修羅ら沙羅さら。——小説。77


以下、一部に暴力的な描写を含みます。

ご了承の上、お読みすすめください。


修羅ら沙羅さら

一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部

夷族第四



かクに聞きゝ8月19日壬生市場より歸りタるゴックが鳴らシたるクラクションに庭に出き此れ内より鐵門に錠下ろシたるが故なり此れゴックがみずからノ外出時に求めたるゴックが流儀なりき壬生かゝるを煩雑にも思ひながらに從ひ敢えて抗はざるに庭に出て眞昼の日差しにまばたきゝ鉄門が向かふにバイクに乘りたルまま横づけシたるゴック日焼け除けの頭巾又手袋又サングラス又マスク等にその表情窺わせずて時に鐵門が上に鷄ノ一羽ありきそれ鐵の葉と葉ゝ花と花ゝ蔦と蔦ゝノ飾りの上に器用に身ヲ収めてありき隣家に放し飼はれたる數羽がうちなる一羽ならん肥へたる身を丸メ微動だにせズ身を膨らませて首をすクませ眼球見開きて一切の動揺も無かりきあからさまに目何ヲも觀テをらざる顯らかにシて生きてある氣配なく又死にたる兆シも一切なかりき此れ剝製に似たり壬生此ノ鷄にだけ時間の止まりタるを錯覺シ須臾目を奪わレたるにゴック言さく

ねています

壬生かクてゴックが聲を聞きまサに今ゴックが爲に錠を外さんトせるを想ひ出シたるにゴック言さク

にわとりは、ねています

壬生かくてゴックが聲を聞キまさに今ゴックが目ノ前にあるを思ひ出シたるに壬生錠ヲ外シ鐵門を開きたるにも鷄押シ開かるゝ鐵門の震ゑが上にも變ラず微動だにせざりきかクて頌シて

   白いスクーターにいっぱいに

    慥かに

   ゴックは仕入れた食材をぶらさげ

    鷄に時など流れてなかったに違いない

   鐵門をくぐり、わたしは匂う。さまざまな匂い

    あきらかに

   さまざまな、あるいはゴックの、その肌の

    鷄はわたしと同じ時間を

   あるいは肌を包んだ衣服の、その生地の

    共有しないで

   あるいは買い物袋の中からの肉の

    むしろ

   あるいは買い物袋の中からのレモングラス

    鷄はどこかへ飛び立ったのだった

   あるいは名前を知らない香草の

    亡き骸とさえ云えない

   あるいはヘルメットの

    抜け殻とさえ云えない

   あるいはスクーターのエンジンの

    実体をまさに

   あるいは少しの、ガソリンの

    そこに殘して

   鷄にわたしの顏の右の

    日差しが降った

   日差しの中で

    鷄の上に

   不思議に匂い立てさえしない

    日差しが降った

   その羽根の

    わたしの上に

   おそらくは穢い

    慥かに

   さまざまに汚れた

    鷄はすでに飛び立ったのだった

   その臭気さえも

逃げ出した壬生をゴックは追った。部屋を出て外氣にふれた。肌が一瞬にして日の熱気を感じた。部屋の中は、と。思う。涼しい、その、と。

その翳りのせいで?

ゴックは外廊下に壬生のいないのを見、見取る前にはすでに翳った日の翳りの暗い内に、その返り見た左の階段、涼しく冷やむ。そこに足音の立つのを、それは壬生の、と、あわたゞしく駈け下りる壬生の。ゴックは一度自分のつま先がコンクリートの床を蹴って刎ねたのを感じ、濡れた髪は飛び跳ねない、と。ゴックは頭の右上のほうに想った。もはや、濡れた乾かない髮は、と。降りた居間の眞ん中に壬生は立っていた。待っていた?と、ゴックは、わたしを?壬生はうつむいた眼差しを、ゴックの素足のかろうじてタイルに立てた足音に、顧みして我に返ったほほえみをゴックは、赦す、と。見た。あなたは今わたしを赦した。

なにを?

聲を立てゝ壬生は笑った。ゴックは耳に聞いた。その聲はすでに棄て置かれた。笑い声の響きを潜り、通り抜けるように、わざと身をひくゝして迯げる壬生は、——こゝに居る、と。

壬生は思った。

逃げはしない。

どこにも

あなたを、待ちもしないけれど、俺は、と、そして日差し。不意に、逃げ惑う何かの瞬間に眼差しにじかに降り注ぎ、素手で触れたそれら光り。飛び散るような、炸裂するような。光り、そのうちに壬生は知っていた、ゴックの裸身があばれるように、派手に四肢をばたつかせて追うたびに、飛び散り、飛沫は、水滴は、飛び散り誰も見ない日差しと影の中にきらめき又は翳る。かくて偈に頌して曰く

   あなたに話そう

    色づいて色めき散らす

   まさにあなたに

    いろいろの、それ

   あなたの爲に話そう

    色めいて色取り散らす

   あなたは見ていた

    いろいろの、肉

   わたしは?

    いろいろの、その

   あなたは慥かに見ていた

    骨の色、変形し

   わたしは?

    原型の

   その肉眼で

    ほのめかしだにも

   まさに肉の温度に咥えこまれた

    のこさない齒

   その眼窩に開いた

    または眼球

   眼差しの中で

    翳りの骨と

   その十四歳の三月に…まだ

    肉と、血と

   あなたはまだ十四歳にはなって居なかった

    その眼球は

   九月だから

    私を見ていた

   あなたが生まれた九月はまだ

    肛門に

   半年先に過ぎない以上

    頭に開口した

   あなたはその時十四歳だった

    不意の肛門に

   あなたに話そう

    加えこまれた

   まさにあなたの爲に話そう?

    その眼球は、それ

   あなたの心に如何?

    わたしの眼球

   その朝に、不意に部屋、…ダイニングキッチン以外には

    何度も見た

   久生の爲の

    わたしはわたしの

   久生をあなたから隔離した部屋しかなかったその部屋(…わたしは久生を隔離した。)

    生きたままの

   他人が(…わたしの目に)

    いわば

   あなたゝちへの(彼女がふれないすむように)排斥の爲に用意した部屋

    生き靈のかげり

   その部屋に

    死んだ後の?

   人の笑い聲が立ったのを

    此の先の

   あなたは聞いた

    死んだ後の

   その時に

    死靈の翳り

   あなたの心に如何?

    床の上に

   あなたは何をおもったのか?

    ふみつけそうになりながら

   拍子抜け、呆気にとられたあなたは

    ゴックは私から逃げ惑うように

   あなたの心に如何?

    わたしを追いかけ

   あなたは何をおもったのか?

    飛びった

   その心に

    その笑い声

   十三歳の

    ゴックの、そしれ

   その心に、…わたしの

    わたしの?

   あなたの心に?

    見ていた

   あなたに語る

    肛門の眼球

   まさにあなたの爲にかたる

    黑目に夥しい

   狂氣、その片鱗さえなかったその聲に

    繊毛をなびかせて

   あなたの母親だよ?

    飛び、飛び散り

   知ってた?

    飛ぶ血の玉

   その聲に

    死靈たち

   まさに知れ!知れ!まさに今

    ないし

   いまゝさにこのときに、笑う

    ないし生靈?

   久生は笑った

    死靈たち

   あなたは返り見て、壁を見た

    ないしは過去の

   あなたは久生から自分を隱して

    とおい未生の

   自分はひとりダイニングで寢ていた

    未生の比の

   すでにあなたは起きていた

    未生の靈

   その二月

    わたしは見ていた

   春の日に

    そのわたしが

   あなたは聞いた

    翳る極彩色の

   あなたの心に如何?

    肉の色に

   その人間の聲

    歯が咬んだ

   めずらしく久生の喉が笑った

    その小指を

   喉の笑い声

    咬みちぎり

   あなたの心に如何?

    咀嚼して

   あなたの心は感じていた

    飲み込みもしない

   あなたが見

    喉さえも

   あなたが聽き

    その脇腹の不意の開口

   あなたがあじわい

    でたらめな口は

   あなたが触れ

    喉さえも無く

   あなたが知った悉くが

    のたうちまわる

   まるでその人の笑い聲に

    腸を咬む

   錯誤だったと知らされた

    異形のものら

   そんな思いに

    畸形にして

   あなたは感じた

    異なるものたち

   屈辱を?

    肉がのたうち

   あなたは感じた

    噛みつかれて

   だれかの嘲弄

    聲もなく

   あざけりを?

    翳りたち

   久生の爲に

    ふれた

   そしてわたしの?

    ゴックの伸ばした

   あなたの爲の朝食を

    ゆびさきが

   所詮いつもの目玉燒き

    わたしの鳩尾を

   朝食を用意しながらあなたは

    あやうく爪のさきでだけ

   振り向く

    ひっかうように?

   その時

    ひっかうように?

   笑い聲はすでに無かった

    翳りの靈ら

   時すでに

    あるいは未生の

   十分ばかりの過ぎ去ったあと

    わたしの子供?

   振り向く

    ゴックの腹の

   久生の

    舌をのばし

   気配を感じた譯でも無くて

    やわらかい

   久生が居た

    ふとい繩のような

   明らかに

    舌をのばし

   目を剝いて

    したたりおちた

   久生が居た

    それの唾液

   あきらかに

    滅びもしない

   口を開けて

    永遠の?

   その唇のたてた

    滅びもしない

   人の笑い声そのものをすでに

    その翳りたち

   忘却し否定し葬り屠ったそのあとのように

    指がひん曲がって

   唇が濁音の

    弾け飛んだ

   その唇以外には

    爪の間から触手のように

   誰も知らなかったにちがいない彼女の

    血管がのび

   固有の音聲を

    滅びもしない

   たてようとしたその一瞬に

    永遠の?

   あなたに話そう

    滅びもしない

   まさに

    その翳りたち

   あなたの爲にはなそう

    引き裂かれたように

   あなたはさゝやいた

    内側から

   人間の聲で

    引き裂かれたような

   人の言葉で

    その開口

   どうしたの?

    わたしの翳る

   はじめて久生に

    喉の開口に

   話しかけた気がした

    生えた歯の

   虫の知らせ?

    密集の向こうに

   そうだった、事実

    眼球が

   初めてだった

    ふたつのそれが互いにつながり

   虫の知らせ?

    溶け雜じりながら

   蟲が知らせた、だから彼女をせめても

    散らした体液

   葬る最後の施しのように?

    それは匂う

   もう、起きた?

    匂いたち

   唇がさゝやく

    腐った肉の

   まだ…

    匂いたち

   まだ九時だよ

    滅びもしない

   久生の爲に

    永遠の?

   早くない?

    滅びもしない

   あなたはさゝやく

    その翳りたち

   その聲を聞いた

    喰う

   久生の耳と

    互いに肉と

   同じ空間

    肉とを

   日差しの中に

    喰い、喰い千切り

   よこなぐりの…

    玉散る血の

   翳りを投げる

    腐った飛沫を

   壁に翳り

    さらされた

   まばたく前に

    逆向きに剥かれた

   あなたは見た

    胃の内側の

   久生の口が

    粘膜に弾かせ

   開かれた儘に

    脈打ち

   大口を

    わななく

   顎の関節をひきさくほどの

    滅びもしない

   大口を

    永遠の?

   卵は焦げた

    滅びもしない?

   たぶん、もう…と

    その翳りたち

   あなたは聞いた

    わたしは見ていた

   背後にフライパンの

    逃げまどい

   開かれた口

    ゴックの

   唾液は糸を引かなかった

    あららいだ息と

   壬生は見た

    笑い声に

   その口の

    逃げまどって

   唇の近くに

    逃げまどって見せ

   歯の歪んだ一列

    ゴックの爲に

   まばたきかけた

    笑い声をさえ

   その一瞬に

    殊更に

   まるで出来過ぎた奇蹟のように

    わざと殊更に立てて見せながら

   羽音が立った

    滅びもしない

   開かれた

    永遠の?

   窓に

    滅びもしない

   カーテンのはためきを

    その翳りたち

   かいくゞった進入

    逆向かれた、それ

   レースのカーテン

    血まみれの胎児が

   輕く、さわぎ

    ゴックの子

   遮光カーテンが埀れる

    未生の子

   聞いた

    内臓をすべて

   その羽音

    全部さらしながら

   灰色の鳥の…鳩?

    這って食う

   その

    わたしを見つめた

   聞いた

    その眼球を

   羽音のひゞく

    わたしのかげりの

   狹い空間

    その眼球を

   室内に——よこなぐりの

    立どった

   よこなぐりのひかりのなげた

    不意にゴックは立ち止まって

   なぐりつけたようなその翳りの青さよ

    私の前で

   見た。むしろ

    鼻をすゝった

   あなたに話そう

    その事実には

   まさにあなたの爲に話そう

    気づきもしないで

   叫びかけた聲さえわすれて

    忘れた

   久生は目を剝き

    まばたきさえ

   久生は見た

    忘れた

   その鳥を

    まばたきさえ

   聞いた

    見つめた眼

   その羽音を…鳥、と

    上気した?

   壬生が心にさゝやきかけた時に、その一瞬に

    私を見た

   鳥は翻って窓から飛び出す

    テーブルの向こうの

   壬生は見た

    中腰でゴックはあららぎ

   鳥は翻って窓から飛び出す

    いろいろに

   空は靑い

    色どり色づく

   鳥の不在

    色めいたいろいろの

   羽音は耳の中にだけ

    肉の色、その

   いまだにきこえている気がしていた

    極彩色の

   息遣う

    翳りたち

   自分の鼻の呼吸音だけ

    滅びもしない

   壬生はたしかに聞き取りながら

    永遠の?

   走った

    滅びもしない

   その瞬間に

    翳りたち

   久生は走った

    まさに胎児に

   その狹い

    未生の胎児の

   ダイニングの中を

    血みどろの歯に

   開かれた

    咬みつぶされる寸前まで

   窓のサッシュに二の腕を

    私の目は見ていた

   こすらせながら

    私の目は見ていた

   わたしは見た

    わたしを?

   その久生

    だれを?

   ベランダの日の直射にきらめき

    眼球が飛び散る

   白濁に

    体液が飛び散る

   かたちのすべてを奪われた一瞬があった

    体液が

   鳥の羽音?

    迸る

   のけぞるように

    大口を広げた

   背をひん曲げて久生が跨ぐ

    背中の唐突な開口に

   鳥の羽音?

    上向きの嘔吐?

   その手摺を

    ひだひだの皮膚が

   靑

    ひだひだの皮膚が

   その光り

    束なって

   色の無い

    溶けだしながら

   あからさまな光

    したたって

   奔流

    溶けだしながら

   光の?

    凄惨な?

   鳥の羽音?

    まさか

   あなたを迎えに來たのではない

    凄惨な?

   わたしは思った

    わたしは思った

   久生の爲に

    飛び散った飛沫

   すでにもう

    あるいは愛おしい

   鳥はすでに

    厳かな風景?

   飛びさって行った

    イノチの荘厳?

   あなたを取り残しさえしないで、と

    凄惨な?

   見ていた

    まさか

   わたしはそれ

    凄惨な?

   手摺の向こうに

    色づいた

   墜ちる久生の兩腕の

    肉がちぎれて引きちぎれ

   屈曲したままの

    のけぞるように

   かたちを照らした

    空間に脈打ち

   白濁のきらめき







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

0コメント

  • 1000 / 1000