修羅ら沙羅さら。——小説。11
以下、一部に暴力的な描写を含みます。
ご了承の上、お読みすすめください。
修羅ら沙羅さら
一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部
蘭陵王第一
かくに聞きゝゴック・アインが居宅ふた間なりき壁無き數百平米な琉居間兼寝室兼ダイニングのタイル張りな琉ひと間及び奧に物置きありき部屋中央に日本より空輸のソファありき是合成革なりて又色白なり色に乃ミより選びきゴック・アインが膝に壬生頭載せて横たわりきかくて壬生憩ふ憩ひてゴック・アインが愛撫す琉にまかすかくてゴック・アイン指にTシャツの隅を懸けて女久利あげ壬生の腹部を撫でき壬生憩ふ憩ひてゴック・アインが愛撫す琉に麻迦須かクてゴック・アイン壬生が額に唇をふレてふレさせ壬生憩ふ憩ひてゴック・アインが愛撫するに摩迦須かクてゴック・アイン壬生が左の乳首に右の指先にふレてふレ戯レ壬生憩ふ憩ひてゴック・アインが愛撫す琉に麻訶シかクて頌シて
あなたに話そう
花を
まさにあなたの爲に話そう
埋葬の花を
時に目を閉じた
腐った花の
時にうすく目を開いた
腐った花汁の匂いの
私は時には見た
匂い立つその
天上を組んだ木材の翳の向こうの錆びたトタンの色を
シ羅由里の波那をでも?
時に目を閉じた
花を
時にうすく目を開いた
埋葬の花を
私は時には見た
肌に干からびた
見下ろしたゴック・アインの私を見た眼のかすかな軽蔑の色を
ちいさなバクテリアの末路の無残に
時に目を閉じた
血の中に消えた
時にうすく目を開いた
いくつものヴィルスの知られざる末路に
私は時には見た
肉体の
ひらきかけた瞼にかさなる睫毛の翳の向こうのかたちと色の暗示を
さまざまに朽ちた
時に目を閉じた
細胞の無数の
時にうすく目を開いた
朽ちた死に
私は時には見た
それら他人の
私は、私が彼を愛していたのは事実だった
無数の死どもに
かくに聞きゝかくて目を閉じて由羅由良等壬生ゴック・アインが体臭を嗅ぐ或は是れ由羅由良等惡臭なりき腐敗しかけたるワインに似る眼を由羅由良等比良久閉じて壬生ゴック・アインが顎を下より撫ぜきかくて由羅等比良久波那知ルその形態を又目を閉じて壬生ゴック・アインが体臭を波那比良久嗅ぐ是れ惡臭なりき腐敗シかけたるブルー・チーズに似る眼を比良久波那比良久閉じて壬生ゴック・アインが顎と唇をつなぐ陥没を下より迦保利撫ぜきかくて知るその迦乎利形態を又目を閉じて壬生ゴック・アインが迦淤里体臭を嗅ぐ是惡臭なりき腐敗しかけたる百合に醗酵した麹を混ぜたに似る由里乃眼を閉じて壬生ゴック・アインが顎を下より撫ぜきかくて由利乃知るその形態を又目を閉じて波那比良久由利乃壬生ゴック・アインが体臭を嗅グ是れ惡臭なりき腐敗しかけたる由利乃迦保利ワインに似る眼を閉じて壬生ゴック・アインが唇を由羅等下より撫ぜきかくてその由羅由良斗形態を知りその由羅ゝ斗表皮のかすかにさゝくレだちたる粗さを心に由羅由良羅等痛み痛みてかくて頌して
——仕事、しようよ
ゴック・アインは云った
私の素肌を愛し、愛し終わる事など知らないくせに愛しおわり、そして白濁した唾液を垂らしたあとで
——ぼくたちの、仕事をしましょう
ゴック・アインは笑ってそう云った
かさねあう素肌と素肌にわたしの素肌だけを愛し、隱れて自分の素肌をも愛した
わたしと俱に
愛し、愛し終わる事など知らないくせに愛しおわり、彼は愛し終わった
私と俱に
讃え、讃え終わる事など知らないくせに讃えおわり、彼は讃え終わった
私と俱に
嫉妬し、殺したい程に、喰いちぎりたいほどに嫉妬し、彼はそのときまばたきもしない
嫉妬し、嫉妬し終わる事など知らないくせに嫉妬しおわり、彼は嫉妬し終わった
私と俱に
——お前、まだ、終わってないじゃん
私は云った
——これから、終わらせてよ
ゴック・アインはそういった
そのときまばたきもしなで
そして白濁した唾液を垂らしたあとで
日が翳りもしないうちに翳りはそこに突出していた
尖った鉛筆の失敗作をチーズで溶かしたように
その翳り
淡いグリーンのタイルの上に飛び出した肉の、骨に咬みつかれた肉の色
そのかたち
淡いグリーンのタイルの上に飛び出した骨の、肉に咬みつかれた骨の色
そのかたち
自由を得た神経のそれぞれが重力を知らないから自由に彷徨い血の玉にふれた
自分の、或いは自分も所属しているには違いない他人の、他人でありえない自分の肉体
それが玉散らせたそれに
たぶんそれが、レ・ヴァン・リーだと私は想った
ゴック・アインが一番最後に毀した女
レ・ヴァン・リーの未だに死んではいない魂の、まさにその翳りに違いないのだと
私はひとりでそう思っていた
だから私は部屋の隅のカンバスをイーゼルごと右手に運んだ
ゴック・アインがその素肌を翳りと光の斜めの混淆の中に曝した傍らに
舞い散るほこりの、射し込んだ光に直射されたそこにだけにきらめきの中に
油彩絵具の臭気が匂う
そのむこうにゴック・アインの悪臭が目覚めた
危ういほどに美しい男の、その肌の
雨に濡れた野生の獸の柔毛のような匂いを
腕を極端に反対にそらして、そして腰を突き出して不細工に足を折った彼の
褐色の色さえ色を失いかけるほどに反り返らせた背筋が呼吸を困難にする
ゴック・アインは足の指を痙攣させた。
私は彼を描くのだった。
ゴック・アインの爲だけに。
戯れだったに違いない。想い附きの、——いずれにせよ彼等は、油を作成した。ひとりは(…即ちゴック・アインは)モデルとなって、ひとりは(…壬生は)その肉体の筋の悉くをさかさまに曲げたゴック・アインの痙攣する筋肉を、骨格を、皮膚を、——白くただ塗りつぶしただけの顏乃至表情をは除いて、そして、彼等は描いた。
その油彩画のカンバスは、ゴック・アインが収集してたある近所の画家の油彩画をつぶした。その画家の絵は常に同じだった。同じように、白い色で、白、そのさまざまなヴァリエーションで、描いた。
何らかのかたちを、——(靑みのある)白で、なぐりつけるように——(赤みのある)白で、すべらせたように、——(むらさきがかった)白で、筆先の気付かなかった過失のように、——(黄みのある)白で、吹きつけたように、——(深い、深みのある)白で、むしろ抉り取ったように——(不意に至近に浮き上がったような)白で、…雪?
その絵を見た三月に壬生は云った、——雪?
かくて偈を以て頌して曰く
苦痛を描くつもりはなかった
花がおちる。その
苦痛とも、快樂とも、そうではないもっと
みずからの重みの爲に
純粋なさまざまな感覚器の目覚めを描こうとしたのだった
緣もゆかりもない所詮、他人の
だれがそれを苦痛と名づけたのだろう?
土の上の無関係の上に
名づけ、そして辱めたのだろう
その色は慥かに白かった
知るべきだった
繁殖する
世界はあなたの爲にはないと
黴のように見えて
だれがそれを快樂と名づけたのだろう?
夥しいそれら、際限もなく
名づけ、そして貶めたのだろう
様々な色の、即ちただ
知るべきだった
綠のひとこに片付けられた
世界はあなたの爲にはないと
様々な色の、愚弄するかの
破壊を描くつもりはなかった
葉のしげみの中に
破壊とも、育みとも、そうではないもっと
その白い、それら花の
あざやかな息吹きの目覚めを描こうとしたのだった
それらの無際限なしろの繁殖
だれがそれを破壊と名づけたのだろう?
黴のような
名づけ、そしていたぶったのだろう
繁殖する黴のような
知るべきだった
それは圡に墜ちたのだった
世界はあなたの爲にはないと
夢の中に
だれがそれを育みと名づけたのだろう?
私だけが見た私の
名づけ、そして愚弄したのだろう
夢の中に
知るべきだった
色がおちる
世界はあなたの爲にはないと
その色のその
あなたを描こうとしたのだった
かたちが無関係な
あなたが息吹かせたその息吹きを
土の上に落とす
あなたのへし折れそうな反り返る咽仏を
その黴の息吹きを
あなたのくずおれそうな背筋の痙攣を
その繁殖の息吹きを
あなたのひきつけをおこす二の腕の汗の震えを
その黴の繁殖の息吹きを
垂れ落ちた髪の先にまで伝う汗を、その臭気の
その黴のような息吹きを
つきだされたあなたのそれのちぢこもった怯えの滑稽を
その黴の繁殖のような息吹きを
そりかえった足の指の血の通わない細かなおののきを
その色の白の息吹きをレ・ヴァン・リーの眼はなにをも見ない
ひん曲がった空洞だから。故にその体液を玉散らす
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