修羅ら沙羅さら。——小説。31


以下、一部に暴力的な描写を含みます。

ご了承の上、お読みすすめください。


修羅ら沙羅さら

一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部

蘭陵王第二



かくに聞きゝ壬生レ・ヴァン・カンが家を詣でき是れユエン及びヒエンと俱なりユエン壬生がバイクの後ろに乘り乘りて殊更にシがみつきゝヒエンみヅからの乘りたる自転車を以て後に隨ひて隨ひすゝミてかノ女ひとり遲レき町人通りなクて靜かなりて閑静なりて人の息て生きる気配だになくて飲食店舗等物販店舗等悉くシャッター下ろシたる之レ常なりて壬生すでに見馴れき壬生レ・ヴァン・カンが家の前に着之時家の前にすでに近親の人集まりて悉くに掃除等する是レこのあたりの死せんとする者まさに死なんとし死者にならんとす之時の風習なりて壬生何度か見テ覩たることあれども改メてそノ風習奇異に觀ジて眼にあたらしき人と人ら怒号さえ口と口ゝにたてゝ家の前ノ前なる前又家の内の内たる内六七人が近親者罵り相ヒ罵倒し合ふに似て盛んにシてあらラぎて片づけ追はレたりてたダ雜然タりき壬生與ユエン俱なりてレ・ヴァン・カン及びクアンが部屋の翳りを潜りて入之時爰に迄も人と人ゝ掃除に追われたりき人集ひ集まりて十人あまたばかりならんかクてレ・ヴァン・クアンが部屋の翳りを潜り潜りて入之時死にかけたるレ・ヴァン・クアンが傍らにそノ老父レ・ティ・カンみヅからノ寝台に腰かけテ老ひさらばえたる巨体の皴翳りのうちに彌濃くし皴よらせ枯れ干上がれるかにも見ゆかくてレ・ティ・カンまさに死なんとす息子見テ覩つめ茫然たりて見て覩ツめ壬生とユエン見返して何をも云さズかくて死なんとす息子見て覩つめ默しテ見て覩ツめき又レ・ヴァン・クアンが部屋ノ翳りを潜り潜りテ翳りに死にかケたるレ・ヴァン・クアンが傍らにそノ後妻いまこそダン・ティ・タムすがるようにもクアンが頭ノ近くにいまこそ添ひ床に座りて歎きいまこそ泣き口に叫き喉にいまこそ叫き鼻に叫きヲれバいまこそたダ殊更にいまこそ沈痛なりキすデにいまこそ

ときは

いまこそときは

あなたのうえに

おおいかぶさるようにして

レ・ヴァン・クアン死にタりけルやうにも錯覺させきクアンいまだ生キて目ひらキて時にクアンみづからまばたきゝ又クアンが部屋ノ翳りを潜り潜りて死にかけたるレ・ヴァン・クアンが傍らにダン・ティ・タムが胎なル子レ・ダン・リー遠く父ノ寝そべりタる右りが足元に立チて何ヲも云わずテ父ノあおむけたる姿見て見をりて壬生ラに気付きて顏あげてレ・ダン・リー壬生を見いまこそ且つはユエンをレ・ダン・リーは見且つはいまこそレ・ダン・リー壬生をふたタびに見ていまこそ壬生にのみほゝ笑ミき壬生いまこそそノほゝ笑むに少女ノいまこそ壬生とノ共謀したるあることあるを暗示させタるにも觀じていまこそいぶかシきいまこそ何の共謀ノ有るかはいまこそ知らざりきいまこそ

ときは

いまこそときは

あなたのうえに

おおいかぶさるようにして

又レ・ヴァン・クアンが部屋ノ翳りを潜り潜りテ死にかけたるクアンが傍らにそノ先妻が娘レ・ハンありてレ・ハン壬生に気付き又ユエンに気付きかくてレ・ハンまなざしに壬生に気付きて壬生ヲは見ず又いまこそユエンに気付きていまこそユエンを見ざりきかくていまこそレ・ハン瘦せテいまこそ衰ゑすデにシていまこそ如何にシてもいまこそ

ときは

いまこそときは

あなたのうえに

ふいうちをかけたようにして

死にテ死ヌる以外にはすべもなク見へタる父の左りが足元に立ちて壬生そノ背後なる傍らにいまこそ添ひタればレ・ハンが躰のミいまこそ不埒な迄にも色づきていまこそ肌馨りいまこそ薰らせて肌いまこそ匂ひ縛りたる髮の香だにいまこそ匂ひ立チていまこそ薰りいまこそ匂ひキかくて頌して

   あなたに話そう。

    鮮明に

   まさにあなたの爲に話そう。

    思っても見なかったほどの鮮明さで

   見ていた。

    あるんだよ

   ダン・ティ・タムがまるでひとりだけ、ひとりだけそこに居てひとりだけ歎きをしるかのようにも、ひとりだけ歎くのを。

    まさに

   私は。

    まさにそこにあるんだよ、と

   そしてレ・ハンは見なかった。

    死、が

   彼女が戀した男の肌の匂いに觀づきながら?

    まさに死ぬ、という死が

   まるで彼がそこにいないように擬態して?

    そう鮮明に

   レ・ハンは眼差しの映す死に懸けた父親のすがたに、或いは自分の罪をなど觀じたとこなど在っただろうか?

    思っても見なかったほどの鮮明さで

   彼女のせいとだけは言えないまでも。

    耳元にささやかれるような

   だれもがそう思って居た筈だった。

    思わずわたしは思っていた

   親族の誰もが。

    わたしが死んだらどうするのだろう?

   娘が父親を病い殺したのだと。

    例えばユエンは?

   レ・ダン・リーはひとりだけ、まるで緣のない他人のようにそこにいた。

    あるいはレ・リーは

   わたしの時にまなざしの隅に見止められたその姿は、あきらかに誰よりも深く歎いているように見えた。

    あるいはゴック・アインは?

   だれよりも素直に。

    どんなふうに葬るのだろう?

   死にゆこうとする男の死にゆこうとする命を。

    それが場違いであることは

   時にレ・ダン・リーがわたしを偸み見て私にほゝ笑む隟をねらっていたことは知っていた。

    人の

   レ・ヴァン・カンは殊更にいまや老いをさらしてそこに居た。

    他人のあくまで固有の死に際して

   ユエンは祖父にひとこみこと語り掛けた後で部屋を出て行った。

    それが場違いであるということは

   壁の向こうに笑い声が聞こえた。

    自分の死など

   かの女ら、女たちの、かの女たちは忙しかった。

    その妄想じみた自分の

   間に間にもたつユエンのそれをもふくめて。

    例えば鳥葬?

   彼女たちはかの女たちの仕事に追われた。

    古いゾロアスター敎の流儀のように

   深く死の容赦もない接近を容赦もなく歎き、かつあられもなく笑い罵り歓声をあげて。

    野ざらしに鳥たちに喰いちらしてもらえたら

   かの女たちは死の到来を用意しに追われた。

    或は風葬?

   壁の向こうに笑い声が聞こえた。

    遠いモンゴルの

   彼ら、男たちの、かの男たちは忙しかった。

    かつて馬に駆けた男たち

   間に間にもたつタンのそれをもふくめて。

    女たちの流儀のように

   彼らは彼らの仕事に追われた。

    風と日差しと、時には雨の中に

   深く死の容赦もない接近を容赦もなく歎き、かつあられもなく笑い罵り歓声をあげて。

    風化してしまえたら

   かの男たちは死の到来を用意しに追われた。

    それが場違いであるということは知っていた

   わたしは気付いた。

    自分の死など

   そして一瞬、軽く、ほんの空気がふれたようなかるさでおののきを感じた。

    あまりにも無関係な

   わたしの指先がレ・ハンの頭をなぜていた。

    クアンはひとりで死んでゆく

   レ・ダン・リーがそれを見ていた事には気付いていた。

    他人の死など

   それはかの女がふたたび、何度目かに私を偸み見た一瞬だったから。

    それが場違いであるということは知っていた

   レ・ダン・リーはてらいもなく、又詬じるでもなく、又科めるでもなく私を見、覩てわたしを咎めているに違いないと。

    わたしの死など

   私は想った。

    それが場違いであるということは知っていた

   レ・ダン・リーは言葉も無くわたしを今、戒めていたと。

    女たちの

   私は慥かに思っていた。

    肌の匂いも、女たちが

   何故?

    わたしの傍らで匂ったに違いない

   わたしは疑う。

    私の肌の匂いも

   遅れてあわてた気配を以て、ふりかえり見たレ・ハンの目がまさに私に戀してあきらかにもほゝ笑んでいたから。

    煽情的なまでに、いま

   そらされた私の目がレ・ダン・リーの嘲弄するかのような笑みを見た。

    死に無関係なさまざまが

   …わかります。

    さまざまなそれ固有の匂いを放ち

   レ・ダン・リーの嘲弄する目がそうさゝやいていた。

    例えば床に放置された段ボールは

   …そうですよね。

    壁にはられたカレンダーの

   レ・ダン・リーの嘲弄する目がそうさゝやいていた。

    三年前のカレンダーの匂い

   …たしかに、わかります。

    ここの警察署が配って回ったに違いない

   レ・ダン・リーの嘲弄する目がそうさゝやいていた。

    匂い

   少女達は匂う。

    あまりにも無関係な

   向こうの悲嘆のタムの歎きすすり泣き何をかを非難し非議を訴える聲の、こちら。

    関係の中の孤絶の中に

   匂う。

    ひとりでクアンは今日、死ぬに違いない

   死に懸けた男のすでに死ぬしか可能性の赦されない肉体の匂わせていたかもしれない臭気?

    そう思った

   そのこちらに少女達は躰を匂わせた。

    私はそう思い、壁の向こうに

   それを望んだ譯でない儘にも。






Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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