修羅ら沙羅さら。——小説。23


以下、一部に暴力的な描写を含みます。

ご了承の上、お読みすすめください。


修羅ら沙羅さら

一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部

蘭陵王第二



見て。…と。ゴックがささやいたのを壬生は聞いた。見た。上半身だけ身を起こして、そして殊更に、あおむけた壬生にからめるように足を広げて、曝し、ささやいた。——こんなふうになるんだよ、と。ゴックがささやいたのを壬生は聞いた。見た。綺麗な猫背に丸まって、覗き込むようにまさに自らを覗き込み、あえて指をは触れない儘に、——信じられない、と。ゴックが、…なかで。

なかで、…と、ゴックは、誰かが、誰か、予想もしない他人が、なぜか、と、ひどいしくじりをしでかしたかのように

…と。ゴックは、なかで、と、

気付かないうちに、気付きもしなかったのに、と

漏れだし、と、流れ出し、と

あふれ出たもの。

と。

そしてゴックがさゝやいた聲に壬生は

——なにが?

聞いた。

——なにが、信じられないの?

見た。そしていきなり壬生を見詰めたゴックの眼差しが笑んで、そして、信じられないよ。

——なにが?

だってね。信じられないよ。こんなふうになるんだね。…信じられないね、ゴックがささやいたのを壬生は聞き、その垂れ流すものの匂いを嗅ぐ。かくて弐聲の偈を以て頌して

   わざとなのだと思った

    ふれる

   最初のうちは。ゴックが

    くちびるに

   耳元にたてる聲は

    はだを

   あまりにも

    まるでそれが

   うでの中で

    じぶんのものだったかのように

   殊更に

    そんな擬態

   獸じみた濁音を立てた

    ふれる

   顯らかに

    しりつくしていた

   穢い音色

    それがたにんのものだとは

   あまりにも

    だからこそ

   生理的に受け付けない、そんな

    それにふれるのだということにも

   あまりにも

    ふれる

   みすぼらしく、みじめな

    はじめてふれたように

   自虐的な?残酷な

    なんどめかのせっしょくを

   あまりにも

    擬態した

   だれかを苛め抜いているような

    ふれる

   殊更に

    ゆびさきで

   嗜虐的な?

    あなたの

   あまりにも

    あなたの、じぶんの

   なぜ、そんな音を

    くちびるで

   わたしを見詰めながらたてるのかいぶかる

    したで?

   かすかに唇を開きながら

    はだで

   殊更に

    ふれた

   瞳孔をやわらかにひらいて

    いま

   そしてゴックは

    あきらかにとくべつなひの

   殊更に

    とくべつなときのなかにいるのだと

   獸の濁音を喉に立てる

    擬態する

   あまりにも

    そのゆびは

   微弱な、ききとれないほどの音響

    くちびるは

   うなる?

    ゆびさきは?

   殊更に

    ふれた

   鼻の先にも

    いまだに飽きもしないのだと

かクに聞きゝ壬生軈而午後三時に近づくマでゴックととめでもなく戯レきかくてゴック汗ながシた留にそ乃音とめどもなく聽クそノ飛沫とめどもなく散る音居間に遠ク聞こゑ又とめどもなく同ジく邇耳ノ内に近ク麻佐爾智迦久爾至近にも生ゝシくとめどもく

はんしょくする

いきとしいけるものらの

聞こゆ壬生立チ上がりてとめどもなく衣服整えゴックに断りナく家をとめどもなく出きスでに雨あがりきかクてゴックが家ともどもなく鐵門が錠はずスその儘鍵とめどもなく返さず壬生バイクに乗ルかクてとめどもなく走らせんとスるに見テ覩ルに庭にとめでもなく

わたしにはもはやかかわりさえのない

いきとしいけるものらの

樹木ありき髙き木那里岐樹木ノ名は知ラざりき葉とめどもなく夥しく繁み茂みあひて繁ミ枝のとめどもなく枝ゝ葉の綠りノ下に葉ゝの下より蔦とめどもなく下に伸び落チ伸ビ埀れてかクてそノとめどもなく蔦に無數なる花ノちひさきとめどもなく咲き花のちひさき咲きとめどもなく咲かせき下がりたる蔦ノ下にとめどもなき

それら

いぶくいぶきの

それゾれ綠なる玉ひとつアるは是れ種子ならんや花ゝあどけなき黄色ノ色可憐にも咲きて蔦ふれよう變形シたる奇形ノように見ゑ又あなたに異種ノ寄生シ繁茂スるかにもふれよう、あなたに

あなたにふれよう見へきたダそレら歪に見え悉くふれよう歪にこそ觀じて壬生おもはずにあなたに指に布禮那无と腕ノばシき樹木ふれよう数メートルも先ノ庭の端なればふれよう、あなたに

その

もはやかかわりさえのない

届かざること自明なりテ壬生我に返りテ目を伏せきかくて頌して

   あなたに話そう。

   まさにあなたの爲に話そう。

   まるで在り得ない夢のように。

   或は幻のように。

   あるいは不意の陽炎のように。

   わたしは見た。その枝と枝ゝを繁殖させた樹木に。

   その生き物。あるいは葉と葉ゝを繁殖させた樹木の枝に。

   這う、その生き物を。その蔦を繁殖させる樹木に。

   見ていた。私は、その蔦に花の可憐を繁殖させる樹木に。

   その枝の下の翳りにさかさまにしがみついて這う蜥蜴を。

   みずみずしほどに、——事実、眼差しには瑞々しく、その綠の肌はひかった。

   枝と枝ゝの落とした翳り、又は葉と葉ゝの落とした翳りに。

   自分の体が落とした翳りには触れもしないで。

   地のはるか下に、さまざまなもの翳りのなかに溶かし隠し忘れさえして。

   蜥蜴は這いはしなかった。

   その、そう思った瞬間に、数歩だけ這った。

   在り得ない夢のように。

   或は幻のように。

   あるいは不意の陽炎のように。

   自分の這った痕跡さえ殘すことなく、あざやかにも。

   蜥蜴はそして立ち止まった。

   そのまま枝にさかさまにぶら下がっていた。

   と。

   そう思ったその瞬間にだけ、数歩だけそれは這った。

   蜥蜴は。

   わたしにあきらかに見つめられた儘に。

   在り得ない夢のように。

   或は幻のように。

   あるいは不意の陽炎のように。

   自分の這い得た可能さえ兆すことなく、赤裸ゝにも。

   蜥蜴は私を見ているに違いなかった。

   聲はなかった。

   気配も。

   たとえば私の爲に、——わたしを振り向かそうとする爲に、うちならされた掌の音も。

   なにも無くにわたしはゴックの家の二階を見上げた。

   ゴックが濡れた髪をさらしてそこに居た。

   わたしは彼女が其処に居る事をすでにしってたように想った。

   すでに、——いつに?笑んでいた。

   ゴックは。

   開け放たれた窓の向こうで、そこでしか私に垣間見れないかのように。

   私はすでに笑んでいたのだった。

   ゴックに鍵を見せた。

   そして、それをポケットに入れるのを見せた。

   ゴックは殊更に喚声をあげて、そして笑った。

   わたしはすでに知っていたにちがいなかった。

   彼女が今聲を立てて笑うのを。

   すでに見ていた気がした。

   わたしを見ている蜥蜴と同じように。

   ゴックがそこに立っていたことも。私をすでに見つめていたことも。

   わたしが見ていた蜥蜴と同じように。

壬生はバイクのエンジンを入れた。その音を腰の下に聞いた。体に疲労感はなかった。倦怠感だけがあった。ゴックにもう二度と逢わないと、壬生は思った。あなたはまだ、——と。壬生は思った。わたしにさえ捨てられたと、あなたはまだ知らない。壬生はそう心にだけ思った。かくて偈を以て頌して曰く

   豹變する

    云わなかった

   いつでも世界は——たとえば世界、と

    ゴックには、わたしは

   まなざしがそう名付けた謂わば假りの仮定は

    その時に

   いつでもあざやかな豹變を

    想い出していたのだとは

   そこにさらして、眩み

    彼女の胎内がわたしを

   白ませる。おもわずに

    感じて、そして

   目を奪われたその眼差しをさえ

    それぞれに

   あざやかな白濁

    微笑み合って、むしろ

   あきらかな混濁

    それぞれに

   あなたは知っているか

    お互いを赦し合った

   口から無数の管に貫かれた(——目の前で)

    そのあとで

   心臓をさらした(——目の前で)あなたは

    彼女のからだを抱きなおしながら

   その(——目の前で)翳り

    ソファの上に

   あきらかにわたしの(——目の前で、まさに)翳る翳りは

    身を投げて、その時に

   心臓を(——わたしの目の前で)伸びた管に咀嚼させながら

    わたしが初めて抱いた男のことを

   心臓は貪った。喉の肉を

    わたしを始めて

   魂ら(——目の前で、まさに)

    その

   見たこともない魂さえもが(——目の前で)翳りのうちに

    彼、その

   地面に顏を(——目の前で)さらしていたのだった

    少年。十二歳の

   大津寄稚彦を抱いたときにも

    彼女には云わなかった。わたしは

   豹變する

    いまだに彼を愛しているとか

   いつでも世界は(——いつでも)

    戀しているとか

   まなざしがそう名付けたものも

    そうではなくて

   いつでもあざやかな(——いつでも遠く)豹變を

    わたしはすでに忘れていたのだった

   そこにさらして(——いつでも過剰に)白ませられた

    いつでも

   おもわずに(——過剰に遠く)

    すでに

   目を奪われたその(——過剰に大きく)眼差しさえが

    あの少年のことなどは

   あざやかな(——過剰に盈たされた)豹變

    忘れたものをこそ思いだすなら

   あきらかな豹變

    忘れたものを、その限りに於いてまさに思い出だすというのなら

   あなたは(——わたしを咬む)知っているか

    その故にのみ

   自分の心臓に喉を咬みつかれた

    すでに(——わたしは咬まれ)覺えてさえいなかった

   まさにわたしは

    すべて(——咬んだ)悉くはすでに忘れられていたのだった。

   目に現れたもののすべては








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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