修羅ら沙羅さら。——小説。26


以下、一部に暴力的な描写を含みます。

ご了承の上、お読みすすめください。


修羅ら沙羅さら

一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部

蘭陵王第二



鼠角は針金を組んだ四角い箱型だった。持ち上げた籠の中に鼠がキ音の音をさまざまに立てた。理由がある譯でも無く壬生はその籠の中を見ようとはしなった。スクーターを庭に出してその足元に籠を置きかけたときに、壬生の鼻に鼠の臭気が匂う氣がした。朝の気配は明らかにただ清冽だった。鼠籠の中は穢れた。朝はまさに瑞ゝしさをさらし霞んだ。鼠の周囲はその埀れた糞尿で噎せ返った。壬生は鼠が走っていたはずのその庭の草陰も清冽な草葉の色を見た。それはそれぞれに、さまざまの色を以て、いずれにせよ綠りだった。かくて偈を以て頌して曰く

   糞尿が匂った

    き音、そう聞こえた

     懷しい

   指の先で

    その、き音、それの、そのそれぞれの連続、こやかな、あざやかで、さまざまな

     なぜ?

   鼠が、鼠と鼠の恐怖が

    急激なき音の

     なぜ懷しむのだろう?

   漏らした糞尿が匂った

    かすかに濁音のきをひそませたき音

     なぜ?

   籠のそこで

    たてつづけにひびく

     その匂いを

   鼠が、鼠と鼠の恐怖が、死への恐怖が

    その喉から?

     臭気を

   鼠の漏らした糞と尿が匂った

    叫ぶ?

     ちいさな

   鐵網の籠の鐵の錆びの上で

    泣く?

     ちいさく停滞する匂い

   鼠が、鼠と鼠の恐怖が、自分の死へだけの鼠の恐怖が

    歎く?

     その臭気を

   漏らした糞尿が匂った

    乞う?

     いっぱいにちいさく籠った臭気を

   籠の網に

    非難する?

     匂った

   鼠がひとりひそかに漏らした

    訴える?

     なぜ?

   糞尿が匂った。いま

    かれらのことばをわたしは知らない

     その懷しい匂い

   草は匂い立つ

    聞き逃したままの耳に

     なぜそのちいさく籠った

かクに聞きゝかくて壬生鼠始末シ始末シをはりて歸りレ・ティ・カンが家に詣ヅ時に六時半を過ぎタる頃なレば家の表に人影なシ内に入らんとスに一階レ・ティ・カンが部屋よりレ・ヴァン・クアン壁に手ツき手ツきてようやくに出づ壬生が目にスでに殊更にやツれて見えき壬生何も云さずクアン壬生を見てミをはるとも笑むともナしかくて笑むともなく厭ふともなし迦久弖厭ふともなく媚びるともなしかクて媚びるともなく嗔るともなし迦久邇迦久弖嗔るともなく何を思うともあらはさずにたダ双渺に見て壬生を覩き壬生彼を見續けきかくて壬生美都豆祁氐クアン其ノ儘に壁伝いに奧に入らんとス手洗いに立たるならん壬生気付キてき附きたれば手伝はんとスをレ・ヴァン・クアン無言に唇かすかにのみ動かシ左手にノみ是れを制シき制シて彼レ厭ひて制するか彼レ遠慮して制スるか壬生に気付かさゞりき壬生かくて立ち止まりて迦久弖背後にツいて進まんとすレ・ティ・カンが部屋のまへにいたり内を返りミるにクアンが寝台にレ・ハン座りきレ・ハンかくてスマートホン見て弄るに気配に壬生を知り知りてレ・ハン顧み見てレ・ハン飛登里笑ひき迦久弖そノ笑み素直に過ぎてそノ笑みむしろ痴呆ジみてさへ見ゑてかくてそノ笑ミ素直なりき壬生目をソらしきカンは未だねむり傍らナる寝台に背を向けをりきかクて壬生見ルにすでにクアン奥の手洗ゐに入りタるやらんレ・ヴァン・クアンが姿すデになかりき又レ・ハン見て壬生ハンに水を求むレ・ハン立ち上がりてすれスれに壬生が傍らぬけ奧の翳りに引き込み亦駈けより來たるレ・ハンに壬生ペットボトルの水の料金支払はんとするにレ・ハン首振りテれ・ハン拒絶せり是レかノ女にすでに壬生夫なりてあるゆゑならん壬生すデにこれに気付きゝかくて歸らんとスをハン壬生に隨ひて表に出でき壬生背後にレ・ハンが気配まさに息づいてシたるを感じき又その奧にも未ダ生ける生きたものノ気配あるヲ感じきそレ返り見るともなくに壬生レ・ハンをのミ振り返り見て覩るまでもなクてかノ女を抱き腕に抱き唇を吸ひ唇を奪ひきレ・ハン驚き身かたまらス須臾に唇はなれてのち眼差しにレ・ハンようやく歓喜してひとりなりき壬生後返り見ず立ち去りきかくて頌して

   あなたに話そう。

    凄惨なまでに

     獸じみた匂い

   まさにあなたの爲に話そう。

    凄惨にただ愚弄するかのように

     かすかに

   死に懸けた男にはあきらかに死に親しんだ匂いがした。

    暴力的な

     かすかに獸じみて、そして

   匂い?

    暴力的にただ嬲るかのように

     結局はあざやかに獸じみた匂い

   あるいは気配が。

    その少女の肉体はさらした

     レ・ハンの

   気配?

    それ自身を瑞ゝしさを素直に

     ゴック・アインは嗅いだだろうか?

   あるいはその体内より滲みだしたに似た、そんな匂いが。

    仍て不遜なほどに

     レ・ダン・リーに

   匂い?

    馨りたるほどに

     その肌に

   あるいは色。

    葉の上にあつまりすぎた雫の

     さらに幼い

   例えば、心の目がみるような?

    ふるえてこぼれるほどの

     獸じみた匂いを

   そんな、自分勝手で曖昧でいつでも常に正当性のない、且つは顕らかな。

    レ・ヴァン・ハンの肢体が腕の中で息遣いた

     もうすぐだよ

   色?

    赤裸々にも

     時をしらせる

   兆し。或は顯らかすぎる兆しが。

    みづからの命の強靭をさらし

     もうすぐだよ

   彼がすでに死んだ未だに発生していなかった未来の、まさに未来に過ぎた時間のどこかから、匂い出した兆し。

    むせかえるような

     時の盡きるのをしらせる

   彼がすでに死んだ兆候。その色。

    その生殖の息吹をさらし

     その匂い

   匂うようあからさまな色。あざやかな。

    唇に触感があった

     あからさまな藥物の

   鮮やかすぎた匂いの気配。色のある気配の、その。

    生きた唇の

     体細胞に滲み出た匂い

   死。

    まさに生きた唇の

     レ・ヴァン・クアンの

   未だ死なないレ・ヴァン・クアンの瘦せた体にそれは食み出していた。

    私は見ていた

     匂う

   彼の死。

    部屋から出てきたクアンの頭の上の

     その匂い

   細い、——へし折れそうな?

    天上にへばり着いた

     獸の肉の汗の匂いのこちら側の

   彼の、彼だけの死。

    レ・ヴァン・ハンの翳りを

     餘にも乳臭い匂い

   或は、針金のように容易にへし折れないその自在自由な?

    その垂れさがった腸が向き出した齒の喰い千切ったハンの腹の肉を

     あきらかな乳白色の

   彼の、新型コロナ舞う季節の中の、一切それにかかわらなかった死。

    その玉散る血の粒の雫の浮遊

     いまだに乳の雫のひとつをも

   やせた体が息遣った。

    息遣く

     むねのうちには知らないくせに?

   針金のように。

    まさに少女の唇は

     雫に埀れた乳の匂い

   やせた体が必死に歩いた。

    わたしの唇に

     無数の、無数をなして

   まるで他人の体を動かすかのように。

    頬は

     もはや豪雨の

   無理やりに。

    私の鼻の先の皮膚に

     乳の雫の

   針金のように。

    赤裸々すぎて

     乳白色の

   家屋の奧の朝のひかりに辛うじてふれた翳りの中に。

    歎かわしいほどに

     レ・ハンの匂い

   死。

    息遣く

     ゴック・アインも匂っただろうか?

   ひとりで。

    匂う。まさに

     その匂いを

   未だ死なないレ・ヴァン・クアンの瘦せた体にそれは食み出していた。

    少女のいのちのいのちなすいのちの

     レ・ダン・リーの肌の更に幼い






Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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