修羅ら沙羅さら。——小説。34
以下、一部に暴力的な描写を含みます。
ご了承の上、お読みすすめください。
修羅ら沙羅さら
一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部
蘭陵王第二
かくに聞きゝかクて壬生焦り焦燥スるといふでもなくて飽和シ飽和すルというでもなくテ焦燥シ飽和シする儘にタオを捨てゝすて置きタオをその雲の切れて拡がりタる間隟に墜チて落チ拡がりたる光のうちに放置シかくてすレ違へル居間にコイを捨てゝすて置きコイを喰ひあラしたるテーブルの上の果汁ノ飛沫ノちりたる水滴ノ匂い立つなかに放置シすゐてきはそノ咀嚼シすスりあげたる音のうちにもすゐてきは放置シ外に出てバイクにすゐてきは乘りタりき壬生すゐてきは
やがて
わづからにふるゑながらに
みヅからの焦燥ノ飽和したる飽和ノ焦燥ヲ心の片方にたダ鮮明にも感ジ觀じてすゐてきはあざ笑ふ聲ヲ聞きゝかクて迦久也又すゐてきは壬生雨あがりテすでに時經りたる周囲ノすゐてきは乾きかけタる又壬生すゐてきは雨まさにいツか降らんとシていまだすゐてきは時雨ふらさズすゐてきは堪えたりけるすゐてきは湿りけの潤いにすゐてきは
やがて
ひそかにふるえながらに
肌に阿沙夜迦那留濡れた気配に曝されてバイクの上に後ろに棄テられて捨てられ去り去りて行き行きテうち棄てられる音又音ゝまた風かくにすゐてきは風とのみ觀じながらにすゐてきは風もナきにすゐてきはたダ自らがハしりタるが故にのミすゐてきは停滞の大気を風なしむすゐてきは速度に煽ラれすゐてきは走りきすゐてきは
やがて
途中クアン・ナムとダナンを分けタるあたりに壬生みヅからのゴック・アインが許ヲこソ詣でんとシたるに氣付きすゐてきは是に納得シすゐてきは之を良シとシすゐてきは壬生は見きすゐてきは
やがて
わたしの(——あなたの)
ほゝをさへも
町外れに旧態依然タる田舎町ひろゲたりテ封鎖されタればすデに人影もなきを壬生は見キ町隔離さレたるといひながらに大通りのクアン・ナムとダナンが境界なルに殊更に検問等あルことなかりけルを壬生は見キ見て見上グるまでもなクて眼差シの先に自然見えたる空白濁に白の色彩さまざまなるをさらシかくてところドころに曝ス切れ目に光りノ筋堕チて落つを壬生はかクて軈而クアン・ナムが酪農地帯に入りて時に放シ飼はれたる牛ノ一頭又は牛らノむれ横目に乃至彼等の視野に謂う片側のまさに正面に正面立チて壬生を見たりけルを見て壬生ハ又農村地帯に土ノ道に周囲なル田園の遠く拡がりたルに物音せざりけるヲ見て森林地帯に入りテいマさらに林なス樹と木又樹ゝと木ゝそノ葉と葉と枝又葉と葉ゝと枝ゝと枝ソの色又色ノそ乃曾禮曾禮乃繁茂又かタち又かたチそ乃曾禮曾禮乃繁茂又色のかたちのかさなりかさなりあひたる又かさなりかさなりあはざりき切れ目に光りは洩れてひかりは降り飛迦利波漏れて飛迦利落チたり光乃光りそのそれぞれの色これら壬生は見テ見るともなクに見テ覩ミ過ぎゝテ壬生かくて林なす樹木の翳り乃したに翳り又そノ周圍にダけ空ノ白濁を切り開きたるゴック・アインが家ノ庭に行きて辿り着きてクラクションならスともなくに勝手に家屋開け放たれたる開き戸の開きたる儘に入りき家屋の翳りに入りて壬生の目一瞬のミ暗ミ眩ム須臾のあとに壬生そこなる居間ノ広大にゴック・アインそのひとノある気配ダにもなきヲ見て覩をはりもせズに焦燥スるかにも彼れ顧ミたる左手が壁に殊更に翳りたるに開け放たれたる儘なる寝室がドアを久偶利岐明ルさに壬生が目まさにイまサラにも暗ミ眩ミをハりもせヌに二面窓なる昬らき光ノ洪水なす刹那がうち中央に捨て置かレたる寢台が上に臥シて捨て置かレてうたゝ寢シをれるゴック・アインが宇都布世乃背中の日乃曇り乃やハらかきに照りたル白らム色を見テひとり歓喜せりかクて頌シて
あなたに話そう。
偸み見るように
まさにあなたの爲に話そう。
だから、わたしは
逢わなければならないのは、あの穢い裏切り者のゴック・アインに違いないと思った。
わたしはひとりで眠る彼を
わたしはひとりで、それを(想い付きを?)まさに確信として確信し
彼を見ていた。その
あの略奪者のゴック・アイン。
眠った意識の中で
かならずしもレ・ダン・リーを求めて
多分意識の尽きた肉体の中で
真摯に求めて焦がれた譯でも無くに
あるいは自分がいまだにまさに一人で
彼女を連れ込んでここに股を広げさせた。あの
ひとりで自分で眠っているのだと
一年前に、その少女が未だ
思い込んでいる筈のゴック・アインの
あの弑逆者のゴック・アイン。
その肉体を
多くの女たちに焦がれながらその思いのもろもろを
上半身を抱け曝した
ぶじょくするともなくにやさしい微笑の内にだけ捨て置き
ショートパンツだけの彼は
無間の絶望と悲嘆と思いたてもしない執着のうちに
あくまでも誘惑的なままに
いつでも、無数の女の女たちの、指さえふれられなかった女たちの
女性的にも見える、そのくせ
あの軽蔑のゴック・アイン。
あきらかに男の物でしかない男の
見る物のすべてを実は軽蔑しているに違いないと
肉体の骨格と
關わる人の目の目と目の目ゝと目ゝと目の目ゝの目ゝのそれぞれの目に
しなやかな筋肉の息遣いをさらした
彼をおこさないように近づいた。
わたしの目にだけ
おそらく、わたしは彼を襲おうとして。
彼に見蕩れた眼差しの中にだけ
彼をめ覺めさせめ醒めさせないように。
レ・ダン・リーはその時に
まちがいなく掠め取るように
夢を見ているようにも思ったに違いない
かれを掠め取り、彼の気付きもしないうちに
レ・ダン・リーはその時に
彼を、そして彼の横に足を忍ばせて、軈而嗅ぐのだった
残忍なかれに壞す爲だけに壞されながら
匂い。
彼の腕の中で
臭気。
レ・ダン・リーはその時に
あるいは彼を警戒するように傍らに息を忍ばせて、軈而嗅ぐのだった
彼にあくまでやさしく衣類を、その
悪臭。
おさない柄物の衣類を(…美しいドレスを)はぎ取って(…夢のドレスを着せるように)
獸の。
あくまでも幼い、いまだに幼い
雨の、——豪雨に濡れた獸の柔毛のような匂いを、その
彼女の
うつくしくなめらかな白い、(又は単に白くしかない、或いは
レ・ダン・リーはその時に
色彩の欠損にすぎなくも思えた白人のそれとはあきらかに差異する色のある、)その色彩。
正に夢を見ていると思ったに違いなかった
肌の色の美しさの上にさえ
レ・ダン・リーがタムにどんな風に打ち明けたのか
色の周囲にさえ
あるいは驕って?
色の傍ら
あるいは心の歓喜に昂る儘に?
色の下
ダン・ティ・タムに告白したのかは知らない
色ふすてられた翳りのすみにさえも匂うそれ。
レ・ヴァン・クアンは何も敎えてくれなかった
悪臭。
憤った娘の父親は
獸の。
レ・ハンと、そしてわたしにも裏切られた
雨の、——豪雨に濡れた獸の柔毛のような匂いを、その匂いをわたしは嗅いで鼻はその奥にひとりで歓喜した。
死んだ男は
彼の背中にわたしの、身をかがませた唇がふれたときに、(すでに)知った。
初めて逢った時、ゴック・アインはこの家の居間で
私は(すでに彼は)彼がいままさに(すでに)
アポイントもなく乗り込んだクアンの
目を覚ましたに違いない、その(かれはもう)
拳の殴打を赦した。むしろ
肌の産毛をふるわせた(め覺めていたのだった。ひとりで)息吹きを。
やさしい慈愛のまなざしにクアンを
覚醒の、(寝たふりなどした)しずかな(そんな気もなくて)あきらかな気配を。(彼は)
その昂りすぎた怒りをむしろ
唇を奪うよりも早く、壬生は寧ろ彼の爲にだけ殊更に擬態した自分の昂った焦燥の昂りに、いつか飲み込まれてその顏の色をさえ奪われながら壬生は猛り狂ってゴック・アインを仰向かせた。雨の今まさにふり始めようとする寸前の、飽く迄雨上がりの空は投げて光を、光は歎くしかないほどにやさしく、嘘のようにやさしく、愚弄しいたぶるようにもやさしく、愚弄しいたぶって気にもかけない儘にやさしく、知りもしない、いまだ出会いもしなかった他人のようにやさしく、光はそしてやさしくゴック・アインの肌に触れた。壬生の目の前で。美しく臭いゴック・アインに肌に、彼の爲だけに貪欲を擬態し、その擬態に顏をさえ奪われて壬生は唇に彼の鳩尾を吸った。唇に彼の汗ばんだ肌の味を觀じた。そして抗うまでもなくそれを愛した。汗にさえ彼の悪臭は匂った。その姿を思いだせばすぐに鼻は想いだす。雨に濡れた野生の獸の穢れた柔毛の匂い。ゴック・アインは彼のゝめり込んだ一方的な愛撫を赦した。唇の先に舌に、壬生が彼のかたちを確認するともなく慥かめるのを、ゴック・アインは赦した。家畜のように、と。ゴック・アインはひとりで思った。だれでも、家畜のように愛する。自由な獸、野放しの獸も、家畜のように、そして家畜のように愛される、自由な鳥、野放しの鳥も、猪も孔雀も、雀も犀も、鰐も鹿も、鳩も猨も、家畜のように、そして家畜のように鮭も鷹も、白鷺も牛も、豚も雲雀も、家畜のように、そして家畜のようにみさゝぎもうづらも鳰も鶴もぬえも蝙蝠も人も、人と人も、人こそ生きて家畜のように、まさに家畜のように屈服し、屈服したことに気付きもしないで、屈服することなく屈服を敢えて擬態して、家畜のように、まるで家畜のように、と。壬生は目を閉じることさえもなくて至近にゴック・アインの肌、肌のその色、色のその産毛、うぶ毛のその触感、触感のその色、それら感じるものの総てを愛した。目に。目と唇に。唇と視覚に。視覚と鼻に。鼻と味覚に。味覚と舌に。やわらかい、そして齒にさえも。かくて偈を以て頌して曰く
——死んだんだ
激怒していた
誰が?(ゴック・アインはそう言って笑った)
彼は、その日のレ・ヴァン・クアンは
悪びれるふうでもなく、無邪気なままにその、無邪気なゴック・アインは
初めて彼が見せた忿怒に
——誰が?
私は心の中でだけ失笑した
私は笑う。聲を
まるで彼の真摯な激怒は
むしろ愛すべき彼の爲にだけ聲を立てて
彼の骨の骨髄の細胞まで浸し切った怒りと憎悪は
——レ・ダン・リーの…
あきらかに作り物じみてむしろ
誰?それ。(ゴック・アインはそう言って笑った)
ただただ陳腐に想えた
素直に恠しんで、無邪気なまでに素直に、素直なゴック・アインは
眼差しは彼を、そして
——誰?それ(知り会い?)
彼の娘を案じた
——その人、…(知りあい?…俺たちの、
その日彼が連れて居なかった娘を
——知り会い?)…誰だっけ?
レ・ハンは自分のかたちどるべき顏のかたちを知らなかった
私の指が彼の唇を這う
ただ私の傍らで目を翳らせた
その理不尽な美しさをせめて咎めようとした様に
まるで他人事のように
そのうつくしさとやわらかさと、そしてかすかな
あるいは、たしかに他人でしかない他人の身の不始末に
それでいてあきらかな暴力紛いの強靭さを感じ慈しみながら
犯罪じみた、…事実犯罪の
——レ・ダン・リーの父親…
その男、ゴック・アインの与えた醜聞に
——誰?それ
激怒したレ・ヴァン・クアンは罵った
——レ・ヴァン・クアンが今日、死んだ
ゴック・アインを寝室の
——だから、その人…
彼の知らない美しい男から引きはがして
——けさ、たった今…ちがうな
そのなよついた男は嘲笑した美しい男を指さした
——俺は、その人たちを
レ・ヴァン・クアンになぐられた頬を捨て置いて
——三時間?四時間前?…に
罵り辞めないクアンの聲から逃げ廻りながら
——知らないよね?
ゴック・アインはベッドの上で胡坐をかいて
——あなたが壞した女
ほこるともなくその全裸さらした
誰が?(ゴック・アインはそして)
わたしの爲に(わたしだけの爲に)
私は(ひとりで不審がる)笑う。聲を(まさに素直に)
なよついた男に(かれの爲だけに)
むしろ(なんの嘘も)愛すべき彼の爲にだけ(欠片さえも嘘など)聲を立てて
レ・ヴァン・クアンの爲に(彼だけの…)
——一年前に、…覚えてない?
匂うような肌に、まさに匂う悪臭に
——いつ?
彼が振り返ったクアンを居間に導くのをわたしは見た
——俺と、その時はじめて会った、
わたしたちは
——俺は、初めてあなたに逢った
わたちとクアンと、彼が抱いていた男は
——どしゃぶりの雨の
微笑んだ彼の赤裸々なうつくしさを見た
——雨が上がった一瞬に、来たんだよ
クアンも
——嘘?どしゃぶりで
改めて憎み
——來るとき、來る時は
彼を憎しみながら
——外、もう、うるさいくらい…
話す気はなかった
——あの時、外は降って無かった。だから
すくなくともゴック・アインには
——雨の音で、聞こえないんだ、みんな
まかせた、クアンが
——濡れなかった。俺も
彼を一度殴るのに
——彼だけ、興奮したてたね。だから
その側頭部を
——レ・ヴァン・クアンも、あの時
微笑に、哀れむような色を匂わせ
——聞こえないんだ。だれも
まかせた、クアンが
——クアンのバイクの後ろで
その左の二の腕を殴るのに
——あなたの聲も、その時に
微笑に、哀れむような色を濃くして
——歸りは土砂降りだった。だから
まかせた、クアンが
——耳を済ませたけど、…
右足に彼の鹿のような腿を蹴り上げる儘に
——クアンは濡れた。俺の後ろで
微笑に、哀れむような色に染め上げ
——もう、ぜんぜん。ぜんぜん何も…
ゴック・アインが罵り続けたクアンに
——必死に俺にしがみついて。あなたが、クアンの
そして降伏するかのように兩手を挙げて見せた時
——あなたは俺を愛したね?
振り下ろされた兩腕はクアンを飲み込んだ
——指をへし折ったから
殴る、むしろ
目を閉じた
やわらかいところを
彼の方に
腹を、背中、或いは側頭部
ゴック・アインの顏の方に顏を向けた儘に
蹴った
すがるように彼の腹部に乗りかかりながら
自分が傷つかないように賢しく
目を閉じた
彼が最も傷つきやすいところ
指に感じた
鼻、口と顔面
その手触りを
羽交い絞めしにた首を臂に擊つ
唇の
壊れきらないように
鼻の
決して
意外なそのおうとつの不意の急激を
彼の肉体が深刻な
顎を
本当の損傷を追わない程度に
傲慢なまでのその固さを
ずる賢い
不遜な形態を
聡明な獸じみて
かすかな髯のはえかけの、ほんのわずかな
あくまでも臆病に
同性の息吹きを
自分の肉体には
ささやく
骨格には
死んだの?
決して傷など負わないように
彼の唇が、そして
眼差しに白熱の色があった
死んだの?
酔いしれたような
あの人…(死んだよ)…そう
事実彼は我を忘れていたに違いなかった
いつ?…今朝…云ったじゃない(聞いたよ)
賢しまなままに
聞いたけど…(朝?)今朝、…今日の
失神したクアンを更に傷めようとした彼に
朝。…俺を、——殴ったね、彼は(あなたを、…)彼は
私は云った、思わずに
死んだよ…そう…
死ぬぞ
なんで?(——コロナ?)まさか(はやりの、)
日本語で、彼が(振り上げられたかれの足が)
コロナ?癌で…そう…
仰向けのクアンの顔面を踵に狙っていたから
あなたが、小指を折った…失神した彼の…
お前、殺すぞ…
死んだの?…あの子は?
その時ゴック・アインは我に返った
あの子?(…だれだっけ)穢い子…
云った、…彼は
あの子、…俺の事、好きだったよ、——知ってる
あれ?
だって、誰だって、…あの子…
日本人?
可哀想だね…死んだの?…いつ?
彼の、馴れた綺麗な日本語で
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