修羅ら沙羅さら。——小説。21


以下、一部に暴力的な描写を含みます。

ご了承の上、お読みすすめください。


修羅ら沙羅さら

一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部

蘭陵王第二



「日本ってさ?」壬生は云った。「何?」片岡は応えた。「封鎖とかしないの?」「経済優先…だってさ、たぶんコロナの實被害以上に、人、死ぬね。放っといたら。たぶん。日本人…政府って、放っとくのが好きだけどな。ま、死ぬね。大量に。」「仕事なくて?」「つぶれて。首になって。あぶれて。」「おれと一緒じゃない。」「或る意味、飢饉の危機な。むかし百姓今サラリーマンね。百姓もサラリーマンもみんな飢えて死んじゃうよ。そのうち、一揆起きるんじゃない?」片岡は笑った。壬生も彼の爲に笑った。かくて偈を以て頌して曰く

   その朝夢を見ていた

    いつものように

     あのひとの

   ひとりで、あるいはなぜ

    ユエンは体温をはかった。わたし

     ははの

   ひとりでしか夢を見ることが出来ないことに驚かないのろう?

    たぶんコロナよ。…と、彼女は笑って

     ははなる

   ないし、恐怖を?…その、圧倒的な

    わたしに耳打ちした。英語で

     ははのおおぐち

   固有性そのものきらめきに散る

    わたしはもう、たぶんコロナよ

     あけひろげたくらいあな

   それら花のような小さな粒が

    そう云った。戲れとして

     あのひとの

   空間の中に。夢見られた

    真摯な、ただ自分にたいしてだけ真摯な

     ははの

   むしろうす紫に翳る淡い空間の中に

    あきらかな歎きとして

     ははなる

   暗示だよ

    熱あるの?云った私に

     ははのおおぐち

   わたしはささやく

    ベトナム語で答えた。——ないわよ

     あけひろげたくらいあな

   暗示だよ

    わたしは平熱よ。でも

     あのひとの

   わたしは自分の耳にあざ笑いながらささやく

    すこしくらいなら、一日のいつかは微熱を感じるに違いない。だから

     ははの

   あなたは今、夢にまでそのナノ・ウィルスの夢を見る

    知ってる?…なにを?

     ははなる

   ちいさな、軈而ほろびるしかない花のような粒が

    わたしはもう、コロナなのよ。…どうする?

     ははのおおぐち

   滅びる前にはじけて割れた…分裂する

    何が?…わたしが死んだら

     あけひろげたくらいあな

   それは繁殖だったのだろうか?

    コロナで、みんなと同じように

     あのひとの

   引き裂かれる…それを

    私が死んで仕舞ったら

     ははの

   あくまで繁殖と呼ぶのだろうか?

    あなたはどうするの?

     ははなる

   割れて砕ける…その凄惨を

    わたしは笑った。聲に

     ははのおおぐち

   いくつかに割れた残骸のむりやりの自己修復のそれぞれを

    わらった聲にはしないままで

     あけひろげたくらいあな

   それは繁殖と呼ばれるものなのだろうか?

    わたしは吐いた自分の息に

     かえりみれば

   ほろびる前にみづから滅びる

    かすかに笑った

     わたしのめはみるのだった

   淡いうす紫の翳りの中に

    わたしは彼女の爲に

     そのまどのむこう

   わたしの口の笑った聲の

    笑った。いつもの

     ははのあごを

   残忍を聞いた

    いつもの朝のように

     みつめたまなざしのむこうに

かくに聞きゝ7月31日午前雨降りき故に雨の中壬生ゴックが家を詣ヅ家出るに先立チて那我琉流摩麻爾連絡スることナしすデに都市封鎖されヲはりたればながれよゴック在宅ならんかくに壬生思ひきゆゑなりかくて那我琉流摩麻爾ゴック在宅せり家前ノ鐵門内から鍵かけたルが前に着きて壬生ながれよクラクション鳴ラしタるにゴック那我琉流摩麻爾一階の入り口が翳りかラ姿を見せキかくてゴック壬生をながれよ那我禮弖

とめどもなくに

雨は

あめよ

あめよもはや

とめどもなくながれよ見て覩をはる前にすデに笑みて笑みをはりて聲にひたいに歓喜の色さラしタるに一度はなに立ち止マりて後ろ深くはなすじに翳りタるヲ顧ミき壬生は見きかくてくちびるにゴック奧に一度入りやヤありてあごに奧より人出で來タりき壬生ハ見キ壬生よりわずかにくびに年上ならん但シ自分には未ダくびすじに無き老ひの翳り濃くテ壬生ながれよ目に年上にも觀ジて壬生は那我琉流摩麻爾見キ男の顏すがた余すなく見てながれよ男笑むかくて一度那我琉流摩麻爾壬生から目をそらしかけてながれよ

まるで

たにんのながしたなみだのように?

そのしずく男返りミて再びそのしづく殊更に笑いかけきかくて男そのしずく家前なるバイクに乗りきかくてそのしづくゴック門に走りて鍵其志豆久開けなんとす壬生ゴックが髪の匂ひ立ち那我禮與匂ひたるを感ジき壬生傍らにゴックがしづく目見開きて壬生を見るなく見開きてそのしずく錠をのミ見不器用にてゴックが目しづく見開きたるヲ見キかくてそのしずくゴック云さく…お父さん。かく也壬生志儛久ゴックに笑みて又バイクの上なる男に志豆久笑みて男壬生ノ目ノ前に娘にひとことフたこと云シてかクて那我琉流摩麻爾去にき迦久弖いまさラに見ルに鐵門が翳にしづくひとり殘りタるゴック白ノそのしずく部屋着の質素に四肢さラして肉付キ誇ルともなく又感知すルともなき儘に沙羅斯弖壬生殊更にも淫靡にも見へき那我琉流摩麻爾ゴック傾ケたル顏にかスかにながれよ

しぶき

ひまつとともに羞じラいの色さラしき壬生目をそラすともなくにゴックの眼を見て覩をはるともなクかくてゴックの目いまさらに我に返りいまさらに壬生の眼差しに恥じらへば黑目斜メに彷徨ひ流レたるを見て見やりてかクて頌して

   あなたに話そう。

    雨の音がした。

     わすれさせるくらいに

   まさにあなたの爲に話そう。

    窓の外に。

     もう

   殊更に飢えたわけではなかった。

    壁の向こうに。

     わたしがいきていることさえも

   いまさらに女に。——女のからだに。

    匂うきさえした。

     わすれさせるくらいに

   ゴックの眼差しが恥じらいと貞淑さを裝って、そしてそれを彼女の現実にした。

    雨の。

     もう

   たったひとつに事実に。

    雨に濡れた土の。

     あなたのそばにいることを

   わたしはかの女の眼差しの求める儘にゴックを抱いた。

    知ってる?

     まさに

   入り口を入ってすぐに、ドアを閉めるともなくて。

    ささやく。

     あなたのかたわらにいたことさえも

   窓を閉めるともなくて。

    …だれに?

     わすれさせるくらいに

   ゴックは鐵門の錠をだけしめて。

    その匂い。

     もう

   カーテンさえ閉めるともなくて。

    雨に濡れた土の。

     なにもかも

   わたしの唇に、抱きしめたゴックの唇を知らせた。

    それ。

     いきをすることさえ

   髪の毛が匂った。

    それは土に生息するある細菌が雨の中に繁殖する匂いなのだと。

     こどうする

   体に、体の触感を知らせた。

    知ってた?

     しんぞうのひびきのあったことさえ

   汗をかいていたのを知った。

    ささやく。

     わすれさせるくらいに

   求めている人間は求められる性急を厭わない。

    だれに?

     あめはにおう

   かならずしも。

    その臭気。

     みずびたしの

   さまざまな視覚と、触覚と、意識のさまざまに心を亂されながらも?

    土の。

     くつじょくのある

   ゴックのさらされた臀部にそのまま光がさした。

    生息の空間。

     なすすべもないにおい

   あの男に何と言ったのだろう?

    繁殖の空間。

     わすれさせるくらいに

   わたしはいまさらにそう思った。

    その中に。

     もう

   あの男はなんと思ったのだろう?

    生息していた物の匂い。

     かこのすべて

   彼は思ったに違いない。自分よりはるかに年下の外国人、と。

    知ってた?

     いまのすべて

   おそらくは自分と殆ど変わらないわたしに。

    ささやく。

     あしたのすべて

   男は歎いたふうには見えなかった。

    繁殖していたものの匂い。

     きたるべきすべて

   案じたふうにも。

    …だれに?

     ほんのすこしの

   嗔ったふうにも。

    匂う氣がした。

     さっきのわずかのちんもくさえも

   懊悩したふうにも。

    その音響の中に。

     わすれさせるくらいに

   男はわらっただけだった。

    雨の。

     もう

   娘の爲に聲さえ立てて。

    雨の音響。

     ひびきたつ

   わたしの爲に眼差しさえくれて。

    水滴の無数の殴打の。

     ひびきたつあめの

   まるで来年結婚する、娘とあたらしい息子を見ているかのように。

    暴力的な?

     そのしゅうきに

   ゴックは我に返って茫然とした。

    その雨の雫の無際限の中に咲く紫陽花の花にとっては。

     ふれたすべての

   ソファに手を附いたままに。

    その新芽にとっては?

     かたちはいつか

   立った足の贅肉を震わせもしないで。

    枝と枝ゝの間の。

     あめをうつして

   わたしはそれを確認した。

    葉と葉ゝの翳りの下の。

     ひそかにうるむ

   自分のうちから流れ出していくのを、顯らかな触感として。

    そのあたらしい葉の芽吹きにとっては?

     うるおった

   ゴックは茫然として我に返った。

    鮮明な暴力。

     まなざしのしたの

   ゴックが熾り狂うとは思えなかった。

    それなしでは生きてはいけないのに?

     そのほゝを

   彼女は受け入れるに違いなかった。

    それなしでは生息できもしないのに?

     ぬらしたその

   さらされた背中の肌が翳りを這わした。

    それなしで。

     おんどのあるなみださえ

   たしかにそれは美しかった。

    繁殖など不可能なのに?

     わすれさせるように

   ゴックは頸を捻じ曲げて私を見た。

    擊つ。

     もう

   ずりあげたTシャツが垂れて、肌にはった翳りを消した。

    無数の、無際限の、かつ小さな。

     あなたさえも

   ゴックが身を起こして、背中を私の胸につけた。

    かつつらなりかさなって今や巨大な。

     かさなりあって

   体温があった。

    無慈悲な迄の。

     いきづかう

   ゴックが後ろ手にわたしを抱きしめようとして、そしてわたしはそれを赦さなかった。

    音を聞いた。

     あなたのあきらかな

   私の腕にはがいじめにされるままに、ゴックは任せた。

    雨の。

     そんざいさえも

   尻をかすかに上下させた。

    ゴックの喉の。

     わすれさせるように

   確認してるように思えた。

    よろこびの聲?

     ぼくらはきいた

   知っていたはずだった。

    濁音の、獸のうなるような。

     ときにはごうおん

   笑っているように想えた。

    みじかい音声のノイズの連続。

     そらそのものが

   すでに笑っているに違いなかった。

    あまりにも不似合いな。

     ひびわれてもはや

   その頬が。

    濁音の。

     なすすべもなく

   ねじった頸に引き攣った皴をさらして、ゴックは私を見た。

    雨の音がした。

     くずれおちるような

   ——すごいね。

    コンクリートを擊つ。

     ぜつぼうてきな

   云った。

    隣家のトタンの。

     あめのごうおん

   その利き腕が自分の腹部を撫でていたことは知っていた。

    濁音の。

     むしろもっと

   私は。

    ゴックのよろこびの聲?

     そのせんさいな

   そして彼女の爲にほゝ笑んでいた。

    濁音で、獸がうなるような。

     ちいさなみヅの

   ゴックはわたしに云った。

    みじかい一音のくりかえしの。

     つぶのむさいげんよ

   ——なんで?

    音響。

     もはやまったき

   ——嬉しい?

    匂う。

     きょうぼうなぼうりょくとして

   ——なんで、私がいいの?

    ゴックの肌の。

     ふりしきって

   ゴックはそう云って、笑いかけた儘の眼差しをその儘に、真摯な哀れみを添えた。

    ぬれた土の?

     うち

   わたしの爲にだけささげられた憐れみ、その

    あざやかな臭気。

     うちみだれ

   ——出来ちゃうね。

    あまりに鮮明な。

     うちぬけばいい

   目に。

    アルファルトの上でも匂う。

     そのむきだしの

   ——ほしい?

    ならば、その黑いタールの上にも繁殖していたのだろうか?

     きょうたいをさらせ

   かのじょの眼に。

    生息命の匂い。

     そのむきだしの

   ——私がいいね。

    濡れた土の。

     いのちさえない

   翳りの色も匂いもなくて、眼差しの気配だけが翳る。

    ゴックの喉の濁音を聞いた。

     いとなみのうちに

   ——壬生先生は、私がいいね。

    匂う氣がした、その雨の匂いが。

     殲滅を

   わたしは応えなかった。

    土に繁殖する。

     壊滅を

   ゴックはそれに同意を感じたはずだった。

    アスファルトの上にも?

     全壊した荒れ野にさも

   ゴックはすでにわたしを赦していた。

    例えば東京の。

     うち

   その眼差しの中に。

    サイゴンの?

     うちみだれ

   私を見詰めたその、そして私のしたことを赦したわけでもなく。

    ダナンの。

     うちむき

   そもそも咎めた譯でも無く。

    匂う。

     もはや

   ゴックはすでに私をゆるしていた。

    髪の毛が?

     むきぶつらのみの








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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