秋篠月淸集卷三夏/藤原良經


秋篠月淸集[藤原良經/據國哥大觀戰前版]



秋篠月淸集三

 夏部

  更衣

さほひめになれしころもをぬきかへてこひしかるへきはるのそてかな

はなのそてかへまくをしきけふなれややまほとゝきすこゑはおそきに

  なつのうたをよみける中に

かたをかのはなものこらぬこすゑよりみとりかさなるまつのしたしは

  卯花

おのつからこゝろにあきもありぬへしうのはなつき夜うちなかめつゝ

  薄暮卯花

なかめつるつきよりつきは出てにけりうのはなやまのゆふくれのそら

  曉更蘆橘

たちはなのにほひにさそふいにしへのおもかけになるありあけのつき

  蘆橘を

かせかをるのきのたちはなとしふりてしのふのつゆをそてにかけつる

  院の選うた合の十首の中雨後郭公

さみたれをいとふとなしにほとゝきすひとにまたれてつきをまちける

  松下晩凉

せみの羽におくゆふつゆの木かくれてあきをやとせるにはのまつかせ

  院にて人丸の影供ありしに海邊夏月

なつの夜をあかしのせとのなみのうへにつきふきかへすいそのまつ風

  おなし御會のついての當座の御會に竹風夜驚

くれたけのおきふしかせにそなれきてよなよなあきとおとろかすなり

  山家五月雨

のきちかきまきのこすゑにゐるくものかさなるまゝにさみたれのそら

  院の十首の哥合に菖蒲を

けふといへはそてもまくらもあやめ草かけてそむすふなかきちきりを

  郭公

おちかへりのきはに來なけほとゝきすはなたちはなにあめそゝくなり

  院の城南寺の御會に雨中郭公

さなへとるとは田のおもにあめをえてをりはへ來なくほとゝきすかな

  野亭水凉

野なかなるまつの木かけにせきいれてぬるきしみつのにはにすゝしき

  いへのうたあはせに暮郭公

ほとゝきすつきとゝもにや出てぬらむ外やまのみねのゆふくれのこゑ

  郭公

しのひねそいろはありけるほとゝきす卯のはなやまのつゆにしをれて

あしひきのやまほとゝきす來なくなりまちつるやとのゆふくれのそら

きくひとのそてにゆつりてほとゝきすなくねにおつるなみたやはある

わきてなけ物おもふやとのほとゝきすねにたくふへきこゝろある身そ

  海上郭公

たつぬへきかたこそなけれほとゝきすゆくへもしらぬなみになくなり

  五首の題の中に夏のこゝろを

うちしめりあやめそかをるほとゝきすなくやさつきのあめのゆふくれ

  早苗

さみたれにとらぬさなへのなかるゝをせくこそやかてうゝるなりけれ

  古池菖蒲

うきくさはのへもひとつのみとりにてあやめそいけのにほひなりける

  菖蒲を

かくれぬにけふひきのこすあやめくさいつかとしらてくちやはてなむ

  五月五日中宮大夫のもとよりあやめの長根をおくれりける返事に

きみをおもふこゝろのそこのふかさにやかゝるあやめの根を宿しけむ

  かへし

  中宮大夫

おもふらむこゝろのそこはきみよりもふかきあやめにひきまさりけり

  さみたれのうたとて

そらはくもにはゝなみこすさみたれになかめもたえぬひともかよはす

  鳥羽殿にて五首の哥講せられける中に城外納凉

やましろの鳥羽田のさなへとりもあへすすゑこす風にあきそほのめく

  池上見(レ)月

いけにすむひかりを見よとおもひけり木のしたくらきにはのつきかけ

  家ゝ納凉

おほかたのなつなきとしとなりやせむまたこのさとにしみつせくなり

  關路晩凉

しはしこそをかはのしみつむすひつれつきもやとりぬあふさかのせき

  なつのうたよみける中に

たつたかはきしのやなきのしたかけになつなきなみをかせのよすなり

なつはなほくれもおそくやおもふらむそまやまかはをおろすいかたし

  雨後夏月

ゆふたちのかせにわかれてゆくゝもにおくれてのほるやまのはのつき

  舩中夏月

なつの夜をやかてあかしの楫まくらなみにかたふくつきをしそおもふ

  夏月

なつのよはくものいつくにやとるともわかおもかけにつきはのこさむ

つきかけにすゝみあかせるなつの夜はたゝひとゝきのあきそありける

  蚊遣火

すゝろなるなにはわたりのけふりかなあし火たく屋に蚊火たつるころ

  螢

かせそよくならの木かけのゆふすゝみすゝしくもゆるほたるなりけり

こひわたるよひのほたるもかけきえぬのきはにしろきつきのはしめに

ねにたてゝつけぬはかりそほたるこそあきはちかしといろに見せけれ

  螢火秋近

ゆくほたるかねてくも路やおもふらむかりなきぬへきかせのけしきに

  院にて影供に草野秋近

みやきのゝつゆをよすかにたつしかはおのれなかてやはなをまつらむ

  水路夏月

たか瀬ふね棹もとりあへすあくる夜にさきたつつきのあとのしらなみ

  雨後聞(レ)蟬

むらさめのあとこそ見えねやまのせみなけともいまたもみちせぬころ

  影供のついてに夏月を當座

おほそらはかすみもきりもたなひかて木かけはかりにくもるつきかな

このころはふしのしらゆきゝえそめて

   ひとりやつきの

      みねにすむらむ








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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