修羅ら沙羅さら。——小説。55
以下、一部に暴力的な描写を含みます。
ご了承の上、お読みすすめください。
修羅ら沙羅さら
一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部
夷族第四
かクに聞きゝ8月十六日昼ゴックが部屋ノ寢台にありきかくてかたわらに素肌曝シたる儘に寝息たテたるゴックひとり眠りキ壬生目をだに閉ざスことなクて天井ヲ見かくテ見て覩ルに見き天上に叩きツけるやうにも差シ込みたる外なるなにもノかの反射の閃光が白くひたすらにも白ク鋭クかゞやきゝ壬生見て覩つヅけそノ閃光の微動もなきにかクて頌して
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
知れ。あなたに話そう
まさに。あなたの爲に
知れ。へばりついたそれ、光の中にさえ
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
死者の翳り、わたしは名まえさえも
ましてその存在のあった記憶さえも無い
その死者の肉の齒の群れら
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
知れ。母は十四歳の時に身を投げた
代々木にあてがわれたマンションの十二階
鳥のように?
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
その朝の日ざし、朝の閃光
横殴りの、そして吹き込む風
眼の前に広げられた母の大口の記憶
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
母のすでに居なくなった部屋の中に
ひとりでで私は…まさか
歓喜の聲を?まさか、解放された歓喜の聲を?
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
むしろ苦痛。自分が死ぬ、その事実すら
あきらかに知りもしない儘に
窓に踊った母の爲に?…まさか
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
孤独。まさに…底知れない孤独、無間の
無限の、永遠に取り残された孤独に永遠というもの
その切実さを知る…まさか
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
悲しんだ!わたしは。だから、わたしはまさに
哀しんだ!ひとりで、飛び立ち失墜した母の死を
私を咬み、貪るように咬んで遊んだ母の爲だけに…まさか
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
わたしは知らなかった。その時に、わたしの体を
四肢を
かすかにふるわせていた感情の形をは、終に
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
死者の翳りはつぶれた腕の
流動する肉のわななくままに
玉散り
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
あなたに話そう。まさに
あなたの目をこそ覗き込みながら?もはや
だれも他人とは言えないだろう、私すら
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
わたしすらわたしが一度もわたしであり得たなどと
錯覚し得もしない今こそ
死者たち。不滅の、滅び得ない死者たちの翳りに
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
知れ。稚彦は十二歳で
雨の中に。うつくしい知性の無い稚彦はときにわたしの
肌に戯れ、貪るようにも…交歓。心と肌の。雨の中に
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
雨の中で、血を流しながらひとりで
死んでいく稚彦をわたしはひとりで
見ていたその、匂う匂い。雨の濡れた土の?匂う匂い
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
性に目覚める?幼馴染の稚彦の
うつくしく匂う柑橘系の肌の匂いに…そのあきらかな
他人の肌に。肌をおしつけ、なすりつけさえ
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
見出していた。少年の肌の
そのうつくしさに茫然と、わたしは彼の
知性の無い濁音のあ音を耳に聞き
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
戯れつづけた。慥か十歳?…その頃から
わたしは稚彦の幼い体を、まさに
わたしと同じくに幼い体
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
わたしの眼には、わたしと同じくに完成された
成熟された体のうつくしさを…心を
心をこそかさならせながら?
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
心など。…人間の言葉など、わたしの口しかなかった
濁音のあ音…人のふりした人の言葉など、そして
心と名づけられたものなどもはや
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
人になりおおせた擬態の心、その
言葉になど遠く離れて。かさなった
いわば、…濁音のあ音。存在をもて?
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
慥かに彼をわたしは殺した。雨の中で
わたしの戯れた唇を、まさか
拒絶した?その稚彦の不意の一瞬に
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
拒絶した?その小高い山の上の無人の四阿屋…六角堂?…その樹木の翳りに
わたしの胸にいやいやをして?口には
濁音のあ音。雨にぬれよ
樹木。それら、茂った樹木、嚴島の鹿の気配を背にして
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
静寂。参道をはずれ、忍び込んだ崖のちかくに
茂れ。樹木よ、生き物の
すさまじい繁茂
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
秘密にされたわけではない。ただ
言葉もて、だれにも話されなかっただけの
まさに秘密?ふたりの秘密
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
拒絶した一瞬の稚彦に、憎悪?
わたしの突き放した腕が突き放し、稚彦を…なぜ?
その一瞬、樹木の幹に——檜?
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
揺れた枝、齒ゝは上空に。ぶつけた後頭部のせいで
吹き出した血。眼の前に…なぜ?流れ出した血
口からも?
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
稚彦の茫然。茫然とわたしを、…剝かれた眼、知ってる?
濁音のあ音。あなたはは今、血をながしてるんだよ、知ってる?それこそつまり
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
痛み。それこそがつまり、まさに痛み。知ってる?
あなたはふれた。今、痛みにこそ
あなたは咬んだ、その痛みをこそ
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
稚彦はすでに自分で舌を咬んでいた
なぜ?稚彦は
いつ?
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
過失として?
すでにして、口にあふれさせたその色は血の
過失など、あったのだろうか?…稚彦に
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
知性のない稚彦に
わずかにでも、せめてもの僅か程度だにも、もはや
過失など。——あったのだろうか?
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
あるがままに。まさにあるがままに
稚彦は死ぬ。あるがままに、その濁音のあ音
あるがままに血を流し死に
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
心など!…まして精神
ましてそれ、精神のかがやきなど!
濁音のあ音
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
まさに自分の死に直面したまま
稚彦は自分の死に懸けた事実さえ知らなかった
あるがままに。まさに、ただ
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
あるがままに稚彦は自分の死の事実をだにも
雨よ洗え。その
雨よ流せ。その
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
知れ。死者ら。壁にへばりつき
天井に肉を
流動させた極彩色のうちに
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
わたしは見ていた。もうすでに
あらく息遣う稚彦はもう血にまみれて雨の中で
彼はもう助からないと。…故にまさに
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
稚彦は生きながらにすでにまさに死んでいるのだと
確信。あざやかな
それは確信。揺るぎもなかったわたしの鋼鉄の確信
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
散れ雨よ、逃げ出したわたしの、雨の中に
散れ雨よ、水浸しの荒い息遣いを
恵美子は咎めて案じて諫め
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
濡れた?ぬれてるね?シャワー浴びて!シャワー浴びて!
すりぬけるように。わたしは
びしょびしょじゃない?びしょびしょじゃない?
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
ぬれたんか?のうぬれたん?おえんではようしゃわー!あびにゃあいけんではようあびてき!
恵美子のかたわらをすりぬけて笑いながら?
風呂場に…笑いながら?
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
放置された稚彦はもう
いままさに
ひとりで死んだに違いない
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
シャワーの温水に体をながし
温めながら
わたしは稚彦の死をまさに確信した
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
死者らの翳り。さまざまに
腐った血の玉を散らし
不滅の死者らの翳りの色ら
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
あなたに話そう。まさに
あなたの爲に話そう、その夜に
久生がわめく。その夜にわたしは
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
抜けだした。家を。わたしの…恵美子の
宮島の。その丘の中腹にあった家、わたしは
護身用に?…恵美子の包丁を持ち出して
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
雨はすでに已んでいた。そんなことはすでに
知っていた。すでに、部屋の中から、その夜中一時
わたしは雨の音の無いのを知って
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
家を出た。ただ稚彦の死を
この目で確認するためだけに
わたしは昏い登り路を
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
登った。気配する鹿の眼差し。わたしは
登った。見上げれば、ひょっとしたら
満天の星が?
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
見た、そこに、その
六角堂の参道を外れた繁みの中に
崖のこちらに眼の前でなんども失神する、生きた稚彦を
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
失神と覚醒を繰り替えす。まさに泥にまみれてまさに
泥だらけで?まさに血の色さえ隠し通してまさに
泥だらけで?泥の中から、今、生まれたように?まさに
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
わたしは狂った?むしろ
あまりにも強烈に覚醒して?わたしは死にかけた
なんども目の前に失神するすでに死んだ稚彦の腹部に
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
突き刺した。包丁を、その時に
わたしは確信した。わたしが
最初からこうするつもりだったことを
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
夜中に目を覚ました一瞬に
雨の音の無いことを確認したその耳に
わたしはまさに、さきらかにこうするつもりだったと
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
むしろシャワーに雨水を、あるいは
肌にこびりついたかもしれない稚彦の汗をも
洗い流しながら?まさに。わたしはまさに
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
六角堂の山道を、雨の中に
その飛沫。雨のしずくのしぶくしずくのしずくらの下に
走る息を躍らせながら?まさに。わたしはまさに
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
吹き出した血。頭から、濡れた髮…黑。そして
光沢はあざやかに…
吐き出された口の血。その時に?まさに。わたしはまさに
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
むしろ、その日山道を下った二件隣りの大津寄稚彦の家に
稚彦を迎えに行ったその時、玄関の奧に笑いかけた、その人
大津寄結子の不機嫌な笑い声に?まさに。わたしはまさに
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
むしろわたしは、最初からこうするつもりだった
刺し、突き刺し、刺し抉る
最初から
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
わたしはすでに知っていた。わたしはすでに
こうする事さえ知っていた。わたしは思った
その時に、まさに刺した。わたしは
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
刺した!噴き出した…血?
見なかった。その匂いさえ
嗅がなかった。もはや
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
朝までいた。そこに
稚彦の肉体が流した血に、他人の。もはや
稚彦にさえとって他人だったに過ぎない他人の血に
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
汚れながら。おそらくは。茫然の中に、土の
匂いの、そして血の
匂いの、そして
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
左に上がる日の光の
夜明けの紅蓮に
目を開けた
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
あなたに話そう。まさに、あなたに
玉散る血、玉散らせながらしたたる血、したたらせながら
喰う。死者たち。それら自分の腸さえ引きずり出してからみつく腸らに
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
その二股に割れた首を絞められ翳りの死者たち
不滅の不死の
極彩色の肉の色たち
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
山歩きの老人が、早朝に…名前は忘れた
私を見つけた。近所の…加賀武雄の祖父?
言葉も無く
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
問われても、なにも、なにひとつも
言葉も無く、そして彼は、美しい少年の死んだ泥だらけと
うつくしい少年の生きた茫然をかわるがわるに
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
見た。人々は。歎きながら。哀れみながら。悲しみながら。悔みながら
なにが起こったのか、ついには判りきれないままに
見た。人々は、そして
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
ふってわいたような、ふてぶてしいほどの、赤裸ゝな
大津寄結子の悲嘆の絶叫
…なぜ?まさか
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
そんなにあなたが彼を愛していたとは
寶珠という名の、稚彦に
知性などなにもありはしないと悟られたのちに生まれた妹は
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
せつないほどに、無言にさらした。…悲しみを
せつないほどに、無言にさらした。…ただ熾烈な懐疑を
せつないほどに、無言にさらした。…無防備な絶望を
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
わたしはそれらを見なかった。隔離され、治療という名の
カウンセリング、隔離され、癒しという名の
監視のしたに
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
町を変えた。学校を變え、住所を変えた。名前は變えなかった。久生とともに
恵美子の弟がわたしを代々木に
引き取った、その
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
代々木八幡の近くの高層マンションに、…だいじょうぶ
東京にはいい病院、いっぱいあるから…と
久生の?…ぼくの?…
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
知れ。貪れ。死者ら。死者らは喰う
玉散り
玉散らせ、死者らは
まばゆいほどに。それ、まばゆいほどに
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