修羅ら沙羅さら。——小説。22


以下、一部に暴力的な描写を含みます。

ご了承の上、お読みすすめください。


修羅ら沙羅さら

一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部

蘭陵王第二



ね、…と。ゴックはささやいた。耳元に、(——ね?)そして壬生は(——なに?)我に返ると、「匂い、…(——ね?)するね」ゴックが(——どうしてあなたは、)耳元に(——ね?)言った。「匂っていい?」壬生は(——ね?)笑みもせずに「はじめて。」ゴックを(——なに?)見「はじめて、(——どうして、)これ、(——どうしてあなたは、)見た」シーツを(——蟹股で步くの?いつも)汚したそれを(——蟹股で步くの?いつも)左の藥指に撫ぜると、(——蟹股で、どこででも、)ゴックは「…臭い。」鼻に近づけて「…ちょっと」嗅ぎ、(——ね?)そして「臭くない?」笑った。かくて偈を以て頌して曰く

   いっぱいいるよ

    あきらかに

   笑いながらそう云った。ゴックは

    あからさまなほどに

   ひとりで、ソファの上に

    それはたしかにうつくしかった

   わたしのひざのうえに身を丸めながら

    あるいはいつでも

   どこでも、もう

    そのおんなのかたち

   いっぱいだよ、もう

    はだのしょっかんと

   そう笑いながらゴックは云った。ひとりで

    そのしきさいも

   ゴックは私の腕の中に

    たとえばかのじょのしろいいろは

   ことさらに甘えてしがみつきながら

    あきらかに

   光がさす

    ひとのめの

   ななめに

    そのめのみいだす

   皴がよる

    ふうけいのなかで

   皮膚の上に

    そのいきづく

   その贅肉の

    しわのよったからだの

   骨格の当然に従っただけの

    かたむきさえもが、あるいは

   ただひとつの直線をみせることもなく

    広大な風景

   すべてがやわらなんく曲がる

    巨大な、どこまでも広がる風景

   息遣い乍ら

    もしも菌と、細菌と、ヴィルスと極小のヴィルスにおなじような

   いっぱいなんだよ

    ヒトの目とおなじような

   笑いながらそう云った。ゴックはむしろ

    眼球さえあれば?

   自分自身の企てだったかのように

    広大な風景

   わたしのからだに身をあずけてほくそ笑み

    果てるともなき

   どこにも、もう

    無際限な迄の

   いっぱいるんだよ、…ここにも?

    ただひたすらに

   笑いながらゴックはひとりで我に返った

    広大な。そこに

   ここにもいるよ

    それは軈而滅びていく、そんな

   ことさらに甘えてじゃれつきながら

    広大な

かくに聞きゝ壬生木製の椅子に横たわりて背に尻に太ももに又肩にも木の固さ更には冷やみたる温度感じき上になりたるゴックに撫でらるにまかすゴック時に笑ひ唇に壬生の肌又は骨格又は筋肉等を觀じき又指さきに壬生の肌又は骨格又は筋肉等を觀じきかくて頌して

   あなたに話そう。

    元気?——さいきん、さ

   まさにあなたの爲に話そう。

    と。突然、そして。——おれ、さ

   ——出て来たよ。

    そうなの?と。軈而。——いがいに、さ

   そう云った。ゴックは。

    なんで?——ほんばっか、よんでる

   かすかに、あきらかに笑んで。

    その私の返信に片岡信夫はなかなか答えを返さなかった。——なんか

   その上半身をわたしの上に起こした儘に。

    ——誰?——なんかね

   なにが?

    ゴックが云った。——ひまつぶし?

   わたしには喉の奥にだけそう云った。

    ——ともだち?——というわけでもなく

   隱す氣もなく。

    最近、本ばっかり読んでる。——さいきん、さ

   だれに聞かれる心遣いも無い空間に。

    片岡はそう、Lineに送って寄越した。——おれ、さ

   聲をひそめて。

    なんで?——ほんばっか、よんでる

   ゴックだけがそれを聞いたような気がした。

    ——誰?——ひまつぶし?

   斜めに肌に翳りを這わせた。

    ゴックがそう云って、笑った。——みたいな

   光が。

    わたしも。彼女を見上げながら。——ひまつぶし?

   光は部屋の中に、いつでも斜めに差すから。

    ——日本人?——というわけでもなくて

   光の、そのみづからの鮮明の中に塵をこまかく点在させて。

    仏教の本。——なんか、さ

   そのきらめきの極端な微細を。

    片岡のその返信に、わたしはゴックを見詰めながら笑った。——なんか、ね

   ——まだ、出て來るよ。

    聲もたてないで。——さいきん、さ

   ゴックがそう云った。

    ——日本人のともだち?——いそがしいんだけど

   眼差しを茫然とさせて。

    なんで?——いや

   顯らかに私だけを見て。

    Covid19の影響?——ひまなんだけどね

   かならずしも、わたしの何を見るともなくに。

    人、いっぱい死んだから?——やることないわけじゃない

   ——いっぱい、出て來るね。

    ——日本人だね。——かならずしも、

   ゴックはそう云って、笑った。

    ——日本人のともだちだね。——…さ

   だれの爲に?

    片岡は返信を寄越さなかった。——かならずしも、

   自分の爲だけに?

    そもそも勝手に彼の方がメッセージをよこしたのに。——さいきん、さ

   自分と自分の見ていた私の爲だけに?

    いきなり。——なにをかんじるってわけでもなく

   わたしの爲に。

    ——ともだち、いないからね。——なにをかんじたいってわけでもなく

   わたしと、私が殘したものの爲に?

    ——壬生先生、私以外に、ベトナム人。——まして

   わたしの殘したものと、自分と、わたしの殘したものを体内に殘された自分の爲に?

    ——ともだち、いないからね。——というわけでもないんだけどね

   その時間の爲に?

    ゴックが笑う。——さいきん、さ

   わたしといたその。

    ——日本人のともだちだね。——げんき?

   空間の爲に?

    邪気も無く。——ひまだから

   わたしといたその、空間と時間の爲に?

    寧ろ素直に。——さいきん、さ

   記憶の爲に?

    それ以外に、讀む本ないから。——というわけでもなく

   常に記憶されていき、かつ膨大な忘却を、——記憶されたとさえいない、あるいは忘却とさえ言えない…

    ——と。——まして

   何の爲に?

    忘れた頃に返されたメッセージを讀んだ。——なにをかんじたいわけでもなく

   わたしの腕がのばされて、その目の前の空間に停滞するのをゴックは抗わない。

    身を折り曲げたゴックのくれた口づけのあとで。——まして

   指先が、やがて唇に触れる時にも。

    なめた。——さいきん、さ

   肉体。

    ゴックは、唇を自分で離した時に。——げんき?

   潤いのある肉体。

    わたしの許可も無くに。——なにをもとめてるわけでもなく

   殆どが水分だから。

    讀む気も無いけど。——まして

   肉体。わたしをだけ知った肉体。

    そして離された唇に抗うように。——おれ、さ

   すでに知って居た筈だった。

    つまんないんだけどね。——ほんばっかよんでる

   顯らかに、いわゆる普通に結ばれることはないことをは。

    ひとりでわたしの唇をなめた。——さいきん、さ

   いかなる帰結を予測し、又は願っていたのか、わたしは知らない。

    まったく、おもしろくない。——げんき?

   たぶん、ゴック自身知らないから。

    舌が匂う。——おれ、さ

   唇をかすかにめくって、齒にふれた。

    悪臭でもなければ芳香でもない。——なにがしたいってわけでもなく

   指に唇の内の濡れた触感とそのあまりにも自然なやわかさと、そして自然すぎる齒の固さがあった。

    悪臭以下、芳香以前の。——まして

   ぬめりけのあるもの。

    かつ、鼻にひそかに、嘘をついて咬みつくような、陰湿な。——なにを

   唾液の?

    なんで?——さいきん、さ

   おそらくは、あらゆる細菌を。

    ほかに読む本ないから。——なにをかんじようとしたわけでもなくて

   菌を。

    私を見て…と。——さいきん、さ

   時にはこまやかなヴィルスを、しずかに勝手に生息させる。

    ゴックは云わなかった。——おれ、さ

   口づける時、すさまじい交歓がある。

    私だけを見て…と。——げんき?

   交換される細菌のむれの。

    ゴックにはそう云うきさえないのだった。——しってる?

   菌の群れの。

    単なる存在論?…じゃない?——おれ、さ

   ヴィルスの群れの。

    だれかの爲に。——きのうも、おれ、さ

   ゴックはそれでもかの女が私を愛していると思う。

    とか。——さいきん、さ

   わたしをだけを。

    だれかを贊える爲に。——しってた?

   だれを?

    とか。——ね

   解析不能なさまざまな集合躰を?

    そういうんじゃなくて。——わかる?

   知っていた。

    ただの存在論じゃない?——おれ、さ

   わたしはすでに。

    こうだから、こうだっていう。——わかる?

   わたしのそれを、ゴックが指先に撫でつづけるのを。

    違う?——おれ、さ

   云う。

    だから、まだしも読んでられる。——さいきん、さ

   ささやくように、ゴックの唇が。

    返す。——おれ、ね

   斜めに肌に翳りが這った。

    どうしたの?——しってた?

   光が。

    言い訳してる?——しってる?

   光は部屋の中に、いつでも斜めに差すから。

    お前、言い訳してるの?——おれのさいきんのどうこう

   ゴックの息遣うたびに、色彩としてどうしても認識され切り得無い微妙の。

    なんで?——さきんのおれの

   その翳りと照りの極端な微細をさらす。

    すぐさまに、片岡は返した。——ほんばっかよんでる

   ——すごいね。

    なんで、そう思うの?——ひまではない

   ゴックが云った。

    言い訳してるみたいだから。——…んだけど

   彼女の唇に。

    わたしはそう返した。——ひまではない

   ——まだ、できるね。

    まさか。——かならずしも

   笑う。

    元気?——さいきん、さ

   ちいさく歓喜して、彼女はひとりで勝利する。

    ベトナムはどう?——しってる?

   何に?

    ——元気?——しってた?

   顯らかに彼女は勝利していた。

    ゴックは云った。——おれ、さ

   ——なんで?

    コロナ、大丈夫?——さいきん、ね

   ピッチの髙い聲。

    ——日本のともだち、…——見えた

   ——まだ、できるよ。

    さわる。——さまざまな風景

   ピッチの上ずった聲。

    ——元気?——見えた

   ベトナム語の時はもっと髙い。

    赦すような眼差しで見る。——そんな気がした

   ゴックは指先の、堅さを維持させる爲にまさぐり続けていることには気づかない。

    ゴックは、私を。——みたこともなかった、そんな?

   ——わたしがいいんだね。

    そして私の唇に触っていた。——そうではなくて

   ゴックは云った。

    ——元気?——みつづけていたもの

   ——まだ、できるんだね。

    まるで、いかなる返答を唇が吐くことも禁じたように。——すでに

   ゴックが云う。

    さわる。——見えた

   自分の爲に?

    ゴックの指先で。——さいきん、さ

   自分とわたしの爲に?

    ——元気みたい。——見たこともなかった風景

   わたしの爲だけに?

    わたしは云った。——予想だにしていなかった風景

   自分の勝利の爲に?

    知っていた。——まさか

   自虐的な歓喜の中に?

    そのときに、ふれた。——さいきん、さ

   自虐性に気付きもしない歓喜のうちに?

    ゴックの指先がわたしの齒に。——そんな?

   ないし、もともと自虐の欠片も無い素直なだけのひとりの歓喜の爲に?

    笑んだ。——まさか

   何の爲に?

    聲もなく。——ましてや








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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