修羅ら沙羅さら。——小説。59


以下、一部に暴力的な描写を含みます。

ご了承の上、お読みすすめください。


修羅ら沙羅さら

一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部

夷族第四



思わず壬生は聲をして笑い、そしてゴックにさゝやいた。——今日、さ

え?…と、

——今日、何日だっけ?

九月だよ、と、ゴックは、もう…

——今日何日?

九月…と、あしたは

——なんか、もう

ねぇ、と、…ね?

——スマホも持ってきてないし

休みの日だよ、と、

——忘れちゃう。…ね?

記念日

——日付け

独立記念日。明日は

——何日?

二日だから、…と、ゴックは心の内にだけさゝやき、そして水洗便器がすでに鳴りやんでいたのに気づき、それに殊更に驚きかけた時に、不意にわれに返ったゴックはさらされかたちをくずした胸を腕に隱し、まばたき、そしてゴックは云った。

——寒いよ。

壬生は笑いも、笑みもせずにゴックを見下ろし、まるで、と。

思う。

俺が彼女を嗜虐したようだ、と、それ、水浸しで、仰向け、便器の前に大股をひらき、口で息をし、瞬間、眼を見開いたまゝに、見開かれた事實をさえ忘れそのまゝに放置した眼のその茫然の色に、——なに?

問い返す壬生の聲はいまさに、ひたすらにもやさしく聞こえた。

——寒い。

と、ゴックは

——寒いよ。ひとりでさゝやき肌がいまや、隱しようもなく全身に鳥肌だっていくのを感じ、洗い流した水流の冷たさにいまだ汗づかないまゝ、大気はすでに籠った熱気に肌を苛み始めているに違いなかった。壬生は自分の額にながれる汗の一粒が右の眼じりにふれて、かすかな痛みをはしらせたのを感じた。かくて偈に頌して曰く

   子供のように?

    骨格の無い

     蛸のような

      ないし

   烏賊のような

    乃至

     イソギンチャクのような

      子供のように?

   私の腕にされるが儘に

    私の体に身を預け切って

     ようやくにして

      殊更な程に

   子供のように?

    ようやくにして

     骨格の無い

      子供のように?

   立ち上がったゴックはその一瞬に

    表情をすべて一度消失し

     ゆたかな

      と

   立ち上がったゴックはその一瞬に

    表情をすべて一度消失し

     ゆたかな表情をあふれ返らせ…どんな?

      複数の表情のさまざまな同時に噎せ返らせていたその事実を

   立ち上がったゴックはその一瞬に

    表情をすべて一度消失し

     かつてのその事實を

      私は——わたしに、…知った。ゴックは

   知らせた

    意識さえしないまゝに

     子供のように?

      骨格の無い

   子供のように?

    そしてゴックはいまゝさに

     はじめて笑み

      笑みかけるべきものを

   はじめて見出したその一瞬を

    あらためてまさに見たかのように

     ゴックは腕の中で

      私に笑った

   腕の中で

    子供のように?

     骨格の無い

      子供のように?

   不意に見上げたわたしに

    わたしの爲にだけに

     ほゝ笑みかけて

      喉の奥に

   その奥にだけ

    笑った息、そして

     笑った聲を

      生じかけさせながら

かくて同ジき時返り見タ窓にまバたき偈に頌シて曰く

   ふいの恍惚

    蝶

   知る

    羽ばたきの

   わたしはわたしの恍惚を

    羽ばたきの蝶

   知る

    窓に

   ふいの恍惚

    開け放たれた

   眼差しは

    窓に

   最早この時に

    うちでも

   燃え上がって仕舞えば?

    そとでもない

   眼球は

    境界に?

   まさにこの時に

    うちと

   砕け割れて仕舞えば?

    そとを

   恍惚の

    同じ時に

   知る

    占領し

   そのただ白濁する

    舞う蝶

   知る

    色は?

   温度の無い高揚

    逆光の蝶

   知る

    白?

   美しい、とだけ

    翳り

   言葉を知り

    逆光を擊つ









Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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