金槐和歌集/源実朝/1春


據校註金槐和歌集/佐々木信綱

奧書云、

昭和元年十二月廿七日印刷

昭和二年一月一日發行

明治書院



金槐和歌集

 春

  正月一日よめる

けさみれはやまもかすみてひさかたのあまのはらより春はきにけり

  立春のこゝろをよめる

こゝのへのくもゐにはるそ立ぬらしおほうちやまにかすみたなひく

  故鄕立春

あさかすみたてるを見れはみつのえのよしのゝ宮にはるは來にけり

  春のはしめに雪のふるをよめる

かきくらし猶ふるゆきのさむけれははるともしらぬたにのうくひす

はるたゝはわか菜つまんとしめおきしのへともみえす雪のふれゝは

  春のはしめのうた

うちなひきはるさりくれはひさきおふるかた山かけにうくひすそ鳴

やま里にいへゐはすへしうくひすのなくはつこゑのきかまほしさに

  屏風の繪に春日の山雪ふれる所をよめる

まつの葉のしろきをみれはかすか山こもめもはるのゆきそふりける

  若菜つむ所

かすかのゝとふ火のゝもりけふとてやむかしかたみに若菜つむらん

  雪中若菜といふ叓を

わかなつむころも手ぬれてかた岡のあしたのはらはあはゆきそふる

  梅の花をよめる

梅か枝にこほれる霜やとけぬらんほしあへぬつゆのはなにこほるゝ

  屏風に梅の木に雪ふりかゝれる

むめのはないろはそれともわかぬまてかせにみたれて雪はふりつゝ

  梅の花さける所をよめる

わか宿のむめのはつはなさきにけりまつうくひすはなとかきなかぬ

  花間の鶯とふ叓を

はるくれはまつさくやとの梅のはなかをなつかしみうくひすそ鳴く

  梅の花風ににほふといふ叓を人ゝによませ侍しついてに

むめか馨を夢のまくらにさそひきてさむるまちけりはるのやまかせ

このねぬるあさけの風にかをるなりのき端のむめのはるのはつはな

  梅馨薰衣

むめかかはわかころもてに匂ひ來ぬはなよりすくるはるのはつかせ

  梅の花をよめる

はる風はふけとふかねとむめの花さけるあたりはしるくそありける

  春の哥

さわらひのもえいつるはるになりぬれはのへの霞もたなひきにけり

  霞をよめる

みふゆつきはるしきぬれはあをやきのかつらき山にかすみたなひく

おほかたに春の來ぬれははるかすみ四方のやま邊にたちみちにけり

おしなへてはるはきにけりつくはねのこのもとことにかすみたな引

  柳をよめる

はるくれは猶いろまさるやましろのときはのもりのあをやきのいと

  雨中柳といふ叓を

あさみとりそめてかけたるあをやきのいとに玉ぬくはるさめそふる

みつたまる池のつゝみのさしやなきこのはるさめにもえいてにけり

  柳

あをやきの絲もてぬけるしらつゆのたまこきちらすはるのやまかせ

  雨そほふれるあした勝長壽院の梅ところところさきたるを見て花にむすひつけしうた

ふるてらの朽ち木のむめもはるさめにそほちて花のほころひにける

  雨後鶯といふ叓を

はるさめの露もまたひぬむめか枝にうは毛しをれてうくひすそなく

  梅花厭雨

わかやとのむめのはなさけり春雨はいたくなふりそ散らまくもをし

  故鄕梅花

たれにかもむかしをとはんふるさとののき端のうめは春をこそ知れ

としふれは宿はあれにけりむめの花はなはむかしの馨にゝほへとも

ふるさとにたれしのへとかうめのはなむかし忘れぬかにゝほふらん

  故鄕の春の月といふ叓をよめる

ふる里は見しこともあらすあれにけりかけそむかしのはるのよの月

たれすみてたれなかむらんふる里のよしのゝみやのはるのよのつき

  春月

なかむれはころも手かすむ久かたのつきのみやこのはるのよのそら

  梅花をよめる

わかやとの八重のこうはい咲にけりしるもしらぬもなへてとはなん[こうはいハ紅梅]

うくひすはいたくなわひそ梅のはなことしのみ散るならひならねは

さりともとおもひしほとにむめの花ちりすくるまてきみかきまさぬ

わかそてに馨をたにのこせ梅のはなあかてちりぬるわすれかたみに

むめのはなさけるさかりをめのまへにすくせるやとは春そすくなき

  喚子鳥

あをによしならのやまなるよふこ鳥いたくなゝきそきみもこなくに

  菫

あさち原ゆくへもしらぬ野邊にいてゝふるさと人はすみれつみけり

  きゝす

たかまとのをのへのきゝすあさなあさなつまにこひつゝ鳴音悲しも

おのかつま戀佗ひにけりはるのゝにあさるきゝすのあさなあさな鳴

  名所櫻

おとにきくよしのゝさくらさきにけりやまのふもとにかゝるしら雲

  遠き山の櫻

かつらきや髙間のさくらなかむれはゆふゐるくもにはるさめそふる

  雨中櫻

あめふるとたちかくるれは山さくらはなのしつくにそほちぬるかな

けふも又はなにくらしつはるさめのつゆのやとりをわれにかさなん

  山路夕花

みちとをみけふこえくれぬやまさくら花のやとりをわれにかさなん

  春山月

かせさわくをちのとやまに空はれてさくらにくもるはるのよのつき

  屏風繪に旅人あまた花のしたにふせる所

木のもとのはなのしたふし夜ころへてわかころもてに月そ馴れぬる

このもとにやとりはすへしさくら花ちらまくをしみたひならなくに

このもとにやとりをすれはかたしきの我ころもてにはなは散りつゝ

いましはとおもひしほとにさくらはなちる木のもとに日數へぬへし

  山家見花ところ

時のまとおもひてこしをやまさとにはなみるみるとなかゐしぬへし

  花散れる所に鴈のとぶを

かりかねのかへるつはさにかをるなりはなをうらむるはるのやま風

  きさらきの二十日あまりのほとにやありけん北むきの緣に立ち出て夕くれの空を眺めて獨をるに雁の鳴くを聞きてよめる

なかめつつおもふもかなしかへる鴈ゆくらむかたのゆふくれのそら

  弓あそひをせしに芳野山のかたをつくりて山人の花見たる所をよめる

みよしのゝ山のやまもり花をよみなかなかし日をあかすもあるかな[よみイ作みて]

みよし野のやまにいりけんやまひとゝなりみてしかな花にあくやと

  屏風に吉野山かきたる所

みよしのゝやまにこもりし山ひとやはなをはやとのものとみるらん

  故鄕花

さとはあれぬ志賀の花そのそのかみのむかしのはるや戀しかるらん

たつねてもたれにかとはむふるさとの花もむかしのあるしならねは

  花をよめる

さくら花ちらまくをしみうちひさすみやちのひとそまとゐせりける

さくら花ちらはをしけむたまほこのみちゆきふりに折りてかさゝん

みちすからちりかふはなをゆきとみてやすらふほとにこのひ暮つゝ

さけはかつうつろふやまのさくら花はなのあたりにかせな吹きそも

  人のもとによみてつかはし侍りし

はるはくれとひともすさめぬやま櫻かせのたよりにわれのみそとふ[すさめぬイ作すさへぬ]

  山家見花といふ叓を人ゝあまたつかうまつしついてに

さくらはなさき散るみれはやまさとにわれそおほくの春はへにける

  屏風に山中に櫻さきたる所

やまさくらちらはちらなんをしけなみよしやひと見す花の名たてに

  花を尋ぬといふ叓を

はなをみんとしもおもはてこしわれそふかきやまちに日數へにける

  屏風の繪に

やま風のさくらふきまくおとすなりよしのゝたきのいはもとゝろに

たきのうへのみふねのやまのやま櫻かせにうきてそはなもちりける

  ちる花

はるくれはいとかのやまのやまさくらかせに亂れてはなそ散りける

  花風を厭ふ

さきにけりなからのやまのさくらはなかせにしられて春もすきなん

  花をよめる

みよしのゝやましたかけのさくらはなさきてたてりと風にしらすな

  名所ちる花

さくらはなうつろふときはみよしのゝやました風にゆきそふりける

  花雪に似たりといふ叓を

かせふけははなはゆきとそ散りまかふよしのゝやまは春やなからん

やまふかみたつねてきつるこのもとに雪と見るまてはなそちりける

はるはきてゆきはきえにし木のもとにしろくもはなのちりつもる哉

  雨中夕花

やまさくらいまはのころのはなのえにゆふへの雨のつゆそこほるゝ

やまさくらあたに散りにしはなのえにゆふへの雨のつゆののこれる

  落花をよめる

春ふかみあらしのやまのさくらはな咲くと見しまに散りにけるかな

  三月のすゑつかた勝長壽院にまうてたりしにある僧山かけに隱れをるを見て花はと問ひしかはちりぬとなん答へ侍りしを聞きてよめる

ゆきてみむと思ひしほとにちりにけりあやなのはなや風たたぬまに

さくらはなさくとみしまにちりにけりゆめかうつゝか春のやまかせ

  水邊落花といふことを

さくら花ちりかひかすむはるのよのおほろつく夜のかものかはかせ

ゆくみつに風のふきいるゝさくら花なかれてきえぬあわかともみゆ

やまさくら木ゝのこすゑにみしものをいは間のみつの泡となりぬる

  湖邊落花

やまかせのかすみふきまきちる花のみたれてみゆるしかのうらなみ

  故鄕惜花こゝろを

さゝ波やしかのみやこのはなさかりかせよりさきにとはましものを

散りぬれはとふひともなしふる里ははなそむかしのあるしなりける

ことしさへとはれて暮れぬ櫻はなはるもむなしきなにこそありけれ

  花恨風

こゝろうき風にもあるかなさくら花さくほともなくちりぬへらなり

  春風をよめる

さくらはなさきてむなしくちりにけりよしのゝやまはたゝはるの風

  櫻をよめる

さくらはなさけるやま路や遠からん過きかてにのみはるのくれぬる

はるふかみはなちりかゝるやまのゐのふりに淸水にかはつなくなり

  河邊款冬

やまふきのはなのしつくにそてぬれてむかしおほゆる玉かはのさと

やまふきのはなの盛りになりぬれはゐてのわたりにゆかぬ日そなき

  款冬をみてよめる

わか宿の八重のやまふきつゆをおもみうちはらふ袖のそほちぬる哉

  雨のふれる日山吹をよめる

はるさめのつゆのやとりをふくかせにこほれてにほふやまふきの花

  山吹を折てよめる

いまいくかはるしなけれははるさめにぬるともをらんやまふきの花

  山吹に風のふくを見て

わかこゝろいかにせよとかやまふきのうつろふ花にあらしたつらん

たちかへり見れともあかすやまふきの花散るきしのはるのかはなみ

  山ふきの花を折て人のもとに遣すとてよめる

おのつからあはれともみよ春ふかみちりのこるきしのやま吹のはな

散り殘るきしのやまふきはるふかみこのひとえたをあはれといはむ

  山吹のちるをみて

たまもかるゐてのかはかせふきに鳬みなわにうきぬやまふきのはな

たまもかるゐてのしからみはるかけて咲くやかは瀨のやま吹のはな

  まつ弓のふりうに大井川をつくりて松に藤かゝる所

たちかへり見てをわたらむおほゐ川かはへのまつにかゝるふちなみ

  屏風繪にたこの浦に旅人の藤の花を折りたる所

たこの浦のきしのふちなみたちかへりをらてはゆかし袖はぬるとも

  池の邊の藤の花

ふるさとのいけのふちなみたれうゑてむかしわすれぬ形見なるらん

いとはやもくれぬる春かわかやとのいけのふちなみうつろはぬまに

  正月ふたつありし年三月に郭公なっくを聞きてよめる

きかさりきやよひの山のほとゝきす春くはゝれるとしはありしかと

  春の暮をよめる

はるふかみあらしもいたくふくやとは散り殘るへきはなもなきかな

なかめこしはなもむなしくちりはてゝはかなくはるのくれにける哉

いつかたにゆきかくるらん春霞たちいてゝやまのはにも見えなくに

ゆくはるをかたみとおもふをあまつそら有明の月はかけもたえにき

  三月盡

をしむともこよひあけなはあすよりは

   花のたもとを

      ぬきてかへてむ







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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