修羅ら沙羅さら。——小説。80


以下、一部に暴力的な描写を含みます。

ご了承の上、お読みすすめください。


修羅ら沙羅さら

一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部

夷族第四



かクに聞きゝ時にかクてゴック顏覆ひたる腕を土が上に投げ出シ壬生ゴックが腕を土汚シたルを見き時にかくてゴック目を開き迦久氐壬生ゴックが目を開きたるを見き壬生見るにゴックが顏茫然とシ茫然とシたる儘にゴックが目上を見上を見ル儘にゴックが唇迦ス迦に開かれ開かれたる儘に嘘をつかないで

ゴック心に想ひて心がうちにのみさゝやきて思へらク嘘を

嘘を?

さっきからそこでなにを?

あなたはなにを

嘘をつかないで

まるでそこにだれも

誰も?

だれも

あなたさえも

いなかったかのように…ひそめられた息が

見ていた

息遣うのだった

あなたはそこで

息遣うのだった

なにを

息遣うのだった

なにを

かくて壬生ゴックが額にへばりつきタる髮の濡れタ髮ノ濡れたルを指に撫でゝかくて額にへばりツきたる水滴を指先に撥ねて水滴は散りきかクて頌シて

   なにしてるの?

    わたしたちはみんな狂ってる

   私は云った

    わたしたちはすべからく平等に

   ゴックはなにも答えなかった

    さまざまな狂気の中にあった

   なにを?

    あの子のそばに

   日差しの中に

    あの子のそばにいるときだけ

   さらされた裸身に

    あの子

   見上げれば

    あの子のそばにいるときだけ

   上に茂っていた筈の樹木

    あの子、もう

   その名前さえ

    見たことも無い

   そのいつか咲かす

    見たことも無い

   花の色

    素直で無垢で

   花のかたちさえ

    自然で自由な

   わたしには知られていなかった樹木の

    笑顔、するんです

   葉、葉ゝと枝

    大津寄仁枝はそうささやいた

   枝、枝ゝと葉

    恵美子に

   それら

    いつ?

   茂り合うそれらの膨大なかげりは

    宮島で、島の

   蔽った

    方言で、…どんな?

   ゴックの白い肌を

    忘れた

   脛にいたるまでの

    かろうじて

   その豐滿な

    鮮明に

   肥満すれすれの

    残された意味の

   肉の息づき?

    記憶された意味を

   脛から下だけ

    わたしは無残に翫ぶ

   日は直射した

    あの子って

   脛から下だけ

    その逆光

   陽の光に白濁し

    まさか…

   脛から下だけ

    あの子って

   それは軈て黒く

    逆光の眩み

   褐色に

    まさか…

   灼けた色をさらすにちがいない

    あの子って、あの子の

   と

    記憶など、所詮歪んだもはや誰のものともつかない記憶の

   何をしてるの

    誰の記憶?

   ふたたびさゝやく私の聲に

    誰の話?

   ゴックはなにも答えなかった

    まさか…

   なにを?

    素直に笑うの、…ほんとに…

   顏を覆ったゴックは今

    あの子って

   なにをも見てはいなかった——雪を?

    まさか…

   その閉じた眼の内に

    あんこすなをにわらうとられるけぇな

   降りしきる雪の夢をでも?

    あんこんまえんだけで

   意識は常に何をかを見た

    あんこんまえんをるときだけあんこ

   瞼を閉じた目の上を

    ものすごをなすなをにわらうてみせるけぇな

   ゴックは腕に覆い隠し

    わたしは思っていた

   ゴックの腕は二本交差し

    その逆光

   顏を覆ったゴックは今

    仁枝が恵美子に、稚彦の

   なにをも見てはいなかった——雪菜を?

    稚彦の話をしてるのだと

   雪の中に顏中から

    稚彦は私の前でだけ

   血を流して死んでいく

    私の前でだけ素直に笑う

   自殺の雪菜の

    わたしは狂気の中にいた

   最後の自殺を?わたしの見た

    いつでも

   夢の中に?…わたしの孤絶

    見出したそれ

   ゴックは雪菜の聲など知らない

    空の青さえ

   わたしの孤絶

    正気ではなかった

   ゴックは雪菜の顏など

    振り返った仁枝の目が

   わたしの孤絶

    私を見た

   ゴックは雪菜の肌の褐色

    此の子ってね

   わたしの孤絶

    私を見ながら

   ゴックは雪菜の褐色のあざやかな——まるで

    此の子って、…と

   南国の…東南アジアの…フィリピン

    額に字

   ベトナム?…異国の血の入った

    稚彦に似て

   ハーフの少女だったかのような

    整い切った仁枝の顏の

   わたしの孤絶

    額に痣

   ゴックは雪菜の肌の匂い

    赤黒い

   バターを塗りたくった食パンのような?

    南米大陸じみた痣

   焼いた食パンに

    稚彦の前だと、素直に笑う

   溶けるバターの

    逆光の中で?

   焦げた、甘い?

    その痣の周囲の

   わたしの孤絶?

    産毛のきらめき

   記憶になど

    此の子って

   なんの固有性があっただろう?

    私を見ながら

   わたしの孤絶?

    此の子って

   わたしの知る

    恵美子の爲に

   ゴックの知らないさまざまに

    私を無視して?

   なんの固有性があっただろう?

    此の子って

   記憶し、知っていたことに

    むしろ

   何の孤絶が?

    此の子って

   臭った

    むしろわたしをだけ亡き者にして

   なにも…

    此の子って、稚彦の前でだけ

   肌が、ゴックの

    思い出す

   なにもわたしは記憶しなかった

    仁枝の顏の

   濡れた髪さえ、匂い

    なつかしいまでの

   匂いたち、わたしはなにも記憶して居なかった

    ひそかな、不意の

   なにも知らずに

    唐突な歓喜

   その匂い

    思い出す

   その肌の

    その髪の毛の

   髪の、ぬれた髪の匂いさえも

    匂いさえ

   わたしはなにも知らなかった。まざまざと

    逆光の中で?

   知り盡くし、何も知らないにひとしい

    わたしは素直に笑った

   狂態のなかで

    稚彦のまえで?

   私の無知

    わたしはすなおに笑っていた

   圧倒的で冷酷な迄の

    稚彦の前で?

   私の無知に、わたしは知る、その

    寶珠は稚彦を、あくまで

   肌の匂い、バターを

    人の

   まさにたっぷりと塗りたくったグラマーな

    畸形の出来損ないとして

   食パンのようなグラマーな

    その

   瘦せた雪菜の肌は匂い、まるで

    幼い眼差しの中に

   少年じみた?

    侮蔑する

   だから?

    寶珠は容赦なく

   焼いた食パンに溶けるバターの

    稚彦ひとりを嫌悪した

   グラマーなバターの

    寶珠は容赦なく

   少年のような?

    稚彦ひとりを排斥した

   焦げた、甘い?

    その眼差しの

   だから?

    憎しみの熱を

   わたしの孤絶?…雪菜の

    おびた風景の中で

   少年のみ抱いたに違いなかった

    だれよりも

   わたしは、ひとりで

    だれよりも

   雪菜にはその

    まわりのだれもが

   女にのめり込んだふうを裝い

    あやぶむほどに

   ひとりで、わたしは

    まわりのおとなが

   と

    あまわりのこどもが

   何をしてるの

    あやぶむほどに

   みたびさゝやく私の聲に

    寶珠は哭いた

   かわかしてるの?

    もはや淚も

   わたしは聞いた

    流れない目の茫然に

   なにを?

    もはや泣き声も

   かわかしてるの?

    吐き出ない口の愕然に

   ゴックはさゝやき

    寶珠は泣いた

   かわかしてるの?

    そこにたち、そこにはだれもいなかのような

   夢の中に

    抜け殻で

   夢を見るように

    稚彦の葬儀に

   夢の中に

    気付いた

   茫然として?

    寶珠

   ささやくゴックの聲を聞いた

    仁枝は稚彦を忌んでいたに違いなかった








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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