修羅ら沙羅さら。——小説。49


以下、一部に暴力的な描写を含みます。

ご了承の上、お読みすすめください。


修羅ら沙羅さら

一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部

夷族第四



かくに聞きゝ8月16日夕刻未ダ暮れきラぬに空曇りテ雲空を覆ひて久裳利壬生二階なル寢室に窓に見て樹木ノ葉および葉ゝおよび葉と無數なる葉ゝらを見ルに彌ゝ暗く色みづからの色彌ゝに濃くシき壬生時に寝臺が上にゴックと俱なり傍らに横たはりケるゴックが額に口づケかくて言さく雨?

——降るかな。…雨。

 フル

——暇じゃない?

 フ

ゴック未だ目を開かザる儘に報へて壬生そノ額に咥ゑるやうに唇フれたル儘に

——昨日、降らなかったじゃない。

 フル

——昨日?

 ルフカナ

——昨日、降りそうだったけど、…

 フ

——雨?

 フルフ

ゴック目をひらキてかクて壬生を見ル登藻奈久爾天井になにもノか外なるものとものものとものものらのものゝかタちらのもろもろの翳り横殴りに入りそレ太き筆に書きナぐりタるに似て壬生白してさゝやき聲もて云さく

——今日は、降るね

 ルカナ

——何、食べたい?

 フル

——日本で、台風に逢った?

 ルカナ

——わたし、つくるよ。…今日は

 ルフルカ

——ベトナムの台風っておとなしいよね

 カナルフ

——ないよ。今、…

 フルフ

——なに?

 ルフ

——臺風、ないよ。今

 ルフルカナ

壬生額に唇ふレふれ續けタる儘口づケる登裳那久邇かクて壬生ゴックが髮ノ毛ノ髮ノ毛ゝらの於毗多陀斯岐匂ひ夥シきを感ジ白してさゝやき聲もて云さく

——さむい?

 ルィッフ

——歸りたい?

 ルルフ

——天気悪いと、…

 フィル

——日本、…

 ルィルフ

——ね?

 フゥルナ

——歸りたいよね。

 ルナィフ

——寒くない?

 フルィルフカナ

——歸れないよ。

 ルカナ

——着る?

 ナルカナ

——明日、…

 ナナルカ

——なんか、…着る?

 ィカ

壬生及びゴック未だ肌さらシたる儘なレば壬生かクてゴックが腹部に指這はせ壬生戸惑ひき壬生想ひてゴックが肌鳥肌たてゝをるやらんと然ルに肌たダなメらかに指をスべらシ只すべらかにして指さき唯艷に觀ジてすべらかにすべらしてすべらかに艷なりき雲覆ひ空昏けレば大氣熱気に噎せるこトあらず寧ろひやヤぎて肌觀ジて飛彌彌迦那里岐か久て壬生白シてさゝやき聲もてゴックに言さく

——匂う

ゴック聞き聞きをはりテかくて思わずに聲を立てテ笑ひ壬生ゴックが鼻又ゴックが唇に立チたる笑へる聲又笑ゑる息聞き聞きをはりてかクてゴック不意に身を起こしそレかの女覆ふよやうにも身を預ケたる壬生に抗ふかに壬生は觀ジてかクてゴック白してささやき聲もて云さく

——なに?

壬生聞きゝそノ聲あきラかに怯え懐疑したる色ありて阿沙彌伽那里弖ゆゑ壬生いまマさにゴック怯ゑ懐疑シたるを觀ジ感じをはりてかクて壬生思はずに仰向けに横たはりてかクて天井に那爾裳乃迦外なるものとものものとものものらのものゝかたチらのもろもろの翳り横殴リに入りソれ太き筆に書きなぐリたるに似タるを見覩をはりてかくて壬生白してさゝやき聲もテ云さク

——なにって、

 聞こえる?

——匂う?

 ぼくの

——なにが?

 体内の

——わたし?

 体内のざわめき

——匂う?

 聞こえた?

——先生も、匂うよ

壬生いまやゴックたダ素直に笑ひてふたタび笑ひゐタるを觀ジ又見あげタる眼差シに見てゴック唇又唇脇ノ頬に笑ミ又頬上にありける双眇に壬生ゴックが笑ミたる色又匂ひ感ずるに壬生は見テ壬生は覩き双眇ただ表情もなクてたゞひたすらに冴えて怒涛の潤ふ怒涛の眼球怒涛のふたつに怒涛の過ぎざりき怒涛のかくて怒涛の壬生怒涛の青き

青き

青き美曾羅乃迦迦彌岐從

落ツ不意ノ一ツノ雨粒の爲ノ宇多

心にもなくて口にみづからのさゝやきタるを聞きゆゑに壬生白シてさゝやき聲もて言シき

——俺?

かくなりゆゑにゴック壬生が沙沙彌岐多琉聲聞きかクてゴックまるで

…ね?

まるで

あなたはまるで

かくてかくにゴック心にひとり云して想へらく

まるであなたは

…ね?

まるで

かくてかくにゴック心にひとり云して想へらく

その氣もなく甘えたふりをした猫のように

——いい匂いする

かくてかくにゴック謂スを壬生聞き聞きをはるともなくに白シてゴックが爲にのみさゝやき聲もて云さく

——どんな?

壬生が唇に壬生の立てたる笑へる息立て靜かにシて靜かなるをゴック見又ゴック聞き壬生は見き上半身ノみ起こシ背を見せかクて首よじりて振り返りたる背筋の曲がり曲がりタる摩摩爾背の肌翳りを白き色ノ上様々に這はせ壬生は見て覩ル摩摩爾見蕩れる心地して何に見蕩れ何ノゆゑに見蕩れたるか覺らざる摩摩爾かくてゴック壬生に壬生が爲に乃美さゝやき聲もて白シて言さク

——甘い?(あます…)

 とめども

——どんなに?

 とめ

——ちょっと、(ますぎる…)甘いね

 とめど

——どんなふうに?

 とめども

——甘いよ(ますぎるくらいに…)

 とめどもなくにと

——どんな、…

 とめど

——ね。

 めども

かくて(ますぎ…)ゴック言ひかけ(ぎるくに…)唇ひらきかけて(るくらいにあ…)かくてみづからの(ますぎるく…)唇にささやかルべき言葉わスれ又言葉自體忘レ又我わスれタるかに眼差シ茫然たりキを壬生見かクて壬生覩をはるともなクにあなたは

…と

気付かない。あなたは、

…と。まだ

気付いていない。…と、あなたは、

かくに壬生心にひとり云シて想へらく

気付かない儘に、あなたは

かがやきとめどもなく

とめどもなきかがやき

ひとりでそこに茫然とする

かクて壬生かクの觀なシてかクて壬生まなざシにゴックが身よジりて壬生に目おとシただ壬生ダけを見テ茫然と覩ありけルを見るをゴック眼差シがうちに見まタ不多多毗見…きらきらと。またミたびに見…きららきらしく綺羅奇良登覩テかクて壬生が唇にのみ笑みタるヲ見かクて言さく

——わたしは?

壬生聞きて壬生ゴックが何を問ふか覺らずかくてゴック眼差しがうちに壬生笑ミていまやまなざしの色にも笑みたるまなざしにゴックが身よじりて壬生に目おとシただ壬生だけを見てあきらかに覩くまなくも覩て覩をはりてありけるを見るを見またふたたび見またみたびに見覩てかくテ壬生が唇にのみ笑ミたるを見かくて白してふたたびに言さく

——ね。…わたしは?

壬生聞きて壬生ゴックが何を問ふか覺らずかくてゴック眼差しがうちに壬生笑みていまやまなざしの色にも笑みたるまなざしにゴックが身よじりて壬生に目おとしたダ壬生だけを見てあきらかに覩くまなくも覩て覩をはりてありけるを見るを見またふタたび見またミたびに見覩てかクて壬生が唇にのみ笑みたるを見かくて白してみたびに言さく

——臭い?

どうして?

どうして。…あなたは

と、かくに壬生心にひとり云して想へらく

あなたはいつも

どうして?

茫然をさらす

わたしを見て

どうして?

そしてわたしを覩るときに…と、かくてかくに壬生心にひとり云シて想へラく

茫然とした

あなたは

そしてもはや

と、あなたの眼差しがむしろ

と、かくに壬生心に飛登里云シて想へらく

むしろなにも

もうなにも

完全になにも

と、かくに壬生心にひトり云シて想へらク

わたしさえ

わたしさえも?

と、そのかたちも色も

と、かくに壬生心にひとリ云シて想へラく

なにも見ない儘あなたは

もはやあなたはひとりでそこに

そこに茫然と

と、かくに壬生心に飛登里云シて想ひテ思ひをハらぬに聞キてゴック壬生が爲にノみ白シてささやき聲もて云シける聲又そノ聲の音又その聲ノ色又そノ聲ノ匂ひ又そノ聲の気配又そノ聲の氣配さスもの又そノ聲の拍又ゴックが壬生ノ爲に乃美白シてさゝやき聲もて云シけるを聞キて答へんとシ答へんとシをはらざるに聞きゝ

——をン那ぢ

かくにゴック云して壬生覺らずシて言葉もなくてゴックひとり壬生いまだ覺らざるヲ覺りて謂さく

なにを?

——ぉうなチ迦ナ

なにを、あなたは

かくてかくにゴック云して壬生覺らずして言葉もなくてゴックひとり壬生いまだ覺らざるを覺りてふたたび謂さく

——せせ登をなチ迦ナ

あなたは、いま

と、かくてかクに迦久那留のちゴック云シて壬生覺らずシて言葉もなクてゴックひとり壬生いマだ覺らざるヲ覺りてミたび謂さく

——先生と同じかな?

なにをみてるの?

と、かくに壬生心に飛登利云シて想ひて思ひをはらぬにゴックひトり白シて壬生が爲にのみさサやき聲もて笑ミて言さく

——同じだね

壬生は見きゴックが頭の髮の毛の黑又黑に這ふ光澤ノ白ク白なス光沢の向かふなる窓が向かふに叩きつけられへばりつけられたるにも似て見ゑて未生ノ翳りの靈ノ翳りの肉ノ色骨又骨ノ骨らノ色肉ら又肉の色あざやかなる肉ノ肉らの色とりどりに散らシ又這はせ骨のかたちとりどりに散らシ又這はすを見キかくて頌して

   知ってる?

    やがて降る

   と、そう何度も

    その雨

   わたしは何度もささやきかけそうになる

    その日の夜の雨の中で

   その耳

    どんな匂い?

   ゴックの耳に

    さゝやきかけた

   額にふれた

    ゴックはわたしに

   唇にとって

    私の上で

   遠く及ばない距離の向こうに

    殊更に背筋を伸ばして見せて

   知ってる?

    その胸と

   と、——あった。あなたの今吐いた息には温度があった

    なぜか腹部を

   その温度

    殊更に

   あきらかに生きた

    矜恃するように

   生き物の温度

    見せつけて見せて

   知ってる?

    どんな匂いする?

   と、——あった。あなたの今吐いた息に

    腰をもう

   その匂い

    動かせさえしない儘に

   あきらかに生きた

    不意に落ちた

   生き物の匂い

    ゴックの茫然

   わたしは何度もさゝやきかけそうになる

    わたし、…と

   その耳

    茫然とした

   ゴックの耳に

    どんな匂い?

   額にふれた

    ゴックの爲だけの

   唇にとって

    ゴックひとりの

   遠く及ばない距離の向こうに

    ゴックの茫然

   知ってる?

    聞け

   あなたの皮膚は匂い、そして

    窓の向こうに

   あなたの皮膚は熱を帶び、そして

    雨が降る

   あなたの皮膚はさらした

    その音響を

   いつでも

    どんな匂い?

   その下の肉のやわらかさ

    わなゝく

   いつでも

    ふれるものをすべてを

   ふれた指に

    わなゝかせた音響

   かすかにくぼませられながら

    くさくないよね?

   知ってる?

    齒、あらったよ

   その下の骨のかたさ

    くさくないよね?

   骨格の

    浴びたよ

   あきらかなかたち

    聞け

   その存在

    窓の向こうに

   まるですべては

    いまだに七時にもならない夜の

   骨格のさらした限界の上に

    はじまりの暗さの

   へばりついたもろもろの

    その中に

   さらされた限界。それら固有の限界のなしたただ一時期の固有にすぎなかったかのように

    鳴る

   まるですべては

    知ってる?

   骨格が見せた限界のかたちを

    わたしは

   骨格の爲に

    ゴックの爲に

   諦めを以て実現した限界のなしたただ一時期の固有にすぎなかったかのように

    さゝやきそうになる

   知ってる?

    たゞ、自分の爲

   と、そう何度も

    自分の心にだけ

   わたしは何度もささやきかけそうになる

    さゝやきかけて

   その耳

    知ってる?

   ゴックの耳に

    あなたの血管は今すさまじい

   額にふれた

    血の流れ

   唇にとって

    流れる血

   遠く及ばない距離の向こうに

    流す心臓

   いまゝさに

    そのすさまじい

   雨は降り落ちようとする

    轟音の中にある

   いまゝさに

    ふりしきる

   雨は

    雨のまさに

   その雨は

    わたしの耳に響かすように

   誰の爲にでもなく

    人入したヴィルスは

   まして雨それ自体の爲にでもなく

    血小板と俱に、もし

   雨はいままさに

    それに耳さえありさえすれば

   降り落ちようとする

    聞いただろう。その

   その空の下に

    すさまじい轟音を








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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