修羅ら沙羅さら。——小説。14
以下、一部に暴力的な描写を含みます。
ご了承の上、お読みすすめください。
修羅ら沙羅さら
一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部
蘭陵王第一
かくに聞きゝ7月28日火曜日壬生夢を見き壬生夢を見て朝夢見て醒メてメ覺メて醒メき夢しろキ花地表に吹き出きそれ果てもなかりキ壬生ひとり永遠にも觀ず何ヲ以て永遠と觀ずるや知らずそノ時を以て永遠なラんそノ地表果てなくて永遠な囉无その花無際限なりて永遠那ル良無かくて久シくに花飛佐志久爾匂ひ匂ひてヒサシクに臓物が臭気に似たりき恠しく恠しみて怪しく覩るにあやしくそれ阿彌シ久沙羅の花なりき如是也迦久テ壬生庭に出デき寝室にはユエン未だ寝息たてヲりき庭の端のすやすやと様々にもノの影すやすやと翳りかさなりたるに色のすやすやと落ちてありけるを恠し久てすやすやと見るにそノ白き色花ノ散華したルなり祁里近ヅき覩无と欲せドも壬生想ひ留マりて眼差シが中に白の上を見上げきすやすやと大樹ありきそのすやすやと木よく知りきそれすやすやと沙羅の樹なりき沙羅の花すやすやと夏に咲くは季節違へり沙羅の樹は葉の葉ゝを又枝の枝ゝをかさねたるに花の白斑らにかさねて散らして咲かせをりき壬生かさねて心に正躰もなくにかさねかさねてひそかに歡喜しきゆゑ誰にかかさねて敎へんと欲せりかくてかさねて敎へんとしかくてかさねて振り返るに居間の翳りにタオ立ちてひとり笑みをりてタオ右目赤シ壬生目を痛クし壬生かの女今まさに又號かんとせんと思へりかクてかさねて女叫かず號きかケて唇かさねて又かさねかさねて喉くずレてゆゑに殊更にかさねて笑みきその聲音なしタオかさねかの胸が前にかさなりあうように
花、
そのはなばなはかさなり
かさなりあうように左掌むすびき壬生タオが目ノ壬生を見をるを見て覩をはらんとするにタオおもむろに掌空に叩きてひらく開きて掌床に花を散らしきその色顯らかに白カりキ庭なル沙羅ノ花ならんタオ壬生ヲ見タル儘にウしろ後ろにサがりサガりシて壬生目をそらシき右赫クして壬生目を痛ム庭の土に翳りと光りのさマざマにかサなりて光りかさなりて又庭の土に翳りと光りのさまざまにかさなりて翳りたるをかさなってかさなりかさなりあってかさなるかさなりを見をりきかくてややありて居間にもはやタオが䕃だになきを見テ知りき見テ知り知りをハりて壬生居間に返りソファに坐しきもはや沙羅樹が花の叓誰に敎へンとも覺へず時すでに7時を過ぎんとすればユエン憤りて寝室から出きかの女寢すぐしたるを恨めりユエン壬生に怨ミて媚ビ歎きて媚びキ壬生たゞほゝ笑みきかくてユエンを見きユエン足先に撒き散らされたる花を見止むかくてユエン恠しみて壬生に所以を問ひき壬生答へず又改めユエン問ひき壬生答へず又改めてユエン問はんとするに壬生立チて立チ上がりてユエンを腕に抱きゝユエン一度委ね改めて抗い憤りたる儘に又委ねて浴室に消ゑキかクて頌シて
あなたに話そう。
まさにあなたの爲に話そう。
その朝、庭に沙羅の花が咲いた。
あるいはとっくに咲いていたに違いなかった。
夢の中にも。
夢の中に見た。
おびただしくも地表が広がった。
地表はたゞ地表としてだけ広がっていた。
私がそれに何を感じただろう?
何を感じ、觀じただろう?
私の心はただ匂いを嗅ぎつづけていた。
その、足の下の方に、低くどこまでも籠ってひろがるその匂いの、夥しく匂い立つのを。
その、生きた儘の獸の腹を裂いて引き出した臓物の臭気に似るそれ。
その臭気を。
をゝ、…ん。をゝ、…ん。をゝ、…ん。
——と。
をゝを、…ん。をゝを、…ん。をゝを、…ん。
——と、その風が折り返し折り返し、折り返す音の立つ周囲の音を聞いた。
音響はすでにわたしを取り囲んでいたのだった。
をゝ、…ん。をゝ、…ん。をゝ、…ん。
——と。
をゝを、…ん。をゝを、…ん。をゝを、…ん。
——と、それ。安らかにも感じて、安らぐでもなく。
をゝ、…ん。をゝ、…ん。をゝ、…ん。
——と。
をゝを、…ん。をゝを、…ん。をゝを、…ん。
——と、それ。危うくにも感じて、危ぶむでもなく。
をゝ、…ん。をゝ、…ん。をゝ、…ん。
——と。
をゝを、…ん。をゝを、…ん。をゝを、…ん。
——と、それ。おのゝくべき兆しにも感じられて、兆すなにをもなく、笑む。
わたしはその音響を赦してそれらの爲にほゝ笑んでやった。
それが所詮、他人ごとにすぎない笑みに違いない事には気づきながらも。
私はすでに知っていた。
その地表にあまねくあまねき地表にオシナベテ?
あまねくあまねき地表爾志支奈邊天芽吹き、芽を出して芽吹き、芽吹いて芽を出したそれら、花の存在を。
私の足さえ沙羅の花を踏んでいた。
その、奇形のヒト型の小さな放射状の手がひらいたようなちいさな花。
白い、その。
それらは地表に自生した。
その地表にあまねくあまねき地表にオシナベテ?
あまねくあまねき地表爾志支奈邊天芽吹き、芽を出して芽吹き、芽吹いて芽を出したそれら、花はすでに自生していた。
んのををゝゝ…
と。
んのををゝゝ…
と、耳に獸の啼く聲がした。
奇形の蟬の羽根のこすれたような、低いピッチの高音のシャープ。
んのををゝゝ…
と。
んのををゝゝ…
と、耳にそれら無數の獸の無數に啼く聲の無數がした。
變形した蟬の羽根のようやくに震えこすれた、そんな竹笛に油紙を差し込んで鳴らしたような。
んのををゝゝ…
と。
んのををゝゝ…
と、足元に聞こえるその音響は顯らかに、自生した花の啼いた鳴き聲にちがいなく想えた。
それは極微弱音の遠吠えだったにちがいない。
んのををゝゝ…
と。
んのををゝゝ…
と、かならずしも誰に何を訴え、何を伝えるわけでもなくて。
眼を覚ませば、翳りは開いた目の前にも垂れているに違いないと私は想った。
夢の中に、夢にあるこをとをすでに知り終えて。
例えばあなたのその顏がそこにぶら下がっているに違いなかった。
肉に咬まれた骨の、骨に咬まれた肉の色をさらして、翳り、翳りに翳る。目覚めながら。
なにも覩るとも見るともなく、たゞ永遠に見ざめながら。
私をさえすでに置き去りにしてあなたはあなた固有の翳りとして、そこに目覚め続けて。
だから私は庭の端の地に墜ちた花の季節外れの散華の白を、かならずしも見ようともしなかった。
慥かにわたしは、目もくれなかった。
わたしはそう思った。
わたしに目もくれなかった花を模倣して?
あるいは擬態さえして?
わたしはそう思った。
ひとりユエンの家の中に在って、壬生は壁の向こうにコイの立てたあくびの派手な音を聞いた。まるで、これ見よがしに誇ったような。コイは町が封鎖されてから、一度たりとも家を出ようとはしなかった。自分の爲のフルーツを買い付ける以外には。頑な優等生だった。タオは午前、めずらしく叫ばなかった。その存在さえ忘れさせるほどに。みだらなまでに美しいその普通ではない剝き目の女が、むしろさかさまにブーゲンビリアの木にでもぶら下がって、絶えかけの息の下に鳥に目玉でも栗抜かれてしまえば。…壬生は殊更にそんな妄想を一瞬だけ見て、タオを忘れた。かくて偈を以て頌して
せめて女を抱きたいと思った
玉散る
だからゴックに電話をかけた
水沫が
どうして女を求めたのか判らなかった
顏をあらった時に
自分でも
飛沫が
どうしてゴックにしたのか判らなかった
玉散る
むしろ
見た。鏡に
肥満に近い肉付きが
玉散る
色気に重力を与えた
顏。私の
頸に二本這った横向きの皴が
まるで三十とすこしで
肥えて盈ちてあることを兆した
時を止めたような
男を知りもしなかったくせに
玉散る。見た
だれよりも肉の色を兆した
顏を。私の
せめて女を抱きたいと思った
美しいに違いなった
だからゴックに電話をかけた
顯らかに
その朝に
たゞ老いさらばえた
ユエンを送ってバイクを橋の下の翳りに
玉散る。醜さをだけさらしつづけて
止めてハン川にそれを見た時に
気が付いたときには
アスファルトに向こうまで
老残の顏がそこにあった
点々と生えた翳りの肉の
玉散る。幼い日にも
骨片の色を
生まれる前から?
玉散る。その
ずっと前から
翳りの血玉を
蘭陵王第一
2020.08.04.-06.Se-Le Ma
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