修羅ら沙羅さら。——小説。29


以下、一部に暴力的な描写を含みます。

ご了承の上、お読みすすめください。


修羅ら沙羅さら

一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部

蘭陵王第二



かくに聞きゝ壬生かくてまどろミ微睡むうチにも翳りに未生ノ胎児ノ翳るを見キそレ通風孔のつラなりの悉くに垂れことごとくにしたゝるそノ異形さらシてあざやかにしたゝるそれレ通風孔ノ投げ入レたる光をは妨げずむしろしたゝる逆光ハ目は眩めキ壬生したゝるそノ見知らヌ胎児ノ翳りに戦慄し又したゝる心倦怠シ且つしたたりやすらげル儘なりてゆゑにみヅからのしたゝる心をみヅからにしたたり恠シみき此の時したゝるかたわらにしたゝるその

いのちのしづくの

ユエン横たわりてスマートホン弄り時に聲を立てゝしたゝる笑ひキ知り合ひのだレかしらにしたゝるメッセージ送り又送らレて語り合ひたるやらんかくにしたゝる壬生觀ジて捨テ置き未生ノしたゝる胎児が翳りしたゝる見てしたゝる視遣る儘にしたゝるまどろみしたゝり微睡みてしたゝるその

いのちのしづくの

ひろがるままに

枕許に投げられたるスマートホンにひろがるままに受信の音聞キたりキ見るにひろがるままに是レ片岡なりきゆゑに壬生ひろがるままに通話しき時にユエンいつか暇もテあマし弄びシてひろがる壬生が躰指にもテあそびいジりし又腕からめてもテあそびじゃれあソびしき壬生感ジきそのひろがる触感又その体温又そのひろがるままに息遣ひの物音のひろがる微細又その躰のうごきの物音ノひろがり微細又その髮のながれひろがるおちたるノ物音のわずかノ微細等かくてひろがるままに

ひろがってゆく

ひろがるはもんの

ふと壬生思ひき翳りになみ翳る未生ノなみ胎児の翳りこれはもんの軈而なみ生まれたるみづからのはもんのなみ子のそれならんとかくて頌して

   あなたに話そう。

    聲がたった

   まさにあなたの爲に話そう。

    耳元で、聲がたったのをわたしは

   片岡にLineで電話をかけた。

    ユエンの

   何故?

    笑ったのではなくて

   メッセージが入っていたから。

    笑う寸前の、…ただ赦し、

   話がある、と。

    不意擊ちのように赦した聲が

   いま、時間、ある?

    笑い聲にふれる手前の、…私は

   話がある、と。

    赦す。聞いた

   私に話すべきことはなかった。

    耳に

   さがすまでもなく。

    ユエンが聲を

   さがそうという氣さえなく。

    片岡の聲の先に

   彼のメッセージを氣にした譯でもなかった。

    違う方向で

   思わせぶりな、そして、思わせぶりなそれに敢えて付き合ってやる必然も感じなかった。

    ユエンが

   何故?

    違う場所で、…私は赦した。その

   惰性として?

    聲を。そしてあなたの愚劣を

   私は彼を呼び出した。

    笑いかけの、その、誰の?

   云った。

    倦怠?あるいは誰の愚劣を?

   ——どうしたの?

    終わったばかりの?

   ——なにが?

    擬態された

   わたしは笑った。

    かならずしも

   ——お前、俺と話したいんでしょ?

    事実としては終わらなかった終わりの

   ——なんで判った?

    その

   片岡は聲を立てて笑い、私はすでに笑っていた。

    からみつく、からみつき

   聲をあげずに、鼻に亂れた息遣いでだけ。

    腕が、からみついて飽く迄も

   ——話すべき事なんてないんだ。

    聲を立てた

   ——あるでしょ。

    笑ったように

   ——何が?

    倦怠?むしろ赤裸々なまでに

   ——毎日…暇なの?毎日、…暇なの?此のところ毎日、…暇なの?電話くれるね。どうしたの?…暇なの?

    腕を搦めて

   ——聞きたいの?

    胸に、ユエンは

   ——何を?

    笑った

   ——聞きたいなら敎しえる。

    笑いにふれる

   ——何を?

    寸前

   ——罪の話。罪と罰の。罪と

    何を以てして?

   ——何を話したい?

    墮する

   ——罪ならざる罪の罰と、罰の

    笑った

   ——自分勝手に、

    笑いに墮する

   ——罰ならざる罰をもたらす罪の

    墮す。まさに

   ——何を告白しなきゃって、

    直前の?まさに何を以てして

   ——その罪ならざる罪の、

    知る。温度を

   ——くだらない欲求に追われてるの?

    聞いた

   ——お前にだけは話そう。ささやき聲で。むしろ、聞き取れないほどのささやき聲で。

    聲

    知ってるでしょ?俺に子供、いるの。

    ただ片岡の

   ——いたっけ?

    笑うにもちかいユエンの

   ——知ってたでしょ。息子と、息子と、娘。

    墮す

   ——そうだっけ?

    墮し、ふれる

   ——知ってるよ。十歳と、八歳と、それから五歳。

    その寸前の

   目を閉じたわけでなかった。私は。そして見た。その夢?

    あまりにも場違いに想ったのだった

   ——お前にだけは話そう。ささやき聲で。むしろ、聞き取れないほどのささやき聲で。

    わたしは

     俺、實はさ。感染してたの。

    ユエンのその

   慥かに見開いたままの眼差しのうちに舞った。さまざまな色彩。

    媚びた体温が

   ——感染?

    腕の

   ——お前にだけは話そう。ささやき聲で。むしろ、聞き取れないほどのささやき聲で。

    搦める

     まさかペストじゃないよ。まさか。まさかチフスじゃないよ。まさか。まさか梅毒じゃないよ。まさか。

    聞いた

     まさか新型コロナ。

    慥かに

   紫の。白の。白に近い紫の。紫に近い白の。

    耳に

   ——そうなの?…いつ?

    搦めた

   ——知らない。

    あまりにも場違いな

   白に近い紫に近い白の。紫の近い白に近い白の。

    ふれるほどのちかくに、さしだされた指の

   ——知らないってさ、入院しなかったの?いまどこ?病院?隔離されてる?

    聞いていた片岡の聲は

   ——野放し。

    あまりにも、そして限度を超えてさえ

   紫がかった白のかすかな白みに近い白にちかずく紫の白み。

    媚びた温度、それが

   ——お前にだけは話そう。ささやき聲で。むしろ、聞き取れないほどのささやき聲で。

    胸にかんじられたそれが

     ちょっと前、検査受けたの。Covid19の。陰性だった。普通に。…完全に普通。問題ない。

    ユエンの

   白かすむに似た気配のある且つ飽く迄紫にすぎない白みののうちの紅の息吹き。

    太ももを絡ませて

   ——検査?あれ、なんか、日本だと受けるの難しいんじゃなかったっけ?

    差す

   ——強制的に。

    斜めにひかりが

   明るい白のうちに暗示された紫の秘めた白みのなかの唐突な黄い味の兆し。

    その光り

   ——なんで?

    髪は黑い。なぜそれほどの光沢が?

   ——娘が入院したから。

    わたしの髪も

   かすむ紫があくまでも紫なるままにいつか白としか言いようのない光沢に堕す瞬間の最後の紫。

    ユエンのそれも

   ——娘?

    あまりにも場違いに想ったのだった

   ——五歳の。

    片岡が?

   脈打つような紫の兆しが白一色のなかに兆しが気がした名残の中の紅の暗示。

    ユエンは

   ——入院してるの?

    その聲は

   ——死んだ。

    片岡の?

   色彩。光沢が?

    ささやくように

   ——お前にだけは話そう。ささやき聲で。むしろ、聞き取れないほどのささやき聲で。

    聲をひそめるともなく

     娘、発熱したんだよ。ほんの微熱。ほんの…まさかね。あぶないとは思ったけど。

    話し

   それら無数の色彩がまさに極小のつぶになって連なり合った。

    立てた

   ——まさね。まだ子供だから。で、咳もでなかった。いや、出てたけど。

    聲を

     時々ね。そもそも、あの子気管弱かったから。ハウス・ダストで。すぐせき込む。

    ユエンは

   かさなり、かさなる

    耳のすぐそこに

   ——ある夜飯喰ってるとき、まったく喰わないわけ。全然。ただ、成長期って時々喰わなくなるじゃない?

    あまりにも場違いに想ったのだった

     俺もそうだったんじゃない?忘れたけど。むかし、俺もそうなったんじゃない?むかし。

    片岡のその聲は

   それら無数の色彩がまさに極小のつぶになってかさなり合った。

    倦怠?赤裸々なまでに

   ——何も喰わないでそのまま座ってぼうってしてるわけ。おかしいじゃん?…さすがにおかしいっておもうじゃん。

    赤裸々なまでにあきらかな

     まさかね。額触ったの奥さんが。

    もうすぐ死ぬだろう

   つらなり、つらなる

    レ・ヴァン・クアンは

   ——郁美さん?

    もうすぐ

   ——克美だよ。触ったら、熱いって。

    感じられた体温には明らかに

   色彩。

    愚弄するような?

   ——さわったら、この子熱ある。パパどうしようって。

    光にふれる

   ——コロナ?

    もうすぐクアンは

   色の粒の微細が玉散る。

    降るひかりにふれたかのように擬態した

   ——病院探してさ。コロナ対応できるところ。それがまた遠くてさ。遠くないけど。いつも行かないエリアだからさ。

    差し出されていたわけでもない、その

     わかんないじゃん?同じ東京でも知らない土地って膨大なのな。

    指は

   飛沫のように?

    ユエンの?

   ——お前にだけは話そう。ささやき聲で。むしろ、聞き取れないほどのささやき聲で。

    わたしにふれようとしたユエンの

     朝、ね。朝。俺が連れて行ったわけ。タクシー使うなって云われたけどね。保健所に。…どうやって?

    細い

   泡沫のように?

    細く、むしろちいさい

   ——云わなかったけどね。タクシーの奴には。まさかコロナ確定でもないしね。…どうなんだろ。

    ゴックは私を思いだしたに違いなかった

     あれ、本当にあぶないのかな?そのあぶなさの基準なんなのかな?

    まさにこの時に

   儛い散ったしぶきのように。

    そんな気がした

   ——病院行ったら、即隔離。即入院。

    ふれたように擬態した

   ——症状ひどいの?

    指は

   玉散る。

    私の?

   ——朝には収まりかけてた。そう思った。たぶん医者もそう思ってたと思う。彼等、看護婦…看護師?

    ゴックがなにを思ったかは知らない

     彼等も対応、余裕あったからね。

    かたどる指

   それら、何を暗示したのかも判らない色彩の粒の無数が

    何も

   ——でも、死んだの?

    私を思いだして

   ——死んだ。

    私だけを

   かさなり、つらなり、

    ふれるかたちをかたどる指

   ——なんで?

    憩う時間を擬態する

   ——その夜、入院初日な。いきなり症状悪化した。

    その

   それら、何を暗示したのか、それ自身にも知られていなかった色彩の粒の無数が

    親密な時の中に憩う憩いを

   ——お前にだけは話そう。ささやき聲で。むしろ、聞き取れないほどのささやき聲で。

    わたしは思わず耳をすませた

     まさかね。入院の準備とか追われるじゃない。はるか宮島から俺の両親呼べないじゃない。

    重なった音響

   つらなり、かさなり、

    いつから?

   ——克美の出身秋田だぜ?秋田なんか…各県移動も厳しいでしょ。もうなんか。分断されて。…

    息遣う

     関所あるわけでもなく、壁があるわけでもなく、見えない困難な境界が見えた。

    不思議な気がした

   飛沫のように?

    いつからユエンはわたしの唇を

   ——お前にだけは話そう。ささやき聲で。むしろ、聞き取れないほどのささやき聲で。

    その指先に

     あせったね。ただ。ばたばたできないし。俺らも感染疑いあるからね。俺そのまま病院に残って。克美に準備させて。

    笑った

   泡沫のように?

    他人の唇が

   ——救急車出してもらって。夕方克美とふたりの息子、そろって病院来てさ。

    ユエンの?

     でも、あんなやさしい隔離でいいの?って。思わずおもったけど。なんか、すぐ逃げちゃえそう。

    時には春に

   儛い散ったしぶきのように。

    そうなの?

   ——びっくりしたな。あんなにすぐに。

    なぜ?

     その夜だかね。一気に悪くなったみたいで。悪化のはなし、聞きはしたけど、謂い方、やさしいからね。

    色彩が

   色の粒の微細が玉散る。

    聲をきこうとした。わたしは

   ——だれも彼も氣、使ってね。むしろやさしく云うからね。むしろ、もう死ぬかもよって云えばいいのに。

    わたしはそれでも

   ——それは出来ないでしょ。さすがに。

    その時にいったてさえも

   色彩。

    なぜ?

   ——お前にだけは話そう。さゝやき聲で。むしろ、聞き取れないほどのささやき聲で。

    その紫に近い白の

     娘は朝死んだ。…朝?朝が来る前。…朝?三時すぎ。…朝?あれ、それでも朝っていうべきなのかな?

    白に近い紫のかすむに近い生滅の寸前

     看取ることもできない。隔離されて。娘は隔離。俺も隔離。誰も彼も隔離。

    流れるような

     死体の始末は勝手にしてくれる。勝手に、安全を維持するために?さっさと死体は焼き棄てて骨にする。

    流れ去るような

     あれ、灰はどうするんだろうな?

    むしろ、流れ

     灰もやっぱり有害物質扱いなの?…ちがうか。

    なぜ?

     骨はおれたちに渡すんだもんな。

    ユエンは昨日肉を食わなかった

     克美、陽性だったよ。…そんなに症状重くない。たぶん死なない。入院してるけど。

    その翳りは

     茂人、…上の子。あいつ陰性。…奇蹟だな。

    アスファルトの上で

     治道、…下の子。あいつ陽性。…死にはしないと思う。…かな?…かもな。あいつ、入院…隔離されてる。

    流れ、流れはじめて

     克美も、たぶん死なない。むしろ娘死んでから咳ひどくなった。熱もある。

    むしろ

     夜になるとね、熱、あがるの。咳もひどくなる。…でもまだ、責任感あるからね。

    ゴックはわたしを思うだろう

     ほら、責任あるじゃん。死ねないぜ。ふたり残ってる。俺もだけど。

    翳る夕方の日差しにも

     おれもなんだけど、心にまだ張りが残ってる。折れてない。あとふたりへの責任あるから。

    その

     同じ心がもうへし折れてる。あんな…弓香。娘。あんなおさない子が…なんで?

    光が投げた窓越しの影の不可解な形態にも

     家にずっといたのにな。基本、だれとも接触してなかったはずなのにな。

    思うだろう

     俺の、俺たちの?…克美の、…俺たちの?心、完全にへし折れて壊れた。で、生き生きと生きてる。

    知らず知らずの内も私は

     生き残る。死ねない。死なない。絶対に。ふたりの爲に。彼らがひとり立ちするまでには。

    片岡に共感を

     歎いてたよ。

    共感を抱き始めるに違いなかった

     秋田の両親なんか…もう、…歎いてたよ。

    いつでも

     恨んでたよ。

    ゴック・アインは彼女を壊した

     宮島の両親なんか…もう、…恨んでたよ。

    レ・ダン・リーを

     いいな、あいつら。心へし折れて平気だから。心折れても大丈夫だから。

    まるで他人

     むしろあいつらが死ねばよかった。

    まるで他人の、無残な

     本人たちもそう云ってたよ。

    流れ

     むしろわたしたちが死ねばよかった。

    流れ出て

     俺は心に云った。慥かに、あなたたちこそ死ねばよかった。

    流れ、流れ、流れ終わろうとするその

     唇にはなにも云わなかった。

    そそのかすような

     克美の両親にも言った。心の中でだけ。

    誘惑するかのような

     慥かに、あなたたちこそ死ねばよかった。

    聲を

     唇にはなにも云わなかった。

    聲をそしてひそめるような

     俺の両親にも言った。心の中でだけ。

    思いだす

     慥かに、あなたたちこそ死ねばよかった。

    なぜ、わたしはあなたを抱いたのだろう?

     俺の唇は沈黙していた。

    ゴック・アイン、あなたを、と

     あきらかだった。代わりに死ぬべきは、それがもしも可能だったら、彼等しか居なかった。

    彼を

     残酷だな。

    彼をいたぶったのは私だった

     彼等こそ死ねばよかった。

    大津寄を、あの

     無残だな。

    はかりかねるいくつもの騒音

     まさに彼等こそ、…ね。

    ささやきごえの

   ——なに?

    その、微細な

   ——これ、何なんだ?

    ささやき聲の

   私は何も答えなかった。

    かさなる轟音に

   ——今、俺は何を見てるんだ?

    だれが耳を聾したのだろう?

     そして、どんな風景をみてるんだ?

    うつくしいもの。うそのようにも

     一体、何が起こって(…起きた)るんだ?(…んだ?)

    はたして、だれが?

     おれは何を体験したんだ?

    穢れたもの、まるで

     それが二週間前。

    だれと?

   ——そんなに前だったの?

    咬みついて仕舞え、と

   ——そんなに前。

    わたしは思った。その時、ユエンに

   ——謂えよ。俺に。

    うつくしいもの、うそのようにも

   ——お前に云ってどうなるの?

    その肌に

   片岡は唇の先に笑い聲を立てた。

    舌の先にも

   ——悪気がっていうんじゃない。勘違いしないで。聞いて。

    凶暴な牙が

     お前にだけは話そう。ささやき聲で。むしろ、聞き取れないほどのささやき聲で。

    凶暴な牙が軈ては

     で、考えた。俺は、…おかしよなって。

    したたりおちるように

     俺、検査陰性。

    したたらせ、自分勝手にしたたりおちるように

     でも、おかしくない?

    波紋のようなもの

     弓香、どこで感染したんだよ。

    同時にひろがる波紋のような

     弓香、そんなにであるかなかったぜ。俺たちのいうこと、ちゃんとよく聞いて。

    時を問わずにわたしたちは聲をひそめて

     あいつ、弓香、結構素直な子だったからね。って。…おかしくない?

    いつでもひとりだった

     どこで?…わかる?

    見て

     抗体検査受けた。俺。…結果、うじゃうじゃ居た。

    ユエン、あなたの無残な

   ——抗体?

    うばわれたものなどなにもなかった

   ——そ。おそらく、俺、感染してたのな。結構、だましだまし仕事、であるいてるじゃん。

    無惨な

     気を付けてるけどね。それ、もはやマナーだからさ。気を付けてなくても気を付けてるふうしないとさ。

    命の泉

     人前でおならするかってレベルの当然マナー。

    どんなときも

     人にも慥かにいっぱい…いつもよりすくなくとも、それなりに、電車も乘るしな。卑怯になるよね。

    悲しいまでにも、そして悲しずぎるまでにも

     大人になると。こずるくなる。これくらいオッケーでしょ的な。

    わたしは鏡の中に

     匂わず音もしないおならならオッケーじゃない的処世術の日常。

    鏡の中にその

     …わかる?お前にだけは話そう。ささやき聲で。むしろ、聞き取れないほどのささやき聲で。

    翳る形態。玉散る

     たぶんね、無症状感染者。…知ってる?よく言うよね、あれ。

    玉散る

     たぶん、あれ。たぶん、娘殺したの、俺だと思う。

    慥かに私は、むしろ片岡に

   ——そうとは言いきれない。

    共感を?

   ——まさに。そうじゃないとも言い切れない。…な。

    処罰された形態

     これ、何なんだろう?今、俺は何を見てるんだ?

    あるいは、それ。すべてのかたちは

     そして、どんな風景をみてるんだ?

    いつ?

     一体、何が起こってるんだ?

    いつ、この豚のような

     何が起こったんだ?

    糞まみれの家畜のような

     おれは何を体験したんだ?

    とめどもなく

     克美はまだ帰ってこない。面会もできない。当たり前。次男も…長男と一緒。

    とめどもなくに

     いま、部屋であそんでるよ。何やってるのかはしらない。…な。

    知っていた

   ——なに?

    わたしたちは

   ——どう思う?

    結局は

   ——なにが?

    自分たちの

   ——どうよ。

    孕み込んでしまった

   ——なに?

    自分たちの無垢を。その

   ——だからさ、…どう?

    赤裸々を

   ——何だよ。

    とめどもなく

   ——俺、どうするべきだと思う?

    とめどもなくに

   ——責任はたせよ。自分の。

    わたしはだれかの咎をさえ掠め取った

   ——慥かに。俺もそう思う。

    墮す

   ——だったら、

    肌は、そしてまさに

   ——弱音はくなってか?…どうやって?責任果たすって、どうやって?

    沈黙にも

     ね?…今、お前、俺がおかしくなりかけてるって思ったろ?

    墮す

     いまお前まさに、俺が頭おかしくなりかけてるって思ったろ?

    悲しいまでに

     まさか。

    愚かしいまでに

     俺、完全に普通。俺の頭の中、完全にクリアーだぜ。

    心が

     びっくりするくらい。…ね?

    むしろ心がひきさかれて仕舞いそうに

     …今、お前、俺が自殺でもしてかすって思ったろ?

    そのままに

     いまお前まさに、俺が自分で死のうとしてるって思ったろ?

    気付かないほどの速度で

     飛び降りて?…屋上から。

    知るだろう、いつかは

     飛び込んで?…ホームから。

    いつかは、その

     切り裂いて?…手首を。

    流れ、流れ出す

     噛み切って?…齒に舌を。

    墮す

     首吊るか?…代々木八幡ででも?

    解き放たれたいくつもの

     まさか。

    解き放たれなかったいくつもの

     俺、死なないぜ。

    笑う

     絶対に俺、死なないぜ。

    笑う寸前の、その手前に

     びっくりするよ。確信してる。俺は生きる。

    すでにして

     自分で死んだりはしない。

   ——そう…

   ——そう。

   ——そうか。

   ——…そう。

    そうなんだよね。

   ——そう。

   ——そ。

    実際、…

    そう。

    事実、さ。

    そう…

    そうなんだよ。

   云って、片岡はかすかに笑った。

    ユエンがなじる

   唇の先で。

    詞も無く、詰る気も無くて、その

   その音が聞こえたような気がした。

    気付かれないほどの自然な

   私は思わず言った。

    ふれたかの女の

   ——それで?

   自分の耳を疑った。

   ——話したいのは、それ?

   自分が云うべき事、…ではなく

   ——それだけ?

   云いたいことは

   ——終り?

   こんなことではなかった、と。

   ——そ。

   片岡が云った。

   耳元に、その音聲を聞いた。

   ——そ。

   片岡がそう云った。

   ——そっか。

   わたしがそう答えた。

   ——そ。

   片岡がそう云った。

   ——そうな。

   わたしがそう答えた。

   ——じゃ、切るわ。

    洪水のように

   片岡がそう云った。

    まさに洪水のように

   その聲は極端にやさしかった。

    もはやとめどめもなくに

   わたしは片岡に励まさせた気がした。

    心よ

   片岡は通話を切った。

    心、ただその

かくて偈を以て頌して曰く

    片岡は云った

   わすれられない

    聲をひそめるでもなく

   わすれられなんだよ

    あくまでも

   わすれようとしても

    あまりに素直に

   わすれようというきもなく

    昨日の天気を思いだす様に

   わすれられない

    あるいは

   なにを?

    犬の死を語ろうとしたかのように

   なにもみていないの?

    たとえば二十年前に

   そのしを

    彼が葬った犬を

   なにもみていないのに?

    海の近くに穴を

   なにを、おれはわすれられないでいるの?











Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

0コメント

  • 1000 / 1000