修羅ら沙羅さら。——小説。24


以下、一部に暴力的な描写を含みます。

ご了承の上、お読みすすめください。


修羅ら沙羅さら

一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部

蘭陵王第二



かくに聞きゝユエン家に歸りテ家に入るに壬生が顏見て覩をはレば殊更に聲を上げかくて言さク今日の新規患者が數40人超なりきと曰く是レほとんどが医療関係者なりとなんユエンが驚嘆又歎き又怯え又おのノき殊更にわざとにも觀ジらるが迄に壬生笑ミてユエンが爲にのミ笑ミ怯ゑスがりすがり附きたはむれじゃれ騒ぐユエンを壬生笑ひて愉シめき居間ノ壁に蜥蜴つがいならん雙つ定まりたる距離かならず保チて俊敏の數歩ずつ這ひ這ひて留まり留まりて匐ひきそノ蜥蜴肌色ハ黄土色に近き白に見へきかくテ頌シて

   あなたに話そう。

    かすめとるように。

     知ってる。

   まさにあなたの爲に話そう。

    かすめとるように這う。

     コイはその六時七分過ぎに

   ——何人死ぬのだろう?

    蜥蜴は。

     明かりをつけわすれた自分の部屋でコイは

   ユエンは云った。

    かすうめとるように。

     壁の向こうの聲を聞いた。

   ——あしたは何人見つかるだろう?

    まさに数歩にすぎない空間を。

     尿結石のコイは。

   ユエンは怯えた。

    あくまでかすめとるように。

     ペニスを包んだチューブに尿を垂れ流し

   ——日本はもっと、もっとよ。

    誰にも秘密にするきもなくて。

     藥のおかげで

   ユエンはささやく。

    公然と目の前にかすめとったかのように。

     尿毒症からは免れて

   ——もっと、もっとひどい。

    蜥蜴は這った。

     誰にも嫌われたコイは。

   ユエンは慄いた。

    いつでも。

     身を起こして居間に出ようとした。

   ——もっと、もっとひどくなる。

    鳴く。その聲。

     チューブをはずせるようになるのを待って。

   ユエンの瞼の瞬くのを見た。

    謂わば鈴の音そのものを潰してこすって鳴らしたのかのような。

     藥の効力の切れるのを待って。

   ——あとどれくらいかかるだろう?

    どこから?

     糖尿病と尿結石と。

   ユエンの喉が唾をのんだ。

    その音はどこから立ったのか?

     右耳はほとんど聞こえない。

   ——来年まで?

    鳴く。その聲。

     左耳だっけ?

   ユエンはそして顯らかに笑った。

    どこから?

     どっちだっけ?

   ——もっと先まで?

    その体躯のどこから?

     臆病なコイ。

   ユエンの眼差しが輝くのを見た。

    わたしは蜥蜴に気付かれないように、撫でた。

     外にはほとんど出ずにすごす。

   ——あとどれくらいかかるだろう?

    ユエンの頬を。

     世界中の人間が死に絶えても

   ユエンは唇をふるわせた。

    笑んだ。彼女の爲にだけ。

     かれだけは生き残ろうとするにちがいない。

   ——いつわたしはうつるだろう?

    気付かれないように?

     自分がすでに死んでいたとしても。

   ユエンは口をいきなり開いた。

    蜥蜴に?…蜥蜴たちに?

     彼が生き殘ろうとするのは明白だった。

   ——いつ、だれが死ぬだろう?

    適正な隔たりの中に這う。

     なぜ?——と。

   ユエンの目は見つめた。

    空間をかうすめとるように。

     時にはわたしは不思議だった。

   ——知ってる?

    まるで敵同士のように?

     なぜ、そこまでして。

   ささやく。ユエンが。

    見分けのつかない同じ形の。

     なぜ、あなただけでも生きていたいのだろう?

   ——世界中、安全な場所はどこにもない。

    同じ色の。

     70年代に戦争に参加した。

   ユエンはそう云って思わず笑った。

    まさに敵同士のように。

     生きるために生きた。

   聲を立てて。

    あるいは見ていた。

     逃げる爲に走った。

   ——あなたが死んだら、どうすればいいの?

    蜥蜴の眼は。

     英雄的な戦場のなかの安全地帯をまさに英雄として目にさぐる。

   ユエンはふいにそうささやいて、素直に笑った。

    明らかに敵対的な空間の中に。

     彼は死ぬまで死なないだろう。

   唇の先に、あざやかにも聲を立てて。

    さまざまな敵対の兆しを。

     すでに死んで、しかも死なないように抗うだろう。

   ユエンは笑い、わたしも笑っていた。

    そしてそれ等の

     命のすべてを懸けて

かくて偈を以て頌して曰く

   振り向く

    聲をたてないで

     知っていた

   なぜ?

    たとえばその音響の中で

     すでに路は乾いていた

   知らない。

    朝の

     朝に濡れた

   理由さえ想い附かない自然さで

    朝の雨の

     水浸しになった朝の道路は

   まるで、すで背後に

    雨の音響の中の朝の

     路面はすでに

   なにがあるのか知っていたようなそんな自然さでわたしは

    わたしはユエンの胸に耳を当てた

     知っていた

   ソファの上にユエンは横たわった

    たわむれとして

     路面はすでに乾いていた

   彼女は横たわっていた

    わたしは身をまげて、彼女に

     ゴックの家を出た時には

   ずっと

    ユエンにだけに

     すでに

   わたしはすでに知っていた

    しがみつくように

     知っていた

   あおむけで目をひらいたまま

    しがみついたことなどなかったかのように?

     すでに乾いていた

   何を?

    ユエン以外には

     なにもかも

   天井を?

    聞いた

     出しっぱなしのプラスティックの赤い椅子も

   まるで息をしていないかのように

    音響

     たるんだ電線にも

   わたしは彼女の鼻を撫でた

    その体内の中の音響を

     その無理やりの束なりにも

   たしかな呼吸があった

    時に聲たてて笑う私を

     樹木

   死んだね、と

    ユエンは撫でる

     その葉

   わたしはひとりでそう思った(笑んだ)

    その頭を

     あしたもふたたび

   あなたは、いま、死んだね、と(かすかに笑んだ)

    そしてユエンは

     濡れるにちがいない、それら








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

0コメント

  • 1000 / 1000