修羅ら沙羅さら。——小説。33


以下、一部に暴力的な描写を含みます。

ご了承の上、お読みすすめください。


修羅ら沙羅さら

一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部

蘭陵王第二



かくに聞きゝかくて人と人ゝに歎キの時ありテ人と人ゝに歡談ノ時ありて人と人ゝに喧噪ノ時ありき歎きマさに奪われたる命を歎き歓談シまさに人と人ゝ逝くひと在ル人さまマざまノ雜ゝノ爲に歡談シ喧噪まさにかノ人ノ弔ひの儀式等準備シ手配せんが爲に騒ぎ立チけるなりき壬生見テ覩るに最早玆にみヅからのあるべき必然なクかたり又壬生見テ覩るに最早かたりあい玆にみヅからハかたり不用なりき故にかたりあい壬生片隅にヒとり時ヲ過ごしかたり頃合ゐと觀ジたルが儘にかたちあいヒエンと語り相ひたるユエンにかたり

ざわめくかべを

とかげははいのぼり

だれも

近寄りていまダ離れたるにユエン壬生が気配にひとり気ヅきて壬生ヲ見ければ壬生壁の方卽ちユエンが家ノ方指にさシて微かに笑ミきユエン察さズかクてかたり壬生が勝手にユエン悟りテ覺りたルとかたりあい觀ジたりて外に出デんとするをかたり見てユエンいまさラにも彼のかたりあい歸らんとスるをかたり察せりユエン是を赦スともかたりあい抗うともなクにかたり

ざわめくかべを

とかげははいのぼり

かすかにななめにおとしたかげを

だれも

すて置きゝかクてユエン最早壬生ヲ見ざル眼差しがうチに遠く壬生のバイク音する音聞キゝかクてヒエンの話シだれも聞きてありけるにユエンだれもヒエンが嘆きと笑ひだれも自在に交互サせタる顏の向こうにだれもタムのいまダだれも泣き叫びたる儘に足を引きずりてそれだれもひとりも寧ろ足に負傷シたるにも見えたりてだれもひとりさも又ヒエンが嘆キと笑ひ自在にだれも交互させタる顏のだれひとりさえも

みようとはしなかった

まなざしの

くうげきのなかに

向こうにタムのいまダ泣き叫びタる儘にうツむきそレ寧ろ首なゐし肩が骨格損ジたるかにも見えたりてヒエンが嘆キと笑ひ自在に交互さセたル顏の向こうにいまダ泣き叫びたる儘なるタムの後に隨ひてこノ女を警戒するかにも見明らかに警戒シて覩て隨ふ数歩離れのレ・ハンを見きレ・ハンの双渺明らかにもタムを非難シ糾弾シ蔑みテありてユエン目にそノ少女を見てたダその少女が爲にのミ少女をひとりで憐レみてひとりで限りなかりけり時にひとりで壬生部屋にありき是レひとりでひトりなリき家にひとりであリき是れひとりならず爪弾きのひとりでコイ殘りテ家にスイカひとりですすりしゃぶりきひとりで又タオ殘りてひとりで

ななめになげた

かげをふんだ

庭に何事か叫び喚キて叫キ詈ル壬生こゑすでにいタたまれずこゑ何ノ故にともなくにこゑ心たダこゑは心に追われきこゑは又壬生こゑは

まさに

さけばれたこゑは

くちびるをはなれてむこうに

むこうになった

心たダ心みヅからに傷めラれたる痛ミのミ無數に知りき又壬生心たダ心さへ気ヅかぬ無数に咬ミ後に傷つき苦しミて苦しみに無數に傷つキたルにも感じてひとり焦燥す所以みヅからもシらざりキかくて頌して

   あなたに話そう。

    ——どうしたの?

   まさにあなたの爲に話そう。

    ——どうもしない

   なぜだろう?

    ——どうしたの?(…誰?)

   心がすでに疲れ果てた気がした。

    ——先生じゃない。(…知って)

   なぜだろう?

    ——壬生先生、(…知ってるよ。壬生)

   何が起こった譯でも、あるいは、自分がかかわりうべき何事の起きたという

    ——どうしたの?(めずらしいね…)

   又はかかわりあった何事の起きたという

    ——(壬生)どうしたの?(壬生先生じゃない?)

   そんな事実さえ無い儘に。

    ——今日、行けなくなって(…どうしたの?)

   わたしはひとりで人々の聲と、人の聲と聲と

    ——今日、(…話したいの?)來るの?

   聲ゝ、人々の聲ゝのこちらで。

    ——昨日(わたしと…)言ったでしょ?

   四面その音響にかこまれて。

    ——誰が?(先生、わたしと)

   わたしはひとりで息遣っていた。

    ——ゴックさんが(わたしと話したいの?)

   なにもかもが、——神経さえもが消耗して行く氣がした。

    ——わたしが?(誰?)

   なぜ?

    ——いつ?(誰が?)

   何もかもが、——感覚器そのものさえもが消耗して行く気がした。

    ——昨日。(…知ってるよ)

   なにかも手遅れのように、事実手遅れになっていた気がした。

    ——昨日は、(わたし、…)逢ったよ(わたしたち…)

   タンとその親族が談笑する傍らを離れて

    ——ね?ここで、(知ってるよ、わたしたち)

   タンが殊更に自分の葬礼儀式をひけらかして傲るたったひとり歓声を離れ

    ——約束したじゃない。(どうしたの?…)昨日

   なぜ電話など掛けたのだろう?

    ——わたしが?(ゆっくり…)

   ゴックに。

    ——そう、(もっとゆっくり、)明日、…

   わたしの家族のことなど知りもしないゴックに。

    ——月曜日だよ。(ゆっくり話してよ)

   もしくは、知りたくもない筈のゴックに。

    ——そうだっけ?(音が…)

   つまりのユエンの家族の事などは。

    ——壬生先生が(聞こえないって)言ったんだよ

   もしくは、誰よりも知りたがっていた筈の貪欲のゴックに。

    ——そう?(音が、)

   他ならぬユエンの身の上に関する事は。

    ——だって、今日は(元気?)奧さんいるよ(もっと)

   聲の、媚びた聲の、赤裸々な媚びの、媚びた聲に

    ——そうな(げんきだった?)

   わたしは遠く耳を澄ます様に

    ——休みだから、奥さん(ゆっくり)いるよ

   耳元に聞いた。

    ——奧さん、(ゆっくり)悲しがるよ(ゆっくりはなして)

   聞き取れないわけもない至近の音響を

    ——今日のゴックさんみたいに?

   聞き取れないかもしれない聲にこそ擬態させて。

    ——わたしはいつでも幸せだよ(…そうだよ)

   私は聞いていた。

    ——俺の聲、(わたしね、いつでも)聞けたしね

   まわりの誰も、聞いたとしても解せない聲。

    ——なに?(わたし、元気だよ)

   異国の言語、ゴックの聲を。

    ——俺と、(俺のせい?)話せたしね

   ゴックは明らかに歓喜していた。

    ——私と(壬生先生のおかげだね)話したいの?

   当たり前のように、その日も會社は休みだった。

    ——そうだね(ゆっくり)

   もう一か月封鎖は継続すると政府は発表した。

    ——なんで?(どうしたの?)

   だから、もう一か月休みだった。

    ——なんでって、さ(話して)

   おそらく来月も休みの筈だった。

    ——私と話したら、(話してよ)先生も(ゆっくり話してよ。ゆっくり、)幸せだからね

   ゴックは近づけすぎた唇に、はかれた息をノイズに載せた。

    ——そうだね(元気なのかな?)

   耳元にたつ音響にわたしは、その息を頭の中にこすりつけらたように感じた。

    ——わたしも(…今日は)幸せだね。でね、(雨だったよね)

   眼差しに人々の顏を見た。

    ——みんなも(いつ?)幸せで、

   その体躯も

    ——だからね、(いま?)

   同じく翳りの腐った肉と骨の

    ——みんな(嘘)幸せがいいね(嘘だよ)

   骨と血の

    ——いま(雨降ってないよ)何してるの?

   血と肉の

    ——ね。(元気だった)

   それらの變形を見ていた。

    ——なに?(なんで?)

   私はあきらかに時間を持て余した。

    ——ね。…ね、(なに?)——ねぇ。

   顧みたその一瞬を、ユエンは見逃さなかった。

    ——ね。(まさか)

   電話に話しながらの私の帰宅をユエンは赦した。

    ——いいよ。(朝だよ)なに?(今日の)

   どうせ弟が居た。

    ——先生、(雨降ってたね)なにしてるの?

   もし歸るならば。

    ——俺?

   どうせレ・ハンが、又はだれかしらがいた。

    ——今日わたしに、(先生は?)逢いたいよね?

   もし歸りたいと思ったならば。

    ——会えないよね?(先生は元気なの?)

   おそらく彼女は今日はここでずっとすごす筈だった。

    ——どうして?(わたしがいるからね)

   なぜなら、レ・ヴァン・クアンがやっと死んだから。

    ——今、(わたしがいれば)何してるの?

   新型コロナに世界中がかかりきりのその八月も初めに、なんのかかわりもない病気で男は、ひとりでやっと死んだから。

    ——今?

見た。壬生は、歸った庭に、庭に出て歸った時に壬生はそのままに庭に出てそしてその時に壬生は庭にタオの大股が広がり、拡がりきってゆるく胡坐をかいたのを見た。庭の眞ん中で彼女はひとり鼻をすゝりながらいまだ濕める土に手を附き、のけぞるように胸をはり、腹の肥満を突き出して、そして午後一時の中天の雲の切れ目のわずかゝらの直射の日差しを浴びた儘に二の腕を、その皮膚を、又は剥き出しの太ももから下を、その皮膚を白く、タオはてりきらめかせていた。肌の白濁はもはや彼女から生きてある色をさえ奪った。壬生にはそう見えた。タオは生きてさえいなかった。タオは白いパーティドレスを着ていた。だから肌の殆どは剝き出された。慥かに匂うほどに女らしい女の、女のからだの女のからだらしい女のからだだった。あるいは、壬生さえいまだ抱いたことのないような女じみた女だったに違いなかった。年の比はすでに三十を大きく超えて、もはや四十にさえ近い筈で、ふきこぼれるように(——ひかりは)

たぎりたつように(——ひかりは)

と、まばたきさえせず

ほとばしり(——そそいだひかりはすでに)

と、まばたきさえわすれて

たばしって(つちのなかで)

と、タオは

ふきだし、ふきとび、ふきみだれたかのように(——ふかいねむりに)

と、ひとりで

わたしをてらした、…と、(——ふかすぎたねむりにかなしみをさえ)

と、

わたしをだけを…と、(——かなしみさえわすれ)

…朽ちる。と。壬生はひとりでそう思った。だれにもふれられずに。それどころか軽蔑され。忌避されて。もっとも美しい造形のひとつ、あるいは造化の奇跡的なかたちでさえあったものが、だれにも捨て置かれただ生き延びさせられだけして…と。壬生は思った。日差しの中でその肌も衰えはすでに容赦の無い光が隠した。タオはまさに輝かしかった。膨らみかけて見え、ふくらみをそのまゝさらす無防備な腹にだけ、そこにだけ、老いさらばえかけた肉体の老いが老いとしてひたすらにへばりついたかのように、そしてかくて偈を以て頌して曰く

   雨の中で

    あなたは知らなければならない

   やがてふる雨の中でも

    せめてわたしの爲だけに

   花はその色彩をわすれるだろう

    わたしだけの爲だけにでも

   そしてもうすでに

    あなたは私の残酷のすべてを

   だれかにわすれられてしまったように

    わたしはまさに侮辱だった

   あしたにも

    あなたの骨髄の匂いさえもが侮辱された

   それをだれかがわすれたことさえ

    わたしはまさに殴打の拳として

   わすれさってしまったように

    あたなの指を降り背中を折った

   かわきはじめた土が匂う

    噛み千切った

   朝、もう雨はふったのだから

    あなたの軟骨のすべてと

   雨の中で

    心のあわい

   やがてふる雨の中でも

    せめてあしたに期待した心のあわい

   花はその色彩をわすれるだろう

    毀した。まさに

   そしてもうすでに

    私はまさに容赦もなくに泥水の








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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