修羅ら沙羅さら。——小説。17


以下、一部に暴力的な描写を含みます。

ご了承の上、お読みすすめください。


修羅ら沙羅さら

一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部

蘭陵王第二



ココナッツの木の下に、レ・ダン・リーは顕らかに穢らしく見えた。壬生の眼には、その明るい屋外の、ほどよく翳った淡いあかるさの中に赤裸ゝに、極端に痩せた体躯。レ・ダン・リーは思った、なぜ、

あなたは今泣きそうな顏を?

細く、へし折れそうなほどに細く、レ・ダン・リーの十二歳の体躯は無理やりに女の性別を腰回りにだけ兆して見せた。長すぎる首がまるで異質な民族の末裔を思わせた。下唇がめくれ上がるようにも肉付いて、そして顔にも腕にも太ももにも、出た肌の至る所に何らかの皮膚疾患の赤らみが目に痛みを与え、——なんて…

と。

思った、——なんて、無様な。

なにもかもに歎くような顏をしたの?…と。

レ・ダン・リーはひとりで、いま、…と、

その一瞬に。なんて、

なんて、無様な、と。櫛で梳かれたことなどあったのだろうか?壬生はそう思った。レ・ダン・リーの髮は、うしろでひっつめられても猶もことさらに多く、豐かにすぎて、黑い白光りする大口の異物に後ろから咬みつかれているようにも見えて、見つめるひと。

あなたは、ただ、わたしをみつめる。

ほゝ笑み、ほゝ笑んだことさえ、ほゝ笑んだ自分をさえ忘れて

見つめる人、——と、

鼻で、しずかに息をしながら。

やさしいその呼吸をさえ

あなたはだれにも秘密にしたまま、…と。

レ・ダン・リーは心に、見つめ、

見つめる、

見つめる人、と、壬生はレ・ダン・リーを見、かの女の押し付けたまなざしに顯らかに厭いながら、レ・ダン・リーの爲だけにほゝ笑んでやった。かくて偈を以て頌して曰く

   醜い子

    みあげれば

   あざやかなほどに

    あなたはかぜのありかをしるのに

   醜い子

    みあげれば

   姉とは似ても似つかないどこに

    さ、さ、さらら、さ、さ、らら、さらら

   遺伝子の伝えた言葉があったのだろう?

    かぜのありかをかぜみずからは

   醜い子

    しっていたように

   きたならしくて

    さ、さ、さらら、さ、さ、らら、さらら

   醜い子

    かえりみれば

   いじきたなくて思えるほどに

    そのいろがおちるのをあなたはきっと

   目が痛むほどに瘦せて、ただ貧弱な子

    そのめにみたにちがいなかった

   見て覩れば

    ゆら、らゆら、ゆ、ゆら、らゆら、るら

   誰もが知った。醜い子

    はいごにさいたブーゲンビリアの

   かならずしも、——その目はつぶらであどけなかった

    そのはなを

   見て覩れば

    つつんでかおりもなくいろを

   誰もが知った。醜い子

    むらさきにちかいくれいに變えた

   かならずしも、——その唇はちいさくささやかだった

    そのはのむれのなりのはて

   見て覩れば

    ゆら、らゆら、ゆ、ゆら、らゆら、るら

   誰もが知った。醜い子

    しろいかべんをみちづれにして

   かならずしも、——その頬は時に可憐のいろをほのかに兆した

    散る

   見て覩れば

    ゆら、らゆら、ゆ、ゆら、らゆら、るら

   誰もが知った。醜い子

    みぎをみれば

   かならずしも、——その頸筋はほそくながくすなおに頭部を置いた

    みぎのむこうをよくみれば

   見て覩れば

    あなたもそのめにみたのだった

   誰もが知った。醜い子

    虵の皮がまさにみていたように

   かならずしも、——そのなで肩はいつか心に、無垢の想いを思い出させた

    る、るる、る、るるろ、りろ、り、り、る、るろ、り

   見て覩れば

    みぎのじゅもくのかげりのしたに

   誰もが知った。醜い子

    ちのうえに

   かならずしも、——そのあやうい歩みは、地につま先だけで戯れた

    ちにおちたものらのかげりの

   見て覩れば

    もののかたちを

   誰もが知った。醜い子

    とどめぬかげりに

   顯らかに、——その夥しい斑点は何だったのだろう?

    る、るる、る、るるろ、りろ、り、り、る、るろ、り

   赤變したちいさな吹きで物のたどただしい繁茂

    その虵が皮をぬぎすてるのを

   肌に斑らに繁殖して飾るその赤みは。かならずしも——時には心をやさしくさせた

    る、るる、る、るるろ、りろ、り、り、る、るろ、り

   レ・ダン・リーは醜かった

    その虵のあたしい皮が自分であからさまに潤う照かりを

   醜い子。見て覩れば

    る、るる、る、るるろ、りろ、り、り、る、るろ、り

   誰もが知った。レ・ダン・リーは

    乾き渇いた殻の干るのを

   醜い子

かくに聞きゝ壬生あふれ寝室に歸りき歸りて寝台にあふれて横たハりたるレ・ハンを見キ未ダあふれ着衣せざザりきハン壬生にあふれてき附きて壬生に笑みき身をあふれ起こし時ことさらに壬生レ・ハンの髪ノ馨をことさらに嗅ぎ取りきことさらに

あふれて

ことさらに

あふれるように

艷なり壬生ハンに笑み迦祁多ル邇ハンそノま麻に傍ラに逃げて部屋をあふれ出き居間を過ぎて庭にあふれて出きバイク一臺前をとおりて木陰にあふれハンを見ザりきハン壬生をあふれ振り返りて笑ミき日差シあふれて直射しレ・ハンが肌の褐色なる色すでにあふれかえって奪ひきハン聲を立てテあふれ笑いひき壬生のハンを追はざるをハンみづからにあふれて走り笑ひ逃げ息あらげあふれ笑ひあふれて笑みてあふれかえって

こぼれだし

あふれかえって

とめどもないほどに

ハンひとり歡喜せり壬生庭に出き昼ノ光りあざやかに過ギてたゞまぶしきレ・ハン聲たてき言葉なりき壬生解せずコイ聞きたるや壬生は知らずタン聞きたるや壬生は知らず壬生レ・ハンが逃げたる足ノ庭ノ隅に沙羅ノ花ふみ散ら斯多留を見ざりき壬生舞ふ蝶を見やり祁禮バ那里レ・ハン笑ひき邪氣もなしレ・ハンひとりかクて歡喜しき迦久弖頌して

   あなたに話そう。

    彼女はほゝ笑むのだった

   まさにあなたの爲に話そう。

    いつでも

   左手の方にレ・ハンの聲を聞いた。

    まるで彼女に

   時に立てる、笑った聲を。

    知性などかけらもなく想えたほどに

   年齢よりも大人びて聞こえるやや低いピッチのアルトと、その年齢より幼く聞こえる笑い聲の無邪気を。

    無垢に(——清楚に)

   私の耳は聞いていた。

    無邪気に(——素直に)だから(——ふしだらなまでに)

   私は見ていた。

    彼女はほゝ笑むのだった

   蝶のいる空間を。

    いつでも

   光と、ものの翳りと、まさにそこに蝶のいた一瞬の痕跡を無際限に想われるほどに撒き散らし

    まるで彼女に

   揺らめかせるそれ。

    知性などかけらもなく想えたほどに

   蝶のいる空間を。

    無垢に(——清楚に)

   誰もが知っていた。

    無邪気に(——素直に)だから(——ふしだらなまでに)

   レ・ヴァン・ハンは死にかけたレ・ヴァン・クアンを介護した。

    彼女はほゝ笑むのだった

   まさに娘としてけなげに。

    いつでも

   彼女自身が軈而やつれて仕舞うことを案じさせるほどに。

    まるで彼女に

   私も知っていた。

    知性などかけらもなく想えたほどに

   誰もが知っていた。

    無垢に(——清楚に)

   レ・ヴァン・クアンは家出した娘に殺されたようなものだった。

    無邪気に(——素直に)だから(——ふしだらなまでに)

   レ・ヴァン・クアンは死にかけの息を吐きながら。

    彼女はほゝ笑むのだった

   ハンが家出した一週間後にクアンは病院につれて行かれた。

    いつでも

   不意に失神して倒れたからだ。

    まるで彼女に

   レ・ヴァン・カンと、レ・ヴァン・ヒエンと、レ・ヴァン・タムの家で、親族の男とビールの二本目を飲んでいる時に。

    知性などかけらもなく想えたほどに

   レ・ハンと、自分の家で、思わず聲を立てゝ笑おうとした時に。

    無垢に(——清楚に)

   レ・ヴァン・クアンはビールを吐きながら前向き倒れた。

    無邪気に(——素直に)だから(——ふしだらなまでに)

   テーブルの皿を顔面で擊って。

    彼女はほゝ笑むのだった

   兩脚をくの字に一気にたたんで一瞬だけ痙攣させて。

    いつでも

   レ・ヴァン・カンと、レ・ヴァン・ヒエンと、レ・ヴァン・タムとその集った親族たちはみんな知った。

    まるで彼女に

   レ・ヴァン・クアンは尋常ではないと。

    知性などかけらもなく想えたほどに

   レ・ヴァン・クアンはすでに死に懸けているのかもしれないと。

    無垢に(——清楚に)

   レ・ヴァン・クアンはあるいはもう死ぬのではないかと。

    無邪気に(——素直に)だから(——ふしだらなまでに)

   レ・ヴァン・クアンはいずれにせよもうすぐ死ぬに違いないと。

    彼女はほゝ笑むのだった

   レ・ヴァン・ハンは知らなかった。

    いつでも

   家出したばかりだったから。

    まるで彼女に

   電話番号さえ変えていたから。

    知性などかけらもなく想えたほどに

   フェイスブックもZaloも、親族の総てをブロックしていたから。

    無垢に(——清楚に)

   レ・ヴァン・クアンは入院した。

    無邪気に(——素直に)だから(——ふしだらなまでに)

   誰もが知った。レ・ヴァン・クアンは癌だった。

    彼女はほゝ笑むのだった

   レ・ハンは知らなかった。

    いつでも

   家出して一週間たったばかりだったから。

    まるで彼女に

   電話番号さえ変えていたから。

    知性などかけらもなく想えたほどに

   フェイスブックもZaloも、親族の総てをブロックしていたから。

    無垢に(——清楚に)

   レ・ハンを誰もがさがした。

    無邪気に(——素直に)だから(——ふしだらなまでに)

   誰もがすでに知っていた。

    彼女はほゝ笑むのだった

   レ・ヴァン・クアンは娘の爲に死んでいくに違いないと。

    いつでも

   娘こそがレ・ヴァン・クアンを癌にしたに違いないと。

    まるで彼女に

   レ・ハンを見つけたのは7月の始めだった。

    知性などかけらもなく想えたほどに

   グイン・ヴァン・ホアンがダナンで見つけた。

    無垢に(——清楚に)

   その土曜日に、再開していた週末のドラゴン・ブリッジのイベントの人の群れの中に、ハンは友達と戯れていた。

    無邪気に(——素直に)だから(——ふしだらなまでに)

   女が二人と男五人。

    彼女はほゝ笑むのだった

   同じ年頃の一群の中から、グイン・ヴァン・ホアンはハンを引きずり出した。

    いつでも

   ハンの手首をつかみ取って。

    まるで彼女に

   黄色いドラゴンが水を撒いた。

    知性などかけらもなく想えたほどに

   その時に、黄色いドラゴン・ブリッジが水を撒き散らした。

    無垢に(——清楚に)

   ライトアップの光に綠り色になりながら。

    無邪気に(——素直に)だから(——ふしだらなまでに)

   ハンは素直に笑っていた。

    彼女はほゝ笑むのだった

   無邪気なまでに、ハンはホアンに笑いかけた。

    いつでも

   その、五十四歳の、クアンをよく知る親族の一人との偶然の邂逅を、ハンはあまりにも素直に笑って喜んだ。

    まるで彼女に

   ホアンはレ・ヴァン・カンの家に連れもどった。

    知性などかけらもなく想えたほどに

   レ・ヴァン・タムが罵りながらハンにクアンの入院を告げた。

    無垢に(——清楚に)

   レ・ヴァン・タムは見た。レ・ヴァン・タムは

    無邪気に(——素直に)だから(——ふしだらなまでに)

   レ・ハンがあまりにも素直に歎いたのを。

    彼女はほゝ笑むのだった

   ただ、病を得た父の苦悶の爲にだけ、心のそこから歎いたのを。

    いつでも

   わたしはそして振り返った居間の翳りに、いつかレ・ダン・リーがソファに身を預け、スマートホンを弄っているを見た。










Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

0コメント

  • 1000 / 1000