修羅ら沙羅さら。——小説。25
以下、一部に暴力的な描写を含みます。
ご了承の上、お読みすすめください。
修羅ら沙羅さら
一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部
蘭陵王第二
かくに聞きゝ8月1日壬生は朝起きてユエンが寢顏そノままに置きて寢臺が蚊帳を出き是レ土曜日なりてユエン休日なレばなりきユエンが會社二週間に一度土曜日休業す是れ常なり此の時Covid19のゆゑに土曜日すべて休業となりキ是れ非常の措置なりきユエン言さく会社にひとりの感染疑はシき者ありて今隔離さレてありと所以かく也そノひとの住せる同じ通りにあやうい陽性患者出き是レ老人なり親族ことごクあやうく隔離さる又家前ノ通り閉鎖サる是れあやうい鄰り二件の距離の発生にテ症状なクもそノひと又その親族ことごく隔離さル如是也是れあやうく
いきをさえとめてしまいそうなほどに
あなたは
ユエン二日前に歸宅せル時言シきユエン白シて怯えて又殊更に笑ひて後壬生にあやうく言さく我穢レりとかくてあやうくもユエン我に返りてあわテてバスルームに身ヲあやうく流したりきスマートホンにあやうくもゴックがメッセージ入りてアりたルをあやうい見き内容をは見ざりきゴック・アインがあやういメッセージもあやうく入りき是も又あやうい開かず空晴れてあリ祁禮バあやうくも庭にあやうい出づ樹木あやうい朝の日にあやうい
あなたの
そのまなざしは
さらされその色彩をこソさらしき庭の中ほどマで出たるにタオ背後より駆ケ寄りてどこでも駆けテ急なりテどこでもかくて壬生を通り過ギて戸惑へるかの擧動に止まりかけてどこでも又駈けかけ又きかくてどこにでも戸惑へルかのどこにも挙動に止まりかけて又どこにでも
わたしのうでのなかにさえも
駈けかけて立ち止麻里岐壬生恠シみて且ツ美豆迦良ノ笑み笑ミてありて笑みそレまさに嘲笑に他ならざルを觀ジ觀じをハらぬにタオ振り向きタれば壬生を見て覩をはることなく覩テ觀つヅけたる双渺ノ色慥かならざりてむしろ怪シきかくに壬生あやうくひとり觀じきタオあやうく日差しの直射に立チ止まりたる儘にあやうくこノ女はタしテあやうく艷なりき壬生目を何ともなクに伏せんとスるにあやうくタオあやうく壬生にあやうく
いきさえ
いきさえできないほどに
媚びルが如くに寄りテよリ添ひ寄り添ヒて至近に壬生ヲ見て笑ミ艷なるを壬生見て覩テひとり視きタオが唇ひらきかけて何をか言いかけて云さず庭に物音あり是レ鼠ノ驅けルやらん又タオが唇ふたタびヒらキかけて何をかふタたびに言ひかけテかクて云さずシて迦久弖風かスかにあリて葉と葉ゝときに鳴りき是レいまさらに壬生耳に感じき又どこにでもタオ言いかけて云さずどこにでも壬生鼻に女ノいつでも肌ノどこにでも芳香あるをいつでも感ジていつでも又タオがどこにでも唇みたびいつでもヒらきかけてどこにでも
いつでも
かぜのなかにはとははこすれて
なりひびいただろう
何をかミたびに言ひかけて終に笑ひき壬生が腕つねるが如ク邇つかみて引きズらんとすルかに壬生を家屋が翳りに引キ連れ行きゝ壬生抗はず而れども于時捕まレる腕に痛み生ジたれば振り払わんとするにタオおもはずに立ち止まりておもはずに殊更に壬生のみを見ておもはずに笑ひかくて笑ひき壬生あやうく苛立ちて頬ヲあやうく叩きゝタオ息をあやうくつめき腕あやうく離さずかくてあやうくタオ我に返りたるトもナくに壬生をあやうく
めまいのなかに
きをうしなってしまいそうなほど
見き又聲に笑はんとすを壬生ふたタび叩きゝ喉に媚びタるに似た聲立つを聞きゝタオ布多多び壬生を見んとし而も腕離さザれば終に壬生拳にタオを数度殴打せりタオ地に前のめりに倒れタオ地に倒れタオ倒れタオの地に倒レ多琉を見て覩ルに壬生そノ四肢開いて無様なルをまさに觀とり多ルにタオ頭地になスりて髮亂るがまマに亂シ亂るがまマに地になすテ亂シきかくて亂レたル髮の投げうたれたる亂レがさきに家屋の壁ありて壁際隅なるに鼠籠ありキ是レ誰が仕掛け多るか壬生ハ知らずもノ音又息シてあルものゝ気配ありき壬生見キかくて厥レ鼠なりき壬生鼠ノ捕まりたるを見きタオまさに是レを壬生に傳へんとしたるにや壬生タオを返り見もせず籠もちて去りきタオ四肢広げたる儘に日を浴びてをれば壬生返り見すれば此の時にタオの死にたるを擬態するを見たりしをかくて頌して
あなたに話そう。
香り立つのだった。
まさにあなたの爲に話そう。
いつでも。
タオは匂う。
いつでも、朝の樹木は。
体をことさらに匂わせて、馨らせて、薰る体を好き放題に匂わせる儘に——似たような匂いだったのだろうか?
その葉は。
例えば雪菜は嗅いだのだった。
その葉と葉ゝは。
私の肌に、隱れて悪戯をしかけるように偽装して。
朝には殊更に馨り立っているように感じられた。
時には上目に私を見ながら。
すでに空は夜の色を
こんな匂いだったのだろうか?
その鮮明な暗い統一を
…いい匂いするね。
失ってもはや色彩にむせた。
例えばゴックは嗅いだのだった。
いまだ
もはや何を隱すともなく、羞じるともなく、ただ自分の爲だけにひそかに羞恥して。
むせかりもせずに。
…いい匂いするね。
むせるようなさまざまな匂いの
例えばゴック・アインは嗅いだのだった。
むせかえるような存在を
私の肌を彼の唇に感じながら。
その顯らかな明らかを
私の匂いを嗅いでそれを、自分の爲に誇るかのように。
むせかるようにも匂わせて。
…いい匂いするね。
棲んでいた。
例えば大津寄は嗅いだのだった。
空はむしろ、ひたすに澄んで
十二歳の時にも。
靑くらく
四面海辺の町で。
あかるい靑のうちに
四面に海の馨りの、あの陰湿な臭気のただよう町で。
空はしずかに月をうかべた
時に山の樹木の。土の。そのさまざまの馨の。
その沈む手前の
匂いのかさなる町で。
西に。
私の肌に怯えもせずに、むしろ強引に奪うかのように。
白。
…いい匂いするね。
霞む、幻のような白。
例えばユエンは嗅いだのだった。
泡沫の幻?
毎日寢台のなかで。
まさか。
汗さえもまぜた肌の馨りのなかに、そして私の肉体を羽交い絞めにし乍ら。
あまりに鮮明な白。
…いい匂いするね。
まがうこともなき
例えばハンは嗅いだのだった。
その
私にはじめて抱かれた時にも。
月はまさにそこに
抱かれる前にも。
わたしの目覺める前からすでに
素通りするときにも。
見開かれていた目のように見えた。
掠め取るように?
ただひとつの、
…いい匂いするね。
白い目
ゴック・アインはいつも更に匂った。
もうひとつは?
ゴックは昨日。
まさか東の光の玉が?
さらに落ちた雫の匂いも。
白。
だれでも同じような匂いがする。
慥かにそれも、違う白には違いなかった。
おそらくは誰でも大差のない匂い。
あざやかな逆光に
波紋をたてる無数の雫の。
目はそれを眩む白と
たらちねの。
それをそう色に觀ずるしかなかった
と。
遠い目。
あの枕詞は埀ら乳ね、と。そういう意味に違いない、とその時に私は想った。
白く、向こうに見つめる目。
いまさらに。
まぼろしのような。
乳の白い雫を埀らす、——と。
現実に、顯らかにあらわれた在り得ない
籠の中に怯えた鼠の暴れるをぶら提げたままに。
まぼろしのように。
指先にその騒ぎ立った混乱と叫びを感じながら。
冴えた白いその色を
彼等は死を知るのだった。
月を
わたしと同じように。
ありあけの月を?
だれとも同じように。
私は目をそらした。
殊更に死に、まさに死にこそおびえて籠に撥ねる鼠は。
翳りがすでにさまざまに地に堕ちた。
死、自分のそれ自体には終にふれたことさえも無い儘に。
樹木の、
知っていたのだった。
樹木の葉の
その鼠の目が、例えば荒野じみた庭の草の繁みの森の深みじみた茂りに見た友なる鼠の死に。
葉と枝ゝの
例えば咬む猫の牙の上下に串刺しされた死にも。
枝と葉ゝの
路上の鼠の跳ねられた惨殺死体にも。
家屋の
死を。
そしてユエンの翳りが樹木の幹の
他人の死を。
真ん中に臀部を突き出して
わたしはユエンのスクーターに乗って家を出た。
肛門のはやした歯茎に咬んだ
部屋から出て来たタンが笑った。
その腸と、誰かの
何か云った。
未生の誰かの
——鼠か?
翳りの腦を
そう云ったに違いなかった。
剥き出しの
わたしには彼のベトナム語はわからない。
さまざまにはやした齒に
彼はベトナム語をしかしゃべらない。
齒と
スクーターの足の間に鼠が撥ねた。
齒ゝに嚙みつかれ
籠の中に、殊更に。
咀嚼し
やがては靜かになったのだった。
咀嚼されながら
死を悟って?
散った雫を浮かべた
蛇に脱がれた殻がすでに、鎭まるしかないように?
重力を無視した空間は
それを擬態して?
玉散る血の色を
川べりを走った。
極彩色の
殆どだれもいないと思った。
翳りの周囲に
何人かが川べりを走り、又何台かのバイクが駆けた。
その四維に
思ったよりも多かったその数が、なぜかわたしを笑ませた。
玉散る
何故?
互いに触れ合って
更地のひろがる開発予定地で——いまだ購入されただけで、すでに数年放置された土地の草の繁みに。
そして玉散る儘に
私は鼠を放った。
まさに玉散る
殺してしまえばよかっただろうか?
匂った。
例えば河に沈めて。
だから、わたしはいつものように嗅いだ。
殺してしまえば?
その
泥の河の、ふちの澄んだ水の中で?
あざやかに腐敗しきった肉と骨、骨と血、血と肉と管と神経の糸と又さまざまの
汚物の泡を浮かべた透明な水の中で?
それらの臭気。
どうせすぐさま繁殖するのだった。
何千年にもわたる、それ以上の永遠の
私は家に帰って手を洗った。
時を無視した
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