修羅ら沙羅さら。——小説。68


以下、一部に暴力的な描写を含みます。

ご了承の上、お読みすすめください。


修羅ら沙羅さら

一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部

夷族第四



かくに聞きゝ8月4日夕方壬生ゴックと俱なりて寝室にアりきかくてゴック壬生が胸の上より身ヲ起シかけ起こしシたるに不意にいそぎ返り見シてかくて壬生に言さク

痛い!

…なに?

壬生驚きてゴックを見ルに壬生素肌すでにさらシき又ゴック素肌すでにさらシき暑気ノ籠りたル儘に汗の匂ひ又肌にふレたる汗の匂ひ又肌にすべりタる汗の匂ひ又肌の又は髮の匂ひ等たち匂ひたチて壬生ゴックが額に前髪汗ばミてへばりつきたる見きゴック目に壬生にもまシて驚きたる色さらシたるまゝにかクて白シて壬生に言さく

痛い?

…なに?

夕日傾ぶきたれば窓より紅の色又は朱ノ色又は黄ノ色又はそれらまジらせたる色さらシたる日ノ光り横殴りにゴックが背ヲ染めたりけるヲ壬生ハ見かクてなにごとか言ひかけんとシたるにゴック一度息を吸ひすグさまに吐キ吐き終えずして白シて壬生に言さク

痛かった?

…なにが?

ゴックひとり壬生がまばたキたるを見きかクてゴック壬生に白シてさゝやき聲もて言さく

踏んだ。

なに?

ゴック壬生を見キかクてあらたにもの言はんとスる須臾謂はんとシたるを悉クに忘れツかくてまばたきかクてゴック壬生に白して沙沙彌岐聲もテ言さく

今…

踏んだの?…なにを?

時に壬生唇に聲たてテのみ笑ひかクて眼差しに茫然のゴックを案ジたりけるをゴック見かくて思はず我に返りてゴック笑みもせざりて茫然とシ茫然の驚きの眼差シのまゝに壬生の額に口づけタりきかくて壬生首に蔽ひたるゴックが肌ノ温度をノみ感ジきかくて頌して

   匂うような温度が

    しらないの?…あなたはすでに

   首にふれた。まるで

    すでにゆふひにふれてゐた

   傍若無人に。まるで

    しらないの?…あなたは

   恥知らずに。まるで

    すでにくれなゐに

   おしつけるように

    くれなゐのひに

   匂うような温度を

    はだをもそめた

   その肌は感じた。わたしがまさに

    ぼくたちは

   なすりつけた温度をその肌は

    そのいろにそめあがり

   傍若無人に。むしろ

    そのいろにそめあがり

   恥知らずに。むしろ

    ぼくたちはむしろ

   その温度に対してだけ冴えた

    くれなゐだった

   肌の温度に

    しらないの?

壬生は見ていた。ゴックの曝した、前のめりの丸まった背中、その肥満しかけた肌は艷を失って、もはやもとからそんなものなど在りはしなかったかのように、幼いまでに色気のない骨格、そのかたち。肉、その肉のふくらみ。肌、その肌の色。翳、その影の揺らぎ。産毛、その産毛のきらめきあるいはきらめかない儘の眼差しの内の不在を曝し、壬生は吐き続けるゴックの、わなゝく脇腹に兩手の指先をふれようとして思いとゞまる。——なぜ?

壬生はあやうくふれなかった指先のすぐにちかくに熱を帶びた肉體の発した溫度を、——なぜ?

壬生は感じ、壬生は見ていた。その目で、汗ばんだ生き物、まさに、——なぜ?

と、壬生は思う、心に、——俺は棄てたに違いない

あなたを

なぜ?

ふれもしないで

かたわらに

すでに捨て去っていたに違いない

なぜ?と、生き生きとした、吐く生き物。ゴックは汗ばみ、汗ばんだ肌の汗を知ったみずからの触感より以前に嘔吐に噎せ返った躰内の、——喉の?

發熱を、…水を。

と。

わたしはもとめた。

水を

と。

きれいな、つめたい

水を

と、ゴックはその心に、頭のなかにだけ木靈してさゝやきわなゝく背中、押し曲げられ時にのけぞりかえる頭部、その髪、黑、乱れた白濁、光沢の、それは光、と、壬生はその先には空間。

と。

慥かに空間

やがて空の青にさえ至り、と、かくて偈に頌して曰く

   あなたを今

    不思議だった

   だれも

    わたしは思いだす

   なにも

    記憶

   救えはしない、と

    その存在の故に?

   わたしはひとりでそう思った

    思い出す

   ゴックの曝した

    現存する記憶の故に?

   彼女の孤独に

    わたしは

   むしろ自分の孤絶を

    …まさか。

   さらしたようにも見い出しながら

    わたしは不思議だった

   ゴックは吐いた

    狂った生き物

   恍惚として?

    あきらかに

   その胎に

    狂った生き物

   歡喜して?

    どうしてかの女が

   いまだ生き物の痕跡を見ない

    私を生めるだろう?

   のたうつ苦しみ

    ゴックのように

   生きた細胞の

    つわりに吐き

   苦惱して

    來たるべき

   息吹の爲に

    ゴックのように

   患ったひと

    肌をあらし

   あきらかに生きてあるもの

    來たるべき

   病んだ人のように

    ゴックのように

   玉がまるでつぶれるように

    まさに妊婦のように

   左右から押しつぶされて

    まさに妊婦として

   真ん中でつながる

    妊婦のように蟹股に、当然にあるき

   軈て生じる

    狂ったいきもの

   口として口たる開口から

    叫ぶ微笑の

   肛門として肛門たる開口迄

    狂ったその生き物が?

   貫き通した

    かつての

   空洞

    ゴックのように

   穴

    男とまぐわう

   貫き通す

    私と?

   打ち込まれた

    わたしのような

   鐵棒のような

    未知のだれかと?

   道

    …まさか?

   空洞

    狂った生き物

   穴

    不思議だった

   道

    いつから彼女は狂ったのだろう?

   なにものも

    誰も何も教えなかった

   現生の

    わたしにだけは

   なにものものが持ち

    やさしさゆゑに

   持たざるを得なかった

    いつくしみゆゑに

   或は限界じみた

    誰もなにも敎えなかった

   鐵棒のような

    いつから?

   空洞

    まさか狂氣の

   穴

    今に變わらない狂気の内に

   道

    まさか

   他なる在り方

    わたしを生むわけが

   他なる限界は

    まさか

   なぜ屠殺され

    わたしを宿すわけは

   滅ぼされてしまったのだろう?

    どうして彼女が

   なぜ?

    生めたゞろう?

   なぜ屠り

    あの

   なぜ滅びてしまったのだろう?

    恐ろしい程の

   なぜ?

    苦痛の中に

   生きた未だ

    大股を擴げ

   イノチとさえ言えない寄生した

    私以外の

   胎に他人のイノチを削り

    わたしのような男を

   胎に他人のイノチをすゝり

    咥えこんだそこを

   胎に他人のイノチを喰らう

    成り成りて

   イノチ以前の

    切る

   あきらかな命が

    成り成り合わず

   ゴックをまさに

    刃先で切る

   今、吐かせた

    鳴り鳴りて

   歓喜して?

    切る

   もはや胎に

    鳴り鳴る怒號?

   歡喜して?

    聲をあげる

   胃に

    まさか、私を

   歡喜して?

    狂って居ながら?

   腸にも

    わたしは時に不思議だった

   歓喜して?

    わたしはいつも不思議だった

   蝶にも?

    その九月

   歓喜して?

    秋分の日の休みの日

   大腸にも

    十一歳の私は

   歡喜して?

    見た

   幻の金色の大きな蝶にも?

    朝、母親が

   歓喜して?

    起きて居間に

   肛門の先をさがしてさえも

    轉がり込むように

   歡喜して?

    入って來、そして

   吐かれ得るものなど何もなく

    むしろなにも叫ばずに

   歓喜して?

    むしろなにもさゝやかずに

   拒絶するように

    狂った目

   歓喜して?

    なにを見てるの?

   胎にあるその

    剝かれた目

   歡喜して?

    今、なにを?(…咬む?)

   異物を

    私は(…食べもしないのに)知らなかった(…あなたは咬むの?)

   歓喜して?

    久生がなにをしようとしたのか

   拒絶するように

    わたしは知らなかった

   歓喜して?

    久生がどこへいこうとしたのか

   寄生の異物を

    久生はいきなり居間の眞ん中に

   歓喜して?

    立って

   口から吐いてしまおうと?

    立ち盡くし

   歡喜して?

    わたしをかえり見しかけたその時

   拒否反応

    その須臾に

   歡喜して?

    吐いた。口から

   緣のない他人の血を流し込んだ血管のような?

    聲もなく

   歓喜して?

    真っ黄色の

   拒絶反応

    不可解なねばる

   歓喜して?

    糸を引いた液体

   緣のない他人の肝臓を移植したような?

    唾液?

   歡喜して?

    その糸さえ

   ゴックは吐いた

    照らした

   歡喜する?

    光は

   ゴックはえづき

    叫びもせずに

   苦しみに

    私は殴った

   体中

    久生を

   こころさえも

    聲もなく

   染め上げて

    久生は何も

   歡喜する?

    なにもしらない無辜の犠牲者のように?

   まなざしに

    ひっつかまれた髪に目を剝いた

   開かれた目の見た

    臆病者の上目遣い

   なにも見ずに

    手が汚れた

   ただ自分が咬んだ

    あなたにふれたから?

   苦しみと不快をのみ見出し

    聲もなく

   汗にまみれ

    怒号も無く

   歓喜する?

    たつ音響

   イノチたち

    久生の暴れた四肢がものを

   歓喜する?

    叩き壞す

   拭き零れるように

    叩き出したその庭で

   歓喜する?

    ホースの水で洗い流す

   ときにはまさに

    水浸しの久生の何時か亂れた

   歓喜する?

    はだけた腹に

   拭き零れるように滅び

    私は見た

   歡喜する?それら

    手術跡

   イノチたち

    帝王切開?







Seno-Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Seno-Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキス、北一輝、など。 三島由紀夫もちょっと好き。そんな感じ。

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