修羅ら沙羅さら。——小説。13


以下、一部に暴力的な描写を含みます。

ご了承の上、お読みすすめください。


修羅ら沙羅さら

一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部

蘭陵王第一



かクに聞きゝかくテ夕方に壬生レ・ティ・カンが家を詣でき是病ミて死に到らンとすレ・ヴァン・クアンを見舞フ爲なりきレ・ティ・カンはユエンが父方祖父なりき故にコイが父なりレ・ヴァン・クアンはレ・ハンが父なりき今癌に倒れてありき所謂末期なれば病院を6月に出てレ・ヴァン・カンが家一階カンと同じ部屋に持ち込まレたル医療ベッドの上に臥しテありきハン父と俱に住シき歸宅の当初未だ固形の肉又魚又菜を食シき7月もはや粥以外には食さズ歸宅の当初未だ自由に話し且つ話して自由に步み且歩ミてジ由ウに笑ひてかくて今悉くに倦怠ス最早呼吸シ吸ゐ吸ひテ吐き吐キてスうにも倦怠すゆヱにすデに人工呼吸器に守られきかくて壬生嘗て見て思ひて想ふにここでも?

ここでも人工呼吸器?

ここでも、猶も?

かくて壬生見舞うに目に見て何ヲも言さず又眼差シに何をも兆サズシテ然れどもうちに何をか觀じありけんことのみ壬生は觀ジきかクて壬生カンの部屋を出き壬生ひとり彼を介護セるレ・ハンをひそかに呼び止メきかノ女ひそかに母國語以外に知識なし故にひそかに。

ただひそかに片言に壬生かの国語迦多利て繰り返シ又ひそかに繰り返シ迦多里祁琉乎ハンおかしがり又ひそかに、

むしろひめつめかして喜びて笑ミき壬生頭を撫できヒエン及びひそかにタム離れてありキふたり壬生とハンにはひそかに気ヅかざるを裝ひテふたりだけにひそかに迦多唎岐ハン笑ミて壬生を見てひそかに覩をハりて瞬きふたタびひそかに、

まるで誰にも。

まるで

ひそかに笑ミてカンが休める部屋に入ル是れ介護の爲を裝ふなり犬ひそかに家が前なる道路がひそかに端にまで出てひそかに向かふに匂ひをひそかに嗅ぎゝ壬生そノ上げ卷きたる尾とそのひそ下なる肛門をひそ見き日は翳りて空はひそ靑のみ濃クし且ツひそ色褪めかケてあリき家はひそ東向きなリき故に壬生はひそかに思ヒき是壁を抜けたる背後のひそかに、

誰の目にもひそかに空には夕焼けの色あざやかならんとかく也かくて頌して

   あなたに話そう。

    罵倒された空が

   まさにあなたの爲に話そう。

    その罵倒された空が

   ハンは眼差しで語った。

    罵倒された蛭を吸え

   だれかと俱にいる時には。

    その罵倒された蛭を吸え

   私にだけ赤裸々に眼差しにだけ隱さずに語った。

    心は沈黙を描いた

   危ういほどに素直に。

    まるで日影に咲いた

   ひとりの男が死に懸けていた。

    甲殻虫に寄生したキノコの

   その年に、世界中でおよそ1,100万人が罹患しおよそ70万人がで死んだ新型コロナの時に中で。

    投げ放った菌糸の數ゝに

   癌で、ひとりで死にかけていた。

    罵倒された空が

   その60過ぎの瘦せた男は、さらにあからさまにも瘦せて瘦せ細り、彼も知っていたはずだった。

    その罵倒された空が

   ハンの赤裸々な想いには。

    罵倒された蛭を逆剝け

   彼は何も諫めなかった。

    その罵倒された蛭を逆剝け

   わがままなハンをは。

    淚さえも

   ハンは誰にも素直だった。

    流れ落ちた

   自分が誰を愛しているかについては。

    かすかにその

   褐色の肌に素直に笑った。

    あたたかなその

   ハンは、死にかけた父の傍らで、私の前では。

    涙さえも

   私の爲にだけ、素直に笑った。

    凍り付いて牙を曝した

   レ・ヴァン・クアンは二度結婚した。

    零度の朝に

   最初の妻は別れる前に子供を二人生んだ。

    罵倒された空が

   妹はクアンが引き取った。

    その罵倒された空が

   兄は母とサイゴンに行った。

    罵倒された蛭を弔う

   それから先は誰もしらない。

    その罵倒された蛭をむしろ

   次の妻は判れる前に娘を生んだ。

    落ちろ

   今年12歳になった。

    空は

   クアン・ナム省の海辺の方に住んでいた。

    最後にせめてもの埋葬として

   実家からは遠く離れて。

    燃え上あがり

   病院にはハンと一週間づつ交代で看病に来た。

    燃え上がって崩れ

   ハンと彼女が口を利くことはなかった。

    崩れ去り、その

   カンも、ヒエンも、タムも、口を利くことはなかった。

    崩れ去る

   見舞ったカンの部屋の中で、あらためてクアンがもうすぐ死ぬことを私を知った。

    轟音の中で猨と共に

   何度目かにも。

    罵り騒ぐサルの牙と共に

   クアンはいずれにせよCovid19とはかかわりもなく彼の固有性のうちにだけ死んで行くのだった。

    罵倒された空は

   なにか、ほしいものはあるか?

    その罵倒された空は

   私は呼び止めたハンにそう云おうとした。

    まさにそのときに

   名前をよばれて立ち止まり、振り返り、呆気にとられた顏をひとりでハンはさらした。

    目覚めて落ちるべきだったと

   わたしは云った。

    目を逸らした

   ハンが好きなその唇に。

   ——エム、ムオン、ジー。

   ハンは笑いかけて笑い切らない儘に私を見ていた。

   ——エン、エム、エン、モン、ムオン、ムゥオン、ジー、ギー、ジイー、

   繰り返す。彼女の猜疑のある眼を見詰めて。

   ——エン、エム、エン、

   繰り返す。彼女の困惑のある眼を見詰めて。

   ——モン、ムオン、ムゥオン、

   繰り返す。彼女の懐疑のある眼を見詰めて。

   ——ジー、ギー、ジイー、

   ——Em muon gi a ?

   ハンは鼻にかかったアルトで(ム、ムオ、ォン、)云った。

    目を逸らした

   ハンは(ンォ。ォオ、ォン、ンォ)笑いかけて笑いきらずに私を見ていた。

    目を逸らした猨が

   私すでに(ンォン、ムォン、ンォン)わらっていた。

   ——チョー、エム、

   笑いながら私は繰り返す

   ——チョー、チョー、チョー、エン、

   ——Anh noi cho em a ?

   わたしたちはすでに(チ、チ、ヨー)私たちが戯れている事をは(チ、チ、)知っていた。

    世界に絶望して泣き叫んだ。その

   だから私たちは(チ、ョーチ、チョー)戯れていた。

    全裸の猿は野生の朝に

   ハンが(チ、ォチョ、チォー)聲を立てて笑った。

   ——何が欲しい?

   私は云った。

   ——フルーツ、と。

   ハンは応えで聲を立てた。

    涙をためた

   カンと、ヒエンと、タムにはしゃいだ。

   ——明日、な。

   と。

    淚をいっぱいに

   私は云った。

    いっぱいに淚をためた目の淚に

   彼女は素直に幸せだった。

    振り返った猨の酔いつぶれた目の先には

   彼女は心の儘にはしゃいだ。クアンが癌に倒れる前、旧正月が明ける日から

    月は翳る

   三か月以上家出していたハンは。

あなたも殺したかもね。

壬生は心にひとりで心にそう云った。

あなたも、——と。ゴック・アインのその肌の悪臭を思いながら。死にかけのレ・ヴァン・クアンのやつれた肌の色を見ながら、——こんなにも、

と、

こんなにしても

まだ生きてるなんて。壬生はそのかさついた唇に想った、あなたも、——と。

レ・ヴァン・クアンを殺したひとりに違いない。

ゴック・アインとその肌の悪臭を思いながら、かくて偈を以て頌して曰く

   斜めにやわらかすぎる光が入った

    その日は雨が

   その部屋の中に、——ユエンのいない

    朝から雨が降っていた

   その部屋にことわりも無く、まるで

    記憶違いなどあるはずもなくて

   妻か恋人であるかのようにも

    その日に肌は降る雨の湿気に

   レ・ハンは一人で入ってきて笑う

    静かに潤うしかなった

   ユエンがタンと

    その日に耳は際限もない

   クアン・ナムの親戚に挨拶に行った日に

    降る雨の音を

   ユエンがタンと

    聞くしかなかった。その日に

   ヒエンとクアンと俱に

    眼差しは雨の中に

   クアン・ナムの親戚に挨拶に行った日に

    はいる日差しの過剰なまでの

   思いだす

    やさしを黙って

   死に懸けたレ・ヴァン・クアンを見舞った時に

    赦しかない

   何歳?

    その日にレ・ハンは

   18、と

    ひとりで来た

   いつかレ・ハンはそう云った

    すでにわたしを

   斜めに入るやわらかすぎる日差しのなかに

    撰んでいたから。——わたしになんの許可も無く、その日に

   レ・ハンはひとりで笑んだ

    雨の降る音の

   聲もなく

    音響の中に

   最初からなにを云う氣もなかった

    濡れもしないでひとりで来た

   互いに知る言葉などなにもありはしないから

    私がやった紫の

   ソファに横たわる私に

    笠をさして。その日に

   おおいかぶっさて唇にふれた

    わたしは聞いていた。耳に

   その唇を

    雨の音、その

   唇が

    かすかに遠く

   やがてそれを咥えたのは

    立つ音と、耳元に

   それが日本風なのだと

    その日に、ちかくに

   インターネットで学んだからに違いなかった

    立つレ・ハンの息と

   その不自然をわたしは赦した

    次の日の朝

   彼女の爲に

    レ・ハンは自分の部屋には居なかった

   それを赦した

    ひとりで彼女は出て行った








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

0コメント

  • 1000 / 1000