修羅ら沙羅さら。——小説。44


以下、一部に暴力的な描写を含みます。

ご了承の上、お読みすすめください。


修羅ら沙羅さら

一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部

夷族第四



かクに聞きゝ壬生すデにユエンが家を出きかクてひそかにも壬生ユエンが家出でたるはひそかにもレ・ヴァン・クアン死してひそかにも失せし日ノ明けタる日なりき又ひそかにもレ・ヴァン・クアン死シてひそめひそめて失せ失せてひそかにも明けやラぬ夜にレ・ハンそノひそかにも妹に弑さレたル後のひそかにも朝なりき又ひそめひそめてレ・ハン弑さレ死シてひそかにも失せ失せたル首を持てるレ・ダン・リーひそめひそめて美豆迦良ひそかにも燒きたる顏が儘にひそかにも逃げ失せテ失せシ明けノ前ノ夜ノ明けてすデに雲の向こうにノみ朝燒けた空をさらせる雨のひそかにも白濁ノ下のひそかにも朝なりきかくてひそめひそめてひそめきれずに壬生ゴックが許にひそかにも身を寄せきかクてひそかにも

こころのなみだつ

ひそめひそめて

こころのみなみだつ

なみだつその

さざなみよなみだちてなみだてゴック壬生が大聲にさざなみよ呼ばれたルそのさざなみよ朝麻陀岐爾駈け下りさざなむままに駈け來たりてさざなみよ鐵門引き開けたルにゴックひとりさざなむままに我に返り壬生を見上げてさざなみよ見かくてさざなみよ覩て觀をはりてさざなみさざなむ鼻に壬生が肌ノさざなみよ芳香觀じ芳香さざなみよ甘やいで匂ふを觀ジてさざなみさざなむ惑ひ摩度非ツツもさざなむままに歡喜しさざなみこころの

こころの

ひまつ?

そのさざなみをしれ美豆迦良が爲にこころよこころに歡喜し歎きゝユエンが爲にこころよこころに歎きゝ憂ひき壬生が爲にこころよこころにさざなみをしれ憂ひき哀れみき何物ノ爲にか知ラずにこころよこころに哀れみキかくてかルがゆゑにこころよこころにゴック壬生に添ひて抱キこころよこころにさざなみをしれ抱かれて添ふにかノ朝のこころよこころに家ノ庭なる樹木の翳りが下にこころよこころにそれ

さざなみをしれ

まさにいま壬生が腕の中ゴックひとりさざなみを我に返り壬生を見上げてさざなみを見かくて覩てさざなみを觀をはりて鼻にさざなみを壬生が肌ノ芳香觀じ芳香さざなみを甘やいで匂ふを觀ジてさざなみを思ハずに云さく秘密だね、…と。

あなたはささやく。

と。思う、不意に

唐突に

泣き止んだ後の茫然の眼差しで。——先生と、…と

先生とわたしの秘密だね。

と、あなたはささやく

何が?

と、…先生がここにいることが。…と

あなたはささやく、と。まさにささやき聲としてささやき、そして

あなたはささやいた。…と、壬生は心に、…一つぶの。

見た。壬生は、淚の一粒さえ流さなかった眼差しはかくて泣きて泣き泣き已みたる後の淚かはきかけたる気配に潤むゴックの眼差しを壬生は見きかくて頌して

   まるでその異國の六月のように

    どうしたの?

   紫陽花の花の濡れる季節に

    かの女はささやく

   いまだ、その

    どうしたの?

   夏の気配をさえ兆さない頃のように

    まるで不意に

   ひそかに葬った春の後の

    夜に太陽が

   名殘りだにない雨の匂いに

    日蝕の

   ことごく土を薰りたゝせ

    翳りをさらすのを見たように

   アスファルトをも薰りたゝせ

    どうしたの?

   又はコンクリートをも薰りたゝせ

    まるで不意に

   もしくは木材をも薰りたゝせ

    西の果ての

   瓦のことごとくをまでも

    遠い沙漠に

   薰りたたせるその季節のように

    干上がった空が

   潤う。濕めった大氣に樹木はわたしたちの

    さらした巨大な虹を

   傍らで、あきらかにわたしたちには

    わたしの笑んだほゝ笑み

   他人のようにわたしたちを

    かの女の爲にほゝ笑み

   わたしたちをも

    じぶんの爲にだけ

   胸に飛び込んだ

    わたしの笑んだほゝ笑み

   ゴックのひそかな歓喜さえも

    顏を見上げて

   他人ように。眺めもしない赤裸ゝな

    開けた鐵の…白

   冷酷をさらして潤う。他人として、葉は

    門の向こうで同じように

   他人として、枝の先

    わたしと同じように

   他人として、葉と葉ゝと、無数の枝らに

    アスファルトと

   からむ。無數の葉らは他人として、からまれた葉と、枝にしなる

    コンクリート

   他人として、しなる枝の下に伸ばした

    バイクの

   他人として、葉と葉らの無数と葉ゝと

    プラスティックと

   他人として、ぶらさげた蔦らの無數と

    鐵と

   他人として、あるいはそのすさまじい繁茂の

    合金と

   野放図な埀れさがりの無數を、他人として

    同じように

   それらことごくを

    濡れながら

   他人として。濡らし、濡らしきり

    濡れ

   そして潤う。他人として、髪の毛が

    したたらせ

   その膨大な…他人として?

    水滴を

   黑い色とその散らす

    したたらせながら

   光沢の…他人として?白濁

    髮の先に

   匂い立ち、…かがやき。その雨の馨を

    したたらせながら

   匂い立たせ、…かがやき。その雨の馨に

    前髪の

   匂い立つ、…かがやき。知っていた

    濡れた先にさえ

   わたしは見つめた

    したたらせながら

   ゴックの潤う

    どうしたの?

   眼差しから目をそらし

    たすけて

   高光る

    わたしは云った

   上にひろがる空を見れば

    微笑を

   茜差す

    あくまでも

   日の光さえさらさない

    くずさない儘わたしがささやく

   降らす雨に隠れた雲の

    聲を

   靑を隱す白濁の色を貫いて

    ゴックは聞いたに違いない

   地にも落ち…濡れた風景。濡れきる前の

    泣いてるの?

   地のものを照らし…濡れた風景。濡れきる前の

    ゴックは耳に

   ほのかにも…濡れた風景。濡れきる前の

    …ね?

   搖れる葉、枝をも…濡れた風景。濡れきる前の

    ゴックは聞いた

   かすかにも…濡れた風景。濡れきる前の

    泣いてるの?

   その色と…濡れた風景。濡れきる前の

    だれが?

   かたちだに残らずに…濡れた風景。濡れきる前の

    先生、泣いてるの?

   さらさせ暴く朝の光は…濡れた風景。濡れきる前の

    微笑んだ儘に

   それでも雲を…濡れた風景。濡れきる前の

    口づけた

   向こうから照らし…濡れた風景。濡れきる前の

    ゴックの額に

   すでに知る

    前髪の

   赤裸々に

    濡れた上から

   わたしはすでに知っていた

    喧嘩した?

   すでに知る

    ゴックは云った

   隱すゝべもなく

    どうしたの?

   わたしはすでに逃亡?

    どうもしない

   逃げ去ったわけではなかった

    どうしたの?

   それはわたしに明らかだった

    たすけてよ

   捨て去ったわけではなかった。それさえ

    逃げてきた?

   だれにもあきらかにさえも思えた

    …ね

   探すだろう

    逃げてきたの?

   わたしは思った

    かくまってよ

   棄てられた

    私は笑う

   かわいそうなユエンは

    唇に

   探すだろう

    聲を立てて

   警察にさえ連絡し

    いまだに額に

   親族たちに聲をかけ

    口づけた儘に

   かの女を捨てたとかの女が知った

    たすけてよ

   わたしをだけ

    帰らないの?

   探すだろう。數日の…

    ゴックはささやく

   何日もの間

    帰れないね

   數日にわたる…

    ゴックは云った

   何日もの朝に

    もう、ここに

   そのころ空は朝の内だけ

    わたしのところにいるしかないね

   かならず雨を降らせていたのだった

    ゴックははわずかの

   だからすでに

    微笑も見せず

   すべてはすでに

    しかたないね

   潤っていた。何度目かに、それみづからの

    泣いてるの?

   所爲ではなくて、何度目かにも

    わたしのところにいるしかないね

   すべてはすでに

    泣いてたの?

   したたらせていた。何度目かに、水滴を

    もう帰れないね

   みづからの、何度目かにも

    眼差しに

   埀らしたわけでもないその水の

    笑みの翳さえ差さないままに

   粒を無数に、何度目かに

    唇が立てた

   したたらせ、何度目かにも、それでいい

    笑った息を

   私は思った

    ゴックのそれ

   もはや自分の

    唇は

   歸るべきところさえもなくした

    見上げた顏に

   そんな喪失の気配を擬態し

    雨に濡れながら

   それでいい

    めずらしく

   私は思った。すでにして

    目を覆った

   わたしはすでに生きられ盡した

    眼鏡のレンズは

   わたしのイノチを

    水滴のむこうに

   すでにして、なにも…なにも生きられもしなかった今にも

    かたちと色を

   わたしはすでに終わりの先に

    くずした眼差しの

   わたしの骸を、それでいい。何度目かに、すでに見ていた

    わたしをだけを

   そう思った。何度目かにも

    見つめていた

   歸るべきところさえもなくした

    濡れちゃったね

   そんな喪失の気配を、それでいい。擬態し

    ゴックはささやく

   わたしは自分の、何度目かに、素顏を感じる

    さむい?

   雨は降り、何度目かにも

    ゴックは

   それでいい。わたしをぬらし、何度目かに、濡らす故に

    つめたい?

   何度目かにも、雨は降り

    ささやかれた

   降る故に、…それでいい。濡れた

    顎の下の

   ゴックを濡らし、何度目かに、濡らす故にまさに

    聲を聞く

   雨は立てた。何度目かに、その音を

    さむい

   振るえる音。何度目かにも、叩く雨に

    ささやく

   叩かれて故に、何度目かに、響かす音を

    わたしは

   ことごとくの、何度目かにも

    ゴックのささやきを模倣して

   雨にふれたことごとくのものに、何度目かに

    つめたい

   何度目かにも、紫陽花の

    さむい?

   その花の色を私にだけは

    さむい。俺のからだ

   思いださせて白濁し、何度目かに、猶も

    拭いてよ。

   雨はひたすら降り續くものを

    ——ね?








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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