秋篠月淸集卷一二夜百首/藤原良經


秋篠月淸集[藤原良經/據國哥大觀戰前版]



秋篠月淸集一

 二夜百首

  霞五首

ひきかへてよものこすゑもかすむなりけふよりはるのあけほのゝそら

おほろなるそらにあはれをかさぬれはかすみもつきのひかりなりけり

やまさとのそとものをかのほとなきをはるかに見するあさかすみかな

みよしのゝおくにすむなるやまひとのはるのころもはかすみなりけり

もしほやくうらのけふりと見るほとにやかてかすめるすまのあけほの

  梅五首

されはこそやとのうめか枝はるたちておもひしことそひとのまたるゝ

うくひすのこゑのにほひとなるものはおのかねくらのうめのはるかせ

わかやとはうめにゆつりてたちいてむはなのあるしはひとやとふとて

このころはうめをはおのかにほひにてかよひてしるきはるのやまかせ

のきちかきうめの木すゑにかせすきてにほひにさむるはるのよのゆめ

  歸雁五首

はるといへはいつしか北にかへるかりこし路のふゆをおくるなりけり

あめはれてかせにしたかふくもまよりわれもありとやかへるかりかね

たゝいまそかへるとつけてゆくかりをこゝろにおくるはるのあけほの

あさほらけひとのなみたもおちぬへしときしもかへるかりかねのそら

わするなよたのむのさはをたつかりもいな葉のかせのあきのゆふくれ

  照射五首

あしひきのやまのしつくにたちぬれぬしかまちあかすなつの夜すから

ともしするはやましけやまさとゝほみほくしもつきぬあけぬこの夜は

ともししにいてぬるあとのしつのめはひとりやこよひめをあはすらむ

のちの世をこの世に見るそあはれなるおのかほくしをまつにつけても

あきのゝにつまとふしかをきかせはやともしするをはなさけなくとも

  納凉五首

日をさふるまつよりにしのあさすゝみこゝにはくれそまたれさりける

おくやまになつをはとほくはなれ來てあきのみつすむたにのこゑかな

ひとへなるせみの羽ころもいとふまてまたきあきあるなつのよのつき

ふるさとのいたゐのしみつとしをへてなつのみひとのすみかなるかな

かけふかきそとものならのゆふすゝみひと木かもとにあきかせそふく

  霧五首

たかやとにふかきあはれをしりぬらむ千さとはおなしきりのうちにて

あとたえてもとよりふかきやまさとのきりにしつめるあきのゆふくれ

あきのきりふゆのけふりとなりにけりまたすみやかぬおほはらのさと

おとつれしこの葉散りぬるはてはまたきりのまかきをはらふやまかせ

きりふかきあかしのおきにこきゆくをしまかくれぬとたれなかむらむ

  擣衣五首

むかしよりしろきころもをうつなれとこゑにはいろのありけるものを

やまかつのたにのすみかに日はくれてくものそこよりころもうつなり

ころもうつをりしもつらき鐘のおとのまきるゝかたとならぬものゆゑ

夜もすからつきにしてうつからころもそらまてすめるつちのおとかな

つちのおとはみねのあらしにひゝき來てまつのこすゑもころもうつ也

  鹿五首

のかやまかはるかにとほきしかのねをあきのねさめにきゝあかしつゝ

つゆふかきまかきのゝへをかきわけてわれにやとかるさをしかのこゑ

もみちふくあらしにつけてきこゆなりはやしのおくのさをしかのこゑ

いな葉ふくかと田のかせにうつもれてほのかにしかのこゑたくふなり

あきのよはをのゝしのはらかせ冱えてつきかけわたるさをしかのこゑ

  時雨五首

かたやまにいり日のかけはさしなからしくるともなきふゆのゆふくれ

ものおもふねさめのとこのむらしくれそてよりほかもかくやしつくは

ほともなくすきつるしくれいかにしてつきにやとかすなこりとむらむ

すき來ぬるあらしにたくふむらしくれたけのさえたにこゑはのこりて

きのふけふみやこのしくれかせさむしこれやこし路のはつゆきのそら

  氷五首

しかのうら木すゑにかよふまつかせはこほりにのこるさゝなみのこゑ

おほゐかはせゝのいはなみおとたえてゐせきのみつにかせこほるなり

けさ見れはいけにはこほりひまもなしさてみつとりの夜かれしけるを

やまふかきみつのみなかみこほるらしきよたきかはのおとのともしき

なにはかたいり江のあしはしもかれてこほりにたゆるふねのかよひ路

  寄(レ)雲戀

しらぬやまのくもをはかりにたつねつゝむかしは人にあひけるものを

こよひとていり日のそらをなかめわひくものむかへをまたぬはかなさ

はかりなきこひのけふりやこれならむそらにみちたるさみたれのくも

こひしなむ身そといひしをわすれすはこなたのそらのくもをたに見よ

あかつきのかせにわかるゝよこくもをおきゆくそてのたくひとそ見る

  寄(レ)山戀

みよしのゝやまよりふかきものやあるとこゝろにとへはこゝろなり鳬

しるやきみすゑのまつやまこすなみになほもこえたるそてのけしきを

なほかよへうつのやまへのうつゝにはたえにしなかのゆめ路はかりを

をはすてのやまはこゝろのうちなれやたのめぬよはのつきをなかめて

きえかたきしたのおもひはなきものをふしもあさまもけふりたてとも

  寄(レ)川戀

むかしおもふすみたかはらにとりもゐは我もむかしのことゝはてやは

いかにせむ身をうちかはのあしろ木にこゝろをよするひとのあるかは

ひろせかはそてつくはかりあさきこそたえたえむすふちきりなりけれ

いしはしるみつやはうときゝふねかはたまちるはかりものおもふころ

あすかゝはせとなるすゑもあるものをそてにはふちのくちはつるまて

  寄(レ)松戀

ともと見よなる尾にたてるひとつまつ夜なよなわれもさてすくる身そ

えたしけきまつのひまよりもるつきのわつかにたにもあひ見てしかな

さきの世にいかなるたねをむすひけむうしともいまはいはしろのまつ

來ぬひとをまつにうらむるゆふかせにともおもふ鶴のこゑそかなしき

なみかくるゑしまにおふるはまゝつのくちぬなけきにぬらすそてかな

  寄(レ)竹戀

きみゆゑにとらふすのへに身をすてむたけのはやしのあとをたつねて[虎伏す]

あふひともなきたくひかなやまふしのすゝわけわふるみねのかよひ路

わかともとたのみしひとはおともせてまかきのたけのかせのこゑのみ

ふえたけのよふかきねこそあはれなれまたゝくひなき我身とおもへは

戀にまとふこゝろのやみにくらきかなたけのはやまのきりのうちかは

  禁中五首

むらさきのにはのはるかせのとかにてはなにかすめるくものうへかな

はるをへてさかりひさしきふちのはなおほみやひとのかさしなりけり

はきのとのはなのしたなるみかはみつ千とせのあきのかけそうつれる

ふゆのあしたゑしのけふりをたつるやのあたりはうすきこゝのへの雪

はるもあきも葉かへぬたけはむかしよりときはなるへき君か御かけに

  神社五首

御裳すそのひろきなかれにてらす日のあまねきかけはよものうみまて

いはしみつすむもにこるも世のなかの人のこゝろをくむにそありける

わかいのるこゝろのすゑをしれとてやたもとにとほきかものかはかせ

ちきりあれやかすかのみねのまつにしもかゝりそめけるきたのふち波

すみよしのきしにおひけるまつよりもなほおくふかきあきかせのこゑ

  佛寺五首

なかきよにあさ日まつまのこゝろこそたかのゝおくにありあけのつき

くもにふすひとのこゝろそしられぬるけふをはつせのおくのやまもと

なには江やひしりのあとにとしくれぬつき日のいるをおもひおくりて

たえすたくかうのけふりやつもるらむくものはやしにかせかをるなり

なみにたくふ鐘のおとこそあはれなれゆふへさひしきしかのやまてら

  山家五首

やまさとにこゝろのおくのあさくてはすむへくもなきところなりけり

おのつからたよりにきけはみやこにはわかすむたにをしるひともなし

おくのたににけふりもたゝは我やとをなほあさしとやすみうかれなむ

やまふかみひとうとかりしともさるのともとなりぬる身のゆくへかな

こゝろありしみやこのともゝやま人となりておもへはいは木なりけり

  海路五首

あかしよりうらつたひゆくともなれやすまにもおなしつきをみるかな

はりまかたをりよきけさのふな路かなうらのまつかせこゑよわるなり

あきのよのあはれもふかきいそねかなとまもるあめのおとはかりして

かもめうかふなみ路はるかにこきいてぬよそめはかりやおきのとも舟

あはれなりくもにつらなるなみのうへに

   しらぬふな路を

      かせにまかせて

建久元年十二月十五日月蝕(二)内裏直盧(一)詠(レ)之亥一點始(レ)之丑終詠(二)六十首(一)同十九日戌終重始(レ)之子刻終(二)百首(一)篇抒兩夜之外不(レ)詠(レ)之雖(二)一首(一)不(レ)廻(二)風情(一)者也









Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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