修羅ら沙羅さら。——小説。4
以下、一部に暴力的な描写を含みます。
ご了承の上、お読みすすめください。
修羅ら沙羅さら
一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部
蘭陵王第一
かくに聞きゝ壬生ダナンに住シてユエンとその弟タンと俱なり又姉弟ふたりノ父コイと俱なり又姉弟に他に妹あり名はマイと曰シ之ノ人サイゴンに働きゝ又母親イェンはスでにユエン十二の時死にキ七月二十五日昼タンは外に遊に出き是レ常なり彼去年の暮れ前に旅行会社を辞めき觀光バスの運轉手なりき以來無職なりきかクて朝遊出て夜にノみ帰り來たりき何處に遊ブかまいちるように壬生は知らず金錢殆どまいちるように持タざレば何をするともなし僅かなるまいちるようにまい知り会い又親族等の家廻りまいまいちるようにまい暇を貪る他すべなかりきタン大柄にまいちるようにおち肥え肥えて又肝ほそく壬生に知性もナく觀ジられきユエンが二歳下ならばまいちるように齡二十八ならんコイ又朝遊出てまいちるように夜にノみ歸り來たリきユエンまいおちるように家にある時のミ晝飯時にノみ歸りテまいあがり二時間昼寝してスマートホンを弄ぶ之レ常なりコイがまいあがり齡六十半ばなりき仕事すでにわずかにのみまいあがりリタイアしつユエンのまいおち晝食の準備はまいおちて手間取ひキ之レまいおち常なり此の日まいおちて殊更に買ひ込メる食材が保存にちり追はれちり更にまいちり殊更なりきかくてまいちりようやく二時過ぎにまいちりまい調理に取り掛りて又待ツ間に壬生日本ノ友人に連絡ヲ入レタリ常ノ如一時まいちるそのはなのいろ歸宅したるコイはいろはしろすでに諦めすデに外に食事に出ヅしろ彼親族が家廻りたるらんかくていろはしろ歸りテ昼寐に於地伎しろコイ大柄に肥え肥ゑて肥へ又肝ほそく壬生に知性もなく觀じられき又觀じラれてタンと似タ親子那利岐壬生マイに數度のみ逢ヒき是レ旧正月になりかのそのはなのい
いろはなのいろはなにわにあるたいじゆにわにたいじゆはなをさかせてはな
ひとりでさきはな
かげりにさくそのたいじゆみづからの
はの
かげりのなかにはなまさにしろく、何?此ノ花…
いつか壬生聞いてユエン答え、壬生知る、そのはな
さらのきのはな沙羅
沙羅ゝ
さら沙羅しろい、はなちり女神経細く無口なりユエンと同じくにまいちり經理が担當ナりきタンの二歳下なりきユエンと壬生三時に遲い食事を取りきユエン殊更に今日ノ繁忙を歎き笑い騒ぎ壬生ユエンが爲にのみ笑ミきかの女何にでも手間取りきかクてソれに美豆迦良のみ氣ヅかズかくてユエン常に誰より繁忙なりきユエンしらない。その
はなのにおいは未だ食しをはらぬに想わずに壬生ヲ正面に見覩つゞケて迦久弖白して言さく眠きト迦久弖此ノ人壬生を見てふたゝびに覩テ笑ミカケテ笑ミヲハラズゆゑに食シをはらずなにも片づをはらぬが儘にしらない。その
はなのにおいはソファに坐せル壬生が傍らに添ひ壬生にもたれかゝりて迦久弖わざとに寢息を立てゝ目ハ閉じず薄くのミひラきゝ壬生ハ腕に抱きゝ壬生も又いまだ食しをはらざりき壬生寝室にしらない。その
はなのにおいは連レ行きゝユエンはみづから服を脱ギて言さく暑きとかくて壬生添ひ寝せり迦久弖ユエン壬生の上半身のみ脱がシて縋り壬生フェイスブックのメッセンジャーに十九歳のレ・ハンの相手をせりユエンしらない。その
はなのにおいは未だ目をだに閉じず壬生耳にユエンの寢息をノみ聞きゝユエンが覺めたる眼差シ寢室がスみに棄テ置かレ何ヲ見何を覩ルともなくて壬生不意に鼻に汗ノ匂ひノ薰れルを感ジき思わずしらない。その
はなのにおいは片肘をたテた壬生はずりおちていまさらに壬生を見詰め返したるユエンが素肌を疑ひきかくて頌して
あなたに話そう
その、うつくしい
まさにあなたの爲に話そう
うつくしいいきものを
これは夢の話ではない
わたしはしっていた
あくまでの現実の話だ
かつて、いまも
あなたもまさに知るまさに現実の話だ
まさにわたしがしってるように
わたしはそれを翳りと名づけた
かつて
十二歳の時に彼を失ったそのときから
わたしは彼をしっていた
その前から?
その
或いはその前からすでに?
うつくしいいきもの
わたしにはそれは見えていた
ちせいのかけらさえかんじさせない
すくなくともそれは私にだけは
ばとうするようないきもの
それは、あるいは無數の、無さい限なまでに無数のそれらは、わたしには見えていた
うつくしいはだ
あざやかに
じゅうにさいのしょうねんの
鮮明に
もっとまえ
顯らかに
じゅういっさいのしょうねんの
隱しようもなく
うつくしいはなすじ
それら、いのちの群れ
じゅっさいのしょうねんの
わたしはそれを翳りと名づけた
うつくしいまぶたのふるえ
肉の朽ちた、内と外の反対になったその形態
まつげのおののきのような
皮膚が骨を咬み、骨が皮膚をしゃぶったその形態
おびえのような
口と尻の肛門に自由に出入りする眼球の節と足のある無數の行進
むなしくなるようなけはい
舌が伸びて空洞になった眼窩に脳髄の所在を探った。その聲
きゅうさいのしょうねんの
無数の聲
もっとまえ
割れた乳首が垂れた体液を空中に震わせた
はっさいの
声
おさななじみの
眼球に生えた産毛が叫んでいた
こころがこころづいたときには
極度の微弱音で
彼はそばにいた
聞き取れ無い程の聲のかさなりあった轟音を聞いた
かたわらに
臭った
わたしのかたわらを
それら肉の腐り始めもしない匂い
ふほうのうちにせんきょしてしまったように
あるいはそれは不死なのだろうか?
うつくしいいきもの
死とかかわりあえるという傲慢な妄想になど捕らわれていなかったが故に?
ちせいのかげりなどなにもない
あるいはそれは永遠なのだろうか?
むりょくで
永遠がかけがえのない夢見られたあざやかな可能性だと、そんな妄想になど捕らわれていなかったが故に?
かよわく
それらは咀嚼した
ひとりではいきてさえいけない
喰いきることもできないお互いを絡まり合いながら咀嚼した
きょうぼうないきもの
肛門から埀れる新しいそれら齒と擬態の齒ぐきにふたたび
なまえ
喰いちぎられながらもそれらは互いに
彼のなまえ
咀嚼した。それら、嘗て
わかひこ
死んだ、膨大なかつて死んだものたちのいのち
稚彦
それを、それでも魂と名づけるべきだったのだろうか?あるいは死靈とでも?
おおつき
それら、嘗て生きた、膨大な生きたものたちのいのち
おうつき
それを、それでも魂と名づけるべきだったのだろうか?あるいは死靈とでも?
淤宇津岐
それら、嘗て生まれた、膨大な生まれたものたちのいのち
おおつき、わかひこ
それを、それでも魂と名づけるべきだったのだろうか?あるいは死靈とでも?
大津寄
それら、今まさに死んだ、膨大なまさに死んだものたちのいのち
おぼえていた
それを、それでも魂と名づけるべきだったのだろうか?あるいは死靈とでも?
いまだに
それら、今まさに息遣う、膨大な息遣うものたちのいのち
かれのくちびるの
それを、それでも魂と名づけるべきだったのだろうか?あるいは生靈とでも?
その、わたしのくちびるを
それら、嘗て生まれるべきだった、生まれなかった膨大な生まれなかったものたちのいのち
かみついてわらう
それを、それでも魂と名づけるべきだったのだろうか?あるいは未生靈とでも?
むじゃきなくちびる
それら、嘗て生きるべきだった、生きられなかった膨大な生きられなかったものたちのいのち
彼のくちびる、そして
それを、それでも魂と名づけるべきだったのだろうか?あるいは未生靈とでも?
そのはの
それら、嘗て死ぬべきだった、死ななかった膨大な死ななかったものたちのいのち
しょっかん
それを、それでも魂と名づけるべきだったのだろうか?あるいは未死靈とでも?
におい
それら、今生まれるべきだった、生まれなかった膨大な生まれなかったものたちのいのち
くさい、とも
それを、それでも魂と名づけるべきだったのだろうか?あるいは未生靈とでも?
とはいえ
それら、今生きるべきだった、生きられなかった膨大な生きられなかったものたちのいのち
ほうこうともいえない
それを、それでも魂と名づけるべきだったのだろうか?あるいは未生靈とでも?
いきもののたいないの
それら、今死ぬべきだった、死ななかった膨大な死ななかったものたちのいのち
そなおなにおいを、あくまで
それを、それでも魂と名づけるべきだったのだろうか?あるいは未死靈とでも?
すなおにながしだした彼の
それら、やがて生まれるべき、いま生まれなかった膨大な生まれなかったものたちのいのち
くちのなかのにおい
それを、それでも魂と名づけるべきだったのだろうか?あるいは未生靈とでも?
彼とともにいきた
それら、やがて生きられるべき、生きられなかった膨大な生きられなかったものたちのいのち
たしかにわたしは
それを、それでも魂と名づけるべきだったのだろうか?あるいは未生靈とでも?
彼とともにいきた
それら、やがて死ぬべき、死ななかった膨大な死ななかったものたちのいのち
彼を
それを、それでも魂と名づけるべきだったのだろうか?あるいは未死靈とでも?
ころしてしまうまでのあいだに
それら、過去の、無際限の過去の、事象の自證した限りの生まれた膨大な生まれなかったものたちのいのち
あるいは
それを、それでも魂と名づけるべきだったのだろうか?あるいは死靈とでも?
ころしてしまってからこそまさに
それら、現在の、可能性と現存の無際限の現在の、事象の裏側にも自證した事象の限りの
はじめてあいしたおとこだったにはちがいない
それら、あまねく現在の生まれ生まれなかった膨大な生まれ生まれなかったものたちのいのち
その
それを、それでも魂と名づけるべきだったのだろうか?あるいは生靈とでも?
うつくしいいきもの
それら、未来の、無際限の未生の、事象の未生の未来の膨大ないまだ生まれなかったものたちのいのち
ちせいのかげりだにない
それを、それでも魂と名づけるべきだったのだろうか?あるいは未生靈とでも?
うつくしいだけにきもの
魂の群れが生き生きとした肉の色
じぶんでは
その色
いちにちたりといきのびれない
色と匂い。その匂い
むぼうびできょうぼうな
その色。匂いとかたち
かみつくいきもの
そのかたちと触感。ゆびさきの
むさぼるいきもの
頸筋の
しゃぶりつくいきもの
腹部の
いきをはくいきもの
尻の
わらういきもの
それの
めをむくいきもの
太ももの
においのするいきもの
つま先の
かみをかきむしるいきもの
髪の毛先の
くちをあけたいきもの
それら
はなをすするいきもの
ふれた。わたしは、見、匂い、嗅ぎ、ふれ、見て、そしてふれた
にげだすいきもの
指先にも
ちをながすいきもの
女の肌に始めてふれるまえにもすでに
あたまをわられるいきもの
ただ、無意味にも
しんでもなおくびをしめつづけられたいきもの
ユエンはかたわらに肌をさらして横たわった
しっきんするいきもの
ただ、無意味にも
けいれんするいきもの
ユエンは暑いと、そういって
はく
暑すぎると、ユエンは勝手にそう云って
おうとする
肌をさらして寝息を立てた
淤宇登須琉伊岐毛乃
日が差した
ひかりのなかで
半分開かれたドアには日はささなかった
じゅもくのかげりのなかで
光はさした
じゅもくのかげりの
気配もなくて
まさにそのひかりのなかで
壁の髙いところに空いた通風孔の四角の十二の横並びに
そのはれたなつに
見ていた
あるいは
壁の薄いグリーンの色に今ふたたびにへし曲がった脊髄に腸をのたうち咬ませた雪菜のその翳りを
或いは冬なら
見ていた
例えばその如月の
その肛門の下に管を伸ばした唇の開いた空洞の垂れた血の玉が玉散る
岐佐羅岐乃由岐乃宇知那良
その赤い浮遊の丸の戯れを
降る雪の中に
——愛すます
その色
と
老いさらばえた私の腐った匂いに捧げてレ・ハンが送った日本語を讀んだ
飽く迄も冴えた
——愛しています
白の中に
と
稚彦の血が飛び散ったのなら
ハンの日本語の、そのかろうじて成立したフォントを私の目は追う
その雪が
かろうじて今を維持した私の網膜が
あしろむきに倒れた彼の
かろうじて今を維持したその細胞の組織が
殘した躰の
かろうじて今を維持した私の眼球が
殘りの温度を奪い去る儘、或いは
かろうじて今を維持したその細胞の組織が
雨の
かろうじて今を維持した私の腦組織がそれをふたたびどこかに構築する
降りしきる雨の
かろうじて今を維持したその細胞の組織が
その明け方なら
かろうじて今を維持した私の意識のどかしらに
もはや血など
かろうじて今を維持したその作用の総体が
もはや流れ出しているようにも思えなかった。その
かろうじて今を維持した肺が息遣った
すさまじい豪雨が
かろうじて今を維持したその細胞の組織が
その響く
かろうじて今を維持したその作用の総体が
轟音のむこうで
いつか流入したいくつかのかろうじて息遣った新型コロナをかろうじて屠殺した免疫の下に
夥しい血をあふれさせて
——愛します
死にかけたはずの稚彦を
わたしは送った
血の匂いさえなく
それは日本語の訂正だったのだろうか?
ただ濡らしていた。洗い流す?
それは愛の応対だったのだろうか?
…まさか
かならずしもどちらでもよかった
ただ壞す
美しいものは愛されなければなければならない
ひたすらな暴力で
結果、破壊と無惨をしか生じなくとも
ただ破壊をだけ企んだように
美しいもの以外は捨て置かねばならない
散る飛沫は
美しいもの以外は辱められなければならない
たしかに匂った
美しいもの以外に生きていく価値も権利も義務も無い
慥かに匂い
誰もが認めた
匂いたち
醜いものを
散る飛沫は
ふためと見れない醜いものを
騒ぎ立つ
赦すために彼等は云った
空間の四維を
あなたは本当は美しいと
埋め尽くしても猶
だれでも本当は美しいと
匂い立つ
故に彼等は残酷に斷じた
もはやすべてを
美しいもの以外に生きていく価値も権利も義務も無いのだと
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