修羅ら沙羅さら。——小説。12


以下、一部に暴力的な描写を含みます。

ご了承の上、お読みすすめください。


修羅ら沙羅さら

一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部

蘭陵王第一



かくに聞きゝすべて悉くに関節をさかむけてそらせ全裸なるゴック・アインその肉体を曝しき晒しかくて全身に筋に痙攣させきかくて壬生友則白きののしりごえゑの元の繪が上にかさね重ね又いつかみづから引きたるののしりごゑの線また塗りたる色が上にもかさね重ねてののしり塗り描きかくてののしり描き汗にまみれたるゴック・アイン息あららげてののしりごゑのくずれおちそうになるに壬生その傍らにののしり添ひきかくて彼に觸れかくののしりてゴック・アインは誘われきゴック・アインのののしりごゑの

ついに、ふいに

とだえたあとの沈黙

かくて終わり果てたるに崩れんとするをその躰を壬生腕に抱く抱きて抱きとめ得ずして共にくずれきかくて頌して

   あなたに話そう。

    ぬりつぶした

   まさにあなたの爲に話そう。

    色で。いろが

   わたしたちは戯れた。

    いつかかたちづくった

   時間の限りに。

    かたちでも

   だれに頼まれた譯でもなくに。

    冒瀆じみて

   おそらくは精神と肉体のたゞの浪費に。

    姦淫じみて

   わたしたちは戯れた。

    その白と白

   わたしのくちびるはそしてふれた。

    さまざまの白と

   ゴック・アインの胸に。

    志露乃佐摩佐麻乃

   その張りつめた筋肉の、弛緩した息遣いに。

    しろを

   荒く粗く麤いざわめきに。

    ただ

   わたしのくちびるはそしてふれた。

    白イ風景を

   ゴック・アインのみぞおちに。

    塗りつぶした

   その不意の陥没の、骨格の痛ましい硬さに。

    侮辱するように

   亂れる息遣いのざわめきに。

    破壊するように

   わたしのくちびるはそしてふれた。

    弑殺するように

   ゴック・アインの腹部に。

    ト殺するように

   その揺らいでえづく、罵倒するような呼吸に。

    ぬりつぶした

   かなしいほどのやわらかな伸縮に。

    引き攣る

   私は顯らかに、鮮明に、嫉妬していた。

    その

   ただ、ゴック・アインに。

    ゴック・アインの

   その肌のすべてが立てた悪臭をすいこんだ。

    からだをなぞって

   わたしはのくちびるは彼に口づけた。

    引き攣る

   そのやわらかさと、唇への、やわらかくはなりきれない抗いと、湿らせた潤いにも。

    その迦良陀乎記念佐セて

   彼は息遣っていた。

    その白い

耳の近くに、壬生はゴック・アインの唇が、吐く息を聞いた。かくて偈を以て頌して曰く

   体の上に体をかさねた

    翳りは床に極彩色の

   彼は気付かないだろう

    肉の色の儘に翳る。ふれるだろう

   かさなった体もいきづかっていることをは

    それは、玉散ったそれの脳漿に

   彼だけは気付くだろう

    翳りは床に極彩色の

   かさなった体のはなつ温度に

    骨と骨髄の色をさらす

   かさなった体が気付き得ないうちに

    咀嚼する

   その匂いにも

    音響の中に

   かさなった体が気付き得ないうちに

    それらは翳る

   かすめとるのだった

    いまだ死なないものたちのその

   わたしたちは

    魂が翳る

   お互いにお互いの

    眼差しの内に

   かさなった他人の温度と

    向こうの壁に

   匂いをだけを

    死者が翳る

   秘密にさえしないうちに

    何十年も前の、その翳りに

かくに聞きゝ壬生の身体は床の上にゴック・アインを布留琉ルゝ抱きゝかクてゴック・アインは布留琉ルゝ憩ひき壬生乃腕ノうちに憩ヒ壬生は布留琉ルゝ憩ひキ憩ひ息遣ひテかくて布留琉ルゝ語るともなくに語りき壬生は布留琉ルゝと見き眼差しの部屋の突き当りの壁の際に布留琉ルゝと蛇は布留琉ルゝと這ひき布留琉ルゝと壬生は見き且つゴック・アインは見ざりき彼目を閉じきゆゑミザリき見き壬生はひとり布留琉ルゝと蛇の布留琉ルゝ体躯を布留琉しならせたるを布留琉ル見き且つ布留ゴック・アインは見ざりき彼が瞼壬生の二の腕にふれてかすかに閉じたる儘に瞬きゝゆゑミザリき見き布留壁の翳りと傾ぶく布留斜めの光りの狭間に布留琉蛇の布留琉ル旋回す布留琉ルゝをかくて頌して

   あなたに話そう。

   まさにあなたの爲に話そう。

   言うともなくに言う。

   何を云いたいわけでも無くて、唇が言葉を知るから。

   だから、おそらくはゴック・アインは云った。

   ——どうする?

   ——何?

   わたしの唇は笑った息をだけたてた。

   腹部と胸はかすかに揺れた。

   笑うべきことはなにもなくて、唇は笑った息を知ったから。

   だから私はゴック・アインとわたしの爲だけに笑った。

   ——どこか、行きたい?

   ——どこへ?

   …海へ?と。

   私は心の中にだけ答えた。

   ゴック・アインの耳にはふれないことを熟知していながら。

   彼に秘密にしたわけでもなくて。

   ——コロナの中に?

   私はそう云った。

   ——新型コロナの生き生きした繁殖の中に?

   ゴック・アインは遅れてようやく笑うのだった。

   聞き取れ無い程の聲を私にだけ立てて。

   ——知ってる?

   彼はそう云った。

   ——コロナ19って、昨日…

   かすかにでも

   ——10人くらいだっけ?

   瞼さえ開かないままに。

   ——死んだの?

   そう云った私の聲は、ゴック・アインの耳に聞かれた。

   ——死んでない。…病気の人、10くらいあった。

   ——ベトナム?

   ——ダナン。

   ——多いね。

   ——どこでコロナになったか、わからない。日本と一緒。

   ——まだ、少ないな。

   ——ね。

   と。

   ゴック・アインは身をもたげて私を見た。

   見て、そして笑いかけて、そして笑い切らずに、ゴック・アインは云った。

   ——どこか行く?

   ——どこへ?

   ——例えば、…

   ——海?

   ——コロナの海?

   ——危ないな…

   私は云って、笑いかけてゴック・アインを見た。

   ゴック・アインの眼は私を見上げていた。

   ——ここも同じ。

   ゴック・アインが云った。

   ——ここにもいるんじゃない?

   ——そう?

   ——たぶん。

   ——俺たち、コロナだね。

   ——多分ね。

   ゴック・アインはそしてわたしの頸を腕につかみ、そして私の唇に口づけた。

   ゴック・アインはふたたび目を閉じていた。

   私は彼の胸に指を撫ぜた。

   壁際の翳りに蛇は停滞した。

   憩う?

   蛇は。時には。

   私は見ていた。

   ゴック・アインとわたしの爲に目も閉じないで。

   その尾の先端にだけ斜めの光は照射していた。

   舞い上がった塵り等のきらめきのこまかやさと俱に。

   無際限な迄の、膨大な、極小のきらめき。

   蛇は時に憩う。

   光りの中にさえも。

かくて偈を以て頌して

   彼に秘密にした譯でも無く

    ぼくたちはきくだろう

   わたしは音もなくたちあがる

    ごうおんを

   いつかの彼がそうしたように

    ぼくたちはしるだろう

   飛沫が散った

    なりつづけていたごうおんを

   ひとりであせを流した時に

    すでにききつづけていたことを

   彼を思った

    ぼくたちはしる

   わたしと俱にいない彼を

    ぼくたちはしっただろう

   あるいは孤独を

    そのごうおんの

   あるいは騒然を

    すでになりつづけていたことの

   ひとりの心の多彩の聲の

    とおいきおくさえあったことをも

   水のつぶと線なす水が、夥しくも私を這った

    ぼくたちはきいた

   飛沫の散った飛沫同士の擊ち合いの飛沫

    ごうおんを

   騒音を聞いた

    みみのちかくに

   体の周囲に固まって立つ

    やりすごしもしないで

   それらの無数の音響の群れを

    ぼくたちはきいた

   拭うともなく見る鏡の

    ごうおんを

   水滴を帶びた無数の水滴の

    みみをろうして

   色の無い色彩の様々の向こうに

    ふさぎもせずに

   私は慥かに私を見た

    ぼくたちはさらした

   私は翳る

    あなたのその

   あなたに話そう

    すなおなすはださえも

   まさにあなたの爲に話そう

    ぼくたちはさらした

   その翳った肉の色に

    さいしょからなにも

   未だ死なない魂の

    まもろうともしないで

   飛び散らした血と体液の粒に

    おどろくほどかんぺきな

   私は翳る

    むぼうびのうちに

   あなたに話そう

    ぼくたちはきいた

   まさにあなたの爲に話そう

    そのごうおんを

   あなたは翳る

    やがてはとおくにきくだろう

   その、私の魂がひとりで翳る

    ぼくたちはきいた

   もはやひとりである、複数である意味をも無くして

    やがてはとおくにそのごうおんを

   あまりにも他人の

    ぼくたちがさったその

   肉と骨の色の翳りに

    なごりとしてだけ








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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