修羅ら沙羅さら。——小説。38


以下、一部に暴力的な描写を含みます。

ご了承の上、お読みすすめください。


修羅ら沙羅さら

一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部

蘭陵王第二



かクに聞きゝかクて雨すでにあがりキかクていまだ土濡れり壬生一時ユエンが家に歸りて歸ルに誰も不在なりきコイだにもヲらざりきタオは除クゆゑに壬生壁ノいクつかの向かふに空より落ちてタオの怒聲ひゞきタるを聞きゝゆゑに壬生時をかざりてレ・ティ・カンが家を詣づカンが家にすデに葬送の式殿すデにシて爲されヲはりテ人ゝすでに集ヒ又集ひシてかクて話シ又話シて語り又語りアひ等シて雜然たりキ親族すデに薄く粗く宇須ら麤き白衣着ノ身着の儘たル上にそれ曾禮爾包ミ裹みシて白麻の鉢巻など卷き纏ひなどシて死せるレ・ヴァン・クアンすでに柩が内にをさまりヲはりキかクて時ありて壬生變はらずひとり異人の相のミさらシて何觀ずるともなくにさまざまにも觀ジ感ジて孤立するともなく孤立し脇キに立チて談話スともなクに愛想シ笑ミて笑ミたタずみたるにコイやうやクに実家に詣でき彼まさに此ノ家の主人ノ如くに振ル舞ひタれば誰も偕鼻白むともなクに鼻白ミ爪弾くともなくに爪弾キ相手するともなくに相手しヲりきかクて僧侶ふたり詣でゝ壬生の眼には異に思へシほどに威誇りありて威張りゐ張りスを人と人ゝ異とするもなくに隨ヒ從ひて敬ひ尊ビきかくて日すデに暮れなんとシて雲いまだ厚けれバ沈ム日の紅彩ダにもさらさずて空間靜かに白濁ノ昬みのミ濃くシきかくてレ・ハン喪主なレばひとり殊更に僧侶が背後に又は傍らに又は前に又は斜めにも隨ひ從ひ添ひタるにダン・ティ・タムひとり居殘りて同國人又同郷人又同敎人のなかにありてかノ女ひとり殊更に殊更なる異人なりき周囲に添ふ人なシ身のまわり數歩分にまとはル人なクして柩の傍らにのみ立チてかの女目に目ゝに周圍を見ゝシて壬生鼠の目を思ひき鼠の目つぶらにシて何をもかたらず如是に同又タムみヅからの目人の目にかさナるに唐突に復タ泣き叫キて殊更に歎キゝかくて人と人ゝ忌問シ慰問ス人と人ゝ線香が束テに手にもチて外より詣で來たる度ゝに太鼓と銅鑼なラさレき是れ此ノ地の習俗なりテ太鼓銅鑼各二二後各一一なりき太鼓ノさゝくれナき撥タンがとりて驕れりようにものけぞり叩きゝ又銅鑼が撥近親の五十男恭しく目伏せたるまマにうつむきて打ちキ地の風習葬禮乃時家前にテント張りてテーブル並べ眞水の水瓶及び西瓜が種炒りたる粗ラ菓子ならべたるが常なればこゝも亦それに從ひきゆゑにコイ太鼓等並びたル横なるテーブルがひとつが端に坐してひとり西瓜種が殻歯に破り破りし實食ミ食みシをりき時に壬生コイの喰み散らし散らシすを見て瞰るうちに壬生思はずに想ひきレ・ダン・リー何処に行けるやと是れそこなる何處にもかノ少女の姿ノなかりけるゆゑなりかクて僧侶一と度び目に誦経せんとしマイク等人ゝ用意シたるに傲る僧侶之れに物言ひシそノ麁咎め又もの言しゝをりけるに嘲笑するに似た人と人ゝノ聲惡意だになき儘聲ゝつらなりテ端より端に拡がりかくて終にはひビき渡り盈チさへすルを壬生気付きて思ハずにかへり見ルにまさに表に色白きドレス着タりて乱雜に肩の肌胸元の肌背の肌腕足の肌それぞれに曝シたるタオ目を剝き剝きて視て見ゝして回りを凝視シかくてタオ葬祭に詣で來たりきかクてかくなりテ頌して曰く

   あなたに話そう。

    ダン・ティ・タムは企てる

   まさにあなたの爲に話そう。

    ひとりで、すでに

   その叫び声は聞こえなかった。

    ダン・ティ・タムは企て終わった

   或は懷かしい耳熟れたタオの怒声は。

    周囲に彼女は

   だれのみみにも

    一人で聞いた

   その喚き聲は聞こえなかった。

    他人と他人らと

   或は私にはすでに懷かしいタオの罵声は。

    他人らと他人の聲と

   だれの耳にも、なぜならタオの口は開きかけて、

    聲ゝと聲の、それら

   そのままに何の聲をも發せずに、——そこが

    無際限にも、彼女にだけひとり思われた

   彼女にとって見慣れない場所だと知っていたからだろうか?

    それら果てもないつらなりが

   不自然な唇の痙攣をだけさらしたままに

    それら自分をだけ迂回する

   わたしたちは見ていたのだった。

    それら涯てもない連鎖のむれが

   夫々の口に

    遠く至近にざわめく中に、傲り

   赤裸々にもその異形を嘲けたそれぞれの聲を散らしながら。

    昂るダン・ティ・タムはすでに

   わたしたちは見ていたのだった。

    企んで居た筈だった。たとえばこの

   それぞれの目に

    周囲を囲んだ蠻族の群れを

   赤裸々にもその異形の剝いた目の玉がその異形にとって

    まさに屠殺してまわるすべを

   彼女を容赦も無く藻取り囲んだ

    まさに処刑し弑するそのすべを

   彼女の見知らない容赦もない他人共の

    あきらかに、泣きわめく

   恥をさえ知らないまなざしに射貫かれた自分を

    四面の顏に怯えた眼差しの濡れた内に

   圍む人と人ゝのかたちを見て知り

    ひとり忿怒するダン・ティ・タムはひとり

   圍む人と人ゝのかたちを見て知った圍む人と人ゝのかたちに知り

    四維の聲に慄いた眼差しの濡れた内に

   その目の色に知り

    ひとり激怒した殲滅の女は

   その鼻のかたちに知り知りするほどに

    かれらをみんな殺すだろう

   タオの目は向こうを見、見て

    かれらをみんな屠るだろう

   タオの目はそちらを見、見て

    殺し、殺し終り

   タオの目は向こうを見、見て

    屠り、屠り訖り

   タオの目は之れを見、見て

    彼女はさらに辱めるだろう

   タオの目は向こうを見、見て

    殲滅のタムは

   タオの目はかれらを見、見て

    蠻族のタムは

   そしてタオの目は素直に怯えておびえた色をかくさず

    下等の劣等民のタムは

   タオの頬は夢のようなあわい虹彩を匂はす

    彼女のめぐらす眼差しの内に

   美しい女のかたち、その

    彼女の知る下等の蠻族の

   タオの唇の端と頬の端はひたすらに嘲弄をさらした屈曲に揺れた。

    下劣の蠻族の

   軈てタオが家の前の中央にたどり着いたときには、

    糞まみれの夷族どもの

   振り返った僧侶の当然に驕り切った目と目、そして又眼鏡の向こうの目と目の中に

    その殲滅の血み泥を見ただろう

   あざやかに自分をだけ嘲けた色の、表情のない無機の眼球をタオは見た。そして

    ダン・ティ・タムはひとりで企む

   見、見て

    四面の顏に怯えながら

   右を見、見て

    ダン・ティ・タムはひとりで企む

   左を見、見て

    四維の聲に慄きながら

   斜めを見、見て

    ダン・ティ・タムはひとりで企む

   背後をは見ず

    殘すものなき賤滅を

   傍らを見、見て

    ダン・ティ・タムはひとりで企む

   上を見、見て

    容赦さえなき殲滅を

   背後など存在しなかったかのように

    わたしは彼女に知るべきだった

   すでにタオにわすれられていた背後以外の四維を見、見たときにタオは

    事実として

   すでに見ていたに違いない。タオは、その時には

    まさにわたしは知るべきだった。彼女の

   すでに知っていたに違いない。タオは、いきなり右に流れるように横向きに

    弑殺者タムのこころに咬んだ

   足のない蟹のよこすべりのように横に

    四面の聲の中の悲しみを

   不意に身をうつすとコイの目の前で

    ただ逝ける

   コイが目を擧げる前の一瞬にタオの唇は迸らせようとした。その

    レ・ヴァン・クアンの想い出にだけささげられた

   怒声を。迸らせようとした。その

    その温度の有る悲しみを

   罵声を。迸らせようとした。その

    すでに知られるべきだった

   ひとりだけの濁音の怒号を。須臾

    その一人の娘の不在さえ

   タオの目がコイを捉えようとした瞬間に身が折れた。

    あるいはわすれたダン・ティ・タムはひとりで哀しむ

   そんなふうにさえ見えた。いきなり上半身だけ

    すでに気付くべきだった。おそらくは

   九の字に曲げたその体の唐突は。

    そのときはすでにどこかに隠れ

   吐瀉すべき内容物のない生き物の液体がタオの口から噴き出して

    ひとりで赤い異形の仮面をつけ始めた少女の

   そしてコンクリートに撥ねた。タオひとりだけの

    その今の不在を

   至近の足元に。

    わたしはしるべきだった。ダン・ティ・タムの悲しみを

   悲鳴さえも上がらなかった。誰もが

    死んだ直後に

   茫然としてそれを見て居た時に、自分がだれかさえ忘れたわたしたちは見た。突然に

    レ・ハンに、ヒエンに

   引き裂かれたように駆け寄ったユエンが股からタオのドレスを引き上げた時

    ユエンにさえも、罵ると共に

   慥かにそこには下腹部のふくらみかけたふくらみがあった。それは

    請求したクアンの遺産の要求を

   すでに違う意味を持って居た。老いさらばえかけた

    その涙に震える唇こそが、まさに

   無邪気な女の肥満しかけのふくらみではなくて。

    吐き捨てたのだという事実と共に

   わたしたちの、そしてわたしの目は

    わたしは

   目、そして目ゝ、目ゝと目は

    しるべきだったろう、そして

   見た。そこに明らかにすでに息遣う、未だ息せざるものの翳りを。その時には

    レ・ハンは

   すでにユエンの目は見ていたのだった。かたわらに

    ユエンも、レ・ティ・カンも

   ようやくに目を揚げユエンを見

    知るべきだったろう。そして

   見てタオを見、見て目をそらし、ふたたびにユエンを見

    ダン・ティ・タムはひとで見ていた

   見て目をそらし、そらしてタオを見ようとしたそのコイの

    いきなりに巻き上がったその喧騒を

   いかにも顯らかに罪もない無邪気の眼を、そしてその時にユエンの唇は言葉をすでに知りかけていた。事実

    僧侶と目が一瞬に流し始めた滂沱の涙の

   彼女の唇は開きかけたから。忘れ、もはや自分が何を云おうとしたのか

    その余韻さえすでに忘れて

   忘れるその一瞬前、口火を切りそこねた唇のくずれて塞がりかける寸前には、そしてその時に

    ダン・ティ・タムはひとりで見、そして

   ユエンの唇は言葉をふたたびすでに知りかけていた。事実

    見、見る以上にダン・ティ・タムはむしろ聞き

   彼女の唇は開きかけたから。ふたたび忘れ、もはや自分が何を云おうとしたのか

    聞き、そして聞くたびにダン・ティ・タムは

   ふたたび忘れるその一瞬前、口火を切りそこねた唇のくずれてふたたび塞がりかける寸前には、そしてその時に

    又見るたびにダン・ティ・タムは

   ユエンの唇は言葉をふたたびすでに知りかけていた。事実

    ただ混乱を強くするのだった、一体何が?…と

   彼女の唇は開きかけたから。みたびひらきかけて、その時に

    一体、誰が、

   まさにその時にコイの正気付いた眼——我に

    そして

   我に返った目がそして、コイは頸をふろうとし、横に

    まさに誰が、何を

   コイが頸を振ろうとしたときにタオがその時に

    何をしているの?

   まさにその時に怒声をあげたのをユエンは聞いた。みみもとに

    みんなでかさなるように

   だからすでに、わたしも誰も、誰も彼も、彼女もレ・ハンも、

    束なった視線を集めて、そこに

   わたしさえもすでに知っていた。タオの唇が怒号を發した事実をは、そして

    あなたたちは今、何を

   誰も、コイも誰も、ユエンも誰も、誰も彼も、彼女もレ・ハンも、タオさえもが

    わたしの目は見ているのか。何を

   私を除いたすべての人が、その時はすでに知っていた。タオの唇が

    そこであたなたちの耳は

   發した怒号の言葉の意味を。見た。

    一か所に集まった耳は

   私は、ユエンの振り上げた右腕が、その振り上げた一瞬に唐突に握りしめられて

    聞いていたのか、私の

   だから側頭部をなぐられたコイは殊更に鼻水をちらしながら顏からヂ面に倒れ伏した。

    まさに私の耳は?

   ひとりで彼の尻をだけもたげて。








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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