修羅ら沙羅さら。——小説。36
以下、一部に暴力的な描写を含みます。
ご了承の上、お読みすすめください。
修羅ら沙羅さら
一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部
蘭陵王第二
ゴック・アインのさゝやいた儘に任せた。彼の聲の言う儘に、「…脱いで。」立ち上がった壬生は衣服を「…ね、恥ずかしがらないで」脱ぎ、脱ぎ捨て、…見ないで。と「…自分に嘘をついて」そうさゝやき「必死に、」笑いかけたゴック・アインの「…必死に、恥ずかしがってる、その心に」聲の命じた儘に、…俺を。「…心にあくまでも嘘をついたまゝで」見ないで…俺を。と「…見せて」その聲に壬生は「…嘘をついて」かたくなゝまでに目を閉じたまゝに「…まるではじめて」足元に棄て置かれた布地は「…はじめて自分が俺に」撥ねただろうか?「…ね?」音もなく「…俺にはじめて見せるように」足元に、たとえば「…そんなふうに、恥じらいながら」床を這う蜥蜴の聴覺にだけ「…羞じらいながら服を脱いで」聞き取られた音響を「…そして見せて」壬生の耳にも「…俺にだけ見せて」ゴック・アインの耳にも「…恥ずかしがらないで」決して聞き取らせはし無い儘に「…そんなふうに嘘を」肌をさらした。壬生は「嘘を自分に着き通して」ゴック・アインの眼差しの「…恥ずかしい?」おそらくは自分をだけ見ていると「…もっと見せて」そうに違いないと仮構された「…嘘をついて」眼差しの温度の前で「…自分が恥ずかしくないと」笑う。壬生のその「…見せて」笑んだ聲もない表情を「…もっとよく」彼は「…俺にだけ見せて」ゴック・アインは「…嘘だらけのあなたの裸を」見ていたに違いないとかくて偈を以て頌して曰く
指を折ったのはあなただよ
わたしたちは誰でも知る
ゴック・アインがささやく
誰かの前に
失神した彼の
誰もいない自分の前にだけ
…と
素肌をさらした時でも
もう意識のない彼の
わたしたちは知る
…と
素肌を誰かに曝した時には
彼がすでに失神したことを
光には手触りが
…と、ゴック・アインがささやき
肌にふれるそれ
あなたはちゃんと確認して
光には手触りが在ることを
…と
影にすら
彼にすでに意識がないことを
影にさえも手触りが
…と
みずからの瞼に
あなたは抜け目なく確認して
目隠しをした肌の
…と、ゴック・アインがささやいて
冴えた知覚の
俺を見上げてかすかに
孤絶のうちには
…と
秘密だった
ほんのちょっとだけ
彼と私が逢ってる事実は
…と
誰も赦さなかったに違いなかった
唇の端にほほ笑みながら
凌辱者ゴック・アインと
…と、ゴック・アインがささやく
凌辱の強姦者ゴック・アインと
覗き込むようにして彼の
親密に睦み合うことは
…と
秘密だった。たぶん
左の小指を反対側に
知れば誰もが罵るから
…と
秘密だった。間違いなく
へし折ったのはあなただよ
知れば誰もが怒り狂い
…と、ゴック・アインがささやき
そしてゴック・アインごと
まるで俺を諫めるように
わたしを軽蔑するに違いなかった
…と
秘密にした気はなかった
その獸のような振る舞いを
まして
…と
まして嘘など
まるで俺を軽蔑したように
わたしは誰にも言わなかった
…と、ゴック・アインがそうささやいた後で
言う必要もなかった
その赤裸々な熱狂を
誰もわたしに問わなかったから
…と
ゴック・アインの口蓋の質感について
誰もがもう、興奮から醒めた
その肛門の構造について
…と、そして
その心の
靜けさの中に、ただそれだけ
ゴック・アインの辛辣なほどの
…と、ゴック・アインがささやく
やさしさについて
おさまらない儘だった雨の轟音のうちに
或はまるで偽善者のように
…と、或いは
まさにわたしは嘘つきの偽善者のように
かくに聞きゝかクて壬生感ジき目を閉ジたる暗がりノ光ノ朧ノ朱ノ明滅にゴック・アインのからだの上半身だけみづからに近づけらるゝを又感ジき目を閉じたる暗がりノ光の朧ノ朱ノ明滅にゴック・アインの至近ノ鼻に笑へるにも觀じられタる息の亂れたるのかすかにふるゝを又感ジき目を閉じたル暗がりの光ノ朧の朱の明滅にゴック・アインが眼差しのまさに壬生みづからの瞼を至近に睫毛に至るまデも見て覩つめをりけるを又感ジき目を閉じたる暗がりの光の朧ノ朱のノ滅に軈而于時壬生みヅからの唇にまさにゴック・アインが唇のノふれて唇に迦サ那琉唇の触感メ覺て冴ゑて玉散ルほどに冱へて覺メ醒メる登母那ク爾壬生まさにそのふるゝ唇の肌触りに埋没するみづからを又壬生まさにそのふるゝ肌の立てたるかの悪臭の赤裸ゝに埋没する美豆迦良乎かくて頌シて
あなたに話そう。
まさにあなたの爲に話そう。
ゴック・アインはささやいた。
——知ってる?
だからささやきかえす。私は
——言って。
ゴック・アインの爲に。だから
——敎えて。
おそらくは彼は微笑んで、だから
——あなたは、なにを今、話したいの?
ゴック・アインはささやいた。
——知ってる?
おれたちは今、みんなまるで嘘のような世界に生きてる
知ってる?
新型コロナで最初の波が來た時には
みんなの命をまもる爲に閉じこもるのが正義だった
あくまでも理性的な、それがまさに正義だった。
今は誰もが外に出ることをよしとする。
理性的な誰もが外に出て、経済を復興させることを…
まだ、はるかに多くの患者を出しながら
理性的な誰もがコロナを過剰に恐れない事を…
まだ、時にはむかしより多くの患者を出しながら
誰も気づかない
三月四月が理性だったなら、今の六月七月は全部狂気だ
六月七月が理性だったなら、嘗ての三月四月は全部狂気だった
誰もその滑稽さに気付かない
知ってる?
ほんとうに世界は、僕たちを含めたみんなは、実は理性の欠片も無い狂った人だったんだよ
ほんとうに世界は、僕たちを含めたみんなは、実は知性の欠片も無い狂気の人だったんだよ
疾患として狂気では無くて
症状として狂気では無くて
まさにただ狂ったひたすらな狂気の人たちだったんだよ
俺は言う、あなたに
あなたにささやく
聞かないで
俺の言うことを聞かないで
俺の言葉はすべて狂った言葉だから
俺は言う、あなたに
あなたにそっと耳打ちする
聞きとらないで
誰の言うことも聞きとらないで
いつかのあなた自身の独白さえも
その言葉はすべて狂った言葉だから
わたしは思わずに笑う。
知っていた。
それが寧ろゴック・アインを嘲弄したに似た響きを持った不意の事実の存在には。
ささやく。
ゴック・アインに添うように。
その聲に似せたように囁き、
——爲すべきふたつのものがあってそれが共存不能な時
人はだれもがどっちつかずに墮すか、交互に、まるでバランスを取ったように擬態して
出鱈目なこじつけを当然の内にさらす。ただ、
そんな出鱈目に明け暮れただけなんだよ、だから
ぜんぶ何もかも茶番なんだよ。だから、その、それら悲劇的な死さえも
出鱈目な喜劇の更に幕間の道化劇にすぎなかったんだよ、だから
いまだにおよんで僕らは見なかった。一瞬の悲劇さえ。その
もっともな深刻な一瞬にさえ、僕らはいちども
幕間の道化劇をしか見なかった。
ゴック・アインは慰めるようにささやく。
軽蔑をいつものように、彼に想われさえしなかった軽蔑をあざやかにさらして
彼は私に、——わたしの爲に?
自分の爲に?
あるいはほかの誰かの爲に?
誰の爲にでもなくて
私にだけそっとささやいたかのように彼はささやき、
——そうやっていつも、そうやって
僕らは隠した。僕らの狂気を。そうやって
僕らは思い思いに見えていた、明らかな狂気のあからさまな赤裸々を、そうやって
かくした。そうやって
彼は聞いた。そして私が
或は彼の爲だけにささやいた聲を、だからささやき
——僕は知っていた。すでに
ぼくらの嘆かわしい程の驚くべき平板さを
信じられないほどの簡単さ
莫迦馬鹿しいほどの明解さ
ぼくらのわらうしかない渾沌のわらうしかない容易さを
ぼくらに一度も謎はなかった
ぼくらはすでに失っていた。いかなる不確かさも
不確かな故の神秘性も
僕らは聞き取れる言葉をしか語らない
驚くべきものなどなにもない
すべては知り尽くされた
すべては生きられ盡し
ぼくらはもう何も生み出さないだろう
ぼくらはすでに滅びていた
だからいつか、遂に投げ捨てるように滅ぼすだろう
せめてぼくらを貴ぶ爲に
ふれる。頬に、
その、私の頬にふれたゴック・アインの息遣いが私をいつか恍惚とさせる。
いつものように。
くすぐるように。
その悪臭のうちに。
云った。
だから、——と。
かならずしもそんな理由さえも無くて。
ただ唇だけが靜かに、誰にも気づかれないように音を吐いた、
そんな風に
——こんなアイデアがある
——どんな?
ゴック・アインはいつでも、誰をも、そしてそんな自分をさえも
自分をさえも巻き添えにして
むしろ軽蔑しきったような色を散らす
彼がものを話すときには
たとえ、彼がその人を心から敬愛するときにも
どんな?…と
その一言の、彼の唇のわずか先に踊った
空気のささいな揺らぎにも
——こんなアイデアがある
——話したいの?
ゴック・アインはいつでも、誰をも、そしてそんな自分をさえも
自分をさえも巻き添えにして
顯らかに嘲弄しきったような匂いを撒く
彼が誰かに話すときには
自分に話しかけた心の内にも?
たとえ、彼がその人への焦がれた戀に
あざやかに窶れた自分を見たときにも
話したいの?…と
その一言の、彼の唇のわずか先に踊った
空気のささいな揺らぎにも
——こんなアイデア、俺、…
——話せばいい
——家、でるかも
——あなたは、あなたが
——家、あの家
——まさにあなたが話したい儘に
——その家捨てて、それから
——まるで独裁者のように
——たとえばあなたの家に
——誰にとっても理不尽な
——ひとりで転がり込んで
——彼にとってだけ飽く迄論理的で
——そしてふたりで
——そして倫理的な
——あなたと暮らすかも
——隨うだれも居なかった孤独な
——どう?
——ひとりだけの独裁者のように
——むしろ、誰も見たことのない風景を見ようよ
——あなたの望む儘に
——俺たちだけで、そのくせ
——好き放題に
——或いは誰かが
——誰かが?
——そう、誰かが
——好き勝手に
——そして誰もがすでに
——話すがいい。あなたの
——すでに見た風景の中で
——望み、話したがった儘に
——その恐ろしい程の
——賢者のように
——怖くなるほどの
——まるで賢者のように
——誰も見たないことのない風景の
——自分こそは見た、と
——赤裸々な色彩に
——まさにことごくの眼差しの
——目舞いさえする俺たちふたりを擬態して
——実はすでに誰もが見ていた
——行き場所のない
——そんな風景のことごくを
——道の果てだと擬態しよう
——まさに自分だけは見たと
——まさに、ここ
——思いあがった賢者のように
——ここがまさに
——問いかけて
——すでにすべての
——どこにも返る言葉を得ない
——道がすでに果てた
——岩窟の暗がりに
——果ての涯てだと
——ひとりで発狂した
——そんな風に擬態した
——孤独な賢者のように
——風景の真実に目を
——むしろ、その
——目を見開いて
——賢者がみずから抉り取った
——世界中は俺たちを棄てた
——眼球の空洞のように
——なぜなら俺たちが、まさに
——賢者がみずから切り落とした
——俺たちが捨てて仕舞ったから
——性器の萎えるはずの場所の今の不在のように
——さようなら
——あるいは賢者が身を投げた岩窟の崖に
——さようなら世界、と
——その
——俺たちだけで
——取り残された崖の磐に
——俺たちふたりで擬態しよう
——すでにない、あるべきだったものゝ不在のように
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