぼり〕て神產巢日〔かみむすび〕の命〔みこと〕に請〔まをしたまふ〕時〔とき〕に
乃〔すなはち〕𧏛貝〔きさがひ〕比〔ヒ〕賣〔メ〕と
蛤貝〔うむぎ〕比〔ヒ〕賣〔メ〕とを遣〔おこせ〕て令作活〔つくりいかさしむ〕。
爾𧏛貝比賣岐佐宜[此三字以音]集而
蛤貝比賣‘持水而塗母乳汁者(持水、眞本延本作待承(舊紀作侍承)宣長云非是、種松云宜從眞本)
成麗壯夫[訓壯夫云袁等古]而出遊行
爾〔かれ〕𧏛貝〔きさかひ〕比〔ヒ〕賣〔メ〕岐〔キ〕佐〔サ〕宜〔ゲ〕[此三字以(レ)音]集〔こがし/あつめ〕て
蛤貝〔うむぎ/うぬがひ〕比〔ヒ〕賣〔メ〕水〔みづ〕を持〔もち〕て
母〔おも〕の乳汁〔ちしる〕と塗〔ぬり〕しかば
麗〔うるはしき〕壯夫〔をとこ〕に成〔なり〕て[訓(二)壯夫(一)云(二)袁等古(一)]出〔いで〕遊行〔あるき〕き。
於是八十神見且欺率入山而
切伏大樹‘茹矢打立其木令入其中(茹、宣長云、諸本作茹、今從眞本)
即打離其‘冰目矢而拷殺也(冰目、宣長云印本又一本作水‘自、今從眞本延本、按疑羽目之誤)
於是〔ここ〕に八十神〔やそがみ〕見〔み〕て
且〔また〕欺〔あざむき〕て山〔やま〕に率〔ゐ〕て入〔いり〕て
大樹〔おほぎ〕を切伏〔きりふせ〕矢〔や〕を茹〔はめ〕其〔そ〕の木〔き〕に打立〔うちた〕て
其〔そ〕の中〔なか〕に令入〔いらしめ〕て
即〔すなはち〕其〔そ〕の冰目矢〔ひめや〕を打離〔うちはなち〕て拷殺〔うちころし〕き。
爾亦其御祖命哭乍求者得見
即‘拆其木而取出‘活告其子言(拆、宣長云諸本作折、今從一本。活、イ本作治舊紀此下有御祖命三字、恐旁書攙入)
‘汝有此間者遂爲八十神所滅(汝、伊本眞本作汝者)
乃‘速遣於木國之大屋毘古神之御所(速、諸本作違、種松云恐是)
爾〔かれ〕亦〔また〕其〔そ〕の御祖〔みおや〕の命〔みこと〕哭乍〔なきつゝ〕求〔まげ〕ば
得見〔みえ〕て即〔すなはち〕其〔そ〕の木〔き〕を拆〔さき〕て取出〔とりいで〕活〔いかし〕て
其〔そ〕の子〔こ〕に告言〔のたまはく〕
汝〔いまし〕此間〔ここ〕に有〔あら〕ば遂〔つひ〕に爲〔‐〕八十神〔やそがみ〕に所滅〔ほろぼさえなむ〕。
とのりたまひて
乃〔すなはち〕木〔き〕の國〔くに〕の大屋〔おほや〕毘〔ビ〕古〔コ〕の神〔かみ〕の御所〔みもと〕に
速〔いそがし/違たがへ〕遣〔やり〕たまひき。
爾八十神覓追臻而矢‘刺之時自木俣漏逃而‘去(刺之、諸本作刺乞、恐是。去、種松云恐當據眞本伊本作云)
「‘御祖命告子云」
(御祖命告子云、諸本无、種松云唯見舊紀、恐傍書攙入、宜削、山本云當有復大屋毘古神告之曰等之語)
可參向須佐能男命所坐之‘根堅‘洲國必其大神議也(根、舊紀此下有之字。洲、諸本作州)
爾〔かれ〕八十神〔やそかみ〕覓追臻〔まぎおひいたり〕て矢〔や〕刺〔さす〕時〔とき〕に(/刺乞時さしこふときに)
木〔き〕の俣〔また〕より漏逃〔くきのがれ〕て去〔さりたまひき/云のたまはく〕
「御祖命〔みおやのみこと〕告子云〔みこにのりたまはく〕」
須〔ス〕佐〔サ〕能〔ノ〕男〔を〕の命〔みこと〕所坐〔まします〕根〔ね〕の堅洲〔かたす〕國〔くに〕に
參向〔まひでてよ〕。
必〔かならず〕其〔そ〕の大神〔おほかみ〕や議〔たばかり〕たまひなん。
とのりたまふ。
故隨詔命而參到須佐之男命之御所者
其女須勢理‘毘賣出見爲目合而相婚還入(毘賣出見、舊紀賣下有命字)
白其父言(白、卜本酉本神本作問)
甚麗神來
爾其大神出見而告
此者謂‘之葦原色許‘男(之、眞本作亦。男、宣長云延本等此下有命字、舊印本又一本旡、是恐是)
卽喚入而令寢其蛇室
故〔かれ〕詔命〔みこと〕の隨〔まにまに〕
須〔ス〕佐〔サ〕の男〔を〕の命〔みこと〕の御所〔みもと〕に參到〔まゐたり〕しかば
其〔そ〕の女〔みむすめ〕
須〔ス〕勢〔セ〕理〔リ〕毘〔ビ〕賣〔メ〕出見〔いでみ〕て目合〔まぐはひ〕爲〔し〕て相婚〔みあひ〕まして
還入〔かへりいり〕て其〔そ〕の父〔ちち〕に
甚〔いと〕麗〔うるはしき〕神〔かみ〕來〔まゐきましつ〕。
と白言〔まをしたまひき〕。
爾〔かれ〕其〔そ〕の大神〔おほかみ〕出見〔いでみ〕て
此〔こ〕は葦原〔あしはら〕色〔シ〕許〔コ〕男〔を〕と謂〔いふ〕かみぞ。
と告〔のりたまひて〕
即〔やがて〕喚入〔よびいれ〕て其〔そ〕の蛇〔へみ〕の室〔むろや〕に令寢〔ねしめ〕たまひき。
於是其妻須勢理毘賣命以蛇比禮[‘二字以音]授其夫云([二字]、學本此上有[比禮二字])
其蛇將咋以此比禮三擧打撥
故如敎者蛇自靜故平寢出之
於是〔ここに〕其〔そ〕の妻〔め〕須〔ス〕勢〔セ〕理〔リ〕毘〔ビ〕賣〔メ〕の命〔みこと〕
以〔‐〕蛇〔へみ〕の比〔ヒ〕禮〔レ〕[二字以(レ)音]を其〔そ〕の夫〔ひこぢ〕に授〔さづけ〕て
云〔のりたまはく〕
其〔そ〕の蛇〔みへみ〕將咋〔くはむとせ〕ば
以〔‐〕此〔こ〕の比〔ヒ〕禮〔レ〕を三〔みたび〕擧〔ふり〕て打〔うち〕撥〔はつひ〕たまへ。
とのりたまふ。
故〔かれ〕敎〔をしへ〕の如〔ごと〕したまひしかば蛇〔へみ〕自〔おのづから〕靜〔しづまり〕し故〔ゆゑ〕に
平寢〔やすくね〕て出之〔いで〕たまひき。
亦來日夜者入吳公與蜂室
且授吳公蜂之比禮敎如先
故平出之
亦〔また〕來日〔くるひ〕の夜〔よ〕は
吳公〔むかで〕と蜂〔はち〕の室〔むろや〕に入〔いれ〕たまひして
且〔また〕吳公〔むかで〕蜂〔はち〕の比〔ヒ〕禮〔レ〕を授〔さづけ〕て
先〔さき〕の如〔ごと〕敎〔をしへ〕たまひし故〔ゆゑ〕に平〔やすく〕出之〔いで〕たまひき。
亦鳴鏑射入大野之中令採其矢
故入其野時即以火廻燒其野
於是不知所出之間鼠來云
内者富良富良[此四字以音]
外者須夫須夫[此四字以音]
如此言故蹈其處者落隱入之間火者燒過
爾其鼠咋持其鳴鏑出來而奉也
其矢羽者其鼠子等皆喫也
亦〔また〕鳴鏑〔なりかぶら〕を大野〔おほぬ〕の中〔なか〕に射入〔いいれ〕て
其〔そ〕の矢〔や〕を令採〔とらしめ〕たまふ。
故〔かれ〕其〔そ〕の野〔ぬ〕に入〔いり〕ます時〔とき〕に
即〔すなはち〕火〔ひ〕以〔も〕て其〔そ〕の野〔ぬ〕を燒〔やき〕廻〔めぐらし〕つ。
於是〔ここに〕出〔いでむ〕所〔ところ〕を不知〔しらざる〕間〔あひだ〕に
鼠〔ねずみ〕來〔き〕て云〔いひける〕は
内〔うち〕は富〔ホ〕良〔ラ〕富〔ホ〕良〔ラ〕[此四字以(レ)音]
外〔と〕は須〔ス〕夫〔ブ〕須〔ス〕夫〔ブ〕[此四字以(レ)音]
如此〔かく〕言〔いふ〕故〔ゆゑ〕に
其處〔そこ〕を蹈〔ふみ〕しかば落隱入〔おち‐いり‐かくれし〕間〔あひだ〕に
火〔ひ〕は燒過〔やけすぎ〕ぬ。
爾〔ここ〕に其〔そ〕の鼠〔ねずみ〕
其〔か〕の鳴鏑〔なりかぶら〕を咋持〔くひもち〕て出來〔いでき〕て奉〔たてまつり〕き。
其〔そ〕の矢〔や〕の羽〔は〕は其〔そ〕の鼠〔ねずみ〕の子等〔こども〕
皆〔みな〕喫〔くひたり〕き。
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