修羅ら沙羅さら。——小説。20


以下、一部に暴力的な描写を含みます。

ご了承の上、お読みすすめください。


修羅ら沙羅さら

一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部

蘭陵王第二



すぐ近くに、住んでる。そうゴック・アインは云ったのだった。この、繪、書いた人、——男?壬生が不意に尋ねたので、ゴック・アインは一瞬とまどって、そして壬生を見詰め、そして笑み、その笑みが壬生の目に、すでに音もなくふりかかった気がした時には、——知らない。ゴック・アインの独り言散るに似た聲を聞いていた。——知らないって?——見ても、良く判らない。…聞かなった。性別は?——判らない?——逢えばわかるよ…かわいそうな人——軈而、ゴック・アインは(——そうやって、)思いだしたように、(——そうやってひとりで)病気なのかな?(——そうやって)

病気?(——いつでもあなたは)

あの(——まるでいま)画家。

画家?(——気付いたような)

だったら(——あなたは)嫌だな。

なんで?(——まるで)

うつったら、…(——まるで今)嫌なんじゃない?…やっぱり。

そして(——振り返ったそこに)壬生は(——気付いたかのように)ゴック・アインがその(——ぼくの)唇の端に(——ぼくの)ひとりで立てた笑い聲を(——あなたは、)聞いた。(——ぼくの存在を。)邪気も無く、素直な、(——そこに)

じゃない?

そして(——振り返ったそこに)

違う?(——あなたは)

そのささやき聲を(——はじめて、と)聞き(——ゴック・アインは)かくて(——ほゝ笑みさえしながら)偈を以て頌して曰く

   その画家はひとりでかいている

    そう云った。ゴック・アインは、私の

     その、言葉など、うめき声さえ発さない

   同じ白い繪を。そのバリエーションを

    許可を得ることもく、又

     その口。分厚い、斜めにゆがんで垂れた

   おそらくは

    許可など得ようともしないで、ひとり

     その唇。なぜか

   それがバリエーションだということを気付きもしないで

    自分勝手に、そして傲慢に

     こさらに黄色い齒、ぎざついた

   その画家はクアン・ナムの海の近くの家で

    そのやさしい聲で

     疎らな齒。片方の目をおおいつぶし

   ひとりでかいている。いまも

    ややピッチの高いテナーで、耳元に

     膨らんだ奇妙な腫瘍?…の

   彼が死んでさえいなければ

    そう云った。私の傍らに

     表面に生えた毛の密集

   例えば新型コロナで?

    横顏を許可も無く

     そりかえった背で

   世界中で大流行の

    私の許可も無く

     自分の背中をへし折ろうとたくらんだほどに

   結局はどうすればいいのか未だ

    許可など得ようともしないで

     反り返った背なかで

   誰にも判っていない

    そう云った。彼が

     息遣う。いつでも

   その病気で。結局は

    或は彼と私が

     あらい、深呼吸のように

   これからどうなっていくというのか

    これからなにをするのか

     大きく開き切った左目の黒目は

   未だ、誰にも

    私はすでに知っていた

     白い

   たぶんわかってはいない儘に、綺麗に

    まかせたのだった。わたしは

     雪の降ったようにも

   とてもあざやかに

    ふたりがそうするように

     まさに白く

   アメリカをぶち壊して崩壊させた

    ゴック・アインが私を抱きしめる儘に

     ひたすら白く

   新型コロナで?

    目を閉じはしなかった。わたしも

     自分が惨殺されたとしても

   死んでさえいなければ

    彼も。お互いに

     彼は気付かないはずだ。自分が

   その家はむかし豚と鷄を飼っていた。いまは

    見つめるのだった。あまりにも近いふたりの

     死んで仕舞ったことさえも

   その画家とその母親しか住んではいない

    その距離の中に

     死に懸けた眼にさえも

かくに聞きゝ7月30日壬生ユエンを送りテ後町をバイクに廻りき行ク宛ても那ク爾町を通ルに飲食店等悉く店を閉メき政府所謂ロックダウン通告シき町にCovid19の注意看板注意広告等張りめグらシきベトナム社会主義国家なればもトより町にスローガン付き看板散見され日に灼かれり日本の戦後の教科書に見る日本ノ戰中期敎科書等思はせる絵柄に軍人ラ農民ラ市民ラ母ラ父ラ子供ラ一致団結し向かふの方向を見て笑みて見て決意してありきそれらが絵柄と全く異なりてCovid19看板今風なればさざなみは異ナる時代が雙つ同時にさざなみは出現シたかに見ゆ壬生さざなみおかしくてひとりさざなみつづけて笑ミきユエンが家の近クにさざなみミーの店すでにさざなみつづけたそのなみの

ふいにめざめた

その

めざめたなみののたうちまわったなみしぶきの

しぶくひまつ

さわぐひまつよ

さわぎちったひまつよ

ひまつよそのしぶきあげたたかみに

シャッター下ろシて人気なし店の前に隣の家ノ者プラスティックの椅子出シてひとり翳りに勝手に憩ひき是れ三十代の男なりき半身裸に汗の気配なく短パンに殊更に太き足にノみ日が差シ當るを男いさゝかも気に留メざりテをりき壬生家に歸りてメッセンジャーにレ・ハンのメッセージあルを見きいまなにをしますかかく也壬生返さんトすルに居間に隅に物音ありきかクてそちら見テ視遣るに鼠ノ大なる一疋むしろ壬生が方に向かひて疾驅して俊敏なりきそノ色灰黑色の翳り足の先の遠からざるを驅け抜けテ庭に消ゑり壬生片岡信夫がこと思ひ出テ壬生彼に連絡せりかクて頌シて

   あなたに話そう。

   まさにあなたの爲に話そう。

   ——どうしたの?

   そう云ったのは私の方だった。

   私が鳴らした着信を片岡は取って、そして、笑い聲さえたてずに、或いは戸惑いさえ見せずに云った。

   ——何が?

   ——どうしたの?

   ——電話、かけてきときて自分がそれ云う?

   片岡は聲に出して笑った。私は云った。

   ——今日、何曜日だっけか?

   ——今日?

   ——木曜日?

   ——いや、…それ明日だね。

   ——まだ生きてるの?

   ——死んではいないね。もうすぐ死んだらごめんな。

   ——今日仕事じゃないの?

   ——だったら連絡するなって。…家にいる。いないけど。

   ——四次元にでも迷い込んだ?ひょっとして異世界ってやつ?

   ——カフェ。…というか、喫茶店。純喫茶。昔ながらの。…暇だからね、ここ。若干高いけどな。

   ——金持ってるじゃん。

   ——椅子がいいんだよ。家にいても暇だし。

   ——仕事は?

   ——今も仕事中だよ。リモートワーク。…的な。ネット対応してるだけ。ま、…暇だね。お前も暇そうじゃない?

   ——すさまじく暇だね。こっちも始まったよ。また。コロナ。

   ——聞いた。コロナ優等生だったけどな。

   ——たぶん、相当深く入り込んでる気がするな。日本みたいになるかも。…ならないか。

   ——こっちはやばいよ。又8000人だっけな?…新しい患者。…もうすでに前みたいになってるよな。三月四月の…

   ——それで、何もしないんでしょ?

   ——非常事態宣言?…何をいまさらっていうのもある。

   ——そう思ってるの、日本人だけじゃない?来年、ふと気付くよ。

     遅ればせながら。自分たち所詮、島に生きてる島の莫迦なカエルだったって。

     一回、滅びちゃった方がいいんじゃない?もう立派な後進国だしね。

     …去年かろうじて二流国。たぶん来年三流國。ないしそれ以下。

   ——結構云うね。恨んでる?

   ——暇だからさ。若干自虐的な、とはいえ客観的な事実。

     お前、外人だったとして、コロナでさえ違いが出せない先進国カテゴリーの所詮外国に、お前、興味ある?

   ——俺、思うんだよ。

   ——何を?

   ——結局、中国の武漢で…諸説あるけど、とりあえず武漢の市場で蝙蝠買って食った奴が居たとしよう。

     とりあえずの、いま一般にそう云われているように仮定しようよ。そいつが、最初のコロナ患者だろ?

   ——そうな。

   ——そいつ、例えばコロナのアダムと名づけとこうよ。乃至、コロナの伊弉諾ノ尊、…か?おれたち的に云ったらば?

   ——で?黄泉の国にでも行って仏陀にでも逢うか?ツァラトゥストラの亡霊にでも?

   ——コロナの伊弉諾は死なずに生きてたとしよう。ひとり完璧な抗体持ってゝね。

     で、そのコロナの伊弉諾は、…ま、殲滅の創造者伊弉諾は、惡意があったとは言えないだろ?

   ——好きなもん、喰っただけだからな。

   ——クジラ喰い生食する日本人の野蛮、牛豚ジビエ屠殺して肉食の白人たちの野蛮、犬喰い蝙蝠喰う中国人の野蛮。

     どっちもどっちな。とは言え、真鯛の刺身が文化なら蝙蝠喰うのも文化だろ?

   ——で?

   ——悪意もない世界殲滅の創造者伊弉諾は今、武漢の外れで今、どんな想いで世界みてるんだろう?

     或いは、自分以外の家族が自分がまき散らしたヴィルスのせいで死んじゃってたとしたら?

     …たったひとり残ってたとしたら?

   ——孤独だろうか?

   ——世界で一人だけ生き残った気がしてるだろ?おそらく。俺には判る気がする。

   ——なんで?

   ——わかるよ。さらに、彼は自分に惡意がないこともちゃんとしってるんだよ。世界殲滅の創造者伊弉諾は。

     彼は多分野に咲く花が好きで詩経暗唱するのが趣味なんだよ。世界殲滅の創造者伊弉諾は。たぶんね。

     でも、世界殲滅の創造者伊弉諾は、彼こそが世界殲滅をもたらしたことを知ってるんだんよ。…どう思う?

     …すさまじい悔恨、判るでしょ?

   ——なんで?

   ——わかれよ。その気も無いのに、気付いたら世界を殲滅してたんだぜ。

     世界殲滅の伊弉諾は、そんな風景を見た譯よ。…たぶんね。

     まちがいなく、世界殲滅の伊弉諾は、ひとり誰よりも深い悔恨の中で桃でも喰ってるのさ。

     なすすべもなく。もうコロナじゃ死ねない快癒した世界殲滅の伊弉諾は。

     伊弉冉の体を焼いた焰さえ、自分の体が吐いた焰だと知りながら、…ね。

   ——なんの話?

   ——罪と罰。そして罪ならざる罪の罪と、罰にあたわざる罪にふさわしい罰を求める魂の懊悩について。

   ——愚劣だね。

   ——なんで?

   ——あきらかに、自分に落ち度、ないんでしょ?

   ——だろうな。

   ——結局、それ、自己憐憫でしょ。そうやって、懊悩を以て自分を無罪化する。

   ——そうかな?

   ——じゃ、なんて言ってほしい?

   片岡は黙った。

   そして笑った。

   そして笑って、後に云った。

   自分の笑い聲がおさまるのを待った後で。

   片岡はわたしに言った。

   ——べつに。なにも。お前にはなにも求めてない。

   ——何かあったの?

   ——そのうち判るよ。

   そしてわたしは彼の爲に聲を立てて殊更に笑った。

   ——知ってるか?

   私は云った。

   片岡の爲にだけそう云って息音に笑った。

   ——コロンなって再感染するらしいね。いくら快癒しても…治っても。

   ——それで?

   片岡はその通話を切った。








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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