修羅ら沙羅さら。——小説。27
以下、一部に暴力的な描写を含みます。
ご了承の上、お読みすすめください。
修羅ら沙羅さら
一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部
蘭陵王第二
壬生はハン河に添って通りを走り、周囲にすでに更地しかなくなったのを見た。足元に鼠はしきりに鳴いた。網を咬んだ。蹴った。家から幾許も無く、故に町の中心から幾許も無く、都市は開発予定の広大な更地を広げ、草と生き物を生づかせる。壬生は河の汀にまで降り、泥の河の匂いを嗅いだ。流れ着いたゴミが、——スナック菓子の袋、又は正体の判らないプラスティックの断片、それらの周囲に泡が穢れて浮く。いくらなんでも、と。この風景の、この水の中で?
壬生はそう思った。無残に想い、そして壬生は鼠籠をつけた。水没する前、鼠はキ音を激しく立てた。迸るほどに。籠を浸した指先に、籠はただ暴力的に撥ねた。かくて偈を以て頌して曰く
なぜだろう
まさにその
いつでも素直に
忘れるはずもなかった
まさに、まさにその
素直に彼は
その臭気
どうしてだろう?
彼は笑った
あのあわれむべき
まさにその
笑った顏は
美貌の痴呆の美貌の肌が曝した臭気
まさに、まさにその
顏はまるで
撒き散らした匂い
なぜだろう?
まるでひとりでだけ
忘れるはずもなかった
どうしてだろう?
ひとりでだけ笑ったいたかのように
その臭気
なぜ忘れて仕舞っていたのだろう?
笑っていたかのように彼は
あのあわれむべき
思いだすまでもない
彼は笑って
鼠の糞と尿の匂い
鮮明に覺えていたその匂いを
笑って私を
糞と鼠と鼠の尿と、尿と糞に錆びた鐵網の錆びの匂い
まさにその
私を見ていた
糞尿と糞尿の錆びの鐵錆びの匂いと鼠の体臭
まさに、まさにその
見ていたその時に
その混淆した匂い
その匂いを
その時に彼の前に
忘れるはずもなかった
思いだすまでもない
彼の前にさらされた
その臭気
鮮明に覺えていたその匂いを
さらされた私の
あのあわれむべき
まさにその
私の肌はただ
あの大津寄稚彦の肌の匂い
思いだしていた
ただ彼に
美貌の少年の痴呆のその美貌の肌の少年の体が曝した臭気
あきらかに
彼に対してだけの
彼の乳白色の色は
わたしはおもいだして
対してだけの発情は
私のそれと同じに匂った
だから我を忘れた
発情は小さい儘に
稚彦はそれに気づいて笑った
どうしてだろう?
ちいさいままに籠って
ひとりで隱しもせずに
まさに、まさにその
籠って息遣い
かくに聞きゝかくて壬生ユエンが家に歸りき歸りて庭にスクーターを駐めタるにユエン戸口に走り出テ半ば開きたる横開きのシャッターに縋りきアルミ合金こすれて騒ぎ鳴りき倒れ掛かりたる儘ユエン身動きする度に合金震え鳴りふるえたる音立てさまざまに立ちて無造作に鳴りき壬生ユエンを見ユエンを覩ルにかノ女ただ素直にほゝ笑ミきかクてなにともなくまさに是レ壬生を恠シますユエン笑みて笑みこぼシき壬生敢えて何をも謂さず又何をも問はず又言すべき詞の相応しかるべきを知らず又問ふべき詞の相応しいかるべきを知らずかクて壬生うちに入りて日ノ翳りノ翳りタるをくグりきすでに壬生ユエンにほゝ笑ミき壬生ユエンを通り過ぎてソファに座り座りかゝりて想い留む是れ鼠籠に素手にふレたるを思ひ身に身ノ穢れを觀じタるがゆゑなりキかくて壬生踵ス返して浴室に入らんとスるにユエンかくて未だシャッターにもたれタる儘に立ちて壬生を見るなりユエン白して表情敢えてか作さぬ儘に言さく何処に行くや…どこへいくの?…Đi đâu ?
そのさゝやくこゑを
壬生浴室を指シたるに…穢いから。…なんで?…鼠。
…鼠?…鼠。
鼠。
ユエンようやくに笑みてかくて白して言さく汝我を忘れり…わすれてるわ。…You fogot me.
その
殊更に眼差しに糾弾シ咎め科メて非難ス壬生
その
傍らに寄りて兩手上げて謂さく…穢いから。待てよ…なんで?…鼠。
…鼠?…鼠。
鼠。
ユエン首を振りて壬生にしがみつき抱きつきてかクて唇を吸うを壬生一度抗ひかけて又すグさまに隨ひき壬生の背後に諍いの
そのささやくこゑを
聲たつ音に恠しみたるコイ部屋を出て顏だけ出してかくてコイ壬生らを見きユエン唇貪れる儘に目開きたる儘に唇貪りかくて迦琉ガゆゑにコイを見きコイすでに見てすぐさまに覩てすでに知りたレばいまさらに目に驚嘆シ須臾ノちすでに目に羞恥シ須臾ノちすでに目に憤りみじかき首太きをふるわせふるわせシ目剝き威嚇するかにメ剝きタりて迦久てコイ慌てゝ所在なキ眼差シに墮シき迦久てコイ殊更に振り返りて部屋にふたタび返り入ルをユエン見て覩をはりて唇に貪り貪ル唇に貪りてかくてユエン眼差しに何の表情の兆さスともなかりき迦ゝル後兩手上げたる儘の壬生のTシャツの胸をつかみて笑み顎を附き出シて見て又笑ミ
その
又笑ひき壬生又笑ひ又笑みて從ひて
そのささやくこゑを
寝室にもどりきかくて頌して
あなたに話そう。
思っていたに違ない
くいつぶす
まさにあなたの爲に話そう。
ユエンは
くいつぶし
兩手を挙げた儘の交配について。
まさに確信として
すする
ユエンが蚊帳をはぐる。
そとに拡がったその世界
すすり
その淡い、散るようなこまかな白の色が搖らいだ。
壁の向こう
すすりあげる
ベッドに横たわったわたしが兩手をあげた儘だったのを、ユエンは笑った。
防御壁の向こうに
はきそうなくらい
——そのままにして。
際限のないほどに
すすりあげ
と。
無惨にも
すすりあげあげ
彼女の命令に隨う。
拡がった世界
しゃぶりつく
——そのままにしておいて。
無数の細菌の
しゃぶりついて
あるいは、その穢さにおまさらに気付いたユエンは。
この世界の異世界の生き生きした他人の異界
すすりあげてなお
知ってる?
抜け目のない
しゃぶりつき
と。
無数の菌の
さらにかむ
ペストは鼠が映すのよ。
この世界の異世界の生き生きした他人の異界
かんでなめる
新型コロナの波立つパンデミックの時でも。
抜け目のない
やさしく
ペストは鼠が映すのよ。
無数のヴィルスの
うそのようにやさしくかんで
水の面が空の色を、雲の形を移す様に。
この世界の異世界の生き生きした他人の異界
なめる
知ってる?
抜け目なく
なだめるように
ペストは鼠が映すのよ。
ユエンは見出しておののく
なめる
私は彼女の、いまやおびた眼差しの明らかな怯えの命じた命令に隨う。
その自在の目に
いやすように
兩手を挙げた儘に、彼女が私を裸に剥くのに隨う。
自在で自由な目に
なめる
彼女の腕がショートパンツをずりさげる時にも。
ユエンの自由な目は自在に見取った
ほほえましくらい
朝の光が淡い逆光を投げた。
それらの息吹き
ほほえましすぎて
逆光とさえ言えない逆光。
そこから帰還したおとこの
そしてはずかしくなってしまうくらいに
ユエンの背の上のそれ。
はだにこびりつくそれ
なめる
壁の通風孔の並びが。
なめる
やさしく
戸は閉め切らないままだった。
しゃぶりつくようにも
うらぎり
コイはいつか見るだろうか?
こびりつかれた肌
かすめとるように
いつか、コイ見ただろうか?
なめとるように?
すすりあげる
ユエンの眼差しはもはや笑んでさえいなかった。
むさぼるようにも
なめて
私は見た。
その肌に匂う
かみつき
表情をなくした眼差しの瞳孔はもはや開かない。
男の体臭に發情さえしながら?
かみつきかけて
諦めたように目に見ていた。
むしゃぶりつくようにも
すすりあげる
その見えるものを。
矛盾が目の前に捨て置かれた
なめた
自分で脱いで、股をひらいて私をまたぐ。
穢い男
そのかたちのままで
知ってる?
穢れた肌
しゃぶりあげる
ペストは鼠が移すのよ。
防御壁の向こうにさざめく
すすり
どんなヴィルスのパンデミックの時でも。
さわぎたつヴィルスの
ふたたび
ペストは鼠が移すのよ。
命の沸騰の自在自由に
すすりあげる
見つめ合った黒目がお互いのかたちを白く翳らせるように。
素手にさらされたその肌を
くいつく
知ってる?
むしゃぶりつく
まるでくいつき
ペストは鼠が移すのよ。
さわらないで
いわば
手の限りを尽くして目覚めさせた後に、ユエンは体内にかたちを知った。
その手、その
いわば破壊するかのようにも
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