修羅ら沙羅さら。——小説。72


以下、一部に暴力的な描写を含みます。

ご了承の上、お読みすすめください。


修羅ら沙羅さら

一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部

夷族第四



かさねて頌して曰く

   腕の中に

    立てないの?

     鳴り響く

   轉がり込んだ瞬間に

    自分で、もう

     その轟音を

   彼女はまさに

    自分の足では

     わたしは聞いた

   我に返った眼差しをさらし

    步けないの?

     鳴り響き

   我を見失い

    自分で、もう

     何が?

   なにもかも

    一步たりとも

     鳴り響き

   こゝがどこかも

    息が出來ない?

     何が

   見失った眼差しを

    もう、口を

     何も聞こえないほどに

   あきらかに

    開け切る事さえ

     轟音を聞く

   わたしの腕の

    できないかにも

     もう息さえ

   中にだけ

    あなたはかすかにそのふたつの唇

     できないくらいに

   彼女はさらした

    それを離した

     もう生きてさえ

かくに聞きゝ8月13日壬生早朝いまだ明けやらヌに忍び出スかにも息ヲ潜目息を又足ヲ潜め足をかクて寢臺を抜けいマだ眠りたるゴックを放置シかくて忍び出すかにも息ヲ潜め息を又足ヲ潜メ足ヲかくて外廊下を抜け階段を下りて暗きに一度足を踏ミ外さんとシながら忍び出スかにも息を潜メ息を又足を潜め足をかクて壬生居間を抜けテ庭に出テ壬生息を吸ひマさに吸ひこみテ空わずかに明るみハじめたるは東に日の姿現しタるやらんと觀ジ思ふともナくに見上げたル傍らなる樹木それ大樹にそれら茂りたる葉と葉ゝノ翳りにそれぶらさがりたる無數の蔦と蔦ラにそれ黄色まぜたる桃色に似る花丸ク破れかけたル袋なシて咲き埀れありき壬生はジめて見たルそノ花にゴックを起こシて呼ばんとさへ想ひて壬生立ち尽くシて壬生見蕩れその花ノ色冴ゑたるところなクて壬生見蕩れそノ花のかたチうツくしげなるところ纔かにもなくて壬生見蕩れソの花ノ匂ひむシろ酸ゑたりて糞尿の腐レるにだに思わすに壬生見蕩レひとり心に歡喜せりかクて頌シて

   わたしは音を聞いていた

    みあげたそらの

   遠くに

    いちばんうえの

   その時、たしかに

    そのいろは

   バイクが横殴り路面に叩きつけらえたのだった

    よあけのときに

   わたしは問を聞いていた

    あかるくなっていくばかりか

   その衝突の

    むしろ

   その時、たしかに

    いよいよそれの

   誰の悲鳴も、ざわめきも

    いろをこくした。そしていよいよ

   わめく聲さえないままに

    いろをすませた。だから

   その一瞬。…あとはただ

    あのあおは、このくらいろの

   まったくおなじ

    ゆきどまりの、すべての

   同じ靜寂

    すべてのかのうせいのゆきつきたばしょだとわたしはおもった

壬生は腕の中にゴックを抱きしめて、そして抱きしめようという気などあったわけではなかった。抱きしめなければゴックは、そのまま頽れて仕舞うに違いなかった。もはや体をその一瞬に、支える力さえ無くした様に、そして壬生はその耳にささやき、そのささやき声もて壬生はゴックに云った。

——濡れるね?

と、その、ゴックの答えのない儘に、そのややあって、ひらきかけたゴックの唇をさえ捨て置いたままに、

——まだ、…

と、ゴックが不意に、鼻に立てた息で笑ったのを壬生は聞いた。

——濡れてる。…風邪ひくよ、

と。壬生は言いかけ、この熱帯で?と。壬生は思った。この熱帶で、ひとりで、風邪を?と、ぬれたばっかりに、濡れた體を、ぬぐうのがわずかに遲れたばっかりに、と、そしてその時、頸をへし曲げるように折って上を、…つきだした顎を、日に白濁させかけながら、壬生を見たゴックの、かすかにひらいた唇を、壬生は、なにも、と。

もうなにも云わないで

いわないでいいよ

もう、なにも、と、そして心に

心にだけ、なにも、と

もうなにも云わないで

いわないでいいよ

もう、なにも、と、ゴックは心に

心にだけささやき、ゴックは壬生の爲にだけ聲にして笑った。かくて偈に頌して曰く

   あなたに話そう

    まさにあなたの爲に話そう

     まるですでに

      まるでもう

   あきらかに

    隱すすべもなく

     死んだ人だったかのように

      その十歳の時

   大津寄稚彦は地にその身を横たえた

    仰向けで

     彼は死んだ、と

      誰もが思った

   仰向けで

    あたまから

     あふれかえるほど

      血をながしながら

   学校の校庭の

    端の日影のジャングルジムの

     夏休みに

      久しぶりに誰かが昇った

   下級生を押し分けた友達の

    もはや

     顏さえわすれられた昏い記憶の

      その途切れ眼に

   取りつかれたように?

    いきなり何かを

     思い出したように?

      稚彦は彼の跡を追った

   なにかを彼に

    奪われたかのように

     だれかを彼に

      奪われるその寸前のように

   晴れ?

    天気は?

     雨?

      その記憶の途切れめに

   稚彦は落ちた

    日の直射した一瞬のあと

     そのおびただしい靑い翳りのなかに、あるいは

      降りしきる雨の

   飛沫とその

    立てて盈たした

     轟音の中を?

      墜ちる少年

   うつくしい稚彦

    知性など

     なにもない濁音の

      あ音でのみ話す美しい稚彦

   茫然として落ちたのだった

    墜ちるひと

     みあげたまなざしは正面に

      あるいはその

   脚の下に

    空を見た

     それ

      逆光の青

   乃至

    墜ちる風景

     雨の

      曇りの

   白濁の中に

    あめならば

     おちる雨つぶにかすかに遅れて

      ほぼ

   同じ速度で

    くらい記憶

     その記憶の途切れめに、まさに

      叫喚

   騒ぎ

    わめき

     罵るように

      無辜なはずの

   だれもがだれをも糾弾し

    さいなんだような?

     轟音

      まさに人の口の

   口と口とが立てたそれ

    まさに轟音

     かたわらに

      耳のすぐ後ろに

   だれかが立てた

    遅れてたてた

     誰かの口の悲鳴を聞いた

      誰の?

   その記憶の途切れ眼に稚彦は

    眼差しの中で

     彼はすでに死んでいた

      仰向けで

   彼はすでに死んでいた

    眼をいまだに

     彼はすでに死んでいた

      閉じずにいまだに

   彼はすでに死んでいた

    見開いたままで

     彼はすでに死んでいた

      瞬きも無く

   彼はすでに死んでいた

    雨に打たれて?

     彼はすでに死んでいた

      眼を見開き

   彼はすでに死んでいた

    太陽の直射の光を

     彼はすでに死んでいた

      まのあたりに

   彼はすでに死んでいた

    ひとりだけ

     彼はすでに死んでいた

      見つめもしないで?

   記憶のまさにその途切れ眼に

    彼はすでに死んでいた

     地に投げた

      ものとものの形と

   さまざまのものの

    翳りが稚彦の

     首からしたのみ蔽いつつみ

      その色に染め

   首から上に直射した

    日のひかりはまさに彼の顏だけを

     白濁した

      雨の中にも?

   降りやまない

    霧雨の中に?

     朝から切れない

      ぶあつい曇りの

   雲の下で?

    その記憶の途切れめに

     稚彦はまさに血を流した

      頭から

   見ていた

    わたしは

     息さえ忘れて?

      頭の上には

   飛ぶ鳥の羽音

    駆け寄った教師が覗き込んだ瞬間に

     夢から醒めて

      夢に醒めた

   そんな見開いた眼差しのままに

    稚彦は立ちあがり

     逃げ去るように

      走り回った

   その敎師から

    彼の——彼女の?

     顏さえもはやない

      暗い彼の——彼女の?

   その周囲をひとりで

    目を剝いて

     血を流しながら

      稚彦はなんども

   ひとりで走った








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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