修羅ら沙羅さら。——小説。30


以下、一部に暴力的な描写を含みます。

ご了承の上、お読みすすめください。


修羅ら沙羅さら

一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部

蘭陵王第二



かくに聞きゝマどろミてまどろムまゝ壬生頭ノ上に笑ひ聲たチて散り笑ひ騒ぎ立チて高散り千りゝ立チたる須臾の響きを聞きゝ聞きて聞き驚きてそノ聲聞き覺へあレば厥れヒエンがものに想へれば壬生横たわる儘に頸そらし顎つき出シて見て覩るに果たしてレ・ヴァン・ヒエンひとり寝室が戸口に立チて聲あげて笑ひたりテ無邪気なりきそノ目に見たる壬生らの裸身に羞じルともなくにヒエン笑ミじゃれるようにも笑ミてかくて壬生ユエンをゆスりたるにユエンゆすり起こサれてメを覺シきかクて壬生ユエンのいつかうたゝ寢シをりたりシに気附きゝユエン耻じテ羞ジらひ又驕り匂はせ又戯れ笑ひ又おどけたる樣ミせて軈而立ち服纏はんとすにヒエン殊更に聲ひソめてユエンに語り語りをはらぬにユエン殊更に驚きタる聲裏返らせて喉に立てキ壬生それらのことごとわざと戯れタる演技に淫し合ふかノ樣にも觀じて横たはるまマひとり見きいツかひそメたル聲のまゝに女らふたりノ聲色たダ姦しくなりゆき迦斯麻志岐を壬生察するところありテ身を起こシて衣服纏ひきユエン此の時まさに壬生を返り見テかくてまさに壬生に告げて云さくレ・ヴァン・クアンいまゝさに死なんとすとかくて頌して

   あなたに話そう。

    あきらかに

   まさにあなたの爲に話そう。

    すくなくともあきらかに私には

   かならずしも驚きも無い儘に、私は靜かに驚く。

    わたしには不可解な事実が

   振り返ったユエンの告げたその

    例えばヒエンの、じゃれつくような

   事実に。その、ただその事実に、悲しむでもなく。まして哀れむでなく。

    戯れ、目の、たわむれを貪るような目の色の

   あるいは歎くでもなく。まして諦めるでもなく。

    その儘に目の

   むしろただ私を赦したような、そんな眼差し下の唇の。その(——蠅の)

    むしろ案じ、殊更にも案じて、すでにあからさまな歎きを

   それらの(——蠅のさわぎ、)聲。

    恨みを?知るかのような目の、その

   聲の響きに、かならずしも(蠅の、——さわぎたつ蠅のような)驚きも無い儘に、私は(——その)靜かに驚く。

    目の色の時をわかたない共存?

   慥かにレ・ヴァン・クアンはもうすぐ(——さわぎたつ)死ぬに違いなかった。

    あやうくすれちがう交替、それら

   彼はもうすぐ(——さわぐ蠅の)死ぬのだから。

    さわぐ色、嘲り、同時にいつくしむような

   だから(——騒ぎ立った蠅の)レ・ヴァン・クアンはもうすぐ死ぬに違いなかった。

    そんな笑いの、笑いの終わらないうちにすでに

   彼が自分で立ち上がったのを知っていた。

    明らかだった目の

   思いだすとも言えない、かすめ取るような速度で私はすでに彼を思った。

    一途な深い、ただふかい歎きと

   その瘦せた身体のかすかな左へのかたむきを。

    太っちょのヒエンは私の背をたたいた

   彼は自分で歩いたのだった。

    慰めるように

   それが最後に足の裏が地を蹈んだ時間になるのだろうか?

    勇気づけようとしたかのように

   わたしはそう思いながら、かならずしも驚きも無い儘に、私は靜かに驚く。

    励ますように

   レ・ハンは歎くだろうか?

    他人の死に

   淚とともに?

    どう考えても他人でしかない

   レ・ダン・リーは歎くだろうか?

    異国の地の異なる人種の

   まるで歎きを知るべき心が自分にあるかのように?

    異なる他人の

   ダン・ティ・タムは騒ぐだろう。

    その他人の死に

   殊更に。

    レ・ヴァン・ヒエンが聲を立てて笑った

   まさに時を知って、時を知る儘殊更に彼女は泣き叫ぶに違いないと。

    背後に、私が背を向けた隙を

   わたしはひとりでそう思った。

    隙をつくように

   そばのだれに告げるともなく。

    ユエンの爲に

   秘密にした譯でもなくて。

    おそらくはユエンの爲だけに

そのヒエンの時に立てた笑い聲に、或いはそれを故意にひそめた聲にも、壬生は感じた。まるでなにかを企み、そして企みのあることを隱さない儘に、何を企むのかは隱しとおした、そんな曖昧な気配。壬生はヒエンが時に彼にだけ何かの想いを暗示させて、そのくせ思われた何もありはしなかったに違いない眼差しが壬生に一瞬だけ注がれてそして前触れもなくそらされてゆくのを。ユエンが殊更に歎きと、悲嘆と、さらには嘲笑をさえないまぜにした聲をたてたのを、——かわいそうに。

と、かわいそうに、

かわいそうなあなたちは。

と、ヒエンは

かわいそうに、

と、ヒエンは心に、いつまでも

いまであなたたちは、ふたり

ふたりだけで、かわいそうに

と、

かわいそうなあなたたちは、と、ヒエンが

かわいそうに、と、雲が

そして雲は人知れず影につつむ

壬生は傍らに、他人のように聞いた。壬生はかの女等にすれ違って汗を流しに行き、かくて偈を以て頌して曰く

   飛沫のように

    水が撥ねた

   あるいは

    肌の上を

   或は鮮明に玉散った

    すべるように

   しぶきの飛沫のように

    流れるように

   飛沫のように

    素直に落ちるように

   あるいは

    ノズルから流れ出した水は

   或は瞬く間もなく玉散った

    音を立てながら

   しぶきの飛沫のように

    聞いた

   飛沫のように

    わたしはそれら、水浸しの音響をではなくて

   あるいは

    口と鼻に立つ

   或はすでに玉散っていた

    わたしの、わたしだけが立てていた

   しぶきの飛沫のわずかな記憶のように

    呼吸の音を








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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